第10話▷異界の侵食者

 魔族とは"魔界"と仮称される別世界から訪れる霊的生命体の総称である。


 現在では動植物に憑りついたものを魔物、人間に憑りついたものを魔族を分けて呼称しているが、もとは同じ存在。

 魔族は肉体を持たないがゆえに、この世界の生物の体を奪う。そして奪った後は自分たちの魂に適応する姿へと作り変えるのじゃ。

 知性などは憑りついた生物により左右されるため、やはり厄介なのは知能の高い"魔族"……人間に憑りついた者どもである。

 個体値でもその脅威は変化するゆえ、子供よりも成熟した大人に憑りついた者の方がたちが悪い。


 この世界の生物に憑りつくことが成功すれば繁殖行為すら可能となり、生まれた子供は最初から魔物や魔族となる。が、それは憑りついた生物の同種間に限られた。

 更にその繁殖力はけして高くない。……体を作り変えた代償じゃな。




 例外があるとすれば"魔王種"。




 体を作り変える際に自我が邪魔となるのか、人に憑りつける魔族は最初少なかった。そのため異界の侵食者たちになんとか抗えていた古代人類だったが……それを塗り替えたのが魔族の王。

 王は通常繁殖の他、生物を食らう事により自らの体内で同族に相応しい姿へと作り変えることが可能であった。


 魔王の出現により勢力図は容易く塗り替えられ、かつての文明は一度滅んだという。



 しかし人類とて手をこまねいていたわけではない。



 生き残った人類は再び研鑽し、数を増やし、魔学を発展させ魔族に抗う術を身に着けた。

 魂、という不確定な存在に対しても研究を重ね、どう魔族が生まれるかすら不明瞭だった原因を突き止めたのが一番大きな発展と言えるじゃろう。

 それ以降は魔族に憑りつかれないための術を編み出し、頑強な魔族共の体をその体に根を張る魂の核を突くことで容易に破壊できるようになったのじゃから。

 ……一部のしぶとい魔族魔王以外は、一度破壊すれば再度別の体に憑りつくことなく消滅するしの。


 その際の魂の研究で"転生の儀"という禁術も生まれたが、これはその体に元々宿っていた別の命をすり潰し乗っ取る、魔族と同じ忌むべき行為として隠匿された。

 現在では一部の者しか存在を知らず、術を発動できるほどの術者も稀有なため知識はあれど実現はほぼほぼ不可能とされている。




 そしてその不可能とされた……禁断の奇跡に身を投じた老体は、若々しい体で剣を振るいながら内心でため息をつく。




(わしが転生の儀を受けなければ、この子はどのように育っておったのかの)




 生まれた時から自分だったこのエイリス。それでもたまに考える。

 たった今切り伏せた魔物とわしは、そう変わらない存在なのかもしれない……とな。


 そう思いながら、舌をだらんと垂れさせ絶命しているイノシシに似た魔物を見下ろした。




 現在人類と違い抗う術を持たない動物が魔族の主な憑依先となっているが、それでも強力な魔族は守護の術をも突破して人の体を乗っ取るし、もしこのまま動物が魔物に置き換わっていけば世界は魔族の移住先として次第に侵食されていくじゃろう。


 しかし魔王が居ない今、その速度は緩やかじゃ。


 人類史において過去幾度か出現した魔王種。

 古来より続くイタチごっこはなかなか収束を見せんが、奴がいない間にまたいずれ世界は発展し魔族に抗う術を確立させるはず。



――――だからこそ、この短期間で魔王の復活などあってはならぬこと。



 使命のため、親友との約束のため、全て了承の上ではある。

 更に友は「従来の転生の儀の解釈は間違っており、儀式を行った魂は本来は生まれられなかった弱い命の鼓動と融合しひとつの生命となる」などとも言っていた。

 それが重責を背負わせた親友わしを慮っての嘘なのか、本当の事なのか。……もう確認することはできない。

 しかしそれが本当だとしても、魔族や魔物を切るときは少々考えを巡らせてしまう。

 これはもうしかたのない感傷であると割り切ってはいるが、心が重くなる感覚はいかんともしがたいものじゃな。


 やれやれ、わしもまだ青い。

 体が若くなると多少は思考もそれに引っ張られる、ということなのかのう……?

