好きなのは

 つつがなく作業は進行し、中央世界樹へとテレポートする我ら。


「お、大きい……。端から端が見えない」

「デカいだろ嫁ちゃん。大陸のど真ん中に樹立している、これが中央世界樹。アルキア大山脈の中央に位置しており、アガトー帝国は北の壁にしているようだね。世界最大の木、にして世界最大の人なんだ」

「え、人?」

「西の世界樹もそうなんだが、ドリアードがデカくなったのがこれなんだよ。おーい、ドリアード! ドリちゃーん! ドッリー!」


 上空からスルスルーとドリアードが降りてくる。


「お前にそれほど親しげに呼ばれる付き合い方はしてないぞ」

「やだなあもう。五百万年の付き合いじゃないか。それで、この子が」

「クロエと申します! よろしくお願いします!」

「名前は知っている。お前のために旦那はせわしなく頂上で動いていたぞ。池の水も半分持って行かれた。半分もだ。今回は西の世界樹が特に言っているから死なないのレベルを上げてやる。けがが出ないようなレベルにしてやるから真剣に挑めよ」


 いつになくいじけている。水を半分持ってったのが相当恨めしいようだ。


「西の世界樹さんはなんておっしゃってたんですか?」

「いや、君の魔法でだいぶ老化現象が治ったらしい。また新芽が生えてくるようになったので西の世界樹としてよろしく頼む、と。一度ドリアードではなく木になってしまった存在も、新芽から新たなドリアードが生まれるからな。私も魔法かけてほしい、若くなりたい」

「えーと……」

「ふん、私に掛けられるほどの魔力は無い。さて」


 といってみんなの注目を貰うドリアード。ちなみに名前はないらしい。


「これからクロエとその一行はこの木の穴から入って試練を受けてもらう。死にはしないがギブアップはバラちゃんが泣いて謝ったとき以外は無理だ。あと致命傷も駄目だな。これは速やかに回収して湖に浸す。試練は一年くらいかかると思う。食事は私が受け持つが、その時その時に会わせて出る種類が違う。ひもじい時もあるだろうがめげないように」


 ドリアードは私と母上を見て言う。


「それでは諸君らは頂上で待っていなさい。旦那が道具を作製したらつど届けさせよう」


 ひゅん、私達はテレポートされた。


 まず私は武具作成機へと急ぐ。真っ先に必要なのはほぼ完全耐性な賢者のローブだ。

 ただ強力すぎて普通の人だと眠ってしまう。精神安定効果が高すぎるためだ。

 精神安定効果が無いと無いで全能感が出てしまう。性能を上げるよりは人にも扱いやすいようにした方が良いか。作製。

 よく眠れる毛布も一つ送ろう。眠れないと力も出なくなる。作製。

 無限の水差しを一つ作って真神水を送ろう。これはあると便利だ。作製。


 そのほかにも色々な道具を作製して無限のバックに詰め込み、これを、とドリアードに渡す。

 池の水、そのほとんどを抜かれてしまったドリアードは完全にいじけて大泣きしながら地面に指でぐりぐりしていたが、大泣きしながらわかった、といい送り込んでくれた。




「これで後は待つだけですか」

「この一年あんたはなにすんの? 私は婚姻式の段取りでも練るけど」

「――心の整理でしょうか」

「まだ気になるのかい、四千年前のことを」


 四千年前の五月三日。私がその当時の彼女であったアンジュを、



 殺した日だ。



 賢者のローブを戦闘時に失った私は暴走し、見境無く周辺を破壊し、止めようとしたアンジュをも殺した。

 私を止めるために何人もの賢者が失われた、最悪の事件だった。


「そりゃ生涯忘れませんよ。あの感触、あの笑顔、消えていく命。忘れられる訳がない」

「長老が出て止めたんだもんな。厄災神エルリック・アルカディア、か。神がついちゃったもんね」

「自分の手で愛する人を殺すあの感触だけはもう、二度と」


 母上はごろんと横になる。


「でもよう、あの子の実力じゃ試練突破まで四年はかかると思うぜ。四年一緒になりたくて頑張った子を振るのかい?」

「――――どうなんでしょう」

「あの子は私が来いと言ったフキュウハに来たいし、諦めないからここまで来るよ。来た時どうやって出迎えるんだい」

「――――どうなんでしょう」


「ま、瞑想して考えな」と言って母上は去って行った。


 言葉通り瞑想をする。クロエ、アンジュ、俺。クロエ、アンジュ、俺。クロエ――。


 ――エド、エドリック。

 ここは誰もいない世界樹の頂上のはず。私を呼ぶのは誰だ?

 あたしよ、忘れちゃったの? いえ、忘れてくれたのね、四千年かけて。

 アンジュ、アンジュか。


 肩を抱かれるような感覚に襲われる。

 思わず立ち上がり辺りを見回す。誰もいない。座って瞑想を再開する。


 エド、ここはどこ? 世界樹の頂上だよ。閻魔様に一番近いところ。

 アンジュ、もう消えてしまうのか。消えないでほしい、ずっとずっと、側にいてほしい。

 ――つっ、と流れる一筋の涙。

 ふふふ、消えちゃうのはもう時間の問題だね。でもね、閻魔様は良い裁定を下してくれたわ。あなたたちの子どもは黒髪に碧眼よ。女の子だから。私の髪の毛の色と目の色、覚えているでしょ?

 あなたたち?

 もうさ、私でもわかるよ。エドの心の中はクロエちゃんしかないんだよ。絶対婚約するよ。そして子どもを産む。黒髪碧眼の女の子をね。閻魔様が言ったんだから間違いないよ。

 閻魔様が、未来を読める閻魔様がそう言ったのか。

 そう。半分確定事項よ。だから私のことは覚えておいて、それだけでもう良いの。罪悪感にさいなまれる必要はもう無いの。貴方はもうコントロールできるわ。そして未来を見て。貴方とクロエちゃんの未来を。

 しかし……。

 ――あのさ、貴方何歳で人間のクロエちゃんを試練に送り出したの? 二十歳でしょ、試練に五年かかったとして二十五歳だよ、もう出遅れ女だよ!? それをなんだかんだ言って責任取らない訳!? あり得ないわ! ふざけるのも大概にしてよね!! ばーか! しらない!


 待ってくれ、もうちょっと話が。

 アンジュの魂は離れていった。


 瞑想を再開する。私はクロエを好きになっていいのか? クロエ、クロエ――


【彼女を抱き抱えながら後ろ手に縛られていた紐をほどき、顔に被さっていた布をとる。え、綺麗。金髪に翡翠の目、雪のように白い肌がなんともいえない。肌もツルンとしている不覚にも賢者エドリック、あまりの綺麗さに動揺してしまった。まだ六千数百年しか生きていないから修行が足りなかったか。】


【「こんにちは、私は妖精女王のソフィアよ。呼ばれたのなんて何年ぶりかしら」】


【「妖精さんがいっぱいだと凄い賑やかで良いですねっ」ニコニコ顔で調理に加わるクロエさん。】


【「あの、そもそも私のおっぱいそんなに凄くないです。恥ずかしい」】


【「ずっと私のお尻を見てましたね、フィーさん。そういうことすると女の子が泣いちゃいますよ」】


 私はクロエに好意しか抱いたことがない。

 私はクロエが、


 好きだ。


 ふっと、頭の中で栓が抜けたような感じがした。

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