第16話  仕方ないと諦める

『智充、一緒にバーベキューに行った五島さん、うちの大学のキャンパス前で起こった車の事故で死んだらしいんだよ』

『やっぱり花魁淵なんていう最恐のホラースポットに行っちゃったからかな』

『参加者が三人も病院に入院しているし、やっぱり呪われているのかな?』

『俺、お祓いに行ってこようかな』


 こんな夜中にメッセージをバンバン送ってくる大森くんを僕はまるっと無視することにした。


「智充くん?友達から?」

「うん、クソどうでも良い内容だった」

「今、何時?」

「夜中の2時だね」

「まだ、寝られるね」


 僕の胸に額を押し付けるようにした麻衣ちゃんが寝息をたて始めたのを確認すると、僕は彼女の髪に自分の顔を埋めながら目を瞑る。


 狂気の五島さんから逃げ出した僕は、麻衣ちゃんを連れて大学の東門から外に出ると、駅前のゲーセンに行き、カラオケに行き、本屋に行き、ファーストフード店に行き、とにかく落ち着きなく麻衣ちゃんを連れて徘徊している僕は、かなり怪しく見えたようで、


「智充くん、もし良かったらうちに来る?」

 という麻衣ちゃんの言葉に縋るようにして彼女住んでいるアパートまで着いていくと、

「いいよ、智充くん」

 と言う麻衣ちゃんの言葉で我を忘れたところはある。


 もう、本当に怖かったっていうのと、もしかして車に轢かれて死んじゃったのか?ということと、なんで彼女はあんなに人を殺したんだっていう謎と、とにかく頭の中はゴチャゴチャで、そんな僕の状態を見て、麻衣ちゃんの後ろに居る鬼のお面も、仕方ねえなあって感じで姿が見えなくなったんだ。


 人間、死にそうになると生への渇望とか、子孫を残さなくちゃという遺伝子レベルに刻まれた欲求とか、そういうのが一気に溢れ出てくるとか聞いたことがあるけど、いや、きちんと避妊はしていますけども、僕は、麻衣ちゃんを求めずにはいられなかった。


 寝ている麻衣ちゃんを抱き寄せながら、スマートフォンに思わず手が伸びてしまう。うちの大学の名前を入れて検索をすれば、車が壁に突っ込んでいる画像と共に、今日の夕方、運転操作を誤った車が大学の校門近くに突っ込み、通行をしていた五島莉奈さん(十八歳)は病院に搬送されたものの、その後、死亡が確認された・・という記事がヒットした。


この事故では他にも、転んで怪我をした人など居たが、いずれも軽傷。車を運転していたのは82歳の男性で、ブレーキとアクセルを間違って踏み込んだものと思われる。


「あああ・・なんてことだ・・」


 僕は今まで白骨遺体を発見したことはあれど、人が死ぬっていう事象に巡り合ったことがない。おじいちゃん、おばあちゃんもまだ元気だし、生まれてこの方、お葬式にだって行ったことがない。


 確かに坂本くんは死にそうだったけど、ギリギリセーフで助けたんだもんね。だったら、五島さんもどうにかすれば助けられたのではないかと思ってしまう。僕が何か上手くやれれば、彼女は死なずに済んだかもしれないのかな?



 翌日、普段通りに大学に行くと、大森くんは欠席のようで姿が見えなかった。僕の心の中のモヤモヤは大きくなるばかりで、そんな僕の様子を気にして、麻衣ちゃんが気を使ってくるから申し訳なくなってくる。


 これは人生の先輩であるあの人に、相談した方が良い案件かもしれない。


「それで、また私に相談をしたいと言い出したわけか」

 ファーストフード店の安い珈琲をテーブルの上に置いた君島さんは、呆れたようにため息を吐き出しながら、目の前に座る僕をまじまじと見つめたのだった。


 君島さんは小四の時に交通事故に遭った僕が入院した病院で担当してくれた看護師さんなんだけど、僕は何かあると君島さんを頼る傾向にあるようだ。


「わざわざ君に会いに来たその娘だけどな、八人の死霊を纏わり付かせていたんだろ?」

「そうなんです、殺したんじゃないかな〜と、売春とかやらされて、恨みというか何というか?最近、性的グルーミングって問題になっているじゃないですか?」


「最終的に性的行為に持ち込むために、子供と信頼関係を構築するというやり方のことだよな」

「それです、そういうのでハマり込んじゃったんじゃないかなって。彼女、中学校のクラスメイトで、親とかも全然、普通の職業に就いている人なんですけどね?」


「最近、そういうの多いらしいぞ」

 君島さんはため息を吐き出しながら言い出した。

「本当に普通に生活している子が、SNSで繋がって罠に嵌ってしまうんだよ」


 君島さんはうんざりした様子で顔をしかめる。


「そういった被害を受けていたと思われる君の友人は、八人くらいは平気で殺していそうだと。その友人が、昨日君の元まで現れて、君に霊体を視てもらいたいと言ってはしゃいでいた。それで、恐ろしくなった君がその友人を振り切って逃げ出したら、その友人が車に轢かれて死亡」


 君島さんは珈琲をごくごくと飲んだ後、

「だからなんだって言うんだ」

 と、言い出した。

「えーっと・・・」

 だからなんだと言われましても。


「君が彼女を道路の中央に突き飛ばして車に轢かれるように仕向けたのか?」

「まさか」 

「君が、その高齢者が運転する車に細工をして、ブレーキペダルを踏んでもブレーキがかからないようにしたとでも言うのか?」

「いやいや、そんな訳ないでしょう」


「君は、彼女を突き飛ばしたわけでもなければ、『気持ち悪い!死ね!』と、叫んだわけでもない。ビビった君は『もう無理〜!』と言って逃げ出しただけであり、彼女の死に対して君は何も関わっていないだろう?」


「まあ、確かにそうなんですけど」

「そもそも、君が言っているその彼女、満足そうに成仏しているぞ」

「はい?」

「轢かれても別に問題なかったらしい、全てに嫌気が差していたんだな」

「ええ?」

「そもそも八人も殺しているんだろう?」

「そのように僕は思います」

「例え人を殺していたとしても、案外捕まらずに済んでしまうという奴は居るもんなんだよ。だけどな、そうやって捕まらずに済んだとしても、殺している人間が多くなればなるほど、自分の魂が傷ついていくんだ」


 君島さんは、こんなことは言いたくないんだが・・と言いながら言い出した。


「私も君と同じように見える系の人だから、医者のように意図せず(医療ミスで)殺すという場合以外でも、ああ、こいつ殺っているなという人間を見つけることがある」


「おおお〜、君島さんもそうなんですね」

 一気に仲間が出来た気分。元々、君島さんは見える系の人なんだけど、アドバイスをしてくれることはあれど、どういうものが見えるのかという具体的な話はしてくれない人だもん。


「それで、そういった奴を遠目から観察していると、大概、大元にある魂が疲弊していることに気づくことになる」

「恨みつらみが大きすぎるからですかね?」

「まあ、そこら辺は専門家じゃないので分からないのだが、とにかく、最終的には自殺する」

「え?」

「たくさんの霊体を憑けている奴、自殺しがちだし、不慮の事故で死にがちだよな」

「えええ?」

「霊体が引っ張る力に抗えなくなるんだろうな」


 君島さんは珈琲を飲みながら、

「だから、君のその中学の時の同級生が死んだというのも、それは仕方がないことであると判断するしかないわけだ」

 と、至極あっさりと言い出した。

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