第6話▷婚約者の身内が現れた!

「え、エイリス様。こんな人気のないところに連れ出して……なにを……? まだ恋人役は、その、はやいのではッ」

「……ひいおじいちゃまとは、もう呼んでくれなんだか……?」


 リメリエ、わしが曾祖父だと分かったうえで今の名前で呼んできよる。

 やはりまだ怒っておるのじゃろうか……。

 じゃよな……。


 そう思って大の男がうら若き乙女の前でしょげ返るなどという、情けない様を晒してしまったが。


「じょ、冗談ですよぉひいおじちゃま~。ほらほら、リメリエですよ。かわいいひ孫ですよ~」


 やはりわしのひ孫は優しい。すぐに慰めてくれた。

 ううっ。いい子に育って……!




 盛り上がるリメリエとアウネリアを前に圧倒されたわしじゃったが、なんとかリメリエだけを連れ出すことに成功した。

 あのまま止めねば本当に例の大立ち回りを実行されかねんからのう……。

 いやはや、若き乙女の逞しさといったらないわい。


 ともあれ、これもまたつかの間の猶予。

 早く本題を話さねば。


 なにしろ茶を淹れる間も暇だといって厨房についてくるアウネリアじゃ。

 待たせすぎればまだかまだかと、こちらにやってきかねん。

 わしは早急に要点を伝えるべく咳払いをして仕切り直すと、真剣な目でひ孫を見つめた。














「アウネリアが、魔王の生まれ変わり……!?」

「そうじゃ。本人に記憶も自覚もないがの。わしはその監視をするために、こうして生まれ変わったのじゃよ」

「……!」


 わしの話を聞いて息をのむリメリエ。

 それもそうじゃろう。


 かつてわしが倒した魔王じゃが……やつが世界にもたらした災禍は、未だ根強く人々の記憶に残っておる。

 百年近く経っても、こうして若い世代にすら恐れられるほどに。

 そんな相手がさっきまで仲良く接していた友達だと知れたら、さぞ衝撃を受けたじゃろうて。


 ……再会してからというもの、わしはひ孫に重荷ばかり背負わせておるな。


「婚約者となったのは、まあ……誤算であったが。こうして近くで監視する分には適した立場なんじゃよ」

「ではおじいちゃまは、アウネリアの策を実行する気は……」

「無いに決まっておる! というか、無理がありすぎじゃ。不確定要素が多すぎるし、公爵令嬢の国外逃亡などもってのほか。アウネリアが言う後援者パトロンも怪しすぎる。利用されて不幸になる可能性のが高いわい。まったくどこの不逞の輩じゃ。けしからん! アウネリアもアウネリアじゃ。趣味を続けたいだけならもっと他に方法があるじゃろ! これだから近頃の若いもんは。短絡的な道を実行する前に、何故他に方法が無いか考えぬのか……。少なくともわしの友は王でありながら生活と趣味の両立をさせておったぞ!」

「ひうっ」

「あ、ああすまぬ。少し声を張りすぎた」

「いえいえ、お気になさらずですよぉ、おじいちゃま。お、おっしゃる通りですねぇ。へへ……。ごめんなさい。わたしもつい盛り上がってしまって……」

「……あと、ちと古い考えを……言い過ぎたかのぅ……?」

「……ちょっとだけ。でもおじいちゃまは、わたし達の趣味そのものを否定しているわけではないので、だいじょぶ……です」

「そ、そうか」


 ほっと胸をなでおろし、気まずそうに俯くリメリエの頭を修道女のベール越しにゆっくりと撫でた。

 小さい頃を思い出すのぉ……。撫でてやったのも抱き上げてやれたのも、結局一回きりじゃったが。


「……まあ、あの積極性と実行力じゃ。もし国外逃亡を実現するなら、その時はわしがついていくよ」

「え……」

「今回は、まあ。突拍子もない考えじゃし、当然リメリエは断ってあわよくば実際にはそんなことを意図的に演じるなど無理だと伝えてくれると……その、勝手に期待しておってな。すまんかった」

