第49話 息子の変化(※sideファウラー騎士団長)

 我がファウラー侯爵家の次男として生を受けたエルドは、幼少の頃から生真面目で寡黙な息子だった。


 子どもらしさが足りないことを若干心配してしまうほどにいつもぶすっと無表情で、我々親や周りの教育係の指示するままに黙々と勉学に励み、書物を読み、剣術の腕前を磨き、いたって順調にその才を磨いては己の力を伸ばし続けてきた。

 そしてその愛想のない性格や真面目さとは不釣り合いなほどに、エルドの華やかな容姿は貴婦人やご令嬢方の目を引いた。妻が茶会に顔を出すたびにエルドの話題が上がり、皆が褒めそやしてくるようになった。どんどん伸びる身長に、艶やかな金髪、深い翠色の瞳に整った顔立ちの息子には、嫡男でもないのに次々と婚約の打診が舞い込んできた。


「ランズベリー侯爵家のナタリア嬢がお前にご執心らしい。是が非でも婚約をと再三お声がかかっているぞ」

「…興味ありません。先のことなどどうなるかも分からないのに、婚約など考える段階ではないと思います、父上。僕は今はただ、己を高めたいのです。僕自身がこの身一つでしっかりと生きていく術を確立した頃、ファウラー侯爵家にとって最も好条件と思える相手を選んでいただきたい」


 若干10歳の時の言葉だった。私の横で、妻も呆気にとられていた。


 やがてこのファウラー侯爵家を継ぎ領主となる予定の兄をも凌駕するほど優秀な人物となったエルドは、私と同じく王国騎士団に入ることを希望した。同期の中でもずば抜けた剣術の腕前を誇っていた息子の入団はあっさりと決まり、以後エルドは上官らから命じられるままに配属された場所で己の実力を発揮してきた。




 その息子が、だ。




(初めてではないか…、あんなに必死になって上からの命令に反抗しようとしているのは。一体何をそこまで…)


 騎士たちの控え室に向かいながら、私は考えた。

 よほどアリア妃陛下に心酔していると見える。意外なことだ。あの淡々とした、与えられた仕事をただ生真面目にこなしながら自分の実力を高めること以外に興味を示さなかった息子が、あんなに熱くなるなど。


 アリア妃陛下のお姿が頭に浮かぶ。初めてお目にかかった時、あの透き通るような透明感溢れる美貌に思わずハッとしたものだ。さすがは王家の女性だな、と、漂うそのオーラに感心した。真っ白な肌に、薄紅の不思議な色味を帯びて輝くブロンドの長い髪、思わず我を忘れて見入ってしまいそうなほどの、深く優しい光を湛えたアメジストのような瞳…。

 しかも妃陛下はただ美しいだけではなかった。国王陛下が色欲に溺れ遊び歩こうとも、あっさり側妃を迎えてそちらに夢中になり公務さえ放り出してしまおうとも、あのような寂しい離宮に追いやられようとも、妃陛下は文句も泣き言も言わずにひたすらお一人で日々王宮に通い公務を続けておられるらしい。

 か細く美しく、そしてひたむきで誠実な、我がラドレイヴン王国の王妃。


「……。」




『おかしいではありませんか!アリア様の…、…妃陛下のおそばには、もう俺たちしかいないんですよ。あのような寂しい離宮に居住を移され、侍女らも最低限の人数に絞られ…、せめて気心の知れた俺たちだけでもこのままおそば近くでお仕えせねば…!』

 



 ムキになりながら私に食ってかかるエルドの顔をまた思い出す。息子の変化の理由に思い至ってしまった私の口から、自然とため息が漏れた。


(…いや、エルドよ。お前のそれはこの世で最も報われることのない恋心だぞ…)


 そろそろ手頃な相手を選んでやるべきか…。本人は嫌がるだろうが、このまま我が息子が道ならぬ恋にのめり込んでいくのをただ見ているわけにもいかんからな…。まぁ、あの息子に限ってとんでもない過ちを犯すことなどないとは思うが。


 しかし、配置替えの件に関しては確かにエルドの言う通りだ。

 常に陛下の最もおそば近くにベッタリと侍っている側妃殿には、充分すぎるほどの人数の護衛騎士が付いている。何の仕事もしていない、王宮にもこの国にも欠片ほどの役にも立っていないあの御夫婦にだ。この上正妃殿の筆頭護衛まで付ける必要性は一切ない。

 むしろ、今やご公務のほぼ全てを取り仕切り朝から晩まで王家のため、国のために働いてくださっている正妃殿にこそ手厚い警護が必要なはずだ。

 ならば……。


 私は騎士たちの控え室の扉を開けた。







(質より数…、…いや、質も決して悪くはない。まぁ、こんなものだろう。これであの軽薄そうなこむす…、…側妃殿がご納得くだされば丸く収まるわけだ)


 やってみる価値はある。一か八かという思いで、私はマデリーン妃に訪問の許可を貰いお部屋を訪ねた。




 元は正妃であるアリア妃陛下が使われていた、国王陛下と寝室続きの豪奢な部屋。その中に入った瞬間、思わず顔をしかめそうになり咄嗟に平静を装った。真っ昼間とは思えない強い酒の匂いと、花々と香水の入り混じったような匂い…。肩や胸元を大きく露出した真紅のドレスを身にまとうマデリーン妃の隣には、ジェラルド国王陛下がふんぞり返ってソファーに腰掛けており、その服装はだらしなく乱れきっていた。

 お二人の目の前のテーブルにはギラギラと眩く輝いている無数の宝石たちや珍しい様々な菓子が無造作に放り出されており、死んだ魚のような目をした侍女たちが床に散らばったドレスや何かを黙々と片付けていた。


 浪費と怠惰の部屋。目も当てられない淀んだ空気の中で、私の中にそんな言葉が浮かんだ。





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