第50話 大きな不安(※sideファウラー騎士団長)
「おくつろぎ中のところ、申し訳ございません。訪問の許可をいただき誠にありがとうございます」
少々の嫌味を交えて挨拶をしたが、酒に蕩けた二人の脳みそには特に響かなかったようだ。
「おお、先日の件であろう、ファウラー騎士団長。…で、連れてきたのか?マデリーンの望む護衛騎士たちを」
「は、その件でございますが、陛下…」
グラス片手に私に視線を向ける陛下に向かって、用意してきた台詞を並べた。
「光栄にもマデリーン妃専属の護衛にとご所望いただいた我が愚息、エルド・ファウラーですが、昨日利き手に傷を負いまして。今はまともに剣も握れぬ状況にございます。慢心が招いた結果であるときつく叱責してまいりました。…せっかく栄誉あるお役目にとお声をかけていただきましたのに、このようなことになり…、誠に申し訳ございません」
「…え?じゃあ、何?連れてきてないわけ?その、エルド・ファウラーは」
「は。あのような体たらくでは、大切なマデリーン妃をお守りする役目を全うできるとは到底思えません。マデリーン妃のおそばにはすでに生え抜きの騎士たちを大勢付けてございます。これ以上の人員はむしろマデリーン妃のお邪魔になるかとは思いましたが…」
キッと目を釣り上げて立ち上がった側妃が口を挟んで来る前に、私は部屋の外に待たせておいた者たちを中に招き入れた。
「ですがさらに護衛の人数を増やすことをご所望でしたら、先日入団試験を合格した新人騎士たちの中から、これはという者たちを本日こちらに連れてまいりましたので…。どうぞ陛下、マデリーン妃、この者たちの面接をお願いしたく存じます。…お前たち、ここに」
「はっ!」
「失礼いたしますっ!」
私の合図と同時に、部屋の中に新人護衛騎士たちがぞろぞろと入ってきた。彼らを見たマデリーン妃は先程までの怒りに満ちた顔をピタリと引っ込め、食い入るように新人騎士たちを見つめている。
(今年の新人たちの中は見目麗しい若者が多くいたからな)
その者たちを選んで連れてきたのだ。背が高く笑顔が爽やかな者、エルドと同じような髪色、瞳の色をした者、体格に恵まれた屈強な美青年、色気を漂わせるほどに顔立ちの整った者…。
タイプの違う様々な若者たちが、ずらりと横一列に並び騎士の挨拶の姿勢をとる。さりとて彼らは見目が良いだけではない。王国騎士団の入団試験を突破するぐらいだから、もちろん剣術の腕前は一定のレベル以上ではあるのだ。
入団早々にこの自堕落側妃の愛玩用のような役割を充てがうのは申し訳ないのだが、…まぁ虐められることはなかろうし、これもほとぼりが冷めるまでのことだ。
こんなことがいつまでも続けられるはずがない。
「いかがでございましょうか。この者たちは新人の中でも特に剣術の腕前が優秀でございました。手前の愚息などよりよほどマデリーン妃のお役に立つと存じます。お許しいただけますならば、マデリーン妃の護衛を務める経験豊富な手練れの騎士たちの仕事ぶりをこの者たちに間近で見せながら、勉強させてやりたく思います」
「採用よ」
「……は?」
「ジェリー、あたしこの子たちでいいわ。全員置いていってね、騎士団長。今日からここにいる全員、あたしの専属護衛騎士に加えるわ!」
目を輝かせ即決したマデリーン妃を見て、陛下は呆気にとられている。
「…いやだがお前、あの正妃の筆頭護衛騎士がよかったんじゃないのか?どうしてもあいつだけはとあんなに…」
「だってぇ、怪我しちゃったんじゃしょうがないじゃないの!そんな役立たずいらないわ。いざという時守ってくれなさそうで心配よ。それよりもこの美…、…強そうな新人さんたちがいてくれる方が安心だわ!一気に人数も増えて、あたし心強いもの」
「…本当にこの者たちでいいのか?入ったばかりの新人など、経験不足で役に立たんかもしれんぞ」
