第72話 恐怖と激痛(※sideマデリーン)※※残虐描写があります。

 ※側妃目線の回想と、残虐シーンありのざまぁ回です。この話は読み飛ばしていただいてもストーリーに支障はありません。



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 しょぼくれたあたしの人生にようやくつきが回ってきたのは、あの狸爺に声をかけられた時だった。


 何だかよく分からないけど、面白そうだと思ったの。要は金持ちの男をあたしの魅力で籠絡しろってことでしょ?簡単よそんなの。あたしずっとそうやってお小遣い稼ぎしながら生きてきたんだから。


 だけどそれがまさか、この国の国王様だなんて思わないじゃない?ジェリーに打ち明けられた時は興奮し過ぎて発狂しそうだったわ。国王よ、国王。金持ちどころじゃない。最高峰よ。どんなエライ人も貴族たちも誰も逆らえない、一番上の身分の人。あたしはそんな男に選ばれたの。この顔と体に産んでくれた両親に初めて感謝したわ。今までの貧乏暮らしもひどい扱いも全部チャラにしてやってもいいって思えたくらいよ。ま、そんな感謝の気持ちなんて王宮に上がったらすぐに忘れちゃったけどね。


 王宮の絢爛豪華さったらなかったわ。こんなきらびやかな建物を見たのは初めて。ここでこれからずっと贅沢三昧で暮らせるなんて。ほっぺた抓りたくなったわよ。さすがはあたしね。これが本来のあたしの生きる場所なんだって思ったわ。国王を夢中にさせちゃうほどの美貌の持ち主なのよ。今まで辛かった分、これからはたーっぷり遊んで人生を謳歌してやるんだから!


 …って、そう思ってたのに、何なのよあの女は。…正妃?で、あたしが側妃?何よそれ。ムカつくわね。

 初めて女を紹介された時、その姿を見た瞬間に負けを悟った。誰よりあたしが一番綺麗だって、ずっとそう思ってたけど…、…正直、桁違い。見たことのないほど艷やかな桃色の髪、真っ白な高級人形みたいな肌、濡れているようにキラキラと輝く深い紫色の瞳。上品な鼻も、唇の形まで完璧。…なんか、立ってるだけで姿勢もすごく綺麗っていうか…、持って生まれたものの全てが違う。オーラがある。そう思った。

 だから余計に腹が立った。自分よりだいぶ上の女がいて、あたしは最高峰じゃない、二番目だって事実が許せなかった。でも幸いジェリーはなぜだかあの女よりあたしに夢中。散々ワガママ言ってやったわ。どうにかしてあの女を蹴落としたい。持ってる物も全部奪いたい。ジェリーを独り占めしたい。あの女を屈伏させたい。


 目論見は面白いほど上手くいった。ジェリーはすぐさま女を追い出してあたしに自分の隣の一番豪奢な部屋をくれた。あの女にはしないのに、あたしにはドレスも宝石も何でもたくさん買ってくれた。あっちには目もくれず、ずっとあたしのそばにいてくれた。


 あたしは勝ちに酔いしれた。皆あたしの言うことを何でも聞く。何を買ってもどんな振る舞いをしても、殴っても物を投げつけても誰も文句一つ言わない。皆があたしに傅く。最高の気分だった。




 だけど…、ある日を境にジェリーの様子がおかしくなってきた。何だか知らないけど、何かに怯えているようにビクビクしながらお酒ばっかり呷って、そのうちあたしのことを相手にしてくれなくなってきた。狸爺は日に日にうるさくなってくるし、もう嫌。最初は気に入ってた高級な子犬たちもちっとも懐かなくてうるさく吠えるし、粗相ばかりで臭いし全っ然可愛くない。何回も蹴飛ばしたり踏んづけたりしてやったわ。もういらない。そろそろ片付けさせようかしらね。


 でもね、一気につまんなくなってきたあたしは、新しい楽しみを見つけたの。…新人の護衛騎士たちよ。ふふ、ジェリーは朝から晩まで酔っぱらってるし、あたしのなんて気付きもしないわ。


 あたしの誘いに乗ってこない無礼な男たちはすぐ専属から外してやった。いくら美男子でもね、何でも黙って言うこと聞く子じゃないと可愛くないのよ。護衛の数はだいぶ減っちゃったけど、別に構わないわ。だってここ、王宮なのよ。そしてあたしは国王の妃。一般人なんか到底入ってこられない場所にいるのよ。何の危ないことがあるっていうのよ。


 最初は罪悪感からか真っ青な顔になりながら寝室に入ってきていた子たちだったけど、…そこは国王でさえ籠絡したあたしの技。若い男の子たちなんて、夢中にさせるのは簡単よ。

 新しい秘密の楽しみを見つけたあたしは上機嫌だった。




 その日も人払いをした薄暗い寝室で、あたしはいつもの二人と一緒にベッドの上で楽しんでいた。いくつかの蝋燭の灯りだけが、艶かしくゆらゆらと揺れている。

 愉快なことこの上ない。この国最高峰の男をたばかって見目麗しい騎士たちとこんなことしちゃうなんて…。背徳感って最高の媚薬だわ。並の女には一生味わえない快感よ。


 自分の立場にうっとりしながら甘い刺激に声を上げている時、突然男のうちの一人がグアッ!と変な悲鳴を漏らした。


(……?なぁに?)


