第9話  小宮くんの父と母

 小宮くんのお父さんは、まさか自分の息子がガチで自殺をしようとしていたとは思えなかったみたいなんだけど、足元に散らばる筆記用具だとか、大泣きする小宮くんの姿だとか、

「え?なに?教育虐待?」

「それで自殺しようとしていたの?」

 という通りがかりの人の声を聞いて我に返り、

「と・・とにかく、賢人、家に帰ろう!そこでお前の話は聞いてやるから!」

 非常〜に焦った様子で言い出したんだよね。


 そこで僕は散らばる筆記用具を拾ってまとめてあげたんだけど、お父さんに腕を掴まれたままの小宮くんの体からにゅ〜っと腕が伸びて来て、僕の服の袖を掴んだんだよね。


 更に、小さな霊体が僕の足にしがみ付いて、顔を擦り付けながらイヤイヤするように首を横に振っているんだよ。こわっ!


 まるで補導するように自分の子供の腕を捕まえる小宮くんのお父さんと、べそべそ泣く小宮くんを遠巻きに(歩道橋の向こう側の階段の方から)見ているオーディエンスが、

「え?大丈夫なの?」

「すごく心配」

「あのお友達みたいな子、一緒について行ってあげてくれないかな」

 みたいな感じで呟いているんだよね。


 本当は関わりたくない、本当は関わりたくないんだけど・・


「小宮くん、僕、一緒について行った方が良い?」

 べそべそ泣く小宮くんに問いかけると、小宮くんは泣きながら何度も、何度も頷いた。


 小宮くんの体から伸びてきたやたらと長い手の霊体もガッチリと僕を掴んでいるし、足元の小さな霊体も、逃してたまるかみたいな感じで僕にしがみ付いている。


「わ・・わかったよ」


 この後、小宮くんが悪い思念体の餌食になっても困るので、僕はお母さんに頼まれた牛乳を持ったまま、自分の自転車を引いて小宮くんの家までご一緒することになったんだ。


 小宮くんの家は、駅から歩いて15分くらいの場所にある。小宮くんの通っている塾は駅近の場所にあるらしいんだけど、駐輪場が少ない関係で、小宮くんは毎日歩いて塾まで通っているんだってさ。


 小宮くんの家は同じような家が建ち並ぶ住宅街の中でも一際大きな家だったんだけど、玄関まで出て来た小宮くんのお母さんは、

「まあ!塾はどうしたの?」

 第一声がこれだった。


 小宮くんのお母さんの後ろには、着物姿のやたらと目が吊り上がった女性の霊体がついているんだけど、目が狐のように細い着物の女性の霊は、イライラした様子で口をへの字に曲げている。


「今は塾をお休みなんてしていられないのよ?賢人、分かっているわよね?」

「賢人はな、歩道橋から飛び降りようとしていたんだよ」

「はああ?」


 着物の女性と厳しい顔つきのお爺さんの霊は『人間失格』って言いたいよう目で、小宮くんを睨みつけている。小宮くんのお父さんお母さんも、どうしてそんなことをしたのって驚くばかりで、自殺しようとするほど追い詰められている小宮くんを、更に追い込もうとしているように僕には見えた。


「すみませんけど、小宮くんと二人っきりでお話しさせてくれませんか?」


 僕が声を上げると、そこでようやっと僕の存在に気が付いた様子の小宮くんのお母さんが僕の方を見る。


「この子が賢人の自殺を止めてくれたんだよ」

「まあ!」

 厳しい顔をしたお爺さんの霊は忌々しげに僕を見るし、着物女性の霊は驚いた様子で僕を見る。

「僕の部屋に来て」

 そう言って小宮くんは、お父さんお母さんを無視するような形で、僕の手をぎゅっと握りしめたのだった。


 結果から言うと、小宮くんはお父さんのように一流企業のサラリーマンになりたいわけじゃなくて、彼の叔父さんのように医療従事者になりたいみたいで、

「だったら医者じゃダメなの?」

 と、小宮くんのお母さんが言い出したんだけど、

「僕、理学療法士になりたいんだよ」

 と、小宮くんは断言したんだよね。


 小宮くんは幼稚園の時に足を骨折して入院したんだけど、その時にも叔父さんが熱心にリハビリをしてくれたし、テニスを習っていた時に足を痛めちゃった時にも、叔父さんがリハビリをしてくれたんだって。足に負担をかけずどうやってプレイ出来るかも教えてもらった経験があって、そういうものが色々と重なって、自分が将来なりたいものを見つけることになったんだよね。


 小宮くんのお父さんお母さんは、一流の学校に通って、一流の大学に通って、一流の企業に勤めるようになるのが子供の幸せだって思い込んでいるんだけど・・


「僕、実は今日のことを学校の担任の先生とか、児童相談所に相談してみようかなと思っているんです」

 と、僕が言い出したところで、ようやっとお父さん、お母さんは言葉を飲み込んだんだ。


「だって、歩道橋から自殺をしようと考えているほど小宮くんは思い詰めているんですよ?だと言うのに、未だに塾が大事だ、偏差値が高い学校に行かなくちゃとか、時間がないとか言われている姿を見ていると、これって『教育虐待』だなって思うんです。子供が死のうって考えるほど思い詰めているのに、今、この時点でも勉強、勉強、と言い続けている二人の姿を見たら誰だって『虐待』が行われているって思いますよね?」


 虐待が行われているようだったら、子供は保護されるべきなんだって学校でも習ったよ。


「あの時間帯に小宮くんが歩道橋から飛び降りようとした。小宮くんはお父さんに、自分の死ぬ姿を見せたかったんじゃないですか?」


 小宮くんはずっと下を俯いているんだけど、テーブルの上に載っている小さな霊体は、俯いて泣きながら何度も大きく頷いている。


「一流企業に勤めているお父さんが、子供に当てつけのように自殺されたら、会社の人たちはどう思うんですかね?お父さんの上司は、子供をそれほど追い込むような人だから、きちんと部下の管理なんか出来ない人なんじゃないかと判断するんじゃないですかね?」


 僕の言葉に小宮くんのお父さんは下を俯いたけど、お父さんの後ろにいる厳しい顔のお爺さんはようやっと事の重大さに気が付いた様子で項垂れている。


「小宮くんは成績も良いし、足も早いのでクラスでも人気者ですけど、その人気者の小宮くんを自殺にまで追い詰めているんですもんね。母親失格、って(ママ友たちから)言われちゃうんじゃないですか?」


 そこでようやっと、小宮くんのお母さんは事の重大さに気が付いた様子で、自分の顔を両手で覆いながら項垂れた。


 僕のお母さんもそうなんだけど『子供には幸せになってもらいたい』という思いが根底にあるのは間違いないんだけど、そこに『まあ!お宅のお子さん!本当に凄いのね!』と言われたいっていう承認欲求みたいなものが溢れ出て来ちゃうみたいなんだよね。


 僕の担当看護師さんだった君島さんは、

「日本人っていうのは自己肯定感が低すぎるからこそ、承認欲求が強すぎるし、その強すぎる承認欲求によって周りに弊害が出て来ることになる」

って、僕のお受験問題の時に言っていたんだよね。


 周りから凄いわね、きちんと子育て出来ているのね、立派な親だわ!って言われたいが為に、親は子供の教育にお金を注ぎ込むようなことをする。自分の思う通りの道を行けば子供は絶対(・・)に幸せ(・・)になるんだから!この思い込みがエグいって僕は思うんだよね。


 ちなみに一流企業への道を選ばずに理学療法士への道を目指すのなら、難関国公立大をわざわざ目指す必要はないと思うんだけどね。

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