第16話▷国外逃亡ライフ、始めました

「エイリス氏~。次はこちらの依頼をこなしてくれないかな?」

「……またか」

「まあまあ、そう嫌そうな顔をせず。貴方は僕に借金もあることだし」

「………………」

「頼むよぉ。単独で素早く片付けられる精鋭が今貴方しかいないんだよぉ~」

「………………承った」

「ありがとう! さっすがエイリス氏だね!」

(調子のよい……)


 にこにことした笑顔と猫なで声で冒険者ギルドに来ていた高難易度の依頼が書かれた紙を差し出すクロエに、わしはここ最近多くなった溜め息でもって応えた。





 攫われたアウネリアを追って共に国を出てから、もう一週間になるじゃろうか。

 現在わしは祖国から離れた地の冒険者ギルドで、せっせと働く日々を送っている。

 ……というのも、わしのせいで破損した魔導駆動馬エーテルホースの弁償代を稼ぐためである。

 戻って金銭を取りに行く余裕も、手持ちの金も売れそうな装備品も無かったからのぅ。労働で返すしか方法がない。


「貴方も律儀よね。あんな状況だったんだし、弁償なんて突っぱねてもよいと思うのだけど。それに将来的に私の稼ぎで余裕で返せるわよ?」


 そんな事を言いつつ意気揚々と依頼へ向かう準備をしているアウネリアに、人目もあるのでうっかり出そうになるジジイ口調を引っ込めて答える。


「……まあ、何もせずに過ごすのも暇だからな。それに自分の事で女性に金銭を払わせるほど、私は落ちぶれていないつもりだが」

「あら、そう。さ~て、今回はどんな素材が採れるかしら!?」


 突っ込んできた割にあっさりと流したアウネリアは現在ドレスではなく、女冒険者然とした軽装に身を包んでいる。

 髪の毛も染粉で色を変え、極めつけに目の色も霞んで見える分厚い瓶底のような偽眼鏡。

 彼女を見知らぬ土地で一人にするわけにもいかないため、渋々依頼に同行させるようになってからのアウネリアの基本装備だ。

 かくいうわしも、染めてこそいないが目立つ銀髪は帽子で隠し簡易的な変装はしておる。


 よほどこれまで我慢していた冒険が出来て楽しいのか、アウネリアはここ最近はずっと上機嫌じゃ。

 ……まだ拠点としている町にアウネリア捜索の手は届いていないようじゃが、もし来ても変装とこの堂々とした様子では攫われた公爵令嬢として結びつかんじゃろうなぁ……。やれやれ。


 最初は依頼先に同行させるのも危ないし一人残すのも危ないしと、依頼を受けることもずいぶん悩んだ。

 だがわしに「律儀」と突っ込みつつ、是非行こう! と最初に腕を引っ張ったのはアウネリアである。

 目をキラキラさせて誘われてしまい、わしの方が先に観念したというわけじゃ。

 まあ、近くにおれば守れるし監視もできるからの。見えない所におる方が不安じゃて。




 唯一気がかりなのは祖国の様子じゃが、まあその辺はルメシオが上手くやってくれるじゃろ。

 密会時に使用する魔導具で手紙も送っておいたし。













『エイリスは、なんでついてきてくれるの? 国外逃亡だけ出来れば、わざわざ貴方の秘密を口外したりしないわ。……そんなに私、信用されていない?』


 思い出すのは数日前、わしがアウネリアについて共に国外へ出ると申し出た時の会話。


『それは確かに僕も解せないな。貴方がアウネリアを大事に思っている様子は理解したが、それでも婚約者だったのは察するに契約があったからだろう? ……せっかく元平民の貴方が、築いた地位を捨ててまで彼女と共に国を出る意味がよく分からない。貴方はその気になればこの場で僕たちを武力で制圧できるし、僕を国へ誘拐犯として突き出してアウネリアを連れ帰ることも出来る。……この場で今最も自分の意志を通せるのは、エイリス氏。貴方だよ』


 レディ・クロエはそう言って長い足を組んで見定めるようにわしを眺めた。

 わざわざそれを自分で言うのかと思ったが、わしが今言われた内容を分かっていないはずもないと思っている様子。さんざんからかってくれたが、そこまで侮ってはいないという意志表示じゃろ。

 自分から口にすることである種の誠意もこちらに見せておる。……まったく、食えないご婦人じゃな。


 不安そうな、しかしどこか期待のこもった目で見てくるアウネリアと交互にその顔を見て……わしはその場では沈黙を貫いた。


 下手に口を開いても墓穴を掘るだけに思えたからの!


