20 立て板にナノバブルシャワー

 呪術ババアたちはすぐ反論してきた。医学の知識ならハノヴェが領地じゅうの医者を呼んで聞いたではないか、と。


「領地って、この伯爵領、ですよね? 伯爵領でだれも対処法を知らないということは、伯爵領でこの病気が流行るのは今回が初めてということですよね?」


「当たり前じゃ、こんな疫病が何度も流行ったら大変なことになる」


「でしたら、伯爵領だけでなく、国じゅうから医学書を集めれば、同じ病気の治療法、悪くても似たような病気の治療法や予防法が見つかるかもしれませんよ? 呪術や祈祷でなんとかしようというほうがおかしいんです」


 あたしに存在を思いっきり否定された呪術ババアたちは、しばらくポカンとしていた。そしてまた、蜂の巣に石を投げたように騒ぎ出した。

 それは転生者の策略であるとか、我々を信じないのか、とか。まぁまぁ、と暫定騎士団長が呪術ババアたちをなだめる。


「この者はたいそう進んだ世界から来てるんです。この者のいた世界では、洗濯物と洗剤を入れてでっぱりを押すだけで洗って乾かすところまで洗濯をやってくれるセンタクキなる機械や、熱湯を注いで3分待てばそれだけで食べられる麺料理があるのだそうです」


「そんなものあるわけなかろうに!」


「いやあるんですよ、お見せできないのが大変心苦しい。あっちの世界でも疫病が流行りました、しかしみながマスクをして手洗いうがいを徹底して、仮に咳をしてもツバが飛ばない距離感を維持したらだれも気にしない程度になりました。もちろん予防なのでそれで病になる人もいました、それでも悪化しなければ1週間でそこそこ元気になれたんです」


 驚くばかりの長台詞があたしの口からスルスル出てくる。そのスルスル加減たるやまさにチートスキルである。

 あたしは元の世界では「かわいい」「ヤバい」「がんばる」くらいの語彙しかなかった。手話のできるゴリラ、いや霊長類と比較するのもおこがましい。小鳥以下だ。

 それがこの立て板にナノバブルシャワー的スルスルぶりでしゃべっているのだから、これをチートスキルと言わないでなんというのか。


「なので、まずはマスクと手洗い、程よい距離感を民に徹底させましょう。それができたら王都から医学書を取り寄せるんです。この伯爵領の医学だけでなく、世界じゅうの医学を調べれば、なにか手は打てるのでは?」


「……うむ。では我らは去ろうではないか」


 やっと呪術ババアたちは帰っていった。そういえばあっちの世界でも呪術なんちゃらという漫画がアニメになって流行ってたな。あたしの住んでるところは田舎だったから地上波で観られなかったけど……やってたら田島くんは観たのかな。

 呪術ババアたちが帰っていき、あたしは安堵のクソデカため息をついた。


 次の日、街に看板がかかげられた。マスクをしましょう。手をせっけんで洗いましょう。他人と近づきすぎないようにしましょう。そう書いてある。

 そして呪術ババアたちが夜なべして作ったマスクも売られ始めた。流石に不織布はないようだ。

 そういう感じで、次第にマスク・手洗い・ソーシャルディスタンスが浸透し始めたころ、ハノヴェさまがじきじきに騎士団の事務所にいらっしゃった。ベルタ王女も一緒だ。

 二人はお揃いのマスクをつけていた。仲良しすぎる。とても幸せそうだ。しかし美少女と美少女のカップルというのは思いの外、「尊い」ものだな……。なるほど田島くんがスレッタ? とミオリネ? の百合に夢中になるわけである。


「医学の歴史書を調べたところ、似たような病気が近くの国で流行ったことがあるそうだ」


「そうでしたか!」


「そのときはやはりマスク、手洗い、距離をとることと、かかってしまったものを隔離すること、そして希少な薬草を用いて治したそうだが」


 きっと「希少な薬草」というのは、伯爵さまの経済力では無理なんだろうな、と思っていたところ、ハノヴェさまの口から意外な言葉が飛び出した。


「その希少な薬草というのが、この伯爵領ではその辺に生えている雑草らしいのだ」


 なんとすぐ足元に生えていたのであった。あたしゃびっくりしたよ……。


「それならばすぐ動きましょう!」


「うむ! ベルタも構わんな?」


「ええ、もちろんですわ。伯爵の妻というのは民にも愛されねばならないのですから」


 結婚確定なのか。田島くんが休み時間スマホでSNSを見て「うおおおおスレミオ結婚公式確定きたあああ〜!!!!」と叫んで喜んでいたときというのはこういう気持ちだったのだろうか。あのときはクラスじゅうがシーンとなったが。

 そうなのだ、さっきここにお二人でこられたときに、ハノヴェさまは、あたしのなかでベルタ王女改めベルタさまとカップルで推しになっていたのであった。推しの結婚なら祝福しなくてはならない。


「結婚なされるのですか」


「ああ。王にも事情を話して許可をいただき、伯爵家を継ぐことも決まった。子供は孤児院から引き取ろうと思っている」


「花咲月の吉日に婚礼を執り行うと決めましたの。ふたりできれいなドレスを着て」


 カレンダーを見る。花咲月というのは来月だ。それまでにリハーサルなどもあるのだろうか。ドキドキしてきた。


「それはめでたいことです。騎士団も総力を挙げてお祝いのお手伝いをいたしましょう」


 暫定騎士団長は満面の笑みであった。いや、そこにいた騎士全員が、超ニコニコしていたはずだ。マスクで見えないわけだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る