第34話 宰相への疑惑
今度はカナルヴァーラ王国にも寄るつもりだ、両陛下や王太子殿下にお会いできたらご挨拶してきます、と仰って、ユリシーズ殿下は帰っていった。
謁見が終わりいくつかの書類仕事を済ませ離宮に戻ってくるやいなや、エルドが声をかけてきた。
「アリア様、今日は朝からゆっくりお話する時間がなく…。例の件ですが、確認してまいりました」
「あ、ありがとうエルド」
私はマデリーン妃の生家であるベレット伯爵家について、何か情報を得られないかと考えていた。あの粗暴な立ち居振る舞い、ジェラルド様との出会い、…彼女のことが、どうしても腑に落ちない。
と言っても、もう私の周りにいてくれる人の中で信頼のおける人など限られている。私は密かにエルドにベレット伯爵家について何か知らないかと尋ねていたのだ。
「父がベレット伯爵家について少し知っておりました」
「そう…。それで?」
エルドのお父上は王国騎士団の団長であり、ファウラー侯爵家の当主。やはりご存知だったらしい。
「ベレット伯爵家の人々は今では南方の領地から出てくることもほとんどなくなったそうですが、数十年前までは権勢をふるい社交界でも幅を利かせていたようです。ですが領地の経営が悪化した今、もう当時の勢いはなく、田舎でただ静かに暮らしているようです。…そしてそのベレット伯爵家ですが、宰相閣下のアドラム公爵家とは遠縁にあたるそうです」
「……え?アドラム公爵家と…?」
思わず眉をひそめる。…なぜ…?以前ベレット伯爵家のことをアドラム公爵に尋ねた時、そんなことは一言も言っていなかったわ。自分の家と親戚筋に当たるのなら、そのことをわざわざ黙っているのなんて…、…おかしい……
「ただ父が言うには、ベレット伯爵家にマデリーン妃のような年頃の娘はいなかったはずだと…。となると、彼女はベレット伯爵家の養女となった方、というところでしょうか」
(……まさか……)
その時、私はようやく思い至った。
「…アリア様…、」
「…エルド…。もしかしてマデリーン妃の側妃としての輿入れは、…アドラム公爵の差し金、…かもしれないわね…」
「…はい。俺も、そう考えていたところです」
「……。」
こんなこと、考えたくもないけれど。
だけど考えれば考えれるほど、私の今の状況と辻褄があってきてしまう。
ある日突然マデリーン妃と市井で出会い、恋に落ちたというジェラルド様。
彼女はあっという間に側妃となり、彼女が王宮に入るやいなや、私は体良く離宮に追いやられた。
王宮内の人々には、私が子を授かれなかった正妃だから、世継ぎを作るために側妃を迎え入れたという真実でない話が広まり、そして国王陛下の寵愛はすっかり私からマデリーン妃へ移ってしまった。
多くの人がすっかり手のひらを返し、私に冷たくなった。
そして今や私は、ただ公務をこなすだけのお飾りの王妃に……
「……アドラム公爵と話をします」
本当にそうなら、私の立場としては許しがたいこと。
私は再び王宮に向かった。
「…一体何事ですかな?至急とのことでしたので、執務を放り出してまいりましたが。ほほ」
人払いをした王宮の一室で呼び出した宰相を待っていると、間もなく彼は現れた。いつも通りの、温和な表情を浮かべて。
「…アドラム公爵。お聞きしたい件がございます」
「は、何でしょうか妃陛下」
「マデリーン妃の実家、ベレット伯爵家のことです」
「はあ」
特に動揺した様子もない。私は彼の目を見つめて話を続けた。
「どうしても気にかかり、調べました。マデリーン妃の実家であるベレット伯爵家は、アドラム公爵家とは遠縁にあたるそうではありませんか」
「は、確かにそうでございますが」
…そうでございますが、って…。
ケロッとした様子に嫌悪感が湧く。
「なぜ、そのことを私に教えてくれなかったのです?私は先日ベレット伯爵家のことをあなたに尋ねましたよね。聞いたところによると、ベレット伯爵家にはマデリーン妃のような年頃の女性はいなかったはずだと…。一体どういうことなのでしょうか。理解できるようきちんと説明してください、宰相閣下」
私が問い詰めると、アドラム公爵は困ったように眉を下げた。
「はぁ…、そうですね。そのことについて妃陛下にお話ししそびれておりました。ご不快な思いをさせてしまい誠に申し訳ございません。陛下はマデリーン妃と市井で出会われすぐにご執心なさり、どうしても妻にしたいと、側妃として王宮に迎えたいのだが彼女の身分が低くてそれが難しい、どうにかしてくれぬかザーディンよ、…と、この私めに懇願されまして…。私も頭を捻った次第です。よくよく考えましたが、派閥の問題やその家の令嬢との兼ね合い…、他に良き頃合いの家が思い当たらず…。苦肉の策として、我がアドラム公爵家と縁続きのベレット伯爵家の養女にすることをご提案させていただいたのです」
そんな都合のいい話があるものか。
私はもうこの宰相の言葉を簡単に信じるつもりはなかった。
困った困ったという風に自信なさげな顔をしてうなだれている目の前の男が胡散臭くてならない。
私ははっきりと問い質した。
「宰相閣下。あなたはカナルヴァーラ王国から嫁いできたこの私が冷遇されるようあえて離宮に追いやって、自分の意のままに動かすことのできる都合の良い女性を陛下の側妃に据えようと考えたのではないですか?」
ベレット伯爵家にもう力はないという。
元より、この大国きっての名門公爵家の当主が命じることならば言いなりになるしかなかっただろう。
この男は密かに王家の実権を握り、裏から意のままに動かそうとでも企んでいるのではないだろうか。
「まさかマデリーン妃に妙な入れ知恵をして、陛下が私を離宮に追いやるよう仕向けたのでは?」
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