+おまけ小話:アウネリア⭐︎クッキング

 これは密談兼、周囲にアウネリアが一方的にエイリスが好きなのだと周囲に思い込ませるため彼女が「通い婚約者」をし始めてからしばらく経った、ある日の一幕。




 その日アウネリアはどこかそわそわした面持ちで偽装婚約者の顔を窺っていた。

 エイリスは何か言いたいことがあるのだろうと本を読みながらゆっくり待っていたのだが……。


「ねえ、エイリス。今日は私が何か作ってあげましょうか? その……、食事を」

「ほっ? これはこれは。公爵令嬢自ら料理を? それは光栄ですな」


 どんっと胸を張ってそう宣言したアウネリアに、エイリスは嬉しそうに笑う。

 アウネリアはまずは驚かれるものと思っていただけに、少々肩透かしをくらった気分になった。


「……止めないのね」

「わっはっは! せっかくの好意を無下にするほど野暮でもないわい」


 そうからからと笑う美丈夫は正に好々爺といった風情で、そのままアウネリアを厨房へと案内した。

 ここ最近アウネリアに振り回され続けてからというもの、料理程度なら可愛いものだ……というのがエイリスの心境である。

 それに料理を振舞ってくれようとする気持ちが素直に嬉しい。


「家では絶対に許してもらえないのに」

「ふぅむ。まあ……それも仕方なき事。じゃが、ここにはわしとおぬししかおらぬからの。お手並み拝見! ご馳走になろう」


 身分が高いとそういったこともあるのだろう。

 エイリスはそう納得し、おそらくいつも食事や茶でもてなしている自分へのお返しのつもりであろうアウネリアの好意を素直に受け取ることにした。





 そして公爵家にてアウネリアの料理が禁止されている理由を知るのはこのすぐ後である。






「ふふーん! なら張り切って腕を振るわせてもらおうじゃない! ……さて、お前達! 食材を中に!」


 パンパンッと手を叩いたアウネリアが外に大きな声で呼びかけると、いつもは馬車で待機している侍従達が何やら四人がかりで大きな箱を担いでくるではないか。

 エイリスは当然嫌な予感がするも、一度受け入れた好意を無下にするのも気が引けてその巨大な箱が厨房へ運び込まれるのをただ黙って見守る。

 侍従達のエイリスに対する申し訳なさそうな顔がいっそう不安を掻き立てるが、それでも見守った。



 そして。



「牛一頭丸ごと!?」

「ええ! あ、まさか今日中に全て食べろだなんて言わないわ。後で氷冷術を施して保存が効くようにしておくから」

「いや、そういう問題では……」


 どんっと調理台の上に座すのは黒い毛皮の見事な牛。記憶違いでなければなかなかの高級食材である。

 それが部位ごとに解体された状態でなく、丸ごと一匹横たわっていた。

 一応そこそこ広い厨房であるはずだが、牛の身は当然ながら調理台からはみ出ている。


 アウネリアは牛を運んできた侍従達をさっさと追い出すと、やる気満々といった様子で腕まくりをしていた。

 ……エイリスに戦慄が走る。



―――――― 解体バラす気じゃ……!



 突然の公爵令嬢による牛の解体ショー。流石に一瞬エイリスの思考も停止する。

 そんな彼を置き去りに、アウネリアは美しいドレスの上にいそいそと調理着を纏う。

 更にはエイリスが止める間もなく、豪快に包丁をまっすぐ上に掲げ……振り下ろした!


「わああああああああ!?」

「きゃっ!? ちょっと、危ないじゃない!」


 振り下ろされた包丁が牛の肉に食い込む寸前、エイリスは慌てて後ろから抱き込むようにしてアウネリアの腕を掴み包丁を止めた。


「いや、危ないじゃろ! そんな調理用の包丁で解体が出来るものか! しかもそんな無造作に……!」


 ドッドッドと心臓が大きな音を立てている。


 アウネリアが使用したのはエイリスがいつも使っている包丁であったが、それは使い勝手を考えて長さの短い小ぶりな物だ。とてもではないが、アウネリアの細腕で牛を丸ごと一匹解体するような品ではない。

 下手をしたらアウネリアが逆に怪我をする。


(こ、これは見ていて気が気じゃないわい……!)


 公爵家で止められて当然である。


 これがクッキーなど可愛らしいお菓子作りであったならば、公爵家の者も止めなかったかもしれないが……解体から始める本格派と来ては話が違う。

 そのうえ刃物捌きが恐ろしく雑ときては止めざるを得ない。


 しかし止められた当の本人であるアウネリアは不満なのか、頬を赤くして反論した。


「危なくないし、出来るわよ! 私が幾体の魔物を解体してきたと思ってるの!?」

「いや、知らぬが……。普通公爵令嬢から魔物の解体という言葉は出んのじゃよ……」


 返しつつ、魔物の解体と聞いては一気に説得力が出てきてしまう。

 そういえばこの子は魔学の天才で、自ら研究素材さえ狩りに行くような猛者であったと。



「まあ見てなさいよ。この私の華麗なる刃物捌きを」



 アウネリアは得意げに鼻息を荒くしエイリスの腕の中から抜け出すと、再び包丁を構える。

 そして……。




「な、なんじゃとぉぉぉぉぉ!? 何故、何故じゃ! あんなに危なっかしい身のこなしだというのに牛が見る見るうちに解体されていくーーーー!? しかもなんと美しい断面じゃ……! こ、これは肉の宝石箱か!? 肉が! 内臓が! 骨が! 輝いて見えおる!!」

