第6話  賭けに出る

「先生とのカウンセリング、お母さんと一緒じゃなくて大丈夫だったかな?」

 僕を迎えに来た看護師さんは心配そうに僕に声をかけて来てくれたんだけど、僕は笑顔を浮かべながら答えたよ。


「お母さんは弟の習い事のお迎えがあるので時間がなくて、でも、僕一人で全然大丈夫ですから」

「そうなの?智充くんは偉いわね」


 なにしろ脳外科病棟に入院している子供は僕一人なので、看護師さんたちは僕に対して非常に同情的だったりするわけだ。僕がやらかした隣の病棟にまで届く夜中の叫びも、慣れない環境で入院生活を送る僕が大きなストレスを抱えているせいだって考えてくれている。そのお陰か、心配をしてわざわざ声をかけてくれる人も多くなったんだよね。


「先生、智充くんをお連れしました」

 カンファレンス室の扉をノックして看護師さんが声をかけると、わざわざドアを開けて出迎えてくれた礒部先生が、

「お〜、智充くん〜、夜中に絶叫したんだって〜?」

 と、ニヤニヤしながら問いかけてくる。


 礒部先生は顔が横に広がっていて、額が脂ぎっていて、髪の毛がぴょんぴょん跳ねている癖っ毛の先生なんだけど、相変わらず先生の右肩には女の人の生首が乗っている。


 この前までは腰に女性の手が絡みついていたんだけど、今日は先生の右足に女性の右足がくっついている。


 どういう事なんだ?って思いながら僕だけカンファレンス室に入ると、先生はわざわざ椅子を引いて僕を座らせてくれたんだ。


「どう?もうすぐ退院だけど、やっぱり入院生活は大変かな?」


 先生はそんなことを言いながら僕の向かい側に座ったんだけど、腰に巻きついていた手がテーブルの上に載り、絡みつく足は先生の足に寄り添うように膝を曲げてぴたりと止まる。


 テーブルの上の女性の手の爪には綺麗なマニュキュアが塗られていて、水色に雪の結晶を描いている。見惚れるほど綺麗なデザインのものだった。


 足はテーブルの下の方に隠れちゃって見えないけれど、かなり踵が高い靴を履いている。


「先生、世の中には交通事故に遭った後に、今まで見えなかったものが見えるようになったっていう話がありますよね」


 僕は綺麗な爪を眺めながら先生をほぼ無視して言ったわけ。

「今まで見ることがなかった手とか足とか・・」

 僕が先生の右肩に視線を送ると、女の生首は僕の方を見てニンマリと笑う。


 そうなんだよ、夜中に僕のベッドの近くにまでやって来たのは、先生の右肩でほっぺにチュッチュやっているこの女だったんだ。


「そういうの、角膜移植をした人の話とかでよくあるよね」

 先生は僕の視線には気がつかない様子で腕を組むと言い出した。


「過去に見たものをその角膜が記憶していたみたいな話とか、臓器移植したらその記憶が患者に残ったとか、そんな話は聞いたことがあるけど、智充くんは何かを移植したわけでもないもんね〜」


 先生は目の前のパソコンをいじりだすと、僕の最新のCT画像を確認しながら、

「脳の方には何も問題ないと思うんだけど、智充くん、もしかして、今まで見えなかったものが見える系?」

 先生が半信半疑の眼差しで僕の方に視線を向ける。


「交通事故に遭った人が、今まで見たことがなかったものが見えるようになるって話、良くあるんだって話には聞いたんですけど・・」


 先生の僕を見る目がどんどん胡散臭いものでも見るようなものに変わってきた為、僕は賭けに出ることにしたわけだ。


「髪の毛は背中の中程までくる感じで、茶色に染めているとかじゃなくて真っ黒。右に泣きぼくろがある美人で、先生の方を見ながら『し・ね』って口を動かしています」


 先生の肩に乗る女性の生首は、口をパクパク動かしている。僕はベッドで見上げた時に真正面からその動きを見ることになったんだけど、そこで『し・ね』という形で動いていることに気がついた。


「鼻はスッと高くって、唇は薄い感じです。しょっちゅう、先生の頬にチュッチュッってキスをしているんですけど・・」


 先生は大きく目を見開くと、自分が着ている白衣の両肩を擦り付けるようにして撫で出した。


「何もいない・・何もいない・・」

「あと、爪に雪の結晶を綺麗に描いた女性の手も先生の前にありますよ?」

 僕は手が載っているテーブルの上を指さすと、先生は慌てた様子で椅子から立ち上がる。すると、先生の足に絡みつく女性の足がよく見えた。


「それから先生の左足に女性の足が絡みついています、8センチくらいの高さの踵で・・」

 僕は指と指でヒールの高さをあらわしながら、

「高そうなパンプス、色は夕焼けの色みたいな赤」

 床に尻餅をついた先生は怯えるようにして自分の足に視線を向ける。


 僕は大人が驚き慌てる姿を初めて見たんだけど、先生の顔は真っ青を通り越して真っ白になっている。


「お・・お・・お祓いに行ったのに!」

「え・・もしかして先生が殺したの?」


 僕が生首の方を指差しながら言うと、

「殺してない!殺してない!」

 と、慌てたように言い出した。


「地方の病院に配属になった時に、ちょっと遊ぶだけのつもりで付き合っただけなんだ!まさか大量に睡眠薬を飲んで自殺未遂までするなんて!」

「それで死んで・・」

「だから死んでないって!」


 何でもその女性は命だけは取り留めたものの、意識は戻らず、今でも入院状態となっているらしい。


「前にも言われたことがあるんだよ!それでお祓いにも行ったし!見舞いにも行ったし!」

「それじゃあ、その手と足は?」


 僕が手と足を指差しながら問いかけると、先生はヒイイイイッとか言い出した。ヒイイイイッなんて言い出す人は漫画の中だけだと思っていたよ。

「すんごい先生のこと好きみたい、爪も足も、褒められて嬉しいんじゃないかな。それで先生といつまでも一緒に居たいみたい」


 僕は床に転がる先生の左手薬指にはまる指輪を見ながら言い出した。


「だけどさ、先生結婚しているんだよね?」

 おそらく、手と足は別の人で、それぞれ先生のことが好き。君島さんは生き霊は濃く見えるって言うけど、僕には手も足も、本物が今もそこにあるように見えるんだよね。


「看護師さんたちにこの話をしたらどうなるんだろう?」

「うわぁああああ!やめてくれえええええ!」

 大人が本気になってやめてくれって言いだすの、僕は生まれて初めて目の当たりにした。


      *************************



医者と幽霊は親和性が高いということは第一話でも書いたのですが、いよいよ、核心に迫ります。

お医者さんは幽霊をたくさん連れて歩いているらしいんですよ。見える人曰く、大概が女性、それもゾロゾロ。これも病院あるあるなんですかね。

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