酒場
出発前最後の支度。
この部屋で二人とも同時に着替えるのはさすがに憚られたので、クロエさんにシャワーを浴びてきてもらい、その間に先に私が着替えた。
それを交互に行い、部屋に戻ってきたら、クロエさんはその長い髪をヒトカゲを使って乾かして貰っていた。
「手伝いましょうか? 風を飛ばすスキル『ブロー』というのがあります」
「すみません、お時間かけてしまいまして。お願いできますか」
「のんびりで良いぞ、膝の上は俺様の物だ」
ヒトカゲを使うなんてよく考えましたね、とか。
ソフィアさんはまだ寝てるんですね、とか。
妖精女王はよく寝るんですよ、とか。
ブローと炎をあわせるとすぐ乾きますよ、など。
普通の会話をしていたらフィーが拗ねた。
「フィーのお気に入りの奴隷じゃないんですから。フィーも髪の毛乾かしに参加すれば良いじゃないですか」
「膝の上から降りるのは忍びない」
じゃあ前髪乾かしてくれという要望に渋々従ったフィー。一瞬で水分を吸い取り綺麗な髪にしてしまった。
「フィーさん、そういうことが出来るのなら教えて下さい。膝の上ならいくらでも貸しますから、お手伝いもして下さいっ」
その要望にペロペロと顔をなめる行為で応えるフィー。完全に犬になってますね。
「よし、髪も乾きました。後は自分でやりますね。ありがとうございました」
そう言ってクロエさんはソフィアと一緒にブラシで髪をとかし、ぐるぐるっと後ろ髪をまいてお団子にし、串でまとめたのでした。
これなら帽子の中に収まるので身バレを防ぎやすいですね。
では朝食を食べに酒場へ行きましょう。
酒場には冒険者の面子を集める人や、朝から飲んだくれている稼ぎがあった冒険者などで、いっぱいです。もちろん宿屋を使う一般人も沢山。
四人掛けの卓に着き、朝食を注文。
「朝食お皿盛り合わせを二つ、ブルンツ風冷凍菓子を一つ、何でも良いので肉を一ケロガラムください。クロエさんはアルコール大丈夫ですか?」
「アルコール?」
「水代わりにエール飲んでましたか?」
「エール……」
「水って煮沸しないと飲めないじゃないですか。代わりに飲んでいたものは琥珀色でシュワシュワして苦かったですか?」
「あ、はい。農作業のあとにはドーラというのを飲んでました」
「なるほど。じゃあエールを二つください」
少し待って並ばれたお皿には、目玉焼きにハム、やわらかいパンに大盛りの野菜がそれぞれどっしりと。そして樽ジョッキになみなみと注がれたエール。冒険者や農家、これから旅をする人にはちょうど良いボリューム。
「美味しそうですね、ブルンツ風冷凍菓子がアイスクリームか、時代を感じますね。ソフィアさんの食べ物はこれですよ」
「アイスクリーム? ですか? はいはい、フィーさんはこれ食べてください。兎肉一ケロです」
「濃い牛乳と砂糖を混ぜながら固めたお菓子なんですが、二つ、いや三つ前かな、その時の文明が崩壊してから聞かなくなった単語だそうです。三つ前の文明は一万年前に崩壊したそうなので聞いた話ですが」
「へぇー! 本当に長生きしてるんですね」
「不老族なので死ななければ何年でも生きますよ。まだ六千年と数百歳です」
驚いたような顔でパンを食べたクロエさん。パンもちぎって食べてるし、ちゃんと上流階級の教育も受けているんですね。
「自己紹介してませんでしたっけ。私は不老族の賢者、エドリック・フキュウハです。正確な年齢は忘れましたが六千数百歳。賢者の役割は魔の討伐と文明向上の支援。なので世界を旅して回ってます。精霊王をパートナーにしているのが最大の特徴ですね」
バタバタと慌ただしく椅子に座り直して私を見つめるクロエさん。
「私はクロエです。ただの一般人です。いえ、精霊使いと妖精使いです。十八歳、仮に王族なら行き遅れです。今はどこに逃げれば良いのか考えてます」
