第45話 思い悩むマデリーン(※sideジェラルド)

「……。」


(ザーディンの奴…、随分と白々しい物言いをしていたな)


 いつものように美酒を傾けながら部屋でくつろいでいる時、先日のアリアに対するザーディンの対応を思い出した。

 避妊薬を使うようにと指示を出してきたのは自分のくせに、子ができないのだから俺と側妃が親密に過ごすのも仕方ないのだとアリアを嗜めていた宰相。


(子が成せなかったのはアリアのせいではないと他の誰よりも知っているくせに。……まぁ、俺にとってはあの時のザーディンの言葉は都合の良いものだったが)


 マデリーンと過ごす時間が楽しくて仕方ないのは事実だ。俺の気持ちを汲んでのことだったのだろうか。

 ほんの一瞬、アリアに対する罪悪感のような感情が湧き上がる。宰相に嗜められ、マデリーンにまで強く非難されたアリアは縋るような目で俺を見ていた。それなのに……あれはさすがに可哀相だったか……。


「…ねーぇ、ジェリー。…あたしって、やっぱり所詮は身分の低い家柄出身の側妃でしかないのよね…」

「……?一体何だ?突然どうした?マデリーン」

 

 その時、俺の肩に頭を預けていたマデリーンがポツリとそう呟いた。見下ろしたその表情はとても寂しげで、長い睫毛の陰からわずかに見える美しい赤い瞳は切なく揺れている。


「誰かに何か言われたのか?誰だ?隠さずに言え。お前をないがしろにする人間には俺が罰を与える」

「…ううん、違うの…。そうじゃない。でもね、こないだふと思ったのよ。…あの人があたしの茶会に乗り込んできて、文句を言って怒鳴りつけてきた時に…」

「…あの人…?…まさか、アリアか?アリアがお前の茶会を台無しにしたということか?」


 今にも泣き出しそうな落ち込んだ表情のマデリーンを見ていると、アリアに対する怒りが込み上げてくる。あいつめ…なんて女だ。従順で大人しい女だと思っていたのに、自分が俺の寵愛を失ったからといって側妃のマデリーンを虐めるとは…。こんな女だとは思わなかった。黙って仕事だけしていればいいものを。

 さっきまで感じていたアリアに対する罪悪感など一瞬で消え去った。

 以前はあんなに可愛く思っていたはずの正妃が、ますます憎たらしく不愉快な存在になる。怒りの渦巻く俺の内心とは裏腹に、マデリーンは俺の腕に自分のそれを絡めながら健気に言う。


「ううん、もうそのことはいいの。あの人があたしのことを疎ましくてたまらないのは分かるわ。こんなに素敵なジェリーの愛があたしにだけ向いてるんだもの。そりゃ悔しくてイジワルもしたくなっちゃうわよね。だからいいの。あたし、我慢できるわ。…でもね、茶会の場に乗り込んできたあの人…、たくさんの護衛を連れていて…」

「…護衛?護衛騎士ならお前にもたくさん付けているだろう」


 正妃の護衛騎士が何故そんなに気になるのだろう。不思議に思っていると、マデリーンが自信なさげにその理由を話しはじめた。


「うん…。そうよね。あたしにもちゃんと護衛は付けてくれてる。でもあんなにたくさんはいないわ。広間に乗り込んできたあの人…。すごく、威圧感があった。たぶんあの人の後ろに大勢の護衛騎士が侍っていたからだわ。ああ、やっぱりこの人は特別なんだなぁ、って…。この王宮の中で誰よりも大切に守られている別格の存在なんだなぁって、改めてそう思ったの…。たとえあの人が離宮でひっそりと暮らしていようと、ジェリーの愛をあたしが独り占めしようと、やっぱり敵わない…。あたしなんかあの人に比べれば、所詮いつ危険が及んでも、たとえ事件に巻き込まれて死んでも、きっと誰も悲しまない…」

「マデリーン…。突然何てことを言い出すんだ。そんなはずがないだろう。確かにあいつは他国の王族の娘で、立場上はこの王国の正妃でもある。…だが、お前はそんな肩書きなどなくとも、俺の最愛の妻だ。誰よりも大切に想って可愛がっているじゃないか。…分かるだろう?」


 何故アリアはそんなに大勢の護衛を伴ってマデリーンの茶会に乗り込んだのか。意味が分からない。普段は必要最低限の護衛と侍女だけを連れて移動しているはずだが。…まさか、マデリーンを威嚇する思惑があったのか…?


「…特にね、あの人のことを一番近くで見守っていた護衛の人…。金髪で翠色の瞳をした、すごくステ…、…強そうな護衛の人。とても頼もしく見えたわ。きっとここの騎士団の中でも特別能力の高い人なんでしょうね」

「…誰だ?騎士団長のファウラーの息子のことか…?」

「あたしはよく知らないけど、そうなのかな?その人金髪で翠色の瞳で、すごくカッコ…、……強い人?」

「ファウラー騎士団長の息子がアリアの専属護衛の筆頭だったはずだ。おそらくそいつだろうな」

「ふぅん…。…いいなぁ、あんな人に守られて…」


 マデリーンは俺にもたれかかっていた体を起こすと、両手で顔を覆って深く息を吐いた。


「…だからあの人、あんなにも強気だったのね。あの人は特別な女だから、王国騎士団の中でも選り抜きの護衛たちを大勢付けてもらってるんだわ。…あたしはいつか、あの人のことを擁護する誰か…、あの人の周囲にいる誰かに殺されるのかもしれないわね…」

「は?だから突然何を言い出すんだマデリーン。そんなはずがないだろう。お前だって能力の高い護衛騎士たちにしっかり守らせている」


 突拍子もないことを言い出したマデリーンに驚きながら、俺はどうにか宥めようとした。だがマデリーンはこれまで見たことがないほどに落ち込み、ますます悲哀の色を濃くする。


「ううん。やっぱり待遇に差があるんだってすぐに分かったわ。あの人についてる護衛たちの方が人数も多いし強そうだった。そりゃそうよね。あっちは外国のお姫様。あたしは…、…お姫様になれることを夢見てジェリーの元に嫁いできた、ただの身分の低い一般人…」

「…マデリーン」

「ずっとずっと、苦労ばかりの人生だった。男爵家とは名ばかりの、貧しくて苦しい暮らし…。両親の頭の中は浪費や見栄のことばかりで、誰からも愛されない惨めな人生だった…。ついにあんな酒場でまで働かされることになって…。…でもね、ジェリー。あなたと恋に落ちて、あたしやっと幸せになれるって思ったの。これまで辛いことばかりだったあたしを、あなたが特別な存在にしてくれるんだって。誰よりも大切な、お姫様にしてくれるんだって」

「……。」

「…だけど、夢は所詮、ただの夢…。たくさんの屈強な護衛騎士たちから守られて、笑いながらあたしを見下してくるあの人を見て、それを悟ったの。やっぱりあたしはジェリーの、この王国の王様の一番大事な人にはなれなかったんだって」

「…何故そうなるんだ、マデリーン。馬鹿だな」


 ついにマデリーンは肩を震わせ、シクシクと泣き出した。




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