【完結済】望まれて正妃となったはずなのに、国王は側妃に夢中のようです

鳴宮野々花

第1話 はじまり

「わ、私が…、大国ラドレイヴンの、ジェラルド国王の妃に、ですか…?」


 目の前で難しい顔をしているのは、このカナルヴァーラ王国の国王と王妃である私の両親。そしてその隣でさらに険しい顔をしているのは、私の兄ルゼリエ。この国の王太子だ。


 この日両親の元に呼ばれた私は、突然伝えられたその言葉に呆然とするしかなかった。

 ……な、なぜ……?

 なぜ私が?


 兄ルゼリエは眉間の皺に手を当て深くため息をつく。


「…5年前、ジェラルド国王がまだ王太子であらせられた時、我が国に留学されていた時期があったろう?この王宮にもお招きし、その時お前を紹介した。…覚えているか?アリア」

「…は、はい…。それは…」


 もちろん。はっきりと覚えている。




 5年前、あれは私が王立学院に通っていた14歳の頃。同じ学院に留学してこられたジェラルド王太子殿下は、兄と同じ17歳だった。一国の王太子同士というその立場もあってか、兄とジェラルド殿下は意気投合したようで、留学時代とても懇意にしていたことも覚えている。

 ある日、兄と両親はジェラルド王太子殿下を家族の夕食にお招きしたのだ。私はそこで初めて彼にお会いした。ジェラルド王太子は黒髪に琥珀色の瞳をした、気怠げで少し冷たそうな印象の美男子だった。


「ジェラルド殿下、これが俺の妹たちです。セシリー、ロレッタ、そして一番下のアリア」

「はじめまして、ジェラルド王太子殿下。セシリーでございます」

「お目にかかれて光栄に存じます。ロレッタでございます」


 行儀良く挨拶をする姉たちに倣い、私もジェラルド王太子殿下にカーテシーをする。


「アリアでございます。よろしくお願いいたします」

「…アリア…。美しいな。見事な髪色だ」


 ジェラルド殿下は特に私に興味を示したようだった。兄ルゼリエと同様に、二人の姉は金色の髪に青い瞳をしていたけれど、私だけ母譲りのピンクブロンドの髪色で生まれた。瞳の色は深い紫で、これもまた兄妹たちの中で一人だけ違った。全員並ぶときっと目立ったのだろう。

 王宮の広い食堂の中で、父や母、兄妹たちとテーブルを囲みながら食事を楽しんでいる時、私が一番ジェラルド殿下から話しかけられた。すごく緊張したからよく覚えている。




 あれから、5年…。


「で、ですが私には…、ヒギンズ公爵令息が…」


 頭が真っ白になりつつも、私は自分の幼少の頃からの婚約者の名前を口にした。父が渋い顔でそれに答える。


「ああ…。ジェラルド国王にもラドレイヴン王国内に婚約者がおられたそうだ。しかし、そちらとの婚約はすでに解消したらしい。…お前を妃に迎えるためにな」

「そ……」


 そんな…。

 ますます頭が混乱する。なぜ…?互いに婚約者のいる身でありながら、なぜわざわざそれを解消してまで、この私を妃に迎えると…?

 兄が再びふぅ…、と深く息をつく。


「まさか本当にお前を妃に迎えるつもりであったとは…。5年前のあの時から、殿下、いや、ジェラルド国王はお前のことをとても気に入っておられたんだ。ここに招いて食事を共にしたあの日以来、ジェラルド国王は何度も言っておられた。アリアほど美しい子はこれまで見たことがない、俺が娶るわけにはいかないだろうか、俺の妻にしたい、と。…だが、お前もジェラルド国王も婚約者のいる身。まさか本気とは思わず、俺はいつも笑って受け流していたんだ。それが……、国王陛下が崩御され即位した途端、ご自分の婚約を解消し、お前を妃として迎え入れるなどと言ってこられるとは……」