 無駄に重ねた年月だけが取り柄だというのに、それが機能せんのでは敵わぬて。











「エイリス様、助かりました……! よもやこのような群れが出るとは」


 剣についた血を掃い鞘に納めていると、青い顔に安堵の感情を浮かべた一人の男性が駆け寄ってくる。


 現在わしらはアウネリアが招待された国境近くの土地へ向かっていたのじゃが、その途中で魔物の群れに襲われている馬車を見つけたのがつい先ほど。

 もとより見捨てる選択肢はないが、その標的がこちらに向いては面倒だとアウネリアを公爵家の護衛に任せて単身で助けに入った。

 ざっと見て二十匹ほどおったが、この程度ならどうにでもなるからの。


 イノシシやネズミに似た魔物どもはたいして強くはなかったが、数とはそれだけで脅威たりうる。

 討ち漏らしの無きよう、そこそこの時間を使って討伐を果たした。


 男は身なりからして身分の高い者じゃろう。

 名乗る前からわしの名も知っておったようじゃしの。


「いえ……構いません。もともとこういった事は仕事の内です」


 礼儀は崩さぬよう気をつけながら、出来るだけ表向きの性格キャラを崩さぬよう無表情で答える。


 最近はアウネリアとの交流で気が緩んでおるからな。

 氷樹の貴公子などという呼び名は恥ずかしいが、せっかくこれまで作り上げてきたイメージじゃし崩さぬようにせねば。

 ……そのキャラ崩れ、気が緩むとこのジジイ口調がポロリと出てしまいそうなのが一番の問題なのじゃよなぁ……。

 いつからこんなジジむさい話し方になったのかは覚えておらぬが、もうすっかり魂にこびりついておる。

 取り繕う事は可能じゃが、そうそう本質を変えることは出来ぬて。




「……どうも、再び魔物どもが活性化しているようですね」


 気を取り直し、男に訊ねる。


 わしは現在伯爵家に身を置いておるが、主な仕事は王都直轄の騎士団に属するものじゃ。まあそういった存在はわしだけではないが。

 もともと魔将を討ち取った功績で今の地位におるからのう……。伯爵家で貴族としての仕事も教え込まれてはおるし手伝ってもいるが、主としているのは魔族共から国を守る事である。

 そのおかげで腹芸が得意でない脳筋のわしでも日々功績を重ねて出世しておるというわけじゃ。

 いやしかし、これはありがたいというより嘆くべきことなんじゃが……。

 もう地位とかいらぬし、わしの力がいらぬくらい世の中平和で居てくれる方がよほど良い。



 とまあ、そのため魔物の活性化に関しての情報は他より入ってくる立場におる。

 が、街道で襲われるほどに増えているわりに、この地方の報告は王都にあがっていない。



「ええ。エイリス様が魔将ネグレスタを討ち取ってくださってからは有力な魔族の台頭も無く、ずいぶん大人しかったのですが……」

「こういった生態系に根付いた魔物は他の動物と同じです。統率されなくとも、何かしらの条件が重なればいくら通常動物より繁殖力に劣っても大量発生もする。……変化を感じた時はすぐに中央へお知らせ願いたい。知ることが出来なければ対処も難しい」

「ありがたいことですが、このような地方の事で王都の方々に頼るのは申し訳なく……」

「その遠慮が心からのものなのか、領主殿の面目のためかは分かりかねますが……とにかく連絡を。裂ける人員に限りは有りますが、国内全体の魔物の動きを把握することで防げる被害もありますので」

「そ、それは……! はい……」

(むむ? 恐縮させてしまったか。少々きつく言いすぎたかのう……)


 しょぼんと肩を落としてしまった男性を見て申し訳なく感じる。

 これは襲われたばかりの男性ではなく、この土地の領主に言うべきことじゃったわい。

 たまにいるんじゃよなぁ。自分たちで対処も出来ないのか、と思われたくなくて上に報告上げてくれない領主くん……。

 そりゃあそれぞれ対処してくれたらありがたいが、それでも情報一つ共有するだけで被害の桁が変わるんじゃよ。王都の騎士団が動けなくとも、他の地方に指示を出して応援を送ることだって出来るし……。

 いつの世も効率だけで人は動かぬものじゃな。

 感情とは時に何より強い武器となるが、逆に枷にもなる。難儀なもんじゃ。


 目的地の領主ならアウネリアの知り合いのため言いやすいが、ここはまだ道中。別の領主が納める土地。

 しかたがない、次の町についたら手紙を書いて……。




「え、エイリス様!!」

「ん? どうされた」


 少々考え事をしていると、転がるようにして駆けて来たのはアウネリアの護衛のうちの一人。


 ちなみに今回我々の旅路の編成であるが、公爵家だからか……それともアウネリアの逃亡を阻止するためなのか、なかなかに豪華である。

 馬車五台に護衛は軍の小隊が編成できるほど。内訳も部下に欲しいほどの手練れが多い。

 よほどのことでもない限り、わし一人抜けても変わりないはずなんじゃが……。





「アウネリア様が賊に攫われました!!」


「なんじゃとぉぉッ!?」





 つい素がまろび出たわしの驚愕の声が、のどかな街道に響き渡った。








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