第55話 つかめない人

「…随分と…、強くなられましたね」

「え…?」


 少し掠れた声でそう呟いたカイル様に思わず聞き返すと、彼は軽く咳払いをして言った。


「…しかし、どうされるおつもりですか。先ほど陛下に向かって他国への援助の話をしておいででしたが、今は援助などしている余裕はありません。それはもうお分かりでしょう」

「…だけど…」


 カイル様の言葉に私は目を伏せた。たしかに、今は他国に援助するどころか自国の現状を維持していくことさえ難しい状況だ。かと言って、このままこの大陸の中心である大国が何の援助もせずに友好国の危機を見ているだけというのもかなり心証が悪い…。


「…莫大な資金を持つ一部の高位貴族たちに協力を得ることはできないかしら」

「何と言ってです?王家は国王と側妃の浪費によって金が底をつきそうなのでお前たちが私財を投げ売って友好国との関係維持に努めよと?」

「……。」


 分かっている。そんなことをどこかの家に申し出ればあっという間に話は社交界全体に広まり、王家の信頼は地に落ちるだろう。

 どうしよう。どうすればいい…?


 考えあぐねていると、ふいにエルドが口を挟んだ。


「発言を失礼いたします、妃陛下」

「エルド?…どうぞ」

「西端の地の領主、プレストン辺境伯に相談してみるのはいかがでしょうか。かの地は元々隣接する国々との貿易が盛んで国内でも特に大きな利益を上げている貴族家でしたが、近年の業績の向上は著しいと聞きます。諸外国との交流も昔から多く、何かしらの良い案を聞けるかもしれません」

「…そうね…。…プレストン、辺境伯…」


 その名を聞いた瞬間、心臓が大きく音を立てた。

 ジェラルド様の元婚約者、コーデリア・デイヴィス侯爵令嬢の嫁ぎ先。元々裕福だったプレストン家が近年大きく業績を伸ばしているというのなら…、そこに優秀なコーデリア様の才覚が発揮されているのかもしれない。

 だけど…、私が彼らに接触を図ることは、プレストン辺境伯夫妻の気分を害することにはならないだろうか。以前ユリシーズ殿下は、コーデリア様が私のことを気にかけてくださっているようなことを仰っていたけれど…。


「…アドラム公爵令息、どう思いますか?」


(……あれ?)


 カイル様を見上げた私は、思わずその端正な顔を凝視してしまった。彼が今まで一度も見せたことのないような表情をしていたから。宙を見るその瞳は驚いたように揺れ、唇は薄く開かれている。

 まるで、ずっと探していた大切な誰かを遠くに見つけたかのような……


「…アドラム公爵令息…?」

「……。……っ、」


 私が再び呼びかけると、彼はビクッと小さく肩を揺らしようやく私の方を見た。途端にいつもの不貞腐れたような無表情に戻る。だけど髪をかきあげながらフイッと目を逸らす彼には明らかにいつもと違う動揺が見て取れた。


「…さあ。どうでしょうね。私には判断いたしかねますが…。かの家が国内でも指折りの資産と広大な領土を保有しているのは間違いありません。支援までは期待できるか分かりませんが、…何かしらの有益な話は聞けるかもしれませんね」

「…そう。あなたもそう言うのなら、訪問の許可を願い出ようかしら」

「まぁ、王家のこの上ない恥さらしになることは間違いありませんがね」

「……。」


 そう思うのならなぜこんなことになるまで私に黙っていたのよ。私に黙っているならいるで、他にやりようがあったんじゃないの?宰相である父上と相談して陛下を上手く諌めることだって、この人ならできたんじゃないの?


 その手の文句を言おうと私が口を開いたのと同時に、


「では、今度こそ失礼します」


と素早く言うとカイル様はそそくさと部屋を出て行ってしまった。


(…つかめない人ね…。一体何を考えているのかしら)


 そもそもなぜ私をわざわざ部屋まで送ってきたのだろう。ジェラルド様の部屋から追い出したいのであれば、あの場に大勢いた護衛たちに私を閉め出させれば済んだだけの話なのに。


(もしかして…、さっきのことを私に伝えたかったのかな)


 ここを見捨てて、国に帰れと。でもこの王家が失墜すれば、自分の立場だって危うくなるはず。彼も無傷では済まないだろうに。


 冷淡でいつも無表情で、私を疎んでいるようでいて、時折理由の分からない感情をちらつかせる。


 もしかしたら彼には、何か私などには考えの及ばない事情があるのかもしれないな…。


 …気のせいかもしれないけど。





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