第64話 侍女長の訴え
ここから王宮をどう立て直していくべきか。
私が強引にでもジェラルド様やマデリーン妃の買い漁った贅沢品を整理して金に替えたり、彼らの行動を厳しく律していけば、私はすぐにでもこの離宮に幽閉されてしまうだろう。
かと言ってこのままあの二人を野放しにしておけば、まもなく貴族や平民、この国に生きる全ての人々の生活が困窮していくはめになるのは間違いない。金が尽きればあの二人のことだ、民たちから巻き上げればいいなどと言い出すに決まっている。近隣諸国からの信頼も、このままでは失墜してしまう。
思い悩む私の元に、一人の来訪者があった。
「ラナ…。こうしてあなたと会話をするのは本当に久しぶりね」
「…申し訳ございません、アリア様…。アリア様へは近づかぬように、何か訴えられても無視するようにと陛下とマデリーン妃からきつく申し付けられておりましたので…」
久方ぶりに間近で見る侍女長のラナは、以前に比べて随分と老け込んでいた。まるで十は歳をとったよう。その目に生気はなく、あんなにしゃんとしていた人が心なしか猫背気味になり見るからに疲弊しきっていた。
「アリア様…、どうかこの王宮の現状をお救いいただけませんか。もう我々はとうに限界を迎えております」
「ラナ…」
「マデリーン妃の横暴ぶりは日に日にひどくなっております。アリア様の元から引き抜かれた侍女たちは今では奴隷扱いです。お世話のやり方が気に入らなければ、マデリーン妃はまるで家畜でも躾けるかのように侍女たちを簡単に殴り、蹴とばします。皆尊厳を踏みにじられてもどうにか耐えている状況です。しかし、中には心身ともに衰弱してしまい勤めを辞める者まで出はじめるようになりました」
「な、なんてひどい……っ!」
しゃがれた小さな声で訴える侍女長の言葉は切実だった。会話を聞いていたリネットが悲痛な声を漏らす。ここに来たことがあの二人に知られればひどい罰を受けることになると分かっていても、ラナは私に助けを求めずにはいられなかったのだろう。
「まともな考えを持った臣下たちは、財政の逼迫やお二人の乱暴な振る舞いに耐えきれず陛下に意見するようになりましたが…。陛下はそのような臣下たちを迷いなく切り捨ててしまわれます。先のことなど、何一つ考えておられないようです…。もう何人の有能な者たちがこの王宮を去ったでしょうか。アリア様に国庫の予算使い込みをバラし、今後の財政立て直しを提言した財務大臣はクビになっただけではなく、爵位まで返上させられ一族で領地を追われたそうでございます。今やここに残っているのは、あのような陛下にそれでも擦り寄って甘い汁を吸わせてもらおうという魂胆の低俗な大臣や侍従たちばかり…」
「…そんな…」
あまりにも横暴が過ぎる。怠惰と贅沢と色欲に溺れた愚かな人間の末路とは、こうも情けなく浅ましいものなのか。
「…アドラム公爵は、…宰相はどうしているのですか」
「宰相閣下は誰かが現状を訴えても煩わしいと言って相手にもしてくださらないようです。最近は常に不機嫌で、殺気立っておられます。今は陛下やマデリーン妃との関係も悪く、言い争うような声を耳にした者もいるそうです」
「…そう」
「どうかアリア様…!この王宮を、国をお救いください…。もはやあなた様以外に現状を変えることのできる者など一人としておりません…」
「……私にできることを、考えてみます」
ラナを通じて離宮に来るようにと私が命じても、アドラム公爵が姿を現すことはなかった。馬鹿にするにも程がある。
(ここまで来てしまった以上、もうこの国内だけで問題を解決しようとしても無理だわ…)
私が表立って単独で動けば逆効果だ。ジェラルド様と彼にいまだ付き従う家臣たちからここに閉じ込められるか、国外へ放り出されるのが関の山だろう。
助けを求めるしかない。
私に力を貸してくれそうな、この国の外の人たちに。
数日後。私はリネットに頼み、ひそかに侍女長のラナを呼び寄せた。
「ごめんなさいね、ラナ。大丈夫だった?」
「滅相もない。大丈夫です。お気遣いありがとうございます、アリア様」
「あのね…、手紙を出したいのよ。母国の家族と、それから、ファルレーヌ王国のユリシーズ第一王子に。だけどこれまで私の出す手紙は全て文官たちに検閲されていたわ。だから当たり障りのない内容しか書けずにいたんだけど…。どうにか今回の手紙を、誰にも見られることなく発送することはできないかしら」
私がそう相談すると、ラナは大きく頷いた。
「そういうことでしたら、私めにお任せくださいアリア様。文官たちの中には陛下に与する上官に怯え、いまだ言われるがままに業務をこなしている者たちもおりますが、今の陛下に不信感を持ち反発している者たちも何人もおります。それらの者たちに協力を仰ぎ、必ずやアリア様のお手紙を無事王宮から出してみせます」
「ありがとう、ラナ。あなたを頼りにしているわ」
「光栄に存じます。私たちも…、今となってはアリア様だけが唯一の希望の光でございますので」
ラナは切実な瞳で私を見つめながら、噛みしめるようにそう言った。
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