『……話す気はないのですね。貴方は腹芸は対して得意に見えないが、口は堅そうだ。これ以上は踏み込めないかな』


 クロエはそう言って苦笑すると、思いのほかあっさりとわしの動向を許可した。

 その際にしっかりと魔導駆動馬エーテルホースの弁償代を請求してきたあたり、非常に強かな女性である。





 その後……さすがに「信用がないのか」と不安がっていたアウネリアには、二人になった時に"監視"の目的を隠したうえでの理由を話した。

 しかしそれは嘘偽るための理由ではなく、今のわしが抱く紛れもない真実の気持ちでもある。


『信用していないわけではないさ。……ただのぅ。羨ましいんじゃよ』

『羨ましい?』


 思いがけない言葉だったのか、アウネリアはキョトンとしたあどけない顔で見上げてきた。


『ああ。夢に、好きなことに向かって真っすぐに突き進もうとしているアウネリアがひどく眩しくて羨ましい』

『……エイリスにはそういうもの、ないの?』

『うむ。わしが今こうして生きておるのは、ただ友との約束を守るために動いているにすぎぬ。……悲しい事じゃが、老いとは若々しい体となっても戻らぬものじゃな。わしも前世の若き日は滾る様な気持ちを抱いて邁進しておったが。今も何かに心躍らせることが無いわけでもないが、かつて感じた黄金のような日々はもう二度とこの手には掴めぬのじゃよ。若さとは、それだけで宝であるな』

『……それってなんだか、寂しいわ』

『な、わしもそう思う。じゃがそれを静かに受け入れていくのを老いというもの。……しかしのぅ。そうなると、新しい欲が湧いてくる』

『欲?』


 これは年寄りのお節介いうやつじゃろうなぁ……引かれないかなぁ……。

 そう思いつつ、わしはそれを口にした。


『枯れた植物が若芽の養分となるように、今。……その心に抱く希望に、心躍らせている若者の背を押したいと願ってしまうのじゃよ。見守って、芽が立派な若木に成長する助けになりたいと』


 始めて口に出して、自分でも腑に落ちた。

 そうか。わしはもう監視でなく、アウネリアのことを見守りたいと考えておるんじゃな。


『……。エイリスにとって、私はお守りの対象というわけね。……。でもエイリスは友達との約束のために生まれ変わったんでしょ? そんな大事な約束があるのに、私についてきてよかったの?』


 おっと、鋭い言葉が返ってきたな。わしも少し話しすぎたか。

 そういえばわしが生まれ変わった理由に関しては、初めて触れたわい。

 さすがに魔王監視の目的は話せぬが、友との約束を守る、という事だけならば、内容に触れず誤魔化すこともできるじゃろ。


『なに、問題ないからこうしてついていこうと言っておるのよ。どの程度の付き合いがあるか知らぬが、いくら冒険者ギルドの支部長といえどレディ・クロエも信用ならぬしの。その中にぽんと放り込むよりは、自分で見て追った方が安心じゃわい』

『でも。クロエも言ってたけど、せっかく手に入れた地位とかは……』

『仕事を押し付ける部下やわしを迎え入れてくれた伯爵家には申し訳なく思うが、地位自体は成り行きで手に入れただけで執着はないの。これでも元勇者様じゃぞ? 地位も名誉も、もう腹いっぱいじゃ』

『…………ふふっ』


 そこまで言って、ようやく不安そうだった顔に笑みが浮かんだ。



『エイリスって、変わっているわ』








 それからというもの、吹っ切れたようにわしの事を受け入れたアウネリアは国外逃亡の身を楽しんでおる。

 元気なのは良い事じゃが、ことあるごとに「エイリスは私のお守りでしょう? ちゃんと見ててくれなきゃ!」と言って無茶をするのが玉に瑕じゃ。



 ともあれこんな日々を送っておるわしたちじゃが、クロエは準備が整ったらアウネリアを海の向こうへ連れて行く気らしい。

 噂に名高い魔学の都市がある国。おそらく目的はそこじゃろうな。

 わしも前世、魔王退治の旅の途中で立ち寄ったことがある。


(……万が一に備えて、わしもそこで仲間を募るかの)


 国外に出ても監視はわしが続けるので良い。じゃがそうなると、もしもアウネリアが魔王に覚醒した場合に戦力が心もとないのじゃ。

 まさか王子であるルメシオや、ひ孫のリメリエを国外へ連れ出すわけにもいかんしの。

 彼らはあくまで国内で有事が起きた場合のサポーター。

 これから先は、新たに仲間を集めて万が一に備えるしかあるまい。


 今後借金を返し終えたとしても、身元不定の身ならば冒険者として活動していくことになるじゃろう。

 そうなればパーティを組むのは当然。巻き込まれる者達には申し訳ないが、実力のある者に目をつけ勧誘するか。

 何も起こらねば問題はないしの。

 アウネリアには今のところ、魔眼以外に魔王としての兆候は見えておらぬし。



 そう考えつつ、今日の依頼に赴こうとしたわしだったのじゃが……。





「……見つけましたよ!」

「ほ?」



 道を塞ぐようにダンっと壁に長い足が叩きつけられ、顔を覆い隠す外套の影できらりと眼鏡が光を反射する。


「お、お、置いていかないで、くださいよぉ~」

「む!?」


 更にはその人物を追ってきたのだろうか。非常に見覚えのある黒髪の娘が、息を切らせて駆け寄ってきた。


「ちょっと、貴方誰……って、リメリエ!?」

「あ、アウネリア~。ごぶ、ごぶじで、なによりゴフォッ」

「貴女が大丈夫でないわね!? 落ち着きなさい、息を整えて!」

「はぅ、はいぃ~」


 そう、黒髪の娘は我がひ孫リメリエ。

 乱暴に道を塞いだ不審者に憤慨しつつ、知り合いに気付いたアウネリアが慌ててそちらに駆け寄った。

 わしもすぐにそうしたいところなんじゃが……。



「……ルメ坊か?」

「ええ、ええ。そうですとも」




 わしの頼もしいサポーターであるルメシオが、額に青筋を立てながら笑顔という器用な顔で行く手を塞いでおった。











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