第11話▷フィジカル勇者
アウネリアが賊に攫われた。
護衛からもたらされたまさかの内容に慌てて自分たちの馬車まで戻るが……。
底に広がるあまりの光景に、言葉を失ってしまった。
一見怪我人はいない。
しかし死屍累々、という言葉が相応しい有様で全員が地に倒れ伏しておる。
察するに強力な昏倒の術を用いられたように思えるが……。当然ながらそういった術に抗うための護符は各々所持しているはず。
この短時間の間に何があった!?
「これは……ッ、いや、それよりアウネリアを攫った賊はどちらへ向かった!」
詳しい事を聞きたくあるが、今は時間が惜しい。
こうしている間にもアウネリアと彼女を攫った賊との距離が開いてしまう。
「は、はい。あちらの森の方に……! 人数は五人ほど。
「魔導駆動馬……!? ともかく、私は後を追う。君は彼らを起こして状況説明を! その後の指示は部隊長に仰げ」
「か、かしこまりました!」
狼狽えながらも的確に情報を伝えてくれた護衛の一人。
彼が首から下げているのは教会の守護聖印であり、通常の護符より強力なものじゃ。わしも同じものを保有しておる。
彼一人だけ無事であった理由はそれでひとまずの納得をし、わしは彼の示した方向へ踵を返す。
ここで納得いくまで疑っている暇はないからの。
魔導駆動馬。
それはまだほとんど流通していない魔学の結晶であり、馬の何倍もの速度が出るカラクリ馬じゃ。
こうして少し話している間にも、賊との距離はどんどんと広がっているはず。
「エイリス様、しかし馬もみな意識を失っていて……!」
「必要ない」
「え?」
護衛の中でもまだ若輩である男は「どうしよう」とばかりに周囲を見回して倒れ伏した馬を前にうろたえるが、もとより普通の馬では追いつけぬ。
「で、では! どうやって追いかけ……」
「走る」
「は?」
短く答えると、わしは胸当てや剣を含めた全ての装備を脱ぎ捨てて服のみの軽装となる。
護衛の男はわけがわからない様子でわしを見るが、悪いが先を急ぐでの。見て察しておくれ。
わしは賊が向かったという森に狙いを定めると、体全ての筋肉に神経を巡らせる。
内からふつふつと湧き上がる熱は丹田を中心に血流のように全身を駆け抜けていき、それに伴い逆に意識は冷えて、冴えわたっていく。
大地を踏みしめる足からは地に満ちるエネルギー体内に流れ込むような感覚を受け、わしの体の中のものと混ざる。転生したこの身にも変わらず加護を授けてくれる母なる大地に感謝した。
どうもわしは大地の精霊に好かれやすい性質らしい。
こうして一瞬で"最良"の状態へと切り替わった体で、わしは一度確かめるようにその場で跳ねた。
「ぅえ!?」
(うえ、とはなんじゃうぇとは。そんな気持ち悪そうに)
護衛の悲鳴に不満を覚えつつ、近くにあった樹木の背を容易く追い越し跳躍した体のままに森へと目を凝らす。
アウネリアのように自由に飛ぶことはままならぬが、わしでも上に跳ねる程度は出来るんじゃよ。
そして魔族の核がたとえ蚤の心臓ほどでも貫く自信のある集中力は、梢の間にキラリと光る金属の反射を見出した。
(ふむ、運が良い。これで疑いながら追わずにすむわい)
自然物の中で人工的な金属が反射した一瞬の光。
それだけで賊の方向、距離を知るには十分じゃった。
追いにくいようわざわざ森の中を選んで走っておるのじゃろうが、整備されていない道では魔導駆動馬とはいえ本来の速度を出せまい。こちらにとっては好都合じゃ。
ついまた今はない顎髭をしごく仕草をしてしまいつつ、地面にズンッと音を立てて着地するとブーツも脱ぎ捨てる。
ふむふむ、ずいぶん身軽になったのぅ。
ブーツ、底に鉄板を仕込んでおるためこれで完全に武器となるものは無くなってしもうたが……問題ない。
わしにはこの
前世……エディというしがない田舎の小僧だったわしが、なぜ優秀な王族魔導士や聖女とまで呼ばれた妻と肩を並べて戦えたのか。
それはただただ単純に、肉体の研鑽の結果である。
才能があったとすれば、精霊の加護と研鑽に万全をもって応えてくれた肉体こそがそうなのじゃろう。
愚直に拳を振るい、日々の糧を魔物が跋扈する森の中より自らの肉体で得て、時には手ひどいしっぺ返しを食らい鍛えられていった幼少期。
武器なんぞ買えなかったからな。己の肉体のみが貴重な武器であり防具よ。
青年になってからはこのままでは魔物の侵食に故郷の村はいずれ呑まれるだろうと、一念発起して魔王退治の旅に出た。
その過程で絆を結んだ友と妻、仲間達から新たな知識を得て……戦い以外の事はそれぞれ得意な者達を頼り、わしは己の肉体とそれを十全に使う術だけをひたすらに鍛え続けた。
途中で剣術も身に着けたが、本来のわしの戦い方は徒手空拳によるもの。
拳と剣。その二つがわしの力。
仲間には散々「いくら鍛えたにしても人間越えてる」と引かれたこともあるが、まあ鍛えた以上の成果は精霊様の加護様様じゃ、とでも思っておるわい。
死の直前まで続けたその習慣は、生まれ変わった後もわしを助けた。
勇者と呼ばれたころほど肉体そのものの才には恵まれなんだが、経験が生んだ集中力と若い体で非常に効率よく己を鍛え上げることができたのじゃ。
その気になれば魔物や人間の頭部程度、掴める大きさならば素手で握りつぶすことが出来る
走る速度も馬で駆ける以上の速度を出せる自信があるし、馬と違って森の中なら木に飛び上がり三次元の動きによる追跡も可能じゃ。
前世の経験を踏まえて、この力をそのまま振るえば周囲にドン引きされることは分かっておったからの。
普段は堅苦しい騎士然とした型に収めてセーブしておるが、こんな時こそ力を発揮しないでどうするというのか。
――――元勇者エディルハルトが何故勇者たりえたか、この
そうしてわしは今度こそ森に狙いを定め……地面を強く踏み込み、地を駆けるのじゃった。
(……ん? しかしあのアウネリアが大人しく攫われた? 変じゃのう……)
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