21 おばあちゃんの恋バナ
花咲月がやってきた。
騎士団は結婚パレードの警備計画を立てるので大忙しである。街の大通りを、馬車で大々的にパレードするのだ。ハルミアとベルタ、として。
最初は王家からクレームがついた。せめてハノヴェとベルタの結婚式にはできないのか、と。その申し出に伯爵さまは、全ての責任を負うから娘とその婚約者には自由にやらせてやりたい、と、珍しくかっこいいことを言った。
しばらく病気で療養していたせいか、伯爵さまはすっかり痩せておられた。不健康そうなメタボから不健康そうなガリガリに変わっただけなのだが。
次第に街はとても華やかな雰囲気になってきた。人々はマスクに凝った刺繍を施して、いつでもめでたいことができる支度を始めた。
そんななかあたしはパレードの日の仕事がただの沿道の警備なので、のんびりと工作をしていた。騎士団の事務所裏に、竹に似た木が生えていたのでそれを切ってきて、思い出せる「うちわ」の構造を再現していく。
キノンが興味を持ったらしく話しかけてきた。
「なに作ってんだ?」
「うちわ。あっちだとね、歌手のコンサートでこれに『こっち見て』とか『ウインクして』とか書いて振るわけだ」
「うちわって……使う目的違わないか? うちわってあっついときぱたぱたするものだろ?」
「いやいや。うちわは推し活に欠かせないのよ」
「推し活ってなんだ?」
「好きな芸能人やキャラクターを応援すること」
「……へえ。じゃあ俺もつくろうかな、ハルミアさま応援うちわ」
2人で淡々と、応援うちわを作る。あたしは「ハルミアさまベルタさまこっち見て」と書くことにした。キノンは「ハルミアさまベルタさま末長くお幸せに」と書いていた。そっちのほうがなんかいいな、とあたしも「こっち見て」を「末長くお幸せに」にした。
「なあジュン、お前はハルミアさまが幸せになったあと、なにを目的に生きるんだ?」
「わかんない。この世界の役に立てたらいいなとは思う。キノンは?」
「俺もそんな感じだなあ」
◇◇◇◇
婚礼パレードの前の晩、あたしはハノヴェさま……ハルミアさまに呼び出されてお屋敷を訪れた。
ハルミアさまは女の服をお召しになっていた。筋肉質だが田島くんがスマホで見てニヤニヤしていた戦う美少女キャラみたいで逆に美しい。
「ありがとう、ジュン殿」
ハルミアさまは微笑まれた。ズギャンされたときと同じ笑顔だった。
なにがありがとうなのだろう。話を聞く。
「ジュン殿が、わたしに生きたいように生きることを教えてくれた。きれいな服を着ていい匂いのする香水をつけて、きれいな髪飾りをつけて……」
「いえ。ハルミアさまがそれを望まれたのですから、ハルミアさまが素晴らしいのです」
「そうだろうか? そなたは女の身で騎士になり、人生の目的をしっかり定めて生きている。それは素晴らしいことだし、わたしはそれに感動した」
人生の目的、とりあえずいまのところなくなっちゃったんですけどね……。
「それで、独身の最後にやりたいことがある」
「やりたいこと、ですか」
「パジャマパーティだ。ホットワインを飲みながら、菓子をつまみ、くだらないことを話す」
「それに、あたしも参加できるんですか?」
「もちろんだ」
◇◇◇◇
騎士団のうっすい給料で、大至急どうにかかわいいパジャマを買った。それを持って夜にお屋敷を訪ねると、メイド長とベルタさまが喧嘩をしていた。
「いいではないですか! 独身はきょうで最後なんですよ!? そういうときくらい楽しいことをしたいではないですか!」
「とんでもないことです、婚礼の前の晩に夜更かしなど! 早くお休みになってくださいまし!」
まあまあ、と割り込む。メイド長には「ベルタさまを止めてください」と言われ、ベルタさまには「ジュンもパジャマパーティに来るんでしょう?」と詰められた。
「ここはひとつ、メイド長もパジャマパーティに参加するというのは」
「そんなことできるわけがござんせんでしょ!? ジュンさま、適当なことをおっしゃらないでくださいな!」
「そうですわこんなおばあちゃんの恋バナなんて聞きたくありませんわ」
メイド長はあたしと違う意味でズギャンと衝撃を受けたようでよたよたとよろめいた。おばあちゃん、て。
呪術ババアもとりあえずいない。メイド長がよろめいているうちに、ハルミアさまのお部屋に向かう。
「遅かったじゃないか。ホットワインが冷めてしまうよ」
「途中でメイド長に止められたのですわ。婚礼の前の晩に夜更かししてはいけないと」
「それでどうやってそれをかわしてきたのだ? メイド長のことだからさぞしつこかったろうに」
「あたしがメイド長をパジャマパーティに誘って、ベルタさまが『こんなおばあちゃんの恋バナなんて聞きたくありませんわ』って言ったら崩れ落ちました」
「なんだそれはー。でもメイド長は実はものすごい大恋愛をしたことがあるらしいぞ」
パジャマパーティの夜は、おだやかに更けていった。
いっぱいくだらないことを話した。あたしが初めてハルミアさま、いやハノヴェさまのお顔を拝んだとき、完全にズギャンと衝撃が走って好きになってしまった、だとか、同じくベルタさまもハノヴェさまが王の城に来たとき、親衛隊のマッチョたちと比較してあまりに美しくて目を離せなくなった、とか。
次の朝、目を覚ますと、まだハルミアさまもベルタさまも夢の中だった。そっと抜けて、メイド長を呼んだ。
これから婚礼の日が始まる。推しカプの結婚式だ。いまなら田島くんの気持ちがとてもよくわかる。
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