第4話▷ひ孫、登場

「ああ……エイリス様。今頃なにをしてらっしゃるのかしら。きっと素敵な殿方に成長されていますよねぇ……」


 物憂げなようでいて、どこか陶然とした溜め息。

 それを吐き出した女性は何処かへ思いをはせるように窓辺から空を見て……続いて、机に激しく額を打ち付けた。



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁぁぁぁあぁあぁぁああああああああっッッ!! わたしの馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ーーーー!」

「リメリエ、うるさい」


 ガンッ、ガンッと何度も打ち付ける音に、同室の少女が文句を言う。

 その様子からは女性の奇行に慣れている事が窺えた。


「あ……ごめんなさい。いやだわ、わたしったら。ああ……机に血をつけちゃった。拭きませんと」

「机よりまず心配するものあるんじゃない?」

「……! そうだ、原稿! あ、よかったぁ。無事ですね~」

「ちげーよ。あんたの額だよ」


 割れた額からだらだらと血を流しながら、机の端に寄せてあった紙の束に赤いしみがついていないことを確認してほっとするリメリエと呼ばれた女性。

 すかさず同室の少女がつっこむが、リメリエはくすくすと笑った。


「アンナは心配性ねぇ。これくらい、ほら」


 言うなりリメリエは額に手をかざす。するとそこから淡い光がこぼれ出て傷を包み込んだ。

 光が消え去ったあとにはきめの細かい白い肌。……傷は綺麗さっぱり消えていた。


「治せばいいってもんじゃないのよ。……こんなのが最高位の聖なる術を使いこなすんだから、手に負えないわ。流石は勇者様の血筋って感じではあるけど」

「ふふふ~。ひいおじいちゃまは、とぉっても凄かったんですよ~。あとあと、すっごく優しかったんです!」

「え、リメリエって勇者様と会った事あるんだっけ?」

「はいですとも! といっても、一回きりですけどねぇ。わたしが三歳の時に会って遊んでもらって、その数か月後にぽっくりと。御年、百三歳でした」

「長生きされたのね~。……というか勇者様が亡くなったのって、二十年以上前でしょ? あんた童顔過ぎよ。年上だっていつも忘れるわ」

「そ、そんなことありません。わたし、大人のお姉さんですよぉ~!?」


 そう言って「えへん」と胸を張れば、黒の修道服をぐっと持ち上げている双丘が更に強調される。


「……体だけはね。チッ」

「舌打ちしました!? 今、舌打ちしましたぁ!?」


 涙目で縋ってくるリメリエを、アンナは「ごめんて」と軽く謝っていなした。

 こういう所も年上に見えない要因なんだよなぁと、溜め息をつきながら。


「それより早く原稿しまったら? 流石に院長にバレたらまず……」

「リメリエ。いますか?」

「!!」


 言いかけた途端、ノックと共に恐れていた人物の声が聞こえて二人して飛び上がる。


「は、は、はいぃぃぃぃぃ! おりますー!」

「また何を大きい声を出しているのですか。……貴女にお客人ですよ」

「え? だ、だ、誰だろう。またお父様かな……」


 客人、と聞いてリメリエの眉尻がさがる。

 実家を飛び出て修道院に入ってから何年も経つのに、未だに家族はリメリエの結婚を諦めていないようなのだ。

 だからこそ家族に会える嬉しさと、その話の内容の狭間で複雑な気分を抱く。


 しかし。


「いえ。……若い男性です」

「? 若い男性? 珍しい。では兄さまか弟が……」

「エイリス・グランバリエ、と名乗っておられましたよ」

「!?」


 瞬間、息が止まった。

 それはリメリエにとって特別な名前なのだ。


「え、え、えええええええええええええエイリス様ァ!? まさか、そんな!」

「お連れで若い女性もいらっしゃいました。……こちらは公爵家のご令嬢です。アウネリア・コーネウリシュ様といえば、貴女も知っているでしょう。ああ、ああ。びっくりしましたよ。リメリエあなた、貴族の知り合いがいることは承知しておりますが、来るなら事前に知らせてくださいな」

「わ、わたしだって知りませんでしたよぉ! そもそも知り合いといったって、エイリス様は……! え、何、公爵家とおっしゃいました? アウネリア・コーネウリシュ様? コーネウリシュ……コーネウリシュ!? え!?」

「あんたもシュプレー侯爵家の令嬢なんだからそんなにビビらなくても……」

「ああ、そうそうアンナ。お忍びのようですからね。他の子達に教えてはなりませんよ」

「はぁい」

「ではリメリエ。応接室でお待たせしておりますので、こちらへ」

「え……え……」



 驚愕から困惑へ。そして泣きそうな顔になると、リメリエは今日一番の大声で叫んだ。







「ええええええええ~~~~~~~~~~~~!?!?!?」







「院長。これあたしが話さなくても、バレるの時間の問題じゃないですか?」

「大丈夫です。リメリエの発作はよくあることですから」

「あ、ですね……」

 










