第40話 ジェラルド国王への怒り(※sideルゼリエ)

「…まぁ、ただ、とてもお元気そうなご様子でしたよ、とは言えないのが残念ですが…。正直に申し上げれば、少々お疲れのご様子でしたね。結婚式で拝見した時から華奢でお美しいお方だとは思っておりましたが…、あの頃よりもますますか細くなっておられるように感じました」

「……そうですか」


 言葉を選びながらそう話すユリシーズ殿下の表情を見るに、おそらくアリアは相当やつれていたのではないだろうか。自分の不安が的中したようで心が重くなる。


(アリア…。王妃という立場の重圧に耐えきれずにいるのだろうか…。しかしそんなことでは…)


 これから先務まらないだろう。やっぱり私には無理でした、国に帰りますと言って簡単に投げ出すことなどできるはずもない。だが、ジェラルド国王が未熟者の妹をそばで支えてくださっているのなら、あいつもこれからもっと強くなっていけるはずだ…。


「…はぁ。全く…。か細く頼りないのは幼少の頃からでしてな。己の立場を自覚して、もっと精神的にたくましくなってもらいたいものだ。ジェラルド国王陛下にご迷惑ばかりかけていなければいいのだが」


 やれやれと言った風にそう愚痴る父も、心配でたまらないのが顔に出ている。溺愛して育てた娘だ。本当は今すぐ飛んでいって励ましてやりたいぐらいの気持ちだろう。


 しかしユリシーズ殿下の次の言葉は、そんな我々に強い衝撃を与えた。


「…何でもそのジェラルド国王陛下は、最近側妃を迎え入れられたようです。私が謁見を申し入れても陛下は姿を見せず、アリア妃陛下がお一人で私とお話しくださいました」

「…何と…、国王陛下が、もう側妃を…?」


 父があ然としている。俺も我が耳を疑った。

 二人が結婚してまだおよそ一年と数ヶ月ほどしか経っていない。しかもジェラルド国王はご自分の幼少の頃からの婚約者を袖にしてまで、あれほど強引にうちの妹を娶ったのだ。よほど熱烈に想ってくださっているのだろうと、そう思っていたのに…。


 それなのに…もう側妃だと…?


 我が国の王女を正妃として迎えておきながら…?


 胸の内にモヤモヤとしたものが広がっていく。アリアは大丈夫だろうか。もしや、そのことで落胆し痩せ細っているのだろうか。


「…ユリシーズ殿下、…その…、謁見の場にジェラルド国王が姿を見せなかったということですが、その理由はどのように…?」

「さぁ…。誰からもはっきりしたことは聞いておりません。謁見の間に案内してくれた者も、陛下はただ今取り込み中で…とか、妙に言葉を濁していました。…ですが、今かの国の王宮は不穏な空気に少々ざわついているようですね」

「と、仰いますと?」


 父も前のめりにユリシーズ殿下に言葉を促す。殿下は少し目を伏せた後、眉間に皺を寄せて答えた。


「ラドレイヴンでは王宮を訪問する前に、別のところに数ヵ所立ち寄ったのです。我が国との貿易先の領主殿など、懇意にしている方々に会いに。…その中で、あまりよろしくない噂を度々耳にしました。何でも国王陛下は、その新しく迎え入れた側妃に盲目的に夢中になっているらしいとか、その側妃の人柄があまり好ましくなく、その上浪費癖がかなり激しいらしいとか…。でも国王陛下の寵愛が凄まじくて、誰も口出しできずにいるようです」

「……なんと……」


 父は驚愕している。俺だって相当ショックを受けた。そんな話が国内の貴族たちの間に広まっていると…?ジェラルド国王がそれほど側妃を溺愛しているというのなら、今アリアの立場はどうなっているのだろうか。


「どこへ行っても、いい話を聞きませんでした。高位貴族家の方々も不安になっているようでしたが、何せ陛下があまりに側妃を溺愛し可愛がっているものだから、世継ぎを産むのは側妃に違いないというわけで、皆本意ではないにしろ渋々側妃と付き合いを密にしている、といった状況のようです」

「…そうですか…」


 父は苦虫を噛み潰したような顔をして、静かにそう言った。では、アリアは…。


「ユリシーズ殿下、どうぞ、気を遣わずにお教えください。他にも、アリアの現状について何かご存知なのではありませんか?あの子は今王宮内でどのように生活しているのでしょうか。国王陛下との関係は…」


 たまらず俺は食い下がった。妹のことが心配でたまらなかったのだ。

 ユリシーズ殿下は神妙な顔をして俯くと、意を決したように俺に答えた。


「アリア妃陛下は、かなりきびしい立場に追いこまれているようでした。国王陛下がずっと側妃につきっきりでご公務もないがしろになっておられるそうで、妃陛下はお一人で執務や会議をこなしておられるようです。また、陛下が側妃を迎え入れた辺りから妃陛下の居住する部屋も変えられてしまったそうで…。今は王宮からほど近い離宮に移られているようです」

「な……、」


 何だと……?

 

 信じがたい。ジェラルド国王、何故だ…。あんなにもアリアを娶ることを熱望していたではないか。ご自分の長年の婚約者との関係を解消してまで迎え入れた正妃であったはずなのに…。

 公務を放り出して側妃にのめり込み、あろうことか、…妹を離宮に追いやっただと……?


(…まさか、これほどまでに軽薄な男であったとは…。この大陸随一の大国の王は、そんなあてにならない人物なのか)


 王太子時代、アリアを紹介した後何度も妹のことを褒めそやしていたあの男の顔が脳裏に浮かぶ。あんなにも美しい娘は見たことがない、俺の妃に迎えたいと、こちらが聞き飽きるほど言っていた。


 それは、そんなにも軽い気持ちだったのか。


 あの男が余計な真似さえしなければ、アリアは今頃このカナルヴァーラ王国の中で幸せな結婚をしていたはずだった。

 歴史ある公爵家嫡男の妻となり、何不自由ない穏やかな人生を歩んでいたに違いない。


 それを……。


(しゃしゃり出てきて強引に娶っておきながら、あっさり他の女に入れ込んで冷遇しているとは…。許しがたい…)


 俺はユリシーズ殿下の前であることも忘れ、床を睨みつけながら拳を固く握りしめる。


「ですが妃陛下は、気丈にふるまっておいででしたよ。一人で私と謁見することになっても堂々としており、私の話を素直に聞き入れてくださいました。…そのような状況の中でも王宮内が混乱することなく回っているのは、ひとえに妃陛下のご尽力の賜物なのでしょうね。微力ではありますが、私に出来ることがあれば声をかけてほしいと申し上げてまいりました」

「ユリシーズ殿下、お心遣いありがたく存じます」


 噛みしめるような父の言葉とともに、俺も心から殿下に感謝の意を伝えた。


(…アリア…)


 今この瞬間も隣国で一人我が身を奮い立たせ頑張っているであろう妹を思い、俺の胸は強く痛んだ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る