17 ジブリアニメの呪術ババア

 あたしはつぶやいた。


「……ずるい」


 キノンがあたしの表情を見た。あたしは限界まで無表情を決め込んでいるつもりだった。


「ずるいって、なにがだ?」


「ハノヴェさまとベルタ王女が、ずるい! あたしも友達になりたい! できることならパジャマパーティがしたい!!!!」


 キノンはよくわからない顔をしているが、少し考えてから口を開いた。


「もうちょっと成り上がって、寝所の番をさせてもらう役を勝ち取るしかなくないか」


「それじゃ遅い! あたしはいますぐ、ハノヴェさまとパジャマパーティがしたい! だいいち寝所の番なんかしてたらあたしはヨロイ着てるわけでしょ!? パジャマがいい!」


「パジャマって……騎士団のあの寝間着を着て、ハノヴェさまの前に出られるのか?」


 うっ。

 確かに騎士団で支給された寝間着はとてもボロい。とてもとてもパジャマパーティには着ていけない。

 そのうえ、騎士団は3食まかないつき風呂つき宿舎つきなので手取りはびっくりするほど少ない。この世界でパジャマパーティに着ていけるようなパジャマを買うには、相当なお金を貯めねばならない。

 馬車のなかで伯爵さまが咳き込むのが聞こえた。


「大丈夫ですか、父上」


「うむ、なんともない」


 ――その晩、伯爵さまが高熱を出して寝込んだことが知らされた。医師の診察によると、肺が悪くなっているらしい。


 ……流行り病だ。あたしはそう思った。伯爵さまに血の毒霧を浴びせるような人間はいないが、なにかをきっかけに感染してもおかしいことはなにもないのであった。

 ベルタ王女はスラムに行ったからだ、とぶーぶー言っているらしい。肝心のハノヴェさまのお気持ちは、何一つ伝わってこない。

 あたしは騎士団の寮を、夜にこっそり抜け出した。流石にボロい寝間着ではなく、この世界に来たときに与えられた、少年のような私服を着て。


 ◇◇◇◇


 夜の、伯爵さまのお屋敷には、なにやら不気味な声が響いていた。伯爵さまのお部屋のほうから、その声は聞こえてくる。

 ドアに耳を当ててみると、老婆の声がいくつか重なって聞こえていた。たぶんジブリアニメに出てくるような呪術ババアがお祈りをしているのだろう。

 思えばあたしはこの世界の宗教というものをよく知らない。まあもとが宗教観パッパラパーの日本人だったので、よほどの邪教でなければなんでも拝めるはずだ。

 廊下をそっと通り抜ける。この向こうはハノヴェさまのお部屋だ。入ったことは一度もない。

 そろりそろりとドアに近づいていくと、背後からメイド長が声をかけてきた。体がギクリとなる。


「ジュンさま? なぜこのようなところに?」


「あ、いえ、その、……伯爵さまのご病気について、ベルタ王女のお話は聞こえてくるのですが、ハノヴェさまのお気持ちはさっぱり聞こえてこないので、じかに確認しようと」


「ハノヴェさまはたいそう悲しんでおられます。無理に会いにいかないことです」


「本当ですか? あたしを近づけないためにウソついてません? 鼻が伸びますよ?」


「鼻が……伸びる?」


 メイド長がよくわからない顔をしている隙に、ハノヴェさまの部屋のドアをばん、と開けた。


「あっ、ジュンさま、なりません!」


 メイド長の絶叫を後ろに聞きながら、あたしはハノヴェさまの部屋に飛び込んだ。ハノヴェさまは下着姿で、足の指の爪を切っておられた。


「……ジュン殿?」


「ハノヴェさま! パジャマパーティをいたしましょう!」


「い、いや、パジャマパーティと言われても……なぜこんなに突然? びっくりして爪を切り損ねたじゃないか」


「あたしは! ベルタ王女とハノヴェさまと、パジャマパーティがしたいのです!」


「そのために騎士団の寮を抜けてきたのか?」


 部屋にいた見張りの騎士がそう声をかけてきた。すっかり忘れていた、ハノヴェさまのお部屋には見張りの騎士がいたのである。


「そうです! そのためなら地位とかどーでもいいです!」


 騎士は呆れた顔をした。


「まあもう少ししたらベルタ王女殿下もいらっしゃるだろう。そうなったら好きなだけ、パジャマパーティだかなんだか知らんが、女だけで楽しいおしゃべりでもすればいい」


 騎士はそう言って、槍を壁に立てかけて出ていった。どうやら寝所の番を替わってくれたらしい。

 ハノヴェさまはポカーンとされていた。


「あの。ハノヴェさまは伯爵さまのご病気、どう思われていますか?」


「難しい質問だ。もし流行り病であれば確実に死に至る、ということは知っている。そうなったらこの伯爵家を支えるのはわたしだ。ベルタとも正式に結婚して、誰かに種をつけてもらって子供を産んでもらうことになるだろう」


「ハノヴェさまは、それでいいのですか?」


「それでいい……とは?」


「たとえば、きれいな宝石が欲しいとか、かわいい服が着たいとか、そういう願いはないんですか?」


「ない、と言ったらウソになるが、いまはそれどころじゃないだろう。それは分かるな?」


「ええ、存じております。でも、ハノヴェさまは、やりたいことをずっと我慢されてきたではありませんか」


 あたしがそう言ったところで、ドアがコンコンとノックされた。ベルタ王女だろう。ハノヴェさまが「開いているよ」というと、ぎい、とドアが開いて、ジブリアニメの呪術ババア的なのが入ってきた。


「その者こそ流行り病の根源にして凶兆! 転生者でございますよ!」


 呪術ババアはでっかい声でそう言ったのであった。あたしもハノヴェさまも、ビックリしていた。

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