第2話▷ジジイとジジイの約束

『なあ、エディよ。君、ちょっと転生して魔王の監視をしてくれないか』

『魔王はわしが若い頃に倒したじゃろうが。ついにボケたか? しかも転生て、お前なぁ……』


 エディルハルト、などという長ったらしい名前を賜る前の本来の名で呼ぶ友の声。

 すっかりとお互いに腰が曲がり、友に至っては起き上がれもしない病床の住人じゃ。

 わしはその横で大好きな酒を見せつけるようにラッパ飲みする。

 ……悔しかったら早く元気になって、酒瓶を横から掻っ攫えといわんばかりに。


『君、倒し切れていなかったぞ。奴の魂が、あと数十年そこらで再びこの世に生まれてしまう』

『ブホッ!?』


 思わず酒を噴き出してせき込む。

 危うく一足先にあの世へ行くところじゃったが、なんとか持ち直して息を整えた。


『な、な、な、なんじゃとォ!?』

『私も未来予知でつい先ほど知ったのだ。……よりにもよって、我が血族に転生するようでな』

『なんと……! では、王族に……?』

『いや、血筋ではあるが少し遠い。公爵家だ』

『なんということじゃ……。彼奴きゃつめ……!』


 かつて死闘の末、やっと討ち取った邪悪の化身。歳を重ねた今でも奴への憎悪は色褪せぬ。

 世間では高潔な勇者などと持て囃されておるわしじゃが、内面はただの俗物じゃ。

 初めこそ使命感や正義感で戦っていたが、奴を串刺した時……心は怨嗟の炎で燃えておった。

 しかしわしの心がどんなに醜く歪もうとも、奴を倒したことで多少は心の清算が済んだと思っていたというに。

 まだその存在が滅びておらず、それも大事な友の血縁に生まれ変わるなどと言語道断。

 すでにわしの心は決まっておった。


『任せろ、友よ。わしが今ひとたび、奴をこの世から葬ってやろうぞ! 禁忌たる転生の儀だろうとなんだろうとかまわぬ。すぐ我が身に施せ!』

『馬鹿者。監視と申しておるだろう』

『何故じゃ!? 確かに器とされた子やその親御はかわいそうじゃろう。じゃが奴が再び世に放たれたら……!』

『エディ』


 魔王の魂を持って生まれた時点でそれは魔王。

 ……そんな浅はかなわしの主張を、友はかすれた声で諫める。


 すでに声に張りは無く、ひゅーひゅーとした浅い呼吸に乗せるように話しているというのに、そこには深い叡智と王として積み上げて来た威厳があった。


『魔王は存在こそ保ったようだが、君との戦いで消滅寸前まで弱っている。だからこれまで感知できなかったのだ。……そして魂の傷というのは、新たな肉体を得たからといってすぐに癒えるものではない』

『では……生まれてくる赤子は……』

『ああ。しばらくは無垢なままだろう。強く育てば魔王の意志など新たな命の息吹でかき消える』

『その保証は』

『君、共に魔王を倒した大魔導士の言葉を信じないのか?』

『ぐ……』


 かつて王子だというのに破天荒にも魔王討伐の旅についてきた友。

 氷の君だなんだのと呼ばれることもあったが、冷たいようでいてこやつが一番情に厚く、熱情的な奴じゃった。

 旅の間に何度も助けられ、その実力が本物であることも知っている。


『……私はな、エディ。子供たちが健やかに育ち、愛する人を得て、新たな命を繋ぎ、良き人生を歩んだのち穏やかに天へ旅立てるような、そんな国を作りたかった。その私が、どうして尊き命に手をかけよなどと言えようか。……甘いと思うか?』

『…………。甘さを貫くために、お前は強くなったんじゃろ。そして立派な王じゃった。それは近くで見て来たわしが保証しようとも』

『ははっ。わが友は優しいな。…………臣下に話せば先ほどの君と同じように、生まれた赤子を屠ることで解決しようとするだろう。だがそれはどうあってもまかり通させたくはないのだよ。……私も君と同じように、子供には甘いのでね』

『そこで親友に禁忌の術を使わせて、一人で赤子が魔王にならぬか見張れというわけか? しかも万が一覚醒したら、その時は切れ、と。そういうことじゃろ? 甘いが、お前は王じゃからの。は~。嫌じゃ嫌じゃ。嫌なジジイじゃ。性格の悪い奴め。嫌な役目を背負わせよって』


 すねたように口をとがらせるも、それは心からの言葉ではない。

 ……こ奴がどんなに良い奴か、わしが誰よりも知っておる。


『悪いな。本当は私が自分で転生出来れば良いのだが……。あいにく、遅すぎた。他人に施すのが精いっぱいだ。このていたらくでは儀式に耐えられず、転生を果たすどころか魂が消滅してしまう。それでは本懐を遂げられない』


 すっかりやせ細り、枝のようになった手をかざす友。

 わしはその手にそっと自らの手を重ねた。



『……任されたぞ、友よ』

『任せたよ、親友』



 ぐっと握られた手。

 それはひどく弱弱しい力じゃったが、死の間際とは思えぬほどに熱かった。














「……懐かしい夢を見たのぉ」


 窓から差し込む朝の光を眺めながら、寝ぐせのついた頭をぽりぽりとかく。

 よくこの銀髪を褒められるが、細いから癖がつきやすくて嫌なんじゃよなぁ……。今も鏡を見るまでもなく跳ねまくっていることがわかる。

 この髪質、将来剥げたりせんか?