「い、いえ」

「……ともかくこの話は一回持ち帰るということで、時間を置くとしよう。わしも今一度、協力者に相談をしてみる」

「協力者、ですか? 他にもおじいちゃまのことを知っている方が?」

「ああ。無ければいいが……もし魔王が覚醒した時は、嫌でも会う事になるじゃろう。共に戦う仲間だからの」

「戦うって……アウネリアとですか!?」

「もしもの時は、な。むしろわしとしてはこれが本題で尋ねたのじゃよ。……リメリエよ。お主の聖なる術の力は我が妻に匹敵する。だからこそ、こうしてわしの正体を話した。……よいか? このことはたとえ家族であっても、誰にも話してはならぬぞ。転生の儀はどんな理由があろうとも禁断の術。知る人間は少ない方がよい」


 わしの話を聞いてゴクリと唾を飲み込むリメリエ。

 突然こんな事を言われて拒否されるかとも考えたが……リメリエはすっと背筋を伸ばすと、ゆっくりとこうべを垂れた。




「御心のままに。我が一族の誇り高き勇者、エディルハルト様」


 すまない、と言いかけて飲み込む。

 彼女の高潔な覚悟に送るべきは謝罪ではなく感謝であるべきじゃ。


「……ありがとう」


 その言葉を聞いて、リメリエ……わしの可愛いひ孫は、ふわりと笑うのじゃった。












+++++











「わぁ! すごいすごい! 海みたい!」


 翌日。

 修道院で一泊したわしらは、とりあえず表向きの理由として決めていた逢瀬デートを行う事にした。

 現在目の前には空の色をそのまま溶かし込んだような、美しく広大な湖が広がっている。


 例の作戦についてはアウネリアとしても国外の後援者パトロンの準備が整うまでは実行する時期を決められないらしく、昨日は概要(がばがば)を決めてお開きと相成った。

 その怪しすぎる後援者についても、そのうち探りを入れねばならぬのぉ……。



 そして王都に帰る途中、湖で有名な観光地へ立ち寄ったわけじゃが。



「まさかお兄様も居るだなんて。偶然ね!」

「ああ。ふふふ、僕も嬉しいよ。可愛い妹と、その婚約者殿とお会いできて。そう、僕が外交で留守の間に婚約が決まった婚約者殿と!」

「…………」


 何故だかアウネリアの兄……カリストフ・コーネウリシュ様と鉢合わせることになっておった。

 さっきから言葉の棘でちくちくと肌が痛い気がする。


 いや、不思議な事でも何でもない。ここはコーネウリシュが管理する領地の一つ。おそらく視察にでも来ていたのじゃろう。

 だが困った。アウネリアの機嫌の一つもとろうと連れて来たはいいが、彼女が当然のごとく実行されると思い込んでいる作戦において……わしは彼女に「氷樹の貴公子」に相応しい態度で、塩気のきいた態度で接することを求められておる!

 今回の小旅行もアウネリアが強引に誘い、渋々わしが了承したと周囲は捉えていた。

 アウネリアの機嫌を損ねないためそれを崩すわけにもいかず、これまでも護衛やお付きの者達の前ではそう振舞ってきたが……。


「ううん? エイリス。君さぁ、さっきから見てるけど、せっかくアウネリアが話しかけてくれてるのに、もっと気の利いた返事は出来ないのかぁ~? ん?」


 こ、これが小舅こじゅうと……!


 どうもこの男、妹の事が大好きらしくわしの態度がいたく不満なようなのじゃ。

 兄妹仲が良いのは素晴らしい事じゃが、今は非常に居心地が悪い。

 アウネリアからも「ちゃんとするのよ氷樹の貴公子様」とばかりに鋭い視線が飛んできておる。

 は、針の筵じゃあぁ。


「……失礼。急に遠出を申し付けられましたので、少々疲れておりまして。ところでカリストフ様のご予定はよろしいので? 先ほどから随分と長い時間を我々と過ごされているようですが」

「はああ~ん? 疲れるぅ~? その程度の男が可愛い妹の婚約者とは嘆かわしいよ。もちろん君の素晴らしい功績は知っているよ? だがね。やはり結婚とは人間性が優先されるものと僕が考えるのだよ。少なくとも逢瀬を楽しんでいる妹を前に口にする言葉ではないよね? 疲れた、だなんて! まるで妹のせいで疲れたみたいじゃないか! ……あと、なんだい。時間? 君は僕がこの程度の自由時間で一日の予定を崩す無能だとでも? 流石は英雄様だなぁ~。よほど自分の方が優れていると自信が無ければそんなお優しく人の心配などしないだろうものなぁ~エイリスぅ」


 ね、ねちっこい……! なんじゃ、このねちっこい男は!

