18 完全なる朝チュン

 ビックリしたのはともかくこの呪術ババアはいったい何者なんだ。ハノヴェさまに訊いてみると、「伯母上だ」と言われた。

 なるほど言われれば伯爵さまに似ている。伯爵さまが「お客様とて許せぬ」砲を撃つとしたらこんな感じだろう。


「やはり弟にはハルミアに聖女教育を受けさせるべきともっと強く言うのであった……このような凶兆である転生者とパジャマパーティとは!!!!」


「聖女教育って、王様のお妃さまになるのに必要なやつ?」


「うむ。伯母上も聖女教育を受けて、お妃にこそなれなかったが汚れなく大人になられた方だ」


 つまり盛大な行き遅れだ。


「……要するに羨ましいんですよね? パジャマパーティする友達がいるのが。これからベルタ王女も来るんですよ? 羨ましいでしょ?」


「ちょ、ジュン殿!」


「可哀想ですね、恋愛もろくにできないまま、お妃にもなれないまま、成れの果てが呪術ババアなんて」


「じゅ、ジュン殿、言うことがすべて失礼!」


 見れば呪術ババアは顔を真っ赤にして目をひん剥いていた。よほど悔しかったらしい。

 呪術ババアはなにやら手を動かし印を切ったがなにも起こらない。この世界に魔法やモンスターが存在しないのは確認済みなのでなにも怖くないのである。


「お、伯母上、そんな呪いの印を切らないでください、ジュン殿に悪気はないのです」


「いやハノヴェさま、悪気がないように見えた? あたしディスり全開でしたよ?」


「でぃすり……?」


「まあそれはともかく。これからパジャマパーティするんで、呪術ババアさんは出て行ってください」


「ハノヴェ! なにを騒がしくしているのですか?」


 ナイスタイミングでベルタ王女が現れた。ドアを開けてルンルンで入ってくる。手元にはホットワインの入ったマグカップが二つ。


「え? 呪い師が来ているのですか? それにジュンも? もう二つホットワインが必要ですわね」


「あーあーホットワインはいいから。とりあえずお入りください」


「ハルミア。そのものがお前の父を殺すのですよ」


「伯母上。転生者が現れると世が乱れるなど迷信です。わたしはジュンと出会えて幸せなのですから」


 いまのは、告白か!?

 あたしの顔がばあーっと熱くなる。


「ジュンはこの世で唯一、わたしのやりたいことを理解し肯定してくれたひとです。それを、凶兆だからと遠ざけたくない」


 あ、そういうこと。顔がしゅーっともとに戻る。

 とにかくパジャマパーティをしなければならない。呪術ババアは部屋を出ていくまでずっと恨み言のような呪いのような、よく分からないことをぶつくさ唱えていたが、まあ呪いなんて効果があるわけがない。

 あたしはホットワインを遠慮して、ハノヴェさまとベルタ王女と、楽しいパジャマパーティを開催した。

 ハノヴェさまは女として育っていたらこんな服を着たかった、と語り、ベルタ王女も一般市民だったらこういう服が着たかったと語り、あたしはバレーボール部がベリーショートを強制してこないならポニーテールがよかった、という話をした。

 恋バナもした。ハノヴェさまが幼いころの武術の師範。ベルタ王女の親衛隊のマッチョ。隣の席の田島くん。


「ねえジュン、騎士団のマッチョを適当に紹介してくださらない? オスが欲しいのです」


 いやベルタ王女欲求不満か!?


「うーん……野球部とかラグビー部みたいな匂いしますよ?」


「やきゅうぶ……らぐびーぶ……」


「男ばっかりのスポーツです」


「スポーツか。こちらの世界には子供の趣味としてしか存在しないが、あちらでは大人の歳でもできるのだな」


「たのしいですよ、バレーボール。ああ、もうちょっと背丈があったらなあ」


「ジュンは小さいですものね」


「そうだ、ジュン殿。市民にスポーツを奨励したらどうだろう」


「いいですねー! ちょうど通学カバンに体育の副読本が入っててルールがいろいろ書いてあるはずです!」


「……ハノヴェ、あなた無理をしているでしょう。お父君があのような病にかかられているのに」


「仮にあす父が血を噴いて死ぬとしたら、わたしには領民を守る責務がある。だから大丈夫」


 無理なさっているのだな、と思った。


 気がついたら3人して寝落ちしていた。むくっと起きると窓の外で小鳥がさえずっている。完全なる朝チュンだ。なんの既成事実もないわけだが。

 ハノヴェさまは口を閉じて見事にすうすうと寝ている。ベルタ王女は案外だらしない顔だ。

 こういう幸せ無限に続け〜!!!! と思ったが、騎士団に戻らねばならない。いやだ。

 あれだけ入りたかった騎士団が急に面倒な組織に思えた。とりあえず頭がしゃっきりするまで、という名目で、ベッドのすみに腰を下ろして豪奢な壁紙を眺める。


「おはよう」


 ハノヴェさまが声をかけてきた。


「おはようございます」


「騎士団の事務所に戻るのか?」


「……面倒だなあ……」


 ハノヴェさまはふふふ、と微笑まれた。もうその笑顔だけでお腹いっぱい。きょうも生きていける。朝日が眩しいぜ……。


「パジャマパーティ、とても楽しかったから……また来られるように、騎士団に寝所の見張りはジュンにまかせよ、と伝えておこう」


「ありがとうございます!!!!」


 わーお、最終目標をクリアしてしまった。しかしまだ終わるわけにはいかないのだ。

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