第10話 僕は視える人だから
あの後、小宮くんの叔父さんがやってきて、家族揃っての話し合いが行われたんだって。
「兄さん、一流の企業に入ったら安泰だなんて、その考えはあまりにも古すぎるよ」
小宮くんのお父さんも最近実感していることなんだけど、御三家と言われるような学校に行って、有名国立大を出て一流と呼ばれる企業に勤めるようになった若者たちであっても会社を辞めちゃうことが多いみたい。若者の離職率ってかなり高いみたいなんだよね。
入ってみたら思っていたのと違ったというのはまだ分かる理由で、人間関係が構築出来ない、会社のやり方に合わせることが出来ない。相談出来る人がいない、もっと他の会社に行ったほうが自分の能力を活かせるんじゃないか。
そんな理由で転職して行くんだけど、結局転職先でもうまく行かずに更に転職。ここまで来ると、学歴とかそういうのはお飾りなだけで、あんまり重要視されなくなって来る。
幾ら難関国公立大を出ていたとしても、短期で転職を繰り返しているんだもんね。そんな人を採用しようとは思わないよな。
「終身雇用や年功序列が約束されていたのは昔の話で、これからのホワイトカラーは決して安泰とは言い切れないものがあるよ。いざ、リストラや会社が倒産ってことになった時に、一流企業で営業やっていましたから、総務やっていましたからは通じないよ」
これからの世の中で生き残る為には資格を持っているような職業が潰しが効くし、
「兄さん、例えば今、兄さんの会社が明日倒産して、すぐに同じレベルの役職に転職出来ると思う?無理だよね?だけど僕なら出来るんだよ。何せ、手に職を持っているからね」
という小宮くんの叔父さんの言葉で、小宮くんのお父さんは考えを改めることにしたらしい。
まだ中学三年生だもの、将来なりたいものだって変わってくることになるかもしれないけれど、とりあえず小宮くんは偏差値68の高校を目指すわけではなくて、偏差値61の自分が行きたいと思う高校を目指すことになったんだって。
まあ、僕としてはそれでも偏差値61か。凄いなって思うんだけど、一つランクを下げただけで心の余裕が出来たらしい。
元々、小宮くんは中学受験をして私立の中学に入学したわけなんだけど、追い立てられるように塾で勉強をし続けて来た生活から、いきなり後は自分の思う通りに勉強をしろと言われて、訳が分かんなくなっちゃったらしいんだよね。
それで学校生活が全くうまく行かなくなっちゃって、二年の途中から公立に転校してくることになったんだけど、高校もレベルが高いところに行ってまた同じことになったらどうしようって物凄く不安になっていたみたいなんだ。
「それにしても、智充はなんでうちのお父さん、お母さんが平気なの?」
小宮くんが精神的にようやっと落ち着いて来た頃、体のまわりに憑いている思念体の数も極端に減ってきた時に、ずっと疑問に思っていたことを小宮くんは僕に吐き出した。
「僕のお父さんはエリートって感じでとっつきにくいし、お母さんも気位が高すぎて嫌煙されがちな人なんだよね。親戚の人たちは同じような人ばっかりだから大丈夫なんだけど、保護者会とかでは浮いちゃうような人達だし、僕ですらまともに話し合いとか出来るような親じゃないのに・・」
なんであんなに物申せたの?って言いたい訳だよね?
