第3話  失神した大森くん

「「「ぎゃーーーっ!」」」

「「「ワーーーーッ!」」」

「「「「先生―――――!」」」」


 教室内は阿鼻叫喚の坩堝と化し、机は倒れるは、椅子はひっくり返るわ。

 廊下に飛び出した奴は先生を呼びに行ってくれたんだけども。


「大森くん〜、大丈夫か〜」


 泡を吹いて倒れた大森くんを横向きにして、伸び切った膝をあえて曲げて、お腹の方へ持ってくる。そうすると補助を付けなくても自然と横向きになってくれるんだよね。


「智充、お前、そんな風に横向きにして大丈夫なのかよ?」

 小宮くんが心配そうに尋ねて来たんだけど、

「唾液や嘔吐で窒息しないように、横向きにしておいた方が良いんだよ」

 と言って、大森くんの閉じた目を無理やり開いて、瞳孔がきちんと動いているのかを確認する。


 周りは完全に集団ヒステリーを起こしているような状態で、

「呪いだ!」

「怖えええっ」

「誰か助けて〜!」

 と、うるさいけど、小宮くんは意外に冷静な感じで大森くんの顔を覗き込んでいる。いや、大森くんの顔を覗き込んでいるんじゃなくて、僕を見ているって事なのかな?


「何で無理やり目を開いて見ているわけ?」

「見た感じ頭は打ちつけたようには見えないけど、急に倒れたから脳みそに問題がないかどうかを瞳孔を見て確認したんだよ」

「脳みそ?」


 怪訝な表情を浮かべる小宮くんに僕は説明をしたよ。

「僕さ、小学四年の時に交通事故に遭って、頭蓋底骨折っていうので一ヶ月近く脳外科病棟に入院したんだけど、そこで看護師さんに色々と教えて貰ったんだ」


 瞳孔は光に当たると収縮するんだけど、脳に障害がある場合は瞳孔の収縮に左右差が出るようになるんだよね。


「気は失っているけど、瞳孔は問題ないし、脈も一分間に102回と早目だけど、緊張と恐怖でドキドキしている状態だから、仕方がないとして・・」

「コーンとか言っていたけどさ、もしかして狐の霊が憑依しているとか、そういう事じゃないの?」


 小声になって小宮くんは問いかけて来たんだけど、僕は肩をすくめながら答えたよ。

「コックリさんは狐とか狸とかの霊が降りてくるとか言われているけどさ、狐とか狸は人間に憑依するほどの強烈な思念体にはならないんだよ」


 ワンちゃんとか猫ちゃんとかの霊が、可愛がってくれた飼い主さんの元にしばらくの間は残っているなんていうことはあるみたいだけど、日常でも見かけることがない狐やら狸やらが、直接悪さをするような事態はまあ、ないよね。


「全ては思い込みによるものだと思うんだ。特にコーンなんて言い出したのは、大森くん自身が狐に憑依されたかもって思い込んじゃった現れなんだと思うしね」


「それじゃあ、今は倒れているけど幽霊に乗り移られたわけじゃないのか」

 明らかにホッとした様子で小宮くんはため息を吐き出しているけど、そんな小宮くん自身が精神的に弱り過ぎていて、霊体の格好の餌食となりそうな状態になっているんだけども。


 幽霊はさ、明るい人間の元へ、その明るさに導かれるようにして集まる場合もあるんだけど、反対に、精神的に弱りきっている人間の元へ、自分たちの方へ引っ張り込もうとするために集まる場合もあるんだよね。


 小宮くんは背も高くて、顔もイケメン枠に入ると思うし、色々な人に注目を浴びるタイプの人だとは思うんだけど、だからこそ、お呼ばれしやすそうに僕には見える。


「あのさ、小宮くん、何か悩み事でもあるのなら・・」

「お前ら!一体何をやっていたんだー!」


 担任の先生じゃなく、体育の先生がやって来たから大変なことになったよ。学年主任の先生だから、

「放課後にわざわざ教室に残って?コックリさんをやっていただぁ?」

 お前らは馬鹿か!みたいな感じでめちゃくちゃ怒り出しちゃったんだよね。


 挙句の果てには次の日に学年集会をすることになっちゃって、

「放課後に教室に残って『コックリさん』をやっていた生徒がいる!」

 っていうことで、僕らはみんなの前に立たされることになっちゃったんだよ。


 言い出しっぺは大森くんだったのに、その大森くんは次の日学校に来なかったから晒し者にはならなかったんだ。だから、みんなブーブー文句を言っていたんだけど、次の日も、その次の日も、大森くんは学校にやって来ない。


「智充、大森の奴、なんで学校を休んでいるのか知っているか?」

「まさか、本当に呪われたわけじゃないよな?」

「大丈夫なのかな?」


 あの後、保健室に運ばれた大森くんはすぐに目を覚ましたんだけど、一応、頭を打っているかもしれないってことで病院にも行ったし、診察の結果は特に問題はなかったらしいんだけど、部屋に引きこもり状態になっちゃったみたいなんだよね。


「真山、悪いんだけど学校帰りに大森の家に寄って、宿題のプリントを渡して来てくれるかな?」


 ホームルームが終わるなり、担任の先生が僕に声をかけて来たんだけど、僕と大森くんは小中一緒で、家も比較的近い場所にあるんだよね。


「はい、分かりました」

 僕が先生にプリントを受け取って自分の席に戻ると、自分の荷物を肩にかけた小宮くんが、

「智充、大森の所に行くの?」

 と、声をかけて来たんだ。


「うん、先生に頼まれたから、宿題のプリントを持って行くよ」

「俺も一緒に行ってもいいかな」


 小宮くんは、大森君とコックリ友(指と指で十円玉を運んだ仲)だから、大森君のことが心配になったのかな?


 大森君のことを心配するより、弱った精神状態で幽霊をわんさか呼び込んでいる、今の自分の状態を心配した方が良いと僕なんかは思うんだけど・・

「それじゃあ、一緒に大森君のところに行く?」

 と、誘ったら、

「行く」

 と、小宮君は言い出したんだ。

 

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