19 ハッタリを言う力

 騎士団の事務所に帰ると、みんな心配そうな顔をしていた。


「どこ行ってたんだよ、心配してたんだからな」


 キノンやほかの騎士団員たちに心配された。しかしパジャマパーティをやっていたのだ、と説明すると、みなに「そりゃ結構なことで」と呆れられてしまった。当然だ。


 その日はご機嫌で洗濯をした。思わず、ドラゴンボールの主題歌の替え歌でリズミカルに「つかもうぜ、寝所の番」と歌いながら洗濯板を使ってゴシゴシしていると、やっぱりキノンに呆れられてしまった。

 まあそれも当然だと思う。


 つまりあたしは、軽くやってはいけないことをしたのだ。

 このまま許してもらえるわけがないのだ。ハノヴェさまがあたしに寝所の番をご命じになっても、実力不足だから、と断られる可能性は大きい。

 一回パジャマパーティができただけで満足しなければ。

 そう思いながら洗濯物をすすいでいると、なにやら事務所が急に騒がしくなった。凶悪犯でも捕まったのだろうか。洗濯物をぱんぱんと叩いて伸ばしてかけていく。


「おいジュン! なにのんびり洗濯してんだ! 早くこい!」


 暫定騎士団長が荒っぽい声であたしを呼んだ。なにごとだ。事務所に戻ると、呪術ババアが複数で事務所に押しかけてきていた。


「転生者は凶兆! 一刻も早く去らせるべき!」


 呪術ババアはみな顔が似ている。もしかしたら全員伯爵家の血縁なのかもしれない。

 あたしは隣の席の田島くんが「ナウシカには宮崎駿の描いた原作漫画があり、その漫画にはババ様が複数出てくる」と言っていたのを思い出していた。映画には1人しか出てこないのでたいへん驚いたのであった。

 ボーッとしている場合ではない。まずはこのババアどもを追い返さねばならない。


「あの。なんで転生者は凶兆なのですか?」


「古来より伝わる伝説によれば、転生者は疫病、災害、凶作、圧政をもたらすとされている」


 圧政は転生者と関係ないのでは。


「それに転生者は呪われた技を持つ。その技を使えば我々人類など風の前のチリに等しい」


 いやそんなチートスキル持ってないです。そう言おうとしたとき、キノンがずばりと言った。


「ジュンはいままで、呪われた技など使いませんでしたよ?」


「これから使う恐れがある!」


「いやあたしそんな技使い方知りませんし。むしろあなたがたのほうが『お客様とて許せぬ』砲撃ちそうじゃないですか」


 みんなポカンとしている。そりゃそうだ、この中に「千と千尋の神隠し」をみたことがあるのはあたしだけだ。

 とにかく呪われた技がなんなのか分からないし、使ったこともないし、これからも使えるようになるとも思えない、と説明した。

 それでも呪術ババアたちは引き下がらない。完全にあたしを悪だと認定しているようだ。


「そもそも悪いのは伯爵さまでは?」


 キノンが冷静に言う。


「伯爵さまがハルミアさまを女として育てていたら、王女殿下を連れてくるとか、内緒のパジャマパーティとか、そういうことはなかったのでは?」


「これはいたしかたなきこと!」


 呪術ババア軍団はなかなか筋の通らないことを言うのであった。


「ハノヴェを嫡男として育てたのはいたしかたなきこと。しかしながらその転生者はハノヴェを悪の道に転落させ、疫病を流行らせて伯爵を殺そうとしている!」


「いや、疫病はジュンのせいじゃないです。ばい菌という見えない生き物のせいで流行るんです」


 キノン、お前どこでそんなことを覚えたんだ!? と思っていたら、あたしの生物の教科書を取り出していた。通学カバンのなかで無事だったやつだ。異世界語になっているが読める。


「ジュンがこちらの世界に持ち込んだ、あちらの世界の書物です。もう呪いとか、そういうのは古いんですよ。もっと進歩的にならないと」


「それこそが転生者のもたらした悪であるぞ! 古き習いに従わず、人を惑わす教えを広める、それこそが悪であるぞ!」


「いやこれはあたしがキノンに読んでやったわけじゃなくて、キノンが勝手に読んだんです。あたしはなんも広めてません」


「ええい無駄口を叩くな転生者!」


 なんというか、呪術ババアたちは「理不尽ババア」になりつつあった。

 なんていうか、まともに相手をしてもくたびれるだけなのが想像できたので、あたしはババアたちに「伯爵さまのためにご祈祷を上げなくていいんですか?」と声をかけた。


「我らが弟なら熱が下がりものを食べられるようになった。もはや我々の力は不要ぞ」


 どうやら最初に流行ったほうの疫病だったらしい。肺に血溜まりができるやつではなかったのだ。

 いや、もしかしたら最初に流行った疫病が激しく悪化すると、肺に血溜まりが出来るのかもしれない。

 ちきしょう、この物語の作者が手塚治虫だったら、ペニシリンを青かびから抽出して疫病にかかったひとを助けられるのに。


「あの」


 あたしは提案することにした。あたしは田舎の頭の悪い女子高校生だ、医学の知識などない。だが何事もやってみなければ始まらない。


「薬を探しましょう。王都から書物を取り寄せて、いままでの歴史でこういうことがなかったか、あったらどんな薬が効いたのか、調べるんです」


 呪術ババアたちは呆気にとられた顔をしていた。そりゃそうだろうよ言ったあたしがビックリしてるんだから。

 もしかしてあたしのチートスキルというのは、この「ハッタリを言う力」なのではないだろうか。

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