第6話 結婚式
「お美しいですわぁアリア様!」
「本当に…!さすが王宮お抱えの衣装係たちですわ!アリア様の美しさをこの上なく際立たせておりますわねこのドレス…!」
「あ、ありがとう皆さん…」
たった3ヶ月でこれを作り上げるとは…、どれほど大変だっただろうか。きっと昼も夜もずっとお針子さんたちが総出で縫い続けてくれたんだわ…。感謝してもしきれない。
それと同時に、ふと頭をよぎる。
ジェラルド様の元の婚約者の方は、もしかしたらもうドレスも準備し終わっていたんじゃないかしら、と。
ドレスだけじゃない。国王陛下の妃となるために、きっと何年も必死で勉強してこられていたのだろうな。
「……。」
鏡を見ながら、ふと、そんなことを考えた。
突然決まった花嫁のために仕上げられたウェディングドレスは、見惚れるほど豪奢できらびやかなものだった。純白のシルクやレースをふんだんに使った最高級のドレス。それを身にまとって丁寧にお化粧を施され、数人がかりで髪を美しく結い上げられた。そしてこのラドレイヴン王家に代々伝わるという王妃のティアラを頭に飾ると、我ながらまるで発光しているかのようなオーラ溢れる姿が鏡に映し出されていた。
「アッ……アリア様……!本当にお美しいです!」
「いやまさに。どこからどう見てもこのラドレイヴン王国の王妃様としての輝きに満ちていらっしゃいますよ!こりゃ陛下もますます惚れ直しますね」
「ふふ、ありがとう、ダグラス、メルヴィン」
今日の護衛についてくれる騎士たちの褒め言葉に少し照れながら、私はお礼を言った。今日はダグラスとメルヴィン、そしてエルドの3人が専属護衛としてそばにいてくれる。式やパレードの最中はもっと大勢の護衛が付いてくれるそうだ。
「……。」
何気なくパチッと目が合ってしまったけれど、エルドだけは特に私の姿を見ても騒ぐことはなかった。ただ目を伏せるとスッと騎士の礼をして、
「お式の間もパレード中も、私共がずっとおそばについております。…何もご心配なさいませぬよう」
と真剣な声で言ってくれた。さすがは護衛騎士筆頭。かなり真面目な人みたいだ。
「ありがとう、エルド。今日は一日よろしくね」
私が微笑んでそう返事をしても、ニコリともしない。ただ黙礼して、
「では、そろそろ行きましょう、アリア様」
と、凛とした声で言った。
式は大聖堂で厳かに行われた。国外からの多くの来賓たちや、王宮の大臣たち、そして国内の高位貴族たちと、聖堂に見渡す限り集まった人々の視線が私たちに集中していて、ピンと研ぎ澄まされた空気が漂っている。
「…美しい。この世のものとは思えぬ輝きだな。お前を妃に迎えることができて感無量だ」
「…ありがとうございます、ジェラルド様」
「末永く睦まじく暮らしていこう」
「…はいっ」
神々しいほどの輝きを放つ、真っ白な正装に身を包んだジェラルド様。彼のその優しい言葉にホッとして、私は自然と破顔する。よかった…。不安でたまらなかったけれど、この人は私のことを大切にしてくださる。きっと月日を重ね共に過ごす時間が増えていくうちに、私の様々な不安も解消されていくはず。
ジェラルド様がその大きな手で私の手を取る。互いに指輪を交換し、誓いの言葉と共に口づけをする。その瞬間、聖堂中に割れんばかりの拍手が巻き起こった。
その後は美しく飾り付けられた王家の紋章入りの真っ白な馬車に乗り込み、王都中を練り歩くパレードが始まった。街道を埋め尽くすほどの人の波。あちこちから歓声が上がり、そこかしこから私たちの結婚を祝福する民たちの黄色い声が聞こえる。
「きゃぁぁっ!素敵!」
「おめでとうございます!国王陛下!王妃陛下ー!」
「まぁっ!なんてお美しいの…!アリア妃陛下~!おめでとうございます~!」
「ラドレイヴン王国に末永い繁栄を!!」
ジェラルド様の隣で周囲を見渡しながら、集まった観衆に丁寧に手を振っていく。できるだけ多くの人々の顔を見返すようにしていたけれど、民たちは皆満面の笑みで私たちに温かい視線を送ってくれていた。よかった…。罵声や石やトマトが投げつけられることはなさそうだわ…。馬車の両脇にピッタリと張り付いてくれているエルドたち護衛騎士にも被害が出るようなことはなさそう。
(案外すんなりと受け入れてもらっているみたい…)
この国の民たちは温かい人柄のようだ。期待に応えられるように、たくさん勉強してこの国の安泰のために尽くしていかなくちゃ。
ジェラルド様と共に。
「…ここはとても素敵な国ですわ」
「そうだろう。父の代までが皆賢王と呼ばれていた。先代たちは皆素晴らしい指導者であり、国の主だった。俺もそうありたいものだ」
「ええ。…お支えしてまいります、ジェラルド様」
私がそう答えると、彼は満足げな顔で私を見て微笑み、肩を抱き寄せる。その姿を見ていた観衆からはまた一際大きな声が上がるのだった。
その夜は王宮の大広間での結婚披露パーティーが夜通し行われた。近隣諸国の主要な来賓たちと次々に挨拶を交わしながら、早速王妃として交流を深めていく。
「アリア妃陛下、こちらは隣国ファルレーヌ王国のユリシーズ第一王子にございます」
宰相のザーディン・アドラム公爵が一人の若い男性を伴って現れ、私にそう紹介した。気品とオーラの漂うその人に、私は丁寧に挨拶をする。
「はじめまして。本日は遠路はるばるお越しくださいまして本当にありがとうございました、ユリシーズ殿下」
「いや、華やかなセレモニーと妃陛下のお美しさ、堪能させていただきましたよ。ジェラルド国王陛下が即位されてまだ日が浅く大変なこともあるでしょうが、どうぞお二人力を合わせて頑張ってくださいね」
「ええ。ありがとうございます」
ユリシーズ殿下…、優しそうな方だわ。年の頃も近そう。ファルレーヌ王国はラドレイヴンの隣国だけれど、カナルヴァーラとも陸続きで交流が深い国でもある。私自身は初対面だけど、私の両親や兄のルゼリエとは元々親交がある方なので、しばらくの間家族の話題で盛り上がった。
その私の家族も今日は国から駆け付けてくれているのだけれど、何せ朝から晩までスケジュールはみっちりでなかなかゆっくり話す暇もない。今も両親や兄たちは奥の方で他国の来賓たちに挨拶をしているようだ。
(せっかく久しぶりに顔が見れたのに…。残念だけれど、まぁ仕方ないわよね)
その後も深夜まで行われたパーティーの間中少しも気を抜けなかった私はもうグッタリと疲れ果て、全ての来賓が帰り空が白くなりはじめた頃ようやく寝所に戻ると、ジェラルド様を待っている間にすっかり眠りこけてしまったのだった。
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