「…………。」


 両親と兄の深刻な表情を見て、この要求を突っぱねることなど不可能なのだと悟った。ラドレイヴンはこの大陸の中心にある大国で、私たちのカナルヴァーラ王国とは全ての規模が違う。領土の広さ、人口の多さ、経済力、軍事力…。

 いくら今現在友好な関係を築いているからといって、我が国にとって逆らっていいことなど一つもない。







 こうして私は戦々恐々としながら大国に嫁ぐこととなった。


 これからどうなるのだろう。小国の王家の末娘が王妃となって、ラドレイヴンの王宮の人々や国民たちに受け入れられるのだろうか。

 しかしそんな私の不安を吹き飛ばしてくれるほどに、ジェラルド国王はとても温かく迎えてくださった。


「困ったことがあったらどんな些細なことでも俺に言え。よいな?」

「は、はい。ありがとうございます、ジェラルド様」




 溺愛と言っても過言ではないほどに、私は彼から大切にされた。ジェラルド国王は暇さえあれば私のそばにやって来て、私を膝に乗せてはキスを繰り返し、髪や頬を優しく撫でた。美しいな、お前は誰よりも可愛い、と、甘い言葉を毎日幾度もかけられた。


 互いの婚約者を切り捨てるような形での強引な結婚。自分の婚約者だったヒギンズ公爵令息にも、そしてジェラルド国王の婚約者であった方にも申し訳なく心苦しい思いをしながら嫁いできたけれど、こうしてジェラルド国王から大切にされているうちに、私の心持ちも変わってきた。

 腹を括らなきゃ。泣いても喚いても、私がこのラドレイヴン王国の王妃となった事実に変わりはないのだから。公私に渡ってジェラルド国王をしっかりと支えていけるように、早くこの国のことや、王家に関する知識を蓄えなくちゃ。


 ジェラルド国王の愛に応えるように、私は公務の傍ら猛勉強した。元々カナルヴァーラ王国の王女として培ってきた知識は幅広く、ラドレイヴンの王妃として学ぶべきことは国内の状況や王家の内情についてがほとんどだった。外交のための語学やマナーはほぼ完璧で、これまでしっかり教養を身につけてきておいてよかった、なんて思った。




 けれど。




 蜜月はたったの1年も続かなかった。




 ジェラルド国王は飽きっぽい人だった。

 ある日私は、彼が他の女性を膝の上に抱いてキスをしているところを見てしまった。

 私にしていたのと同じように。


 それ以来、私に興味を失った彼の浮気は幾度も繰り返されるようになった。何人もの女性たちが昼夜を問わず王宮の彼の部屋に出入りするようになっていた。


 頭では分かっていた。この国に嫁いでくる前に、母からも言い聞かされていたから。


『いい?アリア。ラドレイヴン王国の国王は側妃を何人も持つ方が多かったわ。ジェラルド国王も、もしかしたらいつかそういうことがあるかもしれない。…だけど、あなたは決してブレては駄目よ。挫けては駄目。あなたはこの大陸で最も力と影響力を持つ大国の正妃となるの。あなたにしかできない役目があるわ。自信と誇りを持ちなさい。強い心を持って、自分の責務を果たすのよ』


 男の人はそういうもの。たとえジェラルド国王の私への愛情が冷めてしまったとしても、私がラドレイヴン王国の王妃であることに変わりはない。私にしかできない仕事がある。それをしっかりと果たさなければ。


 何度も自分にそう言い聞かせて、傷付き折れそうな心に鞭を打った。孤独感から、一人になると無性に泣けてくる日もあったけれど、人前では絶対に泣かなかった。一国の王妃が誰かの前で涙を見せていいはずがないのだから。




 そんなある日のことだった。

 ジェラルド国王は、突然私に一人の女性を紹介してこう言った。


「アリア、これはマデリーン。ベレット伯爵家の娘だ。俺はこの者を側妃とすることに決めた。よくしてやってくれ」

「…さようでございますか。アリアと申しますわ。これからよろしくお願いしますわね」


 さほど間を置かずにそう返事をした自分を褒めたい。


 これが私の苦しみの始まりだった。





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