宿場町ネットワーク

軽く疾走して数刻、宿場町が見えてきた。


「大きな国の宿場町ってどういう所なんですか」


「基本的には、宿場町はどこも城塞都市の一種であり、ある程度独立した自治を獲得しています。世界規模のネットワークを有し、情報や物資の独自流通を行っている。というのが宿場町ネットワークですね」

「はい、ありがとうございます。我が国には一つしかなかったので。城壁も木製でしたし。しかし賢者様、よく走れますね。凄い速度出てますよ」

「百三十キロメロス位は出てますでしょうか。これくらいなら走るに入りませんよ。貴方もよく喋れますね」

「あ、そういえば」


私は風よけのスキル程度しか使っていないが、フィーが空気の壁を展開しているから彼女は普通に喋れるし、迎え風にあおられて転げ落ちるということもないのだ。


「フィーさんはお利口さんなんですね」


そういってフィーを撫でる。

そうしたらフィーが盛大にコケた。

あわてて浮遊のスキルを使い彼女を転倒から守る。


「どうしたんですかフィー!? 貴方も大丈夫ですか!?」

「私は大丈夫です、びっくりしただけで」


フィーはというと、コケたあと呆然とし、彼女を見つめていた。


「大丈夫ですか、フィー」

「ああ、すまん。撫でられて動揺しちまった。すまないが、走っているときは走りに集中させて貰えないか」

「す、済みません」

「貴方が謝ることではないですよ、フィーのせいです。フィーが撫でられて動揺するなんて珍しいですけどね」


整えて走りを再開し、宿場町へ着く。


町に入るときに人物識別スキルがかかるが、これは冒険者手帳による宿場町ネットワーク独自の人物把握なので国のお尋ね者などを識別する物ではない。まあ情報が合致すると国に連絡はしているそうだが。


無事に入口を通過し、まずは宿屋へ。

石造りの三階建て。

首都に近い宿場町だから、かなりしっかりしてますね。

じゃあ宿を取りますか。


「ここで一泊しますね。部屋は二つで大丈夫ですよね」

「えっと、その、出来れば」

「なんでしょう」

「出来れば、一つの部屋にベッド二つは駄目でしょうか。男女が一緒なのは変ですけど、一人は怖くて」


なるほど、今は人の触れ合いが必要な時期かもしれません。


「わかりました、それにしましょう。私は腐っても賢者で不老族ですから、人間を相手に性行為をするなどということはしませんのでご安心を」

「お心遣いありがとうございます。あれ、フィーさんは?」

「ここにいますよ。ほら、その黄色い大型犬。はい、首輪と手綱」


ワンワン! ワン!


尻尾を全開に振りながら彼女に近づき、頭をぐりぐりとこすりつける。


「え、フィーさんがこんな可愛い犬になるんですか!?」

「基本精霊で出来ている体ですからね、どんな物体にでも変化できます。人にだって変化できますよ。声帯は別に作っているとのことで、この状態でも喋れます」


首輪を取り付けて手綱を持たせる。

そしてフィーが手綱だけに伝わる振動で声を彼女に伝える。

敵視警戒されずに守れる、と言うことを理解したようだ。


宿を取ったので冒険者ギルドへと向かう。


「冒険者手帳を発行したことはありますか?」

「母国で発行したことがあります。今は持ってません。再発行するということですか?」


少し思案する。王女の冒険者手帳というのは価値があり強いが、ブルンツ国から犯罪人の手配をかけられたら宿場町で毎回説明する必要がある。ちょっと移動がしにくいな。


「よし、新規発行してしまいましょう。貴方は山賊から逃れた少女なのです。ですからみすぼらしい、服とも言えないような服を着ている、というわけですね」

「わかりました。――あの」


少し間をとってから彼女は喋る。


「新規発行したら私は王女ということが証明できなくなります。信じて大丈夫、ですよね」


「はい、大丈夫です」私はしっかりと頷く。


冒険者ギルドに入る。

中は綺麗で、入ってすぐ左側に受付の人が立っていた。


「今日はー、今日はどんな用事ッスか」


元気の良い女性の受付さんだ。

彼女と同じ金髪だが、綺麗さは全然彼女の方が上回っている。質がまるで違う。


「今日はこの子の冒険者手帳の新規登録をしに来ました。山賊に攫われてしまって。再発行ではなく心機一転のために新規登録を、と」


「その手の新規発行は今制限中ッスね。でもでも、賢者さんなら申請が通りまッス。おにーさんどう見ても賢者さんッスよね。背が二メロスくらいありそうだし、黒髪黒目。筋肉質で太ってもいないッス。棒にシンプルな服装、そして焦げ茶のマント。ま、調べるッス」