 あたしにせっせと奉仕していたはずの騎士の一人が、ドサリと大きな音を立ててベッドから落ちた。どうしたのかしら?なんて考えるより先に、


「ぎゃあっ!!」

「っ?!ひ……っ!」


もう一人の騎士が、同じように変な大声を上げてベッドから吹っ飛んだ。驚きすぎて頭が真っ白になる。その時、私の顔や体に何か生温かい液体がビシャッとかかった。


(な、何……っ?!何よ、これ…)


 部屋が暗くてよく見えない。あたしは上半身を慌てて起こして濡れた自分の顔を拭った。……錆びた匂いが……する……。


(……血……?!)


 不気味な液体の正体と何が起こったのかに気付いた途端、突如激しい恐怖に襲われる。だ……誰かいる……!誰かが……!


「ひぃぃっ!や、いやぁ……っ!だ、誰?!どこぉっ?!」


 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、と激しく脈打つ自分の鼓動が鼓膜を揺さぶる。怖くて息さえ上手くできない。この薄暗い部屋の中に…誰かが潜んでる……!次は…あたしが、…こ、殺される……っ!!


「ジ……ジェリー……?ねぇ、ジェリーなの…?ごっ、ごめんなさい…っ!ちがうの……違うのよぉ…っ!」


 浅く速い呼吸を繰り返しながらあたしは必死に部屋中を見回す。どこ?誰?ねぇ、止めて……!お願いだから……!

 

 緊張と恐怖で裸の体がじっとりと汗ばんでくる。手足がガタガタと震えはじめた。た、助けを呼ばなきゃ…!とにかく人を……!

 そう思って必死で息を吸い込んだ、その時だった。


「…できるだけ長く苦しめてから殺せとのご指示だ」

「ひぐっ!」


 聞いたことのない低い声がどこかから聞こえて、叫び声を上げようと息を吸い込んだ私の喉が大きく痙攣する。その勢いでお腹までドクドクと痙攣しはじめ、吐き気を覚える。


「残念だが…、お前は簡単には死ねぬ。身の丈に合わぬ贅を尽くし、高貴なお方を愚弄した己の愚かさを後悔しながら苦痛に耐えよ」

「な……なに?!待って…誰なの?!ね、ねぇ、話し合いましょうよ…!お、お、おかね…、お金ならいくらでもあげるわ!あ…、あたしの、宝石も…っ、全部あげる…っ!だから……」


 ヒュンッ


 必死で命乞いを始めたあたしの目の前で何かがキラリと光り、風を切るような音がした。

 次の瞬間、


「ぎゃぁぁぁっ!!」


 破裂するような衝撃を感じた左目に、突然強烈な痛みが襲いかかる。思わず両手で押さえると、何かがドロリと手の上に落ちてきた。


「い……っ!いやぁぁぁっ!!」


 ドクドクと止めどなく温かい液体が両手を濡らし、自分の顔に取り返しのつかない大きな傷がついたことを悟った。ひ……左目が……!早く、逃げなきゃ……!


 だけど動こうとしたその時、今度は喉元に鋭い風を感じた。そして次の瞬間、あたしの喉が血飛沫を上げた。


「ガ…………ッ、」


 もう声が出ない。左目と、喉と、そして口から大量の血が溢れて止まらない。苦しい……痛い……いたい……っ!!

 パニックになったあたしは片手で左目を押さえたまま、もう片方の手で必死にシーツを握りしめる。誰か、お願い……!気付いて…、助けに来てよぉ……っ!

 ろくに呼吸もできないのに、意識を失えない。部屋の周りを人払いしているから誰も来ないんだと頭の片隅では分かっていた。


「ぐ……ぅ……っ…」


 苦しさに全身を痙攣させるあたしに、次々と新しい激痛が与えられる。胸、背中、お腹……。稲妻のような激しい痛みが肌を貫くたびに、体中がドロドロと己の血で染まっていく。




 最期まで姿を捉えることのできなかった刺客に対する恐怖も、その刺客をあたしに差し向けたのが誰なのかということも、もう何も考えられなかった。




 ただ、とにかく苦しくて……痛くて……




 おねがい……はやく、楽に……






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