 視線を真下に落とせばそこには若々しい、力に満ちた体。

 枯れ枝のようだった体躯はすでに遠い昔である。

 しかし、けして嫌いな体ではなかった。大事な友や子供たちと年月を重ねた体じゃったからの。


 寝起きで気だるい体でのびをすると、わしは夢を反芻する。

 夢の中ではお互い色素の抜けた白髪じゃったが、かつての友は燃えさかるような金赤の髪を持っていた。


(似てるんじゃよなぁ……。髪の色も目の色も、破天荒なところも研究に目が無いところも。あの嬢ちゃん、魔王よりあやつの生まれ変わりと言われた方が納得できるわい。いや、奴は国外逃亡だなんだの言い出さず仕事をしっかり最短で終わらせて没頭しておったが。趣味と仕事の両立、完璧じゃったもんな~)


 前世でわしに子孫のことを託し、禁断とされる術を使ったのを最期にこの世を去った当時の国王であり世界でも屈指の大魔導士であった親友。

 そしてわしは、そんな友に弱かった。

 彼の願いを受けて、わしは卑しくも二度目の人生を歩んでいる。




 まあ友も、本当に一人だけで頑張れとまでは言わなかった。

 代々一族の中からこの秘密を一人にだけ伝えて、生まれ変わったわしのサポートをしてくれると約束してくれた。

 その者の助力があれば、転生の儀が世間に知られようとも最悪追放くらいですむじゃろう。


 じゃからお嬢ちゃん……アウネリアの「転生の儀を行ったことをばらす」という脅しは、そこまで脅威ではないんじゃよ。

 いや、追放されて監視という本来の目的が遂行できなくなるのは困るが!

 しかし追放されたらされたで、その時は協力者に頼んで誰か貴族の従僕にでも紛れ込めばいい。すっかり有名になってしまったから、その時は顔でも焼かんといかんかなぁ……。

 ま、今さら地位も名声も金もいらんからの。


 というか、今の自分が伯爵家の養子になっておるのも驚きじゃわい。

 最初は従僕として紛れ込む気満々で居たんじゃが、ついつい魔王軍残党の馬鹿が目障りで片付けたらこの有様よ。



 そんなわけじゃったのだが……少し前に話が変わった。



 お嬢ちゃんがわしの正体を暴いたときに光った金色の眼。あれは間違いなく魔眼じゃった。

 魔王としての力が覚醒しはじめている。ならばこれまでのように遠方から窺うだけでは足りぬ。

 じゃから婚約者という地位は、驚きこそしたものの監視のためには渡りに船と言えばそうなんじゃが……。



「エイリス―! いらっしゃいませんのー? 可愛い婚約者が来ましたわよー!」

「…………」



 玄関の方から響いた声に、自然とため息がこぼれるのじゃった。











「エイリス貴方……本当に一人で住んでらっしゃるのね。メイドの一人も出てこなくて驚きましたわ」

「……何故いらしたのですか。ここはアウネリア様を持て成せるような場所ではございませんよ」


 今日は休暇じゃあ~! と喜んで朝から惰眠を貪り、その後は酒をたっぷり楽しもうと予定していたらこれじゃ。

 自称婚約者が憩いの我が家に突撃訪問をしてきた。

 いや、自称でなくもう正式に婚約してしまったのじゃが……。


「何故ですって? 婚約者と逢瀬を重ねるのに理由が必要なのかしら」

「少なくとも来る前に連絡は欲しかったですね」

「あ、それはごめんなさい」


 こういう所は素直なんじゃよなぁ。

 変わってはいるが、悪い子ではない。色々と困らされはするがの。


「ところでエイリス。婚約者なのだから、もうわたくしのことはアウネリアと呼んでいただけないかしら、様はいらなくてよ。話し方も、もっと気さくになさって?」

「……承知した、アウネリア。ではむさ苦しいところだが、入るといい」

「ええ、お邪魔いたしますわ! では貴方達は馬車で待機していなさい」


 家の中へ促すと、アウネリアは自らが乗ってきた馬車を振り返りお付きの者達にそう指示した。

 当然彼らは「しかし」と渋るが、「エイリスがいるのですよ? 抜け出して何処かへ行こうだなんていたしませんわ」とアウネリア。


(あ……婚約者といえど男とふたりきりになるのが心配なのではなく、アウネリアが逃げ出さないかって意味で渋ったんじゃな……。こやつらも苦労しておる)


 お付きの彼らはしばし考えると、わしに「アウネリア様を、よろしくお願いします」と深々と頭を下げて待機の姿勢をとった。

 本当にお疲れ様ですじゃ。


 わしは彼らを不憫に思い、せめて待っている間に楽しんでくれと酒……は流石に駄目かと踏みとどまり、焼き菓子を差し入れるのじゃった。













「……で? 本当の目的は」

「今後の方針についてに決まってるじゃない! 二人きりじゃないと、いろいろ話せないもの」

「じゃよなぁ」



 友に似た翡翠色の瞳を輝かせて、わしの婚約者は得意そうに胸を張った。







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