+++++











「あ、あの……! おひさし、ぶり、ですぅぅぅ」

「……エイリス。あの子……いえ、あのお方、泣きそうだけど大丈夫?」

「そんなに驚かせてしまったか……」


 王都から遠く離れた修道院の一室で、わしとアウネリアは目的の人物が来るのを待っていた。

 本当はわし一人で来るつもりだったのじゃが、どうしても来ると聞かなんだ。

 まったく、策的にも周囲に繋がりを知られる要因を残すのは悪手じゃろうに……。困った婚約様じゃて。


 しかし公爵家、いくらなんでもわしを信用しすげではないか?

 遠出など当然反対されるものと思っておったら、わしが一緒ならば構わんと歓迎ムードで驚いたわい。

 逢瀬デートとだけ告げて、行き先も具体的に告げておらなんだに。



 ともあれ、わしらの目的である人物は情報通りこの修道院に入っていたようじゃな。


 修道服に身を包んだ背の高い女性を、懐かしさに目を細めて眺める。

 以前も大きくなったと思っておったが、ますます立派に成長して……じぃは嬉しいぞ。

 ちーと猫背なのがもったいないがの。美人なのじゃから、もっと堂々としておればよいのに。

 わしの子はみんな妻の血を強く継いだようで、その黒髪と青い瞳が愛おしい。

 


 アウネリアの考えた作戦を実行するにあたって、わしはもう一人……わしの正体を明かす人間を増やさねばならなくなった。

 そこで城に居るわしのサポート役に連絡し、正体を明かす許可を取った後。彼女の居場所を調べてもらって、ここへやってきたというわけじゃ。

 念のため調べてもらってよかったわい。

 年齢的に結婚しているかと思ったが、まさか修道院に入っておるとはな。


 わしは内々の話があるからと院長のご婦人に席を外してもらうと、改めて彼女……リメリエに声をかける。


「お久しぶりですね、リメリエ嬢。私の誕生日パーティー以来でしょうか」

「は、はぃぃぃぃ」

「…………」


 何故じゃろうか。顔を青くして小さくなってしまった。


「あの時頂いた本、とても面白かったですよ。今でもご活躍されているようですね。素晴らしい才能をお持ちのようだ」

「!!!!!!!!」

「リメリエ嬢!?」


 本題を話す前に緊張をほぐそうと彼女の作品について褒めると、顔を青くして倒れてしまった。


 ひ、ひ孫ぉーーーー!? わしの可愛いひ孫ーーーー!


「大丈夫でして!?」


 慌てて抱き留めようとしたが、わしより早く動いたのはアウネリアじゃった。

 アウネリアは支えたリメリエをゆっくりとソファへ誘導して座らせる。


「メイプル先生、お加減がよろしくないのですか? 大事なお体ですし、そうかご無理をなさらず……」

「……! その、な、なまえ……」

「ああ、申し訳ございません! リメリエ様、でしたわね。わたくしあなた様のファンでして、つい……! この間の【伯爵と空の旅~溺愛は天をも突き抜け地をも砕く! 誰にもふたりは邪魔できない!~】も素晴らしい作品でしたわ!」

「あ、最新刊……。……! ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! ごめんなさい、ごめんなさいーーーー!!」

「!?」


 リメリエは一瞬嬉しそうな顔をした後、ちらっとわしの顔を見て更に顔を青くした。しまいには床に頭を擦りつけて謝り倒してくる始末じゃ。


 ひ、ひ孫ーーーー!? どうしたんじゃひ孫ーーーー!?


「ごめ、ごめ、ごめんなさい。怒ったんですよねそうですよね! ああああああああ恥ずかしい、自分がはずかしいです! よりにもよって好きな方を小説のモデルにした挙句、何巻も何巻も何巻も手を変え品を変え書いてしまって……! し、しかも、ご本人に、プレゼントまで……いやぁぁぁあああああああああああ!!」

「お、落ち着いて! とにかく落ち着いて!」

「リメリエ!! お客様の前でなにをしているのですか! いつもの発作だろうとなんだろうと控えなさい! この修道院の恥さらし!」

「発作!? リメリエは、リメリエは病気なんですか!?」


 悲鳴を聞きつけたのか、何故か箒を片手に勢いよく入ってきた院長先生に縋るように問う。

 早口すぎてリメリエがなにを言っているか分からなかったが、こんなにも取り乱すなど普通ではない。

 わしのひ孫はどこか悪いんじゃろうか。それで修道院に……!?





「モデル……。あー……銀髪に、藍色の眼の、銀雪の貴公子……ああ~……しかも好きな人……あああ~……これは……」


 混沌とする中。

 ……アウネリアだけが、何かを察したようにリメリエの背中をさすっているのじゃった。


 


 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る