第5話▷乙女たちの作戦会議

「エイリスさまが、ひいおじいちゃま……。フフ……あはは……でもかの大魔導士様なら、転生の儀も、可能……わたしのちいさいころのことも、知っていたし……えふふ……」

「り、リメリエ……」


 だいぶ賑やかな再会となってしまったが、自分たちでどうにかするからと修道院長には退席してもらった。


 どうしてあんなに取り乱したのか。何か怖がらせるようなことをしてしまったのか?

 ……訳が分からないなりにとにかく謝って、理由を聞き出そうとしたのじゃが……。

 アウネリアに肩を掴まれて「何も聞かないで上げてください。それが最良でしてよ」と諭された。

 彼女は更に「大丈夫です。彼は何も気づいておりません」とリメリエに声をかけ、それでようやくひ孫は落ち着いたようじゃった。


 



 ひとまず落ち着いたひ孫を前に、わしらはここへ来た目的を話すことにした。

 ……わしとしては”表向きの目的"なんじゃがな。

 それに伴いこのわし……エイリス・グランバリエの正体が、曾祖父である勇者エディハルトであることも明かしたのがつい先ほど。


 曾祖父が禁忌の術を使い転生していたことがよほどショックだったのか、リメリエは現在呆然自失となってしまっている。

 この様子に、わしはいたく反省した。


 そうじゃよな……。

 神に仕える身となったならば、余計にこの事実は重く、苦しいものじゃろう。


 更にじゃ。

 現在わしの血筋は息子が婿入りしたシュプレー侯爵家に受けつがれているが、この事実が世間に知られればお家取り潰しの憂き目にも遭いかねない。

 わし一人だけならば追放でもなんでも構わぬのだが、今回わしの身勝手な判断で孫に転生の事実を共有してしまった。

 それを込みで考えると、バレた時に禁術使用の事実を知りながら隠匿していたのかとシュプレー家にまで問題が波及する可能性は高い。

 少なくともシュプレー家の足をすくいたい馬鹿共には余計な餌を与えてしまう。

 可愛いひ孫に余計な重荷を背負わせてしまったわけじゃ。





 サポート役に相談した上での判断じゃ。身勝手ではあるが、後悔はない。

 しかし一人の祖父としては非常に心が痛む。


 ……だがのぉ。この子はわしの血族の中でもとびぬけて聖なる術の資質を秘めていた。

 これは見た目と同じく、妻の血を色濃く継いでいる証拠。

 最初はアウネリアが提案した円滑的婚約破棄の策があまりにもひ孫の書いた話と似通っていたため、を身内内で済ませるための人選だったのじゃが。


 ……修道院に入ったからであろうか。

 より神の加護を受けて力が強くなっているであろうことは、一目見た時から分かった。


 身内としては心苦しい。じゃがおそらく、わしの秘密を話す人間は彼女以上に相応しい者はおらぬ。

 アウネリアに魔王覚醒の片鱗が見えた今、サポート役が一人では心もとないからのぅ……。

 あとでアウネリアの目をかいくぐり、彼女が魔王の生まれ変わりであることも話していざという時は協力を仰ぐつもりじゃ。

 かつてわしが勇者と呼ばれた時も、けして一人で勝てたわけではないからの。





 ともあれ、判断こそ間違っておらずとも猛省は必要じゃ。

 リメリエにとってわしは突然訪ねてきて厄介ごとを持ち込んだ「血の繋がっていない」身内という不可思議な存在なのじゃから。


 以前わしが伯爵家に養子入りする時、お披露目を兼ねて誕生日パーティーを開いてもらった。

 その時に生まれ変わって初めて自分の血縁に再会できて、気持ちのこもった自筆の贈り物までもらえて浮かれておったのじゃが……。

 それはけして「曾祖父」相手の行為ではなかったのに、わしときたら。

 勝手に今世でも仲の良い身内気分でいたらしい。


「すまない、驚いただろう。……今は血のつながりなど無いというのに、どうも私は甘えていたようだ。もう少し前置きをするべきだったな。本当にすまない」


 出来るだけひ孫の混乱を悪化させないよう、エイリスとしての口調のままで詫びる。

 どちらが良いのか判断は付きかねるが、事実を受け入れられるまでは見た目との剥離が無い方がまだマシかもしれぬからな。


 わしの言葉を聞いて、リメリエはぱっと顔を上げる。

 よ、ようやくわしの顔を見てくれたか……!


