15 あーんぐりと
あたしは力なく言った。
「キノン……」
キノンはいま命を失おうとしているところなのに、穏やかな顔をしていた。あたしはもう一度、キノン、と呼びかける。キノンはやはり穏やかに言う。
「ジュン、お前は騎士団長の命令に従って、騎士団長に薬を渡したろ? それと同じだ。もとからスラムの人間だった俺だ、命なんてあってないようなものだよ」
「でもキノン!」
涙が出る。キノンがいいやつすぎて泣ける。あたしが涙目になっているうちに、騎士団員たちは石火矢を構え、暴徒を狙撃しようとしていた。
この世界の石火矢である、命中精度はどう考えても火縄銃レベルだ。乱戦なら役に立つだろうがこの状況ではキノンにも当たるのではないか。
そんなことを考えて、思わず猛ダッシュで走り出す。体当たりで暴徒にタックルし、なまくらの包丁を奪いとった。
完全なる「火事場の馬鹿力」であった。
暴徒はよろけてしりもちをついた。キノンも弾かれた。あたしは奪いとった包丁をぶん投げ、暴徒の手首を掴んだ。
「コームシッコーボーガイで逮捕するッ!!!!」
「こ、公務執行妨害???? そんな罪状あるのか????」
「もとの世界にあったんだからこっちにもあっていい!」
あきれるキノンをよそに、あたしは暴徒を抑えこんで手首に縄をかける。そのままあたしとキノンは暴徒を騎士団の事務所に連行し、他の騎士が暴動鎮圧に当たることになった。
騎士団の事務所の、冷たいタイルの上に暴徒を座らせる。
「お前、左利きのサンか!?」
「……向上心のキノン!?」
なんだなんだ、その二つ名は。隣の席の田島くんが読んでいた、文庫じゃないライトノベルのキャラクターみたいだな。アニメになるって喜んでたやつ。
「おいサン、なんであんなことしたんだよ! 俺がちゃんと働いてるって言ったろ!?」
「だ、だってよ……お前は騎士団で肉とかイモとか食えてるのに、俺たちは相変わらず木を食う虫を焼いて食べてるから……結局市民権の撤廃なんて名前だけだと思って」
「そんなことはない。この暴動で、スラムのイメージを悪化させるほうが、分断が大きくなる」
キノンの言う通りであった。
それから1時間くらいして、騎士団の人たちが騎士団の事務所の庭いっぱいに暴徒を捕らえてきた。
みんなボロボロの服を着て汚らしい格好をしている。それでも間違いなく人間だ。スラムの人、という理由で疎んではならない。
「なんとかこの人たちに、希望を与えたいんです。スラムの暮らしも確実によくなる、という」
キノンがそう真面目な顔で、暫定の騎士団長に言うと、暫定の騎士団長は難しい顔をした。
「放火は重罪だ。その罪は償わねばならない」
「承知しております。その後で構いません」
というわけで取り調べが始まった。異世界の取り調べということは拷問のオンパレードなのかな、とワクワクしたがそんなことはなく、至って当たり前に、なにをしたのか、なんでしたのか、それをしてどうしたかったのかを一つ一つ聞いていくだけだった。
キノンが「左利きのサン」と呼んだ人物は、サンという名前なのではなく、単純に3人きょうだいの末っ子だからサンと呼ばれているだけで、ちゃんとした名前はないようだった。
これがスラムの実情である。これを、伯爵さまや、ハノヴェさま、そしてベルタ王女に知ってもらわねばならない。
その意見を提出するにあたり、あたしとキノンがやっぱりお使いに出された。伯爵のお屋敷で、書状を提出するのだ。
道中あたしはキノンに聞いた。
「キノン、って名前、なにか由来とかあるの?」
「いや? 俺が勝手に自分でつけた名前だ。語呂だけだよ。本名はなんだったかな……覚えてないな」
やはりこれがスラムの現実なのであった。
さて、伯爵さまのお屋敷に到着した。伯爵さまに書状を渡し、近いうちにスラムを訪れ、スラムに給付金と食料や衣料品を届ける約束をいただいた。
じゃあ帰りますか、と帰り支度をしていると、あたしは伯爵さまに呼び止められた。ハノヴェさまがあたしに話があるらしい。
なんだろう。いいことか悪いことかわからないが、できればいいことであれと思う。とにかくハノヴェさまのお部屋に通された。
初めて入るハノヴェさまのお部屋はとても質素というか質実剛健というか、とにかくシンプルだった。
「かけてくれ」
椅子に座る。
「……ジュン殿。わたしはどうやら、ジュン殿を好きになってしまったようだ」
「え、ベルタ王女殿下がいるじゃないですか」
「ベルタは女だ。女が女を抱いて子供を作らせることはできない。しかしジュン殿なら、ベルタに種をつけられるし、わたしの血が継がれないならジュン殿の子を育てたい。これはハノヴェでなくハルミアからの要求だ」
「……あの。大変申し上げにくいことではあるのですが」
「ん? なんだい?」
ここまで来ても気付いてないんかーい!!!!
「あたし、女です」
「……はい?」
ハノヴェさまはあーんぐりと口を開けておられる。そりゃそうだ。いままでずっとあたしを男だと思っていたんだから。
「い、いま、なんて?」
「ですから、あたしは女なんです」
そう答えた瞬間、ハノヴェさま――ハルミアさまはばったりと倒れてしまった。部屋の前のメイドさんに声をかけ、大至急でお医者を呼んでもらった。
……あたし、マジでどうなっちゃうの?
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