第8話▷協力者は強火こじらせ勇者厨
迷宮。
それはかつての文明が魔族の脅威から逃れるために築いた要塞のなごりである、とされている。
しかし後にそれは魔物に乗っ取られ、奴らの巣となってしもうた。
まあ乗っ取られたと言っても、使わなくなった空き家に
誰も居ないから住み始めました、という……そんな感じじゃな。
そんな魔物どもは今ではしっかり根付いて進化して、それぞれの迷宮に馴染んだ生態系を形成して「迷宮魔物」と呼ばれておる。
迷宮は世界中にいくつも点在するが今の人類で全て管理するのは難しく、ほとんどが放置されたまま。
この湖底迷宮もその一つじゃろう。
そう考えながら湖そのもの、という堅牢な水の壁に囲まれた迷宮内部でため息をつく。
一日の間にわずかしかつながる道が開かない様子だったが、まだ入り口は開いたままで居てくれるじゃろうか。
流石に魔物がのさばる迷宮内で一夜明かすのは勘弁願いたい。
……今のわしとしては、別の懸念があるわけじゃが。
「ごめん……なさい」
「まったく! もう少し危機感というものをじゃな……!」
金赤色のつむじを見下ろしながら、くどくどと説教と説教をする。
……その内容に嘘はないものの、わしは耳元で大きな音を立てている心音が聞こえるような心境じゃった。
――――危うく、アウネリアを切りかけた。
その事実がわしを罪悪感でもって苛む。
魔物の血を掃い鞘に納めた剣。それを握っていた手が震えた。
湖の対岸の町で我ながら自分もしっかり楽しみつつデートを終えたわしらは、その帰りに湖中の迷宮へ降り立つことになった。
飛行魔法を使用していたアウネリアに主導権があったがために、わしに成す術はなかったわけじゃが……。
湖底の迷宮に到着した途端、嬉々として走り出したその手は早急に掴むべきじゃった。
慌てて追いかけるも時すでに遅く、アウネリアは迷宮魔物と相対。高密度を魔力を例の傘を起点に練り上げていた所を見るに、わしが動かずともいくらでも倒せていたじゃろう。
が、その力加減がいかんかった。
この湖底迷宮は周りが全て水で囲まれておるため、少しでも壁にひびが入ればあっという間に崩壊じゃ。
普通は長きに渡りその姿を保持してきた迷宮の壁に傷をつけるなど出来ない。
じゃがアウネリアが魔物相手に放とうとしていた力は、それを可能にするほどのもの。
ゆえにわしが先んじて魔物を切り伏せたんじゃが……。
それもまた、いかんかった。
魔物の血を多く流してしまったからじゃ。
嬉々として自ら野を駆け荒野を歩き迷宮を探索し、自らの研究素材となる魔物すら自分で狩る。
そして喜悦に満ちた顔でそれらをいじくりまわす、
……知り合う前から有名だった彼女の噂を聞いて、それを知っていたはずなのに。
実際にその場面を……内臓を手に瞳を煌めかせ、血にまみれて笑うその姿を目の当たりにすることで、魂に刻まれたとある場面が鮮明に脳裏へと浮かび上がった。
****の肉が潰される音。
****の内臓がかき回される濡れた音。
****は啜られ赤い口内へ消え失せていく。
そして黄色く光る、魔性の瞳。
「………………」
加減という物を知らぬような魔力での攻撃も、かつての"奴"を彷彿とさせるに足るもの。
気づけばわしは一度おさめた剣を引き抜き、彼女の背に振り上げていた。
「えふ、えへ、うぇへへへへへへへ! まさかこんな最高級素材に出会えるなんて! なんて綺麗な青緑色の血かしら~! でもこれ時間経過で色褪せちゃうかな……。保存出来たら小瓶に入れて飾ったら素敵かも! あ、でも色褪せていくならそれもそれで時間経過ごとの変化を観察できるわね!? よし、持って帰りましょう! ねえエイリス! 液体を入れられる物は何かない!? 出来れば密閉できるやつ!」
「…………!」
そしてこちらに無防備に背を向けながら無邪気に差し出された手を見て、わしはようやく我に返ったのじゃ。
(いかん、いかん。いくら力が強くとも……アウネリアはまだ、魔王ではない。これもただ研究熱心なだけの、彼女の趣味)
そもそも魔物の首を切り落としたのはわしじゃろうに。
この場所も良くなかった。
来る道も限られた密室。ここならば誰も目撃者はいないと、気が緩んでいた。
わしは魔王を監視する者。
しかしその魂を宿す子に罪はない。それをゆめゆめ忘れてはならぬ。
……個人的な私怨というのは、厄介なもんじゃの。
いくら年を重ねようと、この胸にともる焔が消え失せることはないようじゃ。
+++++
「切ってしまえばよろしかったのでは? 迷宮内なら事故でもなんとでも言い訳が出来るでしょうに。迷宮に入ったのはアウネリア嬢の独断ですし。もし責任と問われても俺がいくらでももみ消してやりますよ」
「あの……わしはそれをしたくないから、こうして転生してまで監視しておるのじゃが……」
「……俺はですね。まずそれがもどかしいんですよ! 気に入らないんですよ! 死後の安寧も無くあなた様が使われている事も、当の魔王本人がその自覚も無くエイリス様個人をも振り回していることも! 婚約者!? なんですかそれ! 俺だってエイリス様に近くに居てほしいのに! こっちはいつでもエイリス様の好待遇ポジションを用意するつもりでいるんですよ!? 俺の側に!」
