第37話 側妃の暴走
離宮で静かに暮らしながら、王宮に出向いては公務をこなし、一人で近隣諸国の行事や会合に参加する。
そんな日々に終わりが見えない、ある日の出来事だった。
その日も私はいつものようにリネットとエルドたち護衛騎士を伴って、公務のために王宮の執務室へ向かっていた。
その途中、近くを通りすがった時に、大広間から賑やかな笑い声が聞こえてきた。
(……?)
何だろう。複数の女性の声だ。何かの集まりがある日だっただろうか。私は何も聞いていないけれど…。
「すごいでしょ?これ全部今月ジェリーがあたしに買ってくれたものなのよ!これなんか大きすぎて偽物みたいでしょ?本物のダイアモンドなんだから!キャハハハハハッ」
(……マデリーン妃……?)
忘れるはずもない。随分と高揚しているらしいその甲高い声は、まぎれもなくあのマデリーン妃のものだった。
何だか無性に嫌な予感がして、私は方向転換をした。
「アッ、アリア様…っ?」
「執務室は後よ、リネット。大広間の様子を確認するわ」
「そ、そうですよね…。一体何の騒ぎでしょうか…。何だか…、その…、乱痴気騒ぎのような叫び声が…」
リネットも戦々恐々としている。おおよそ王宮の大広間から聞こえてくるには不釣り合いの騒ぎ声に不安になっているのは私だけではないようだ。護衛騎士たちも黙って私たちの後をついてくる。
「ひっ……妃陛下…っ」
「扉を開けなさい」
「は、はぁ…、ですが、今はその、茶会の最中でして…」
「茶会?王宮で行われる茶会のことを私が知らないのは大問題だわ。扉を開けてそこを退いてくださる?」
有無を言わせぬ強さでそう言うと、扉の前の護衛は目を泳がせながら従った。私は姿勢を正して中に入った。
「……っ!」
その場の様子を見て、思わず息を呑む。そこには大勢のご婦人方やご令嬢方が勢揃いしていた。マデリーン妃のお友達が集まって騒いでいるのでは…と思っていたが、驚くことに伯爵家や侯爵家の女性たちまでいたのだ。
(…最近私が茶会に招いても断ってきていた人たちね…)
他には子爵家や男爵家の方々…。先日のジェラルド様の私室の時と同様に、全く見たことのない人たちもいた。皆私の姿を見て一様に固まり、気まずい空気が流れる。
「…はぁ?なぁにぃ?!何であんたがここに来るのよ!今日はあたしが主催して茶会を開いているのよ!あんたは呼んでないわ。出て行ってくれる?!」
広間の一番奥に座っていたマデリーン妃が目を吊り上げて立ち上がった。バンッ!とテーブルを両手で叩いた拍子に、彼女の目の前に広げてあった無数の宝石たちがシャランと音を立てて跳ねた。彼女の赤茶色の長い髪もその勢いでふわりと踊る。
(…目の覚めるようなドレスだこと)
エメラルドグリーンと呼ぶには妙に安っぽく見える黄緑色の派手なドレスには、これまたすごい量の宝石があしらわれている。よく見ると彼女の頭にも派手なティアラ。…一体ジェラルド様はこの人にどれだけ贅沢をさせているのかしら。一気に不安が増した。
私から目を逸らすような仕草をする伯爵夫人や侯爵夫人の間を、前を向いて毅然と通り過ぎながら、私はマデリーン妃のそばまで辿り着いた。
「茶会というには、お茶もお菓子も全然足りていないようですが。これだけの人数を呼んでおもてなしするのであれば、それなりの準備をきちんとなさってください。…このようにご自分の持ち物をわざわざ持ち出して見せびらかすような真似もお止めになって。品がありませんわ」
「なっ……!」
「皆様、本日はお集まりくださってありがとうございます。どうぞごゆっくりくつろいで、楽しんでいってくださいませね。……あなたたち、紅茶とお茶菓子をあちらのテーブルにも追加してちょうだい。こちらにも」
王家の威信に関わるほどひどい有り様のテーブルを見て、私はたまらず控えていた使用人たちに指示を出した。これじゃ茶会というよりただのマデリーン妃の宝石自慢大会だ。
「ちょっと!!勝手な真似しないでよ!あんたには何も関係ないでしょう?!あ・た・し・が!主催してる茶会よ!この側妃のあたしが!ジェリーに言いつけてやるから!」
すでに頭が痛くなってきた。王族が貴族たちを集めて自分の宝石を自慢するなど。王家は国民の血税でこれだけ浪費していますよとアピールしているようなものだわ。どうしてこの人にはそれが分からないのだろう。
「どうぞ、仰って。陛下は私の言い分が正しいことを分かってくださるはずです。…それと、人前で陛下をそのように呼ぶのもお止しになって」
こちらに注目している貴婦人方の視線を考慮してわざと小さな声でたしなめたのに、マデリーン妃はますます大きな声で私に向かって怒鳴る。
「うるさいわね!!ジェリーっていう愛称はジェリーがこのあたしにだけ!許してくれた呼び方なんだから!誰の前で呼ぼうとあんたに咎められる筋合いはないわよ!これもジェリーに言いつけてやるわ!!役立たずの正妃が可愛いあたしのことを虐めたと分かれば、ジェリーだって黙ってはいないはずよ!あたしにメロメロなんだから、あの人。飽きられちゃった役立たずのあんたと違ってね!!」
水を打ったように静まり返る大広間。
後ろでリネットが息を呑む気配がした。
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