「! そ、そうですよね。生まれ変わってるならもう血縁ではないですもんね! つまりこの想いは……合法!?」

「リメリエ様。おそらく口に出す前に一度、ひと呼吸おいた方がよろしいかと思いましてよ」

「ひぅッ! そ、そそそそそそそそうですよね! ありがとうございましゅ! ます!」

(噛んでる……)



 やはり三大公爵家の威光は絶大なのか、すぐ側に寄り添い声をかけてくるアウネリアに対してリメリエは非常に恐縮した様子じゃ。

 身分だけなら公爵家に次ぐ権力を持つ侯爵家出身のリメリエじゃが……これはもう、そういう気質なのじゃろうな。

 謙虚さは美徳でもあるが、少し心配になる。

 これは権力者たちが跳梁跋扈ちょうりょうばっこし、腹芸が求められる貴族社会に身を置くにはいささか厳しい。

 修道院に入ったのは良い選択だったかもしれぬ。



「そ、そそそそそれと、あ、アウネリア様。わたしのような者をそんな丁寧にお呼びいただかなくても結構ですよ……!? お、畏れ多い……!」

「そんなわけには参りませんわリメリエ様! だって尊敬するメイプル先生なのですよ!?」

「ひゃあぁぁぁぁッ!? あの、あの、できればシーッしてくれると、うれしいです。……実家にも院長先生にも、内緒で活動、しておりますので……」

(あ、……ふふっ。癖が小さいころのまんまじゃなぁ)


 人差し指を立てて擬音で話すところに、前世で最期に会った時を思い出す。

 確かお菓子を盗み食いしているところをわしに見つかって、「じ、じぃじ。シーッだからね」と同じ仕草をしておった。

 おそらく焦りすぎて咄嗟に出た仕草なのじゃろうが、実に懐かしく微笑ましい。

 わしのひ孫、かわいい。


 ところで。


「! 内緒で……ですか。なるほど、理解いたしましたわ。お互い苦労いたしますわね。好きなものを自由に楽しめないなんて」

「わ、わかってくれるんですか……?」

「もちろんですとも! ふふ。わたくし、貴女とは気が合いそうですわ。よければお友達になってくださいません?」

「ひぇッ!? お、おともだち……」

「ええ! それならばわたくしもリメリエ、とお呼びいたしますわ。もちろん貴女もアウネリアと呼んでくださって構いませんことよ」

「そんな……でも……。あう……でも、……うれしい、です。あ、アウネリア」



 わしが思い悩んでいる間に秒速で婚約者殿とひ孫の間に友情が結ばれたんじゃが?



「……アウネリア。友達がいない、と言っていなかったか? それにしては随分と、慣れているというか……」

「あら、エイリス。嫉妬しておりますの?」

「む……」

「ふふふん。図星って顔ですわねぇ」


 得意げに笑ってこれ見よがしにわしのひ孫を抱き寄せるアウネリア。

 一応令嬢口調は保っているが、悪戯好きの子猫のようなこまっしゃくれた顔が少々腹立たしい。

 わ、わしのひ孫じゃぞ!

 それにわしの方が先にアウネリアに友達になろうと誘ったのに!


「だぁって、これまで仲良くなりたい子が居なかったんですものー。その点リメリエは趣味が合うし可愛いし、とってもわたくし好み!」

「ずいぶん気に入ったようだな……」

「ええ!」


 元気に返事をして、お気に入りのぬいぐるみを抱き込む女児のようにリメリエに頬ずりするアウネリア。

 ちょ、近い近い近い! おなご同士とはいえ、近いぞ! リメリエも目を白黒させておるじゃろう!


 う、ううむ……!