「よく理解わかったようね。このアウネリア様の実力を! 伊達に筋繊維や骨格や内臓の位置を把握しているわけではないのよ! 何処に刃を通せばよいのか最適解をこの天才アウネリア様が導き出す事など容易だわ! ほーっほほほほほほほほほほほ!」



 一見無造作。だがアウネリアは的確かつ最小限の動きて牛の解体を進めていた。

 湖の迷宮で雑に魔物の内臓を採取していた時とは大違いである。

 そのわざは元勇者たるエイリスさえ見惚れるもの。

 これはひとたび肉に刃を入れさせたら、黙る他ない。黙るどころかあまりの技量に出てくるのは驚嘆の声ばかりであったが。



 エイリスはそのままアウネリア(※公爵令嬢)の牛肉解体ショーを、賞賛の気持ちのままに見守った。
















 技術に自信はあった。

 幾度となく家の者の目をかいくぐり自ら研究素材となる魔物を狩り、解体だって自分でした。

 この間エイリスが首を切った魔物に対しては久しぶりの生の素材に我を忘れて乱暴に扱ってしまったが、いつもならばもっと丁寧に処理している。


 味付けにも自信はあった。

 舌は公爵家のおかかえ料理人のおかげで当然のごとく肥えている。

 そして決められた素材と順番さえ守りその通りに作業していけばおのずと「美味」という"解"へたどり着く。それが料理だ。

 魔学の天才としてあらゆる実験を行い薬の調合さえこなしてきたアウネリアにとって、研究素材が調理素材に置き換わっただけならば美味しい料理を作り出すことは容易。



 ……そう、考えていたのだが。



「………………」

「………………」


 途中までは瞳を輝かせアウネリアの料理を見守っていたエイリスだったが、今は言葉の一つも出てこないらしい。


『アギャスッ、ブモァッ、オッボ、アブシュッ』


 二人の目の前。調理台に置かれた皿の上には、まるで鳴き声のような音を発しドクドクと脈打つ形容しがたい様子の"肉料理"が鎮座していた。

 果たしてこれは料理と言っても良いものか。まずそこから論点となるであろう有様である。


(し……しまったぁぁぁぁぁぁ!! これ、実験ではないというのに! これでは効力はともかく絶対に美味しくないし普通に食べたくない!!)


 アウネリアの失敗。

 それは魔学を愛する研究者気質と、ひっそりと心に秘めているエイリスへの愛情によるものである。



『あ、この部位に魔草エキスを注入すると良質な筋肉を作れる成分が増すのよね』

『この香辛料にあれを組み合わせたら、確か記憶力増強の効果が……!』

『せっかく食べてもらうんだもの! 食べた後、とっても元気になってエイリスが驚くくらいのものを作らなきゃねっ!』



 ……などなど。

 "料理"をするにあたって、およそ必要のない工程を加えた結果が目の前の物体である。

 もしこれを形容するならば料理ではなく、すさまじい効果を備えた"薬"が適切であろう。





 ……そう!

 料理ではないのである!!





 往々にして料理初心者による失敗の原因は大体が独自のアレンジ。アウネリアもまた、見事にその道を通ったというわけだ。

 エイリスに少しでも体に良いものを食べてもらいたいという愛情アレンジが、この化け物のような物体を生み出したのである。






(……み、認めましょう。私は、料理が、下手……!)


 アウネリア、床に膝を付き敗者のポーズ。

 この失敗を素直に受け止めるところもまた、彼女の長所であり魔学の才能を育んできた要因である。

 ゆえにこの失敗もいずれは乗り越え、今度こそ美味しい料理を作れるだろうと、いや作ろうと! アウネリアは心に強く誓う。


 だが失敗は失敗。


「……ごめんなさい、エイリス。これは私が責任を持って食べるわ。料理を振舞うのはまた今度にさせてちょうだい……」


 しょんぼりと肩を落として皿を手にとろうとしたアウネリア。しかし。


「ふむ。見た目は個性的を通り越して未知であるが、なかなかどうして香りが良い」


 その皿を横からかっさらったエイリスが、そう言って皿の物体の香りを嗅ぐと……豪快に食らいついた。


「ちょっ!?」


 アウネリアが止めようとするも、エイリスはそれを黙々と食べ勧めている。

 食べられた側の料理を名乗る物体は先ほど同様まるで鳴き声のような音を発しており、それだけで食欲が削げるがエイリスは気にしていないようだ。


「待って、いいのよ食べなくて! 美味しくないでしょう!?」

「いやしかし、すごいのぉ。グングンと力が漲ってくるぞ? さすがは魔学の天才殿じゃわい」


 呵々と笑い、エイリスはアウネリアに慈愛のこもった視線を向ける。


「……わしの事を思って、体に良い料理を作ろうとしてくれたんじゃろ? そんな心のこもった料理、おあずけとは意地悪じゃの。取られる前に、このまま平らげさせてもらうとしよう」

「~~~~~~~~~~!!!!」


 それはあまりに不意打ちではないか。

 アウネリアはぎゅっと心臓のあたりを押さえながら、心中で絶叫した。







(好っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっッッッッッッッッッッッッっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっッッッッッッッッッッッッっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっッッッッッッッッッッッッっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっッッッッッッッッッッッッっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっッッッッッッッッッッッッ

きッ!!!!!!)








 秘めたる想いだとしても自分の事を少しでも良く思ってもらいたい健気な乙女のアピールは、こうしてエイリスへの気持ちが深まる結果に終わったのである。


 そしてアウネリアの特製料理を食べたエイリスは、その後一週間ほど腕だけ筋肉が肥大化した状態で過ごしたとか。

 ちなみにその期間中、いつにも増してめちゃくちゃ強かったらしい。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る