第66話 妹との往復書簡(※sideルゼリエ)

 こんな書簡がアリアから届いたのは初めてのことだった。最初は驚き、にわかには信じられなかったが、その筆跡はどこからどう見ても妹のものに他ならなかった。


(まさかこんな踏み込んだ内容の手紙が届くとは…。何故俺の元に無事届いたのか。こんな内容、普通に考えればあちらの国を出る前に王宮の文官たちによって検閲され処分されるはず。事実今までそうだったからアリアは当たり障りのない内容の手紙ばかりを送ってきていたのだと思っていた。だが…)


 そこに書かれた内容はラドレイヴン王国王宮内の腐りきった現状と、アリアの置かれた厳しい境遇、そして衰退していく国内の状況についてだった。


 その分厚い書簡を読み進めるうちに、納得した。国王と側妃の暴政に耐えきれなくなった者、また、早々に見切りをつけた優秀な者たちは次々に王宮やラドレイヴン王国内から去っていっている状態らしい。おそらくこれまで王宮に勤めていたまともな文官たちも退職したか、もしくは大きく混乱し今まで通りの業務がきちんと行われていない状態なのだろう。検閲すべき人間たちの目を掻い潜ってこのような手紙が俺の元に届けられるほどに。


(…その状況の中で、アリアはたった一人で歯を食いしばっていたというのか…。どれほど心細く、辛い日々だったろう)


 ジェラルド国王が側妃を迎えると、アリアは早々に離宮に居を移すことになった、それ以降その離宮の中で生活しているという。私生活を諌めたところで聞く耳を持たない国王は、幽閉や離縁という言葉を出してアリアを脅し、腐っていく現状に対応させることさえ封じている。

 読み進めるうちに手紙を持つ指先がブルブルと震えだした。


(あの大人しく、か弱い妹を…。ジェラルドめ、許すことはできぬ)


 そんな扱いをするなら何故わざわざ我が国の王女を正妃に迎えたのか。我らの怒りを買うことなど取るに足らぬことだと思っているのか。それほどまでに我が国を、近隣の小国を舐めきっているということか。


(公務を放り出し、民の生活を犠牲にし、自分たちがどんなに怠惰を貪り続けようとも大国の安泰は永久に続くとでも思っているのか。…愚かな王よ)


 見ているがいい。愛する妹を苦しめ、王としての責務を放り出した愚王には我らが必ず制裁を与える。アリア…、もう少しだけ、辛抱してくれ。







 有能な重鎮たちを失い続けるラドレイヴン王国との書簡のやり取りは驚くほどスムーズに進んだ。あちらにも誰か手引きしてくれている味方がいるのだろう。アリアに手を貸してくれている者の存在があるのはありがたい。


 俺と父は特にファルレーヌ王国との連携を密にし、作戦を練った。大陸の中でも我が国と、隣接するファルレーヌ王国の昨今の発展と好況はめざましい。妹の望み通り東側諸国に可能な範囲での支援をし、またラドレイヴンから続々と逃れてくる民や有識者たちを受け入れた。我が国やファルレーヌ王国には、ラドレイヴン王国の学者や軍人、医師や政治家など、様々な素晴らしい人材が流れてきた。我々は彼らを手厚く迎え入れた。




 月日が経つにつれ、かの大国と我らが小国の状況はますます差がついた。数年前まではラドレイヴンという大国から我々近隣の小国が様々な援助を受ける立場にあった。だが今となってはラドレイヴンからの援助など一切なく、またそれによってこちら側が困窮することも全くなくなった。大国は暴政により多くの有能な人材を失い、景気は一気に悪化していた。対して我々は様々な分野の有識者を多く迎え、短期間で商業、工業、農業など多くの分野で目覚ましい発展を遂げ、軍事力も圧倒的飛躍をなした。

 ほどなくして、我がカナルヴァーラ王国とファルレーヌ王国は新たな軍事同盟を結んだ。




 作戦決行前のアリアからの書簡の中には、いまだ王宮に残り真面目に働いてくれている者たちを逃がしたり、実家に帰したりするつもりだと記されていた。また、罪なき国民たちには可能な限り被害の出ぬよう努めてほしいといった内容のことも何度も書かれていた。


 もちろん、アリアの要望は極力叶えるつもりでいる。俺たちだって無関係の人々やいまだ大国のために誠実に働いている者たちを踏み潰したいわけではない。

 大国の民たちの生活を守ることも重要だ。だが、俺は他ならぬ大切な妹を早く苦しい日々の中から解放してやりたいと願っていた。


(もう少し辛抱してくれ、アリア。お前を必ずそこから救い出してみせる)


 


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