「それはさあ・・」
小宮くんは小学校の時から付き合いがある友達なんだけど、流石に歩道橋から自殺をしようとしている姿を見た時には、本当にどうしようって思ったんだよね。
元々、幽霊を山のように背負っている小宮くんだけど、その大勢の思念体が小宮くんを引っ張ろうと歩道橋の上から弓なりになってぶら下がっていたんだよね。それはもう、本当に恐ろしい光景で、落ちたら絶対に死ぬだろうって、思念体の量から僕は判断した訳だよ。
そんな小宮くんの心に大きな穴を作っているのが彼の両親なのは間違いなくて、小宮くんを自分たちが作り出した作品だとしか思っていないような二人の行動に、激しい怒りを感じたんだよね。
「僕の場合はさ、小学四年生の時にお母さんが塾に行け、中学受験をしろと言い出して、丁度その時に交通事故に遭って入院することになったんだ。そうしたらお母さん、塾から山のような教材を貰ってきて、僕の病室まで持って来て勉強をしろって言い出したんだよね」
あの時は本当に塾に行くのが嫌で、幽霊に取り憑かれている礒部先生を脅迫してまで塾行きを阻止した訳だ。弟の一件でも思ったんだけど、子供の思いだけで塾行きとか中学受験を阻止するのって本当に難しいと思うんだよね。
「問答無用で私立の中学校から私立の高校にエスカレーター式で進学して、大学は周りも驚くような一流大学に行けっていうわけで、そこに行って一流企業に勤めればもう安泰だって言うんだよね。だからこそ、勉強、勉強、勉強しろって、夜ご飯も満足に食べずに塾で勉強するのがもう、本当に僕は嫌で・・」
選べる自由がないのが本当に嫌だった。自分の将来のことなのに親が全部決めてかかった上で『そうしたほうが絶対に将来幸せになれるのよ』という押し付けが嫌だった。
それで無理やり塾に通わせた上で、
「なんで成績がこんな程度なの?」
「おかしいじゃない?」
「お金をドブに捨てているような物じゃない!」
なんてことを言われている友達を見て、つくづく思うよね。どうせ怒られるのなら、自分がどう進むのかを選んだ上で怒られたいって。
「お父さんと話してさ、僕は塾に行かない代わりに、分からないところは土日にお父さんから勉強を教わるってことで決めたんだ。その分、お父さんは家計の負担が減るし、僕は大嫌いな塾に行かないで済むことになる。お互いにウィンウィンじゃんっていう話になったんだけど、小宮くんはそういう話し合いとかなかったんでしょう?完璧に決められた通りに、お前はやれって命令されただけなんでしょう?」
項垂れる小宮くんの肩の上で、小さな霊がガックリした様子で両手で顔を覆っている。
「僕は視える人だから、小宮くんを守ろうとしている霊が小さくなっちゃっているのにも気が付いていたし、弱った心に付け込むようにして沢山の霊が小宮くんに取り憑いているのも視えているから、とにかく悪いことが起きなければ良いなってずっと心配はしていたんだ」
僕は小宮くんの肩の上に居る、小さな小さな霊に同情をしてしまったのかもしれない。お父さんの前に出て、這いつくばるように額を押し付けながら土下座をする姿を見て心を打たれたし、小宮くんを助けようと必死になっている姿を見て、心を動かされてしまったんだ。
「だからね、小宮くんのお父さん、お母さんの後ろに居る霊体の姿も視えるし、その霊体の姿を見ていれば、お父さんお母さんが何を考えているのかとか、そういうのを察することが出来るってわけ」
だから、僕は大人相手でも自分の都合が良いように話をすることが出来るんだ。
僕が学校の先生とか児童相談所と言い出した時、お父さん、お母さん自身の表情は大して動くことはなかったんだけど、後ろの霊体の動揺は明かなものだったからね。ここを押していけば話がうまく進むと僕は判断したわけだよ。
「だから、大森くんの時も、お祓いに行こうって言い出したのか・・」
「そうだよ」
恐怖心は多くの霊を引き寄せるきっかけになるからね。だからこそ、その恐怖心を切り離すためにお祓いに行くことを僕は勧めたわけだけど・・
「だけどね、これは僕と小宮くんとの秘密だよ」
「秘密?」
「だってさ、幽霊が視えるなんておかしな話だろう?」
僕は小学四年生の時に交通事故に遭って頭を激しく打ったわけだけど、それがきっかけとなって幽霊が視えるようになったんだ。そのことを病院以外で誰かに言うのは初めてのことだったんだけど、僕は小宮くんの肩の上にいる小さな幽霊に同情をしていたのかもしれない。
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