 友達がいない、というのは本当のようじゃ。距離感がまるでつかめておらぬ。


 ともあれ、アウネリアがリメリエを気に入ったのは僥倖じゃ。

 好きな作家であるのだし、嫌う事は無いと思っていたが……。

 これなら変に駄々をこねることもあるまい。


「…………。ならばひとつ提案なのだが、此度の件。やはりリメリエに頼むのは辞めにしないか。私から言い出しておいて撤回するのは申し訳なく思うが、ひ孫はこの様子だ。妙な舞台に引きずり出すには心苦しい」

「! それは……」

「なに、もともと本人に頼むのはダメもとだ。リメリエは今年で二十九歳。すでに結婚しておってもおかしくないと考えていたし、相手役には……」

「う゛ッ!!」

「エイリス。あなた、デリカシーが無いとよく言われません?」

「す、すまない」


 わしの言葉に心臓のあたりを押さえて蹲ったリメリエ。

 修道院に入ってるくらいじゃから結婚には興味が無いと思っておったが、それとこれとは話が別じゃよな……!

 女性に年齢の話とは失礼じゃった。すまぬ。


「と、ところで。わたしになにか頼み事が、あるのですか……? それに相手役、というのは」


 息も絶え絶えなリメリエじゃが、よほどこの話題を続けたくなかったのか……自ら問いかけて来た。

 一応先ほど軽く話してはあるのじゃが、わしが曾祖父の生まれ変わりだったことの方が衝撃で頭に入っていなかったらしい。


 この様子のリメリエに話して良いものかとアウネリアと顔を見合わせた。

 が、訳も分からぬまま重荷だけを背負わされ、事情も知らぬまま役を下ろされたとあっては本人としても納得いかないじゃろう。

 ちゃんと話して、リメリエが正式に断ってくれたらそれで済む。


 ……というか、断ってくれないとわしが困る。

 魔王覚醒時のサポーターとして誘う他、それを期待してきておるのじゃ。


 まあこんな突拍子もない作戦、断るだろうし実行は無理だと言ってくれるじゃろ!

 アウネリアも大好きな作家先生の言葉じゃ。

 今後どんな提案をしてくるかは分からぬが、ひとまずあの案は消えてなくなるはず……。




 …………。


 そう思っていたんじゃがなぁ……。





「実は私とアウネリアは現在婚約しているのだが、それを円滑的に破棄するため"偽の真の恋人役"が必要なのだ」

「その話詳しくお聞かせください」


 あらためて口に出すと非常に胡乱なその内容。だがひ孫は再会してから初めてどもらずに言葉を発した。

 …………え!?











「なるほど。……アウネリア、わたしとぉっても、感動いたしました……! 趣味のために国をも捨てる覚悟だなんて……!」

「リメリエよ、そこに共感されるとじぃはとても複雑じゃ……」


 キラキラとした目でアウネリアのてを握るリメリエに、そろそろ慣れたっぽいからいいかな? と素の口調で話しかける。

 しかしそれはリメリエの耳を素通りしたようで、返事は帰ってこない。

 ……ちと寂しいのう……。


「ふむふむ。ではアウネリア様は婚約することで、まず勝手に婚約者をあてがわれることを避けたい。そこで白羽の矢が立ったのがひいおじいちゃま。だけど相手役となるおじいちゃまに迷惑をかけないために、周囲が同情しておじいちゃまが罪に問われない婚約破棄をしたい。そのために感動的なラブロマンスをお求めなわけですね~。ふむふむふーむ!」

「ええ! その通りよリメリエ。策を練るにあたって、あなたの作品は大変参考になったわ! でね? 上手く行けば私は国外追放となるわけよ! 自由に研究も冒険も好きな小説を読むことも出来るようになるわ!」

「ほう。ほうほうほうほう! 婚約破棄、悪役令嬢、国外追放の鉄板トリプルコンボですか……! 恋の物語にはスパイスが必須。……そこで悪役側に自分を添えてシナリオを完璧にしつつ本懐を遂げようとするなんて! 素晴らしい……! そして驚くべき度胸! しかもわたしの書いたお話を参考にしてくださるなんて、とっても光栄です~!」