「ん、近くの友好国では駄目なのですか?」
「駄目だと思います。ブルンツ王国から賢者の保護で逃げてきた王女なんて、どこの国も触りたくない存在です。賢者の保護がなくなったらブルンツ王国へ送り返すのが関の山でしょう」
「では母国は? そこまでお付き合いしますよ」
「ブルンツ王国で上手く立ち回れなかった私を受け入れると思いますか? 私は嫁に行き遅れた王女として、死んでも良い価値の高い物として送り出されました。出発時の馬車はブルンツ王国の馬車で、国王や妃の見送りもありませんでした」
「それは、それは……」
「私を受け入れたらブルンツ王国が難癖をつけて侵攻してくるかもしれません。もう何度も侵攻を受けた国なので、次侵攻されたら国が滅びます。恐れた国王が首を切り落としてブルンツ王国に送付するかもしれませんね」
想像以上に手がない。どうした者かと思案していると、酒場の主人がやって来た。
「あいよ、エール二つ。これは俺からのプレゼントだ。何か困りごとなら何でも聞くぜ」
「いえ、困っているわけではありません、ご安心下さい」
「そうかい? この国から逃げる方法とか知りたくないのかい?」
思わず顔を見合わせる私とクロエさん。大きい声で話していたか?
「まー、顔を見ればなんか困ってるってことくらい宿場町の酒場のにーちゃんはわかっちまうんだよなあ。調理場にきな。その犬は置いて。さすがに調理場だからな」
くぅぅん、くぅぅんと泣いているフィーを尻目に、調理場へ向かう三人。ちなみにソフィアは「世界樹の祝福を受ければ手が出せないわよ」などと言っていたが、それも個人の範囲だ。
「おし、みんないるな。別に大きな声で喋ってもいいんだが、一応こういう所でな。んでまあ、アガトー帝国に逃げろってのが案だ」
「アガトー帝国、ブルンツと敵対している隣国ですね。アガトー帝国に行くにしても国境通過証がないと……」
「この国は熾烈だからな、棄民が続出してる。大体の棄民がアガトー帝国に逃げてるんだ。最近じゃ男爵の爵位持ちがアガトー帝国に亡命したぜ」
「あ、なるほど亡命! 私も亡命すれば良いのですね!」
クロエさんはこちらに振り向いて、
「賢者様、どうか私をアガトー帝国まで連れて行ってくれないでしょうか。保護はアガトー帝国で亡命できるまでで十分です」
「わかりました。アガトー帝国へ向かいましょう」
そういうわけで、旅の目的が決まったのであった。
あとはフィーで疾走すればよいか。
クロエさんをフィーに乗せて疾走を開始する。次の宿場町までは百三十ケロメロスで走って六刻もあればつくだろう。
その宿場町。
「あ、ブルンツ国の兵士が立ってますね」
「通り抜けられるでしょうか」
「ブルンツ王室にいた際に体液とかとられました?」
「と、取られましたね。たっぷりと」
顔を真っ赤にしてうつむきながら話すクロエさん。
「じゃあ個人情報が取られている可能性が高いです。迂回しないと駄目だ。ブルンツ国を舐めていたな、通信網と兵士の配備が整っていたのか」
「どうすればいいのでしょうか」
「多分巡廻兵も出していると思うのでフィーの特徴もバレているでしょう。フィーを消して歩いた方が安全ですね。あそこにいる大型の鳥みたいな動物、イーストライダーです。速さだけならフィー並に出ます。本気を出せばフィーの方が早いですが、空気の壁を作って走るとなると同速度くらいです」
相談した結果、宿場町街道をはなれて、村道を歩くことになりました。なりふり構わずに殺せば良いのですが、私賢者だからなあ。出来るだけ殺さない方向で進めたい。出会ったら殺しますけども。
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