「ま、まあまあ落ち着け。土産のクッキー食べるか?」
「……いただきましょう」
そう言って目の前の男はずり落ちかけた眼鏡を元の位置に戻す。
神経質そうなところが目立つものの、こう見えて甘いものが好きなんじゃよなぁ、この男。
王都へ帰還後。
わしは城に居を構える今代唯一の相談役に、アウネリアの事を相談しに訪れていた。
場所は裏の水路から隠し通路を通った先の開けた空間。
数多の本に囲まれ、魔導の文字が壁一面に描かれた密会場所じゃ。
光源は描かれた文言そのものに力が宿る魔導文字であり、それらが昼のように部屋を照らし出しておる。
……かつて大魔導士と呼ばれた友が残した、叡智の詰まった秘密の部屋。
地下だというのに飾られた植物がよく育っており、それらは全てが珍しい薬草じゃ。置かれた家具や小物ひとつとっても、珍しい魔道具や魔術器具、高価な宝物。わしの協力者となる者が不自由しないよう設えられておる。
友がわしの秘密を話した血族は、代々ここで知識を継承してきたらしい。
わしが生まれ変わったあとは、そのまま秘密裏に話すための部屋として使わせてもらっておる。
そして今代にてサポート役を引きついているわしの頼もしい協力者じゃが……。
「それと、敬語はやめてくだされ。うっかり人前で出たらことですぞ、ルメシオ王子」
「……貴方も毎回分からない人ですね、勇者エディルハルト殿。俺はそんな失態をしません。……というか、表向きの場所で会う事なんてほとんどないではありませんか。だっていうのにあの小娘は図々しくも婚約者だなんて……」
すっと細めた瞳でこちらを見てくるのは筋骨隆々とした体に、赤金色の巻き毛に若草色の眼をした眼鏡の青年。
この国の第三王子であるルメシオ・グラス・エディオールその人である。
歳は今のわしと同じく二十五歳じゃが、背はずいぶん前に抜かされたのぉ……。
小さい頃は勉強ばかりで眼を悪くするような、細すぎて心配になる子供じゃったが。
「……それで。相談とは、以前お伺いした小娘のとんちき茶番劇についてですか?」
「ず、ずいぶんアウネリアのことを嫌ったのぅ……」
「当然です。俺のエイリス様を自分のくだらない趣味のために巻き込むなんて、まったく腹立たしい女だ」
ルメシオの物になった覚えはないんじゃが……。
どうも彼は幼いころから勇者だったわしに憧れてくれていたようで、そのため自分が協力者の役目を引き継ぐと知ってからというものすさまじい努力を重ねてくれた。
だからこそわしに対して執着心のようなものを覚えているようで、時々発言の様子がおかしい。
「しかしくだらない趣味、というのは少々聞き捨てならんな。あの子は真剣じゃよ。……そのための行動が行き過ぎている事は、まあわしも困っているのでなんとも言えんが……」
「俺も彼女の魔学に関する実力と功績は認めていますよ。ですがエイリス様が困っているならこの世のすべてがくだらない事です」
言い切られてしまった。
この男、どれだけわしのことが好きなんじゃ。
「……ですが、茶番劇の中核的な役となるリメリエ嬢に話は付けてあるのでしょう? このまま協力するふりをしておけば、まあ問題はないでしょう。要はアウネリア嬢がその婚約破棄茶番劇が無事に決行できると思い込んでいればいい。ああでも安心してください。俺の方で別に円滑的な婚約破棄の案は練っておきますよ。エイリス様の人生がそんな形で縛られる必要はございませんから」
こちらが相談内容を話す前にそうつらつら述べていくルメシオ。頼もしくはあるが、わし少し寂しい。
「……それより今注目すべきは、彼女が国外逃亡の後に頼ろうとしている後援者についてでしょうね」
「うむ」
それについては同感じゃ。
流石のアウネリアも偽りの婚約者としての役目を果たした後は今後関わることのないであろうわしに、国外逃亡後の予定については話すつもりはないようじゃ。
ま、当然だの。
しかし世間にアウネリアが一方的にわしを好きだと思わせるために、これから幾度もわしの家に通ってくるじゃろうし……小旅行による
話を引き出す機会はこれからいくらでもある。
「今後、少しづつ探りを入れていくつもりじゃ」
「ではわずかにでも情報を手に入れましたら俺にください。突き止めてみせましょう。……どうせ碌な相手ではないでしょうが」
「ああ、頼むよルメ坊」
ほんの少しの悪戯心を込めてそう言えば険しかった眉間の皺が少し取れて、照れくさそうに視線をそらされる。
「その呼び方は……やめてください」
「おお、悪い悪い。おぬしはもう立派な大人じゃったのう」
「これからも頼りにしておるよ、ルメシオ」
「……はい」
はにかむように笑ったその顔には、幼き少年の姿が重なって見えた。
なあ友よ。
おぬしの子孫は、頼もしく育っておるぞ。
いずれそちらへ逝った時は、良い土産話を期待していておくれ。
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