第8話  ご利益あるお守り

 大森くんはカレーに手をつけず、頭を抱えて項垂れている。


「暗くなりかかった道を走らせて、もうそろそろ青梅市に差し掛かるっていう時に、何故か、対向車線の車がパッシングして来たんだよ・・」

 パッシングというのは、車のヘッドライトをカチカチ、オンオフするやつだね。


「それで、杉山くんが、警察が取り締まりしているのかな?とか言い出して」


 そうそう、警察が張り込んでいたりすると、親切な対向車がパッシングで教えてくれたりするんだよね。


「だけど、車の取り締まりとか全然ないし、通り過ぎる車、通り過ぎる車、みんなパッシングして来るんだよ。それで、速度を緩めて運転席の窓を開けてこっちに向かって何かを言って来る車が居たものだから、こっちも道の端に車を寄せて停車させて『何かあったんですか?』って尋ねたんだけど・・」


 大森くんはガタガタ震えながら言い出した。


「運転手のおじさんが車の上の方を指差して、人が上に乗っているぞって」


「はあ・・」

「何のおふざけをしているんだ?女の子が車の上に乗ったままだぞっ!て言い出して」


 大森くんは自分の顔を手で覆い、呻くように言い出した。


「杉山くんが、え?どういうこと?って言って運転席から降りて、車の上を見ようとしたら、後ろから走って来た車に跳ねられちゃったんだよ!」


「こっわ!」


 普通、それで怯えて家に帰ったら、運転していた奴が原因不明の高熱でうなされるっていうパターンになるやつじゃん。


「すれ違い様、パッシングしていた車の運転手には、車の上にしがみ付くようにして乗っている女性が見えていたって言うんだけど、後続車の方は、車から降りた杉山くんのことが全然見えていなかったって言うんだよ。それで、停車している車の横を追い越そうとしたら、いきなり人を轢いてしまって、本当に見えていなかったんだって警察の人にも言っているし」


 大森くんは自分の髪の毛を掻き回しながら言い出した。


「対向車線で俺らに声をかけて来てくれた人も警察に証言してくれて、確かに車の屋根に女が乗っていたって話をしてくれたんだけど、結局、何処探してもそんな女性は居ないし、そうこうするうちに、警察の人もおじさんも、もしかして幽霊(アレ)かもしれないねって言い出すし、ショックを受けた松崎さんが悲鳴をあげて失神しちゃうし」


「マジかよ・・」

 対向車線を走る車の運転手にも見えるほど、強力な霊体が関わっているとするのなら、幽霊のせいで後続車の人は人身事故を起こしたことになるわけか・・マジで可哀想。


「杉山くんの容態は?」

「足の骨折だけで済んだみたいなんだけどさ」

「頭は打たなかったんだね」

 

 頭蓋底骨折をやらないで良かったじゃないか。


「それで、車は事故車扱いで警察が運んでくれることになったし、救急車が来て杉山くんは八王子の総合病院に運ばれることになったんだけど、気絶したままの渡辺さんが目を覚さないものだから、渡辺さんも同じ病院に運ばれることになったわけ」


 大森くんは自分の両手を擦り合わせながら言い出した。


「警察の人が杉山くんと渡辺さんの家に電話してくれて、それで、今すぐ病院に向かいますってことになったんだけど、そしたらさ、居なくなっちゃったんだよ」

「居なくなった?誰が居なくなったわけ?」

「坂本くんが居なくなっちゃって、警察の人も探してくれたんだけど全然見付けられなくて」

「えええ?」


「五島さんが電話しても出ないし、忽然と、姿が見えなくなっちゃって。俺の方は警察から連絡を受けたお父さんが迎えに来てくれて、五島さんの方も家族が迎えに来たんだけど、坂本くんの家には連絡もつかなかったみたいで」


 大森くんは、モゾモゾ体を動かしながら言い出した。


「とにかく俺は家の車で帰って来て、後続車が起こした有責の事故っていう感じだし、坂本くんに関しては今日になってもわかんなくて」

「その坂本くん、とりあえず、家に帰ってないと思うよ」

「はあ?」


 僕は大森くんの後を指さして言ったわけだよ。


「大森くんの後ろに坂本くんの生き霊が居るもん」

「えええええええっ!」


 驚き慌てて大森くんは後ろを振り返ったけど、僕はもう、大森くんに関しては遠慮をすることはやめにしたんだよね。


「信じようが、信じまいが、クソどうでもいい。僕は関係ないから」

「やだ!やだ!やだ!そこで投げ出さないで!一緒にどうするか考えて!お願い!」


「え〜、だってその坂本くんって、五島さんの恋人でしょう?」

 僕は大森くんを見ながらため息を吐き出したよ。

「なんで僕が関わらなくちゃいけないわけ?」


 五島さんは、絶対に過去に人を殺しているんだって。何故だか知らないけど彼女は僕に強烈な悪意を持っているし、君島さんは絶対に近づかない方が良いって言っていたし、だったら僕が関わる理由ってあるのかな?ないよね?


「大森くんの友達なんか知らないし、僕には関係ないかな〜」

「人が一人、車に轢かれて病院送りになっているんだって」

「いやいやいやいや」


 なんか知らないけど、人の親切心を利用して奥多摩まで連れ出して、挙げ句の果てには最恐の心霊スポットの一つとやらに連れて行かれるし。お陰で、せっかく閉じたままだったチャンネルががっちり開いて、幽霊が見える体質に逆戻りだよ。


「そういえば、大森くん、しばらくあの花魁渕に居たんだよね?

「居たよ!帰る足もないし!さあ帰ろうってみんなが言い出すまで、我慢して居続けたよ!」

「そうだよね、居続けたんだよね・・」


 あれだけ強烈な心霊スポットに行ったんだから、幽霊の一つや二つは拾っていそうに見えるのに、大森くんの身辺は綺麗なもので、悪霊関係が一匹たりとも付いて居ない。


「大森くん、ご利益を求めて何かのお守りとか持っていたりするタイプの男子?」


 ついこの前まで受験生やっていた僕でも、学業お守りを大量に所持している。おじいちゃんやおばあちゃんだけでなく、親とか親戚のおじさんおばさんにまで買って貰っているので、かなりの数のお守りを持っていることになるんだけど・・


「ああ、俺、厄除けお守りを持っているんだよ」


 大森くんは財布の中から一個のお守りを取り出して言い出した。

「前に智充が紹介してくれた玉津神社のお守りなんだけどさ、黒字に紫の刺繍でカッコイイな〜と思って年始に購入したんだよね」


「おお・・おお〜」

「厄年とか関係なく、厄払いのお守りは購入しても良いんですって張り紙にも書かれていてさ、それで購入したんだよね」

「おお・・おお〜」


 マジか、それがあったから無事だったのか。

「お前、そのお守り持ってて良かったな〜」

 玉津神社のお守りって、本当〜にご利益があるんだな。





      ***************************


この花魁淵の話は、むか〜しむかし、実際にバイト先の人の友達(遠い)が体験した話です。

 対向車からパッシングされて、「上に女の人が乗ってるぞ・・」と言った途端、対向車のおじさんも、あ、これ幽霊かもと思って逃げるように走り出して、結果、花魁淵から家に帰った運転した子が高熱を発したんですよね。何台にもパッシングされたって言うのが恐ろしい話で、そんなに見えてたのか!!というエピソードです。


さすが最恐の心霊スポット(今は入れないらしい)ですよね!!

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