はーい、手帳を調べますよー、と受付さん。

私が賢者であることを確認したらすぐに新規発行の手続きに移ってくれた。


「えーと、名前はクロエ、年齢は十八歳、身長百六十セルトメロス、人間の女性。冒険者得点は最初から。特記事項は金髪で翡翠色の目、と。こんなもんスかね。おっぱいがでかいとか、華奢で細身、腰の線が綺麗とかも書いときます? 死んじゃった時身元特定の際に役立つッスよ」

「えぇぇぇぇ、胸とか腰は書かなくて大丈夫ですっ、恥ずかしい!」


私が思ってもいわなかったことを明け透けと言うお姉さんだなあ。


これで新規手帳を入手。手帳がある物は人生をやり直すための物資が支給される。

服や靴、食料に、貸しではあるがお金の融通など。


「んじゃー真っ先に服を用意しまッス。前衛後衛とかありまッスか?」

「クロエさんは戦闘員ではないので、一般の服ですね。靴はなるべく頑丈な物が良いです」

「わっかりまっした。んじゃクロエちゃん、こっちにどうぞー。覗いちゃ駄目ッスよ」

「フィーさんも入ってきちゃ駄目ですよ」


もの凄くしょげるフィー。あなたクロエさんの着替えそんなに見たかったのですか……。

もふもふのフィーをあやしながら待つこと一刻前後。ようやく着替え部屋からクロエさんが現れました。


「綺麗すぎる……」


おっといけない、賢者エドリック、うっかり心の声が出てしまいました。


「そうですか、綺麗ですか? 普通のチュニックに薄い朱色のスカート、ロングブーツに赤い裏地で緑色のフード付きクロークを頂きました」


そう言ってくるんと一回りする。スカートやクロークの裾がひらひらと舞い、華やかさがいっそう上昇する。


ロングブーツは脚を覆う防御もかねているか。薄い鉄板が前方に差し込んである。これでスカートが長ければ良いのだが、在庫がないのだろう。

フード付きクロークは旅をするのに加えて人目を避けるためだろうが、色合いがとても綺麗で映えている。


ただの服に着替えるだけでこんなに綺麗になるとは。女性という物は素晴らしい特性を持っていますね。

不老族、しかも男性はというと、うーん。


「冒険用に太いベルトと容量が見た以上に入るマジカルベルトポーチ、マジカルバックパックとかもつけたッス。マジカル強度は低いっすけどね。旅人なんで武器は短剣だけッスよ。賢者様と一緒ならどうにかなるッスけど、本当にいいッスか?」

「大丈夫です、武器を持っても使えないのではただの重りですからね」

「それじゃやり直すための服装援助はここまでッス。お金とか借りていくッスか?」

「はい、受けられる支援はみんな受けたいです」


お金に食料、野営道具など、様々な支援を貰って宿に帰還。元気なお姉さんどうもありがとう。


「ふう、脱出からここまで一日で終わらせました。ハードな一日でしたね」

「疲れました。でも、本当に死なないで良かったのでしょうか。私の国は……」

「小娘、お前は生け贄に差し出されたんだ。だがそれも婚約破棄された時点で終わりだ。婚約破棄などせずに生け贄として嬲られ処刑されたのなら話は別だが。それにエドが見た映像を記憶して、それを仲間に送ってある。そう簡単には動けんよ」


そうですか、と言ってうつむくクロエさん。不安ですよね。

何を思ったのかフィーは小型犬並の大きさになり、クロエの足下まで近づきわんわん、と吠えかける。


「宿場町の宿屋なら共同のシャワーと風呂はほぼほぼついてる。ほら、行くぞ、まだ体も洗ってないんだろう」

「え、フィーさんとですか!?」

「俺は性別がないから安心しろ。浴槽の中で舌をかみ切って自殺を図られたらたまらんからな。それともエドについていって貰うか? ひとりぼっちにはさせないからな」


それを聞いたクロエさんは不承不承ながらもフィーと一緒にお風呂へ向かったのでした。


さて、寝る前にもう一仕事するか、早朝にするか。どうしますかねえ。

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