第65話 失敗(※side宰相・アドラム公爵)

(くそ…、あの身の程知らずの小娘め…。調子に乗りおってからに……!)


 忌々しい。この私をコケにするとは。誰のおかげで分不相応な立場になり今の贅沢な暮らしができるようになったと思っているのか。

 この私が見出してやったからだろうが…!恩を仇で返しやがって…!




 最初は従順そうにしていたのだ。立場が弱く頭も悪い女だからこそ、御しやすいと思って側妃に据えるよう誘導した。それなのに、陛下の寵愛を鼻にかけはじめたマデリーンはこの私を下に見て逆らうようになってしまった。あろうことか、自分に指図するなら陛下に言ってこの私を左遷するなどとほざきはじめた。

 あんな没落男爵家の取るに足らぬ小娘に見くびられるとは……!


(馬鹿二人のせいで今や財政は火の車。能力のある者ほどここを見限り去っていった。残っているのは失望しながらも責任感から職を放り出すことができぬ疲れ果てた者たちと、あんな堕落した陛下に媚を売って居座っている仕事のできぬ者たち。…短期間でここまで王宮を腐らせるとは…)


 失敗だった。いくら何でも女が悪すぎた。先代が死に、王太后が隠居し、簡単に女に溺れ公務を放り出す愚王が即位したことで運が向いてきたと思った。上手くマデリーンを操り、陛下を、この王家を都合よく裏から動かすつもりだった。そしてマデリーンに陛下の子を産ませ、ゆくゆくは私の息がかかった王子を国王に……


(しかし、これほど国力の弱りきった大国を支配したところで何のうまみがあるというのだ。このままではマズい…)


 脳みそが腐り蕩けきった陛下の目を覚ますためには、マデリーンから引き離す必要がある。私は再びカイルを呼び出し命じた。




「女を替えるぞ、カイル」

「……は?」

「あの女は失敗だった。まさかここまで陛下がのめり込み、ああまで女を調子に乗らせてしまうとは…。やはり教養のなさ過ぎるのは駄目だ。あの小娘には消えてもらう。準備を整え、刺客を送りこむぞ。次こそは我々の指示をよく聞き…」

「もう止めませんか、父上」

「……。……何?」


 珍しく口を挟んできた息子の顔を、まじまじと見つめる。…今、何と言った?


「こんなことを続けても何にもなりませんよ。お分かりになりませんか?父上。この大国にはもう先がありません。陛下はついに国民への課税額を増やすと言い出しました。国庫の金が尽きたことを説明したところ、あの男が捻り出した唯一の策が案の定それです」

「な……っ!」

「引き換え近隣諸国は確実に国力を上げてきています。王妃陛下の母国カナルヴァーラなどは賢王と優秀な王太子の政策により、国民たちの生活水準も上がる一方とのこと。この国を早々に見限って出て行った学者や軍人なども近隣諸国に流れているようです。…近い将来、形勢は逆転するでしょうね。我が国は攻め込まれることになるかもしれませんよ」

「な、何を淡々と……。他人事のつもりか?カイル。その現状を変えるためにあの小娘と陛下を引き離そうと言っているんだ!お前は私が見繕ってきた女と陛下をまた上手いこと繋げろ。今度こそ私の意のままに動く娘を選りすぐって…」

「俺はもうそんな愚策に手は貸しません。うんざりなんですよもう。腐った王宮にも、…自分の利しか頭にない、あなたにも」

「…な…、何だと……?」


 耳を疑った。従順で賢かった我が息子が、この私に歯向かっている。

 私のことを、まるでその辺の塵でも見るかのような目つきで見ている。


「誰に向かって…そんな口を聞いている。私を愚弄するつもりか。自分の将来を考えてものを喋れ!誰のおかげでここまで来られたと思っているんだ!私を怒らせるならばアドラム公爵家を追放されることぐらいは覚悟しろ」

「構いませんよ。…俺はずっと、あなたの傀儡でしかなかった。あなたが私欲を満たすための駒に過ぎなかったんです。分かっていても、他の道など考えられずに俺はあなたの指示に従い続けた。…だけど、もういいんです。何もかも失っても。自業自得と心得ておりますので」

「カイル!!」


 一体どうしたというのだ。王宮の現状を嘆いて自棄になっているのか。とにかく、このままではマズい。考え直させなければ。


「…現状に嫌気が差しているのはよく分かる。だが今放り出せば取り返しがつかなくなるぞ。私やアドラム公爵家の威光なくしてお前の人生の安泰はなかろう。少し落ち着きなさい」

「たった今申し上げました、父上。そのようなもの求めておりません。…最後ぐらい、俺は自分の意志で動きます。己の心が支えたいと思う人を支え、正しいと思う行動をとります」


 そういう息子の目に濁りはなかった。真っ直ぐに私を見つめる視線には、私に対する侮蔑と、強い決意の色が見えた。


 息子はためらうことなく部屋を後にした。拒絶するような無機質な音を立てて閉まった扉を、私はしばし呆然と眺めた。

 数少ない手駒が、また一つこの手から落ちてしまった。


「……くそ……どいつもこいつも……!!」





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