「んもう!いいんだってばジェリー!さっきこの人が言ったでしょ?!経験豊富な手練れはすでにここに何人もいるのよ。むしろ新人さんだからこそあたし付きの熟練の騎士たちの仕事を間近で見てお勉強することも大事なんじゃないの?ねぇ?騎士団長さん」
「は、寛大なお言葉…、痛み入ります」
経験豊富な手練れがすでに何人も付いていることを自覚しているのならば、わざわざ正妃からさらに護衛を奪い取ろうとする必要などなかったのではないか。そんな突っ込みは酒に溺れた陛下の口からは出なかった。
「…まぁ、何でもいい。それでお前の気が済むのならな」
「いいのっ?ジェリー。この子たち全員、あたしの専属にしていいの?」
「ああ。お前が笑って過ごせるのなら、それに勝るものはない。…おい、お前たち。俺の大事な妃をしっかり護衛せよ。分かったな」
陛下から直々に声をかけられた新人騎士たちは一斉に背筋をピンと伸ばし、大きな声で返事をした。
「はっ!承知いたしました!」
「命に替えましてもお守りいたしますっ!」
「うふふふっ!嬉し~い!ありがとうジェリー!」
マデリーン妃は鼻にかかった甲高い声でそう言うと、陛下の首に両腕を回してしなだれかかった。そのままチュパッ、チュパッ、とはしたない音を立てながら何度も陛下の頬や唇に口付ける。
「……。」
「……。」
新人たちは皆一様に硬直し、しばらくその姿を見た後目を泳がせていた。
部屋の壁に張り付くように控えている侍女たちは、皆相変わらず死んだ魚のような目をしていた。
(…信じがたい有り様だ。まさかここまで堕落しきっているとはな…)
陛下とマデリーン妃の前を辞し廊下を歩きながら、思わず深いため息が漏れる。
アリア妃陛下に全てを任せきりにしたまま、毎日あのように酒を呷り、贅沢の限りを尽くして遊び呆けているのか。
部屋から溢れんばかりの宝石にドレス、高級な酒に菓子、人前に出るでもないのに、側妃のあの華美な格好…。
(財源はどうなっている…?かなり激しい浪費をしているように見受けられるが…大丈夫なのか)
あの寂しい離宮で質素に暮らしながら健気に一人で公務をこなすアリア妃陛下とは雲泥の差だ。先代国王陛下も女狂いではあったが、あそこまで浪費がひどかったわけでも仕事をしないわけでもなかった。
かつてここまで愚行を続ける国王はいなかったのではないか。
このままの状況が続けば、やがて王家は立ち行かなくなるのではないか…。
大きな不安を胸に抱えながら歩いていると、向こうから宰相のザーディン・アドラム公爵がやって来た。
互いにチラリと一瞥し、軽く挨拶を交わすとそのまま通り過ぎる。
「……。」
ザーディン・アドラム。あいつも何を考えているのやら。
以前エルドから、妃陛下が側妃の出自を気にしておられると内密に相談を受け調べてみたところ、驚いたことに側妃はあのアドラム公爵家の遠縁にあたるベレット伯爵家の出身だったのだ。かの伯爵家にはあのような年頃の令嬢などいなかった。つまりマデリーン妃は、ベレット伯爵家の養女にされた後陛下の側妃として嫁いできていたということだろう。それまでの経歴は不明だ。
(…この王宮には、不穏な空気が流れているな…)
これから一体どうなっていくのか。一刻も早く陛下が目を覚ましてくださらないと、このままあの側妃のために浪費を続けていればもうラドレイヴン王国王家は安泰とは言えなくなる。…いや、もうすでに危機的状況に陥っているのかもしれない。
ただお一人で懸命に働いておられるアリア妃陛下と、その妃陛下に叶わぬ想いを寄せ見守っているのであろう息子のことを思う。
また大きなため息が漏れた。
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