「え、えへへ。尊敬する作者様ご本人にお話しするのは、少し恥ずかしいのだけどね……!」

「いえいえ~。ご謙遜なさらず! このリメリエ、感服いたしました! まさかリアルでこんなお話が聞けるだなんて……! ぬっふっふ。わくわくしてきましたよぉコレは!」


 は、話に入っていけない。


 これ、一見うら若き乙女たちが楽しそうにお話しているという平和な光景なのじゃが……。

 その内容は「国外逃亡」「婚約破棄」「悪役」「追放」などという単語が飛び交う不穏極まりないものである。

 わしはといえばつい誰か聞いていないかと心配になり、さっきから入り口付近で人の気配を窺っている有様じゃ。

 勇者としてのスペック、こんなことで使う事になろうとは……。


 そしてひ孫の新たな一面を知ってしまった。

 まさかこんなに乗ってくれるだなんて予想外もいい所じゃぞ!

 引っ込み思案な子じゃったし、数年前の再会でも今日会ってからの印象でもそこは変わっていないと思うとったのに……!

 なんでこんなに理解を示して協力的、積極的なんじゃァ!?


「でも、そうですか……。そうなってくると必要なのが、物語なら主人公となるポジション。悪の令嬢から恋人を取り戻してハッピーエンドを迎える正当なヒロインの役。う~ん……! お受けしたいところですが、わたしとしては年齢がちょっと厳しく……! それにこれでも修道女ですし……! あ、けしてひいおじいちゃ……エイリス様の相手役が嫌と言うわけではないですからね!? むしろそれは光栄と言うか是非ともお受けしたいっていうか! いやでも立場が……う~ん……!」


 ひ孫、めちゃくちゃ前向きに検討してくれておる。

 いや、断ってくれたらそれで話は終わるんじゃよ!?


「でも修道女という立場は逆に使えるのではないかしら。むしろ、うってつけじゃない?」

「! そうか、そうですね。エイリス様は元は平民ですし、その時に侯爵令嬢だったわたしと身分違いの恋をしていたことにしましょう! そして晴れて伯爵家に養子として入った後、パーティーでの再会を果たす。これが以前お会いした誕生日パーティーですね。でもその時はすでにわたしは叶わぬ恋だと出家することを決めていて、それを機に彼とすれ違うように修道院へ……! これで二人の交流が無かったことに説明がつきますね」


 つきますね、ではないが。

 つけてどうする。


「だけど二人は離れ離れになった後も、お互いを想い合っていた! ある日、やはり結婚しろと無理やり実家に戻されるわたし! あ、この辺は無問題です。家族はいつでもわたしを結婚させる気でいますので~」


 無問題でもないが。

 この茶番に実家と家族を利用する気満々でいる!? ひ、ひ孫ォ!


「そして何かのパーティーで再再会するエイリスとリメリエ! ここで二人の恋が再び盛り上がるわ! 目聡くそれを悟った私が……うんうん! ここまでくれば、後はシナリオ通りじゃない!?」

「ですです! それで全てが終わったら、「やはり一度は神に仕えた身……清いまま、信仰を貫きます」とかなんとか言ってわたしが修道院へ帰ればこちらも円滑な恋人関係の解除となりますね! これ、一度は最愛の恋人と結ばれつつそれでも神に仕える道を選んだということで、わたしとしても家族に面目が立ちます! これでもう無理やり結婚話をもってこられることがない!」

「あらやだ、修道院に入った後も苦労していたのねあなた……。でも、そうよね! 実はその辺を詰めていなかったからどうしようかと思っていたのだけど、これで最終的には三人とも自由の身だわ! ね、エイリス!」


 ね! と言われても!




 よくもまあそれだけ瞬時に妄想を膨らませることが出来るなと感心しつつ。

 ……話が非常によろしくない方向へ向かっていることに、わしはほとほと参るのであった。



 ……これはあの男に、もう一度相談せねばならんかもなぁ……。











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