 なんとかのらりくらりとカリストフ様の絡みをかわそうと試みるも、塩気強めの態度で! というのを意識しているため、自然とこのお兄様にも適応されてしまう。

 そのため余計に機嫌を損ねるばかりじゃ。



「その……ごめんなさいね」



 さすがに兄の態度が目に余ったのか、近くに寄ってきたアウネリアが小声で話しかけてきた。


「いつもは気さくで、良い方なのよ。家の中で一番気が合うのもカリストフお兄様なの。でも自分がいない間に婚約したことが相当気に入らなかったみたいで……。偶然を装ってたけど、きっと私たちの動きを調べて待ち受けていたんだわ」

「なんと……」

「んん~? 二人して秘密の会話かな~? 僕も混ぜてくれたまえよ」

「う゛」


 ぐいっとわしとアウネリアの間に割って入ってくるカリストフ様。大人げない男じゃのぉ!?

 まあ気持ちは分からぬでもないが……。


 しかし、どうしたものか。このままでは気力が持たぬ。


 そう思っていた時じゃ。




「……エイリス、来なさい!」

「ほっ!?」



 ぐいっと手を引かれたと思ったら、気づけば視界一面に空と湖が広がっていた。

 陽光を受けた水面の反射に、一瞬目が焼かれる。

 足の裏が地面を踏みしめることはなく、体全体で感じるのは浮遊感。


「お兄様ー! わたくしたち、デートの途中ですのー! エイリスはわたくしが独り占めするのよー! お兄様といえど、邪魔されたら不愉快ですわー!」


 ふんすと鼻息を荒くするアウネリア。

 現在彼女はわしの手を引いて、もう片方の手には水色にピンクと白のフリルが付いた可愛らしい日傘を広げておる。

 そしておそらくそれを使い……わしらは現在、空の上じゃ。


「あ、アウネリアーー!?」


 突然の事にカリストフ様がこちらを見上げながら大絶叫をしておる。周囲の視線も集まっておるな……。


「アウネリア様ーーーー!?」

「くそっ、エイリス様が居るからと油断していた! エイリス様ごともっていくとは!」

「いやしかし、エイリス様が一緒なら勝手に荒野や迷宮にはいかないんじゃないか?」

「あ、それは確かに。カリストフ様にデートを邪魔されたくないだけのようだしな……」

「ならば問題ないか。エイリス様に任せよう」

「お前たちは何を納得しているんだ!? 護衛だろう! もっとしっかりしろ!」

「でもアウネリア様ですし……」


 アウネリアの護衛やお付きの者達は一瞬慌てるも、その後は落ち着いたもので。


(任されてしまった……)

「あははっ。エイリス、このまま空の散歩としゃれこみましょう? これ見てよ。いいでしょう? 傘に重力操作の魔法を施してあるの」

「魔法、ときたか。そういえばおぬし、魔学の天才じゃったのぅ……」



 魔法は現象。

 魔術であれば傘の方にも術を起動させる仕掛けが施されている。しかし魔法となれば話は別。

 自然法則そのものを操る術式を、傘を起点に発動させておるのじゃろう。だからこそ、その細腕一本でわしの体を支えて飛ぶことを可能としている。

 …………ごく一部の者にしか出来ぬ行いじゃ。

 


「………………」

「……空は、お嫌い?」

「いや、好きじゃよ。晴れ晴れとした気持ちになるのぉ! 風が気持ち良い!」

「! そうでしょう、そうでしょう!」


 この天才っぷりもまた魔王としての力の片鱗だろうか。

 そんなことを一瞬考えるも、すぐに無邪気な笑顔でかき消された。


 せっかくの青空でぇとのお誘いじゃ。

 周囲にはわしが無理やり連れて行かれたように見えるじゃろうが、楽しまねば野暮というものじゃて。



 わしは婚約者殿の粋な計らいに、一度無粋な考えは放り投げることにした。






 ああ。本当に、気持ちが良いのぉ。


 










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