第13話▷おじいちゃんは懐古趣味
一瞬、賊から自分を助けるために来てくれたのであろうエイリスの姿にときめいたアウネリア。
しかしすぐにその異様さに気が付き「ん?」と首を傾げた。
現在自分たちが乗っているのは
自分は先ほど馬でもこれに追いつくのは難しい、と考えたばかりである。
だというのに何故、エイリスがここに?
その疑問はすぐさま解消された。
「ふんっ!!」
「ぬぎゃっ!!」
エイリスがどこに居たかといえば魔導駆動馬の上で、そこに乗っていたはずの本来の騎乗者はいない。
更には高速で駆ける馬上から跳躍し、鞭のようにしならせた脚から繰り出した蹴りの一動作で二人目も馬上から叩き落しており一人目の末路も察した。
その際にただで落ちてたまるかと、後援者の部下はエイリスの服を掴んで共に地面へ落下。
……だがそこでエイリスの追跡が終わるかといえば、そうでもない。
この男、ブーツも履いていない素足で魔導駆動馬に並走している。
並走。している。
「おいおい、嘘だろ? まさか走って追いついたとでも?」
後援者がドン引きしているが、さすがのアウネリアも同感である。人間業ではない。
しかし彼女は知っている。彼の正体が何者であるかを。
(そういえば勇者様って雷のごとく大地を駆けて素手で大地を割った、なんて逸話もあったけど……)
盛られた英雄譚などでなく、それはわりと真実だったのではないか? と考える。
少なくとも今この場に居ることで「雷のごとく大地を駆けて」の信憑性が増した。
エイリスはしばらく魔導駆動馬に並走したが、さすがに追い抜かれるか……といったところで、三人目の部下の馬に手をかけた。
ひきつった悲鳴をあげた部下の男がエイリスの手を蹴り落そうとするが、それは逆に掴まれてエイリスを馬上に上げる助けとなってしまう。
そして高速で移動する魔導駆動馬に見事這い上がると……跨る男の頭をぎりぎりと掴み、そのまま片腕で投げ飛ばした。
片腕である。
熊かな? とは、アウネリアと後援者が共に抱いた感想だ。
現在残っているのはアウネリア達が乗る一頭と、騎乗者を失った魔導駆動馬が二頭、残った一人の部下が乗る一頭。
部下は蹴落とされたり投げ飛ばされた仲間を回収すべきか後方と上司の顔を交互に見て狼狽えていたが、その上司に目くばせされて仲間を助けるべく引き返した。
それを見送ったエイリスは奪った魔導駆動馬にまたがると、後援者に向けて皮肉気に言葉を投げかける。
「さて、そろそろ楽をさせてもらうか。賊の、これは良い馬だな」
「はは……。お気に召されたようで」
美しく煌めく雪のごとき銀髪に、深く冷たい藍色の瞳。すっと通った鼻筋と唇は美貌の中に冷淡な印象を強くする。
黒鉄の馬にまたがるその姿は、まさに貴公子。
…………かと思いきや、実は今はそうでもない。
というのも、もとの顔の良さはともかくとして、現在貴公子ことエイリスは非常に身軽そうな「街へ買い物にでも?」といった様子の装いなのである。鎧も武器も身につけてはいない。
更には木の葉や枝をひっちゃかめっちゃかに体へひっつけており、いつもは丁寧に撫でつけている銀髪が荒々しく乱れている。
常ならば冷たい印象を周囲に与えるはずの藍色の瞳も、よくよく見れば今現在は冷たさとは真逆……青い炎のごとくぎらついていた。
淡々と事を成し無表情であった顔も、主犯格と見るや後援者に向けて威嚇するような笑みを浮かべる。
否。ような、ではなく正しく威嚇である。
(あっ、これも……"良"い……!)
一連の出来事に追いつけず、アウネリアの脳がひねり出したのは渾身の「いいね!」だけであった。
恋する乙女とはある意味無敵である、というある意味の証明なのかもしれない。
しかし敵意を向けられている後援者はそうもいかなかった。
「おいおいおい。本当に君、どこの蛮族だ? 冗談はよしてくれ」
引きつった笑みを浮かべる同乗者も、目の前の事実をうまく受け止められていないらしい。
しかし婚約者を攫われた追跡者がそのような暇を許してくれるはずもなく……ついにはこちらに迫ってきた。
「ちょ、待って! まず話をしようじゃないか!」
「話? 賊の話など聞く必要があるか?」
ひどく冷え切った声。しかし敵意こそ同乗者に向けつつ、その瞳はただただアウネリアを見据えていた。
(わ、私だけを見つめてくれてる~~~~!)
そんな場合ではないというのに、脳は都合の良い所だけを拾う。未だ混乱している証拠でもあった。
「おい、アウネリア! ぽ~っとしてないで、君からも彼になにか言ってくれたまえ!」
「はっ! え、ええ! そうね! そうだったわ!」
呼びかけられてやっと我に返るが……返り切る前に、「このままだったら馬上から手を掴んで引き寄せて、奪い取ってくれるのかしら……!? きゃ~! なにそれ素敵! リメリエの小説みたいっ!」という妄想が脳裏を駆け抜けた。
「アウネリア!」
「!」
そしてアウネリアの妄想に都合よく馬身を真横につけて並走し、差し出されるエイリスの手。
アウネリアは言葉を発する前に思わずそれに手を伸ばしかけ……。
す~っと横を通り過ぎ、前方に去っていく愛しき人の手を見送った。
「……え?」
「……ん?」
期待を裏切られた落胆。だがすぐにそれを塗りつぶすように、まさかの声が聞こえた。
「こ、これ! 減速をせぬか! くっ、そうか。普通の馬ではなかった……!」
氷樹の貴公子を取り繕う余裕がないほどにうろたえているのか、所々に素の口調が垣間見える。
どうにも彼は魔導駆動馬を減速させようと操作に苦戦しているようだが……その努力は実を結ばなかったようだ。
「ぬおおぉぉぉぉぉぉぉ!? と、止まらーーーーん!」
「エイリスーーーーーーーー!?」
減速どころか加速したエイリスの乗った魔導駆動馬が、どんどんと前方へと距離を広げていく。
そういえば、とアウネリアの脳裏をエイリスの家で過ごした記憶が蘇った。
『今どき魔導機構の竈を使わないだなんて珍しいのね。火の調整、難しくない?』
『ほっほ。わしが若い頃にはそんな便利なもの、まだまだ流通していなかったからのぅ。いやはや、技術の進歩とは目覚ましい。じゃがいくら便利でも、慣れたものの方が使い勝手よいものじゃよ。まあ懐古趣味とでも思っておくれ』
『え、洗濯も手洗い!? メイドも居ないのに自分で!?』
『ふふん、これでも皺ひとつなく仕上げられるんじゃぞ? 魔導洗濯匣は便利じゃが、どうにも納得いく仕上がりにならんでの。これもこだわり、というやつじゃ』
『菜園までやっているのね。これも使い魔を使わず、全部自分で? 魔法が得意でなくてもこの範囲の水やりなら市販の魔導使い魔で事足りるのではないかしら。買うお金がないわけでもないでしょうに』
『ひとつひとつ自らの手で育ててこそ愛着がわくものじゃよ。それに便利になるのはいいことじゃが、どうもわしには魔導機構の扱いがようわからんでな……。自分の手でやった方が早い』
ひとつひとつの小さな出来事。
それが一本の線に繋がって、アウネリアはカッと目を見開いた。
(もしかしてエイリスって、苦手っていうより魔導機構の使い方がド下手なのーーーー!?)
魔導機構。
魔導駆動馬もこれの一つで、魔導と魔術の力で一般人でも便利な魔学の恩恵を受けられるように日々開発が進められている物品の総称である。
エイリスが言う通り彼の前世の頃にはまだまだ発展を見せず、近年になってようやく一般流通にまで至った代物だ。高価ではあるが、その便利さに徐々に流通は広がっている。
ちなみにアウネリアもその発展には一役かっていた。
薄々感じていたもののいざその魔導機構下手を目の当たりにして衝撃をうけたアウネリアだったが、はっと我に返って同乗者を振り返った。
「ちょちょちょ、ちょっと! あれ追いかけてちょうだい! この先って確か迂回予定だった崖でしょ!? あのままじゃ落ちちゃうわ!」
「う、うん?」
同乗者も予想外だったのかぽかん口を開いており、このままではらちがあかないと察したアウネリア。
「……! 貸して!」
「わっ!?」
彼女は自ら魔導駆動馬の手綱を奪い、大地を駆った。
流石というべきか加速した魔導駆動馬の速度は凄まじく、こちらも加速した頃にはエイリスの乗る馬は崖を目前とした場所まで迫っていた。
しかし崖の前は背の高い植物に隠れており、エイリスはそれに気づいていない。
「エイリス! エイリィィィィス!! そっちは崖よーーーー!」
「何!?」
アウネリア渾身の呼びかけによりエイリスが気づくも、時すでに遅し……エイリスの体を浮遊感が襲う。
崖の淵に到達したのだ。
「くっ!!」
エイリスはすぐさま魔導起動馬の背の蹴り跳躍しようと試みるが、咄嗟な事かつ場所が悪く上手く力が入らない。
……そんな彼の前に、白くたおやかな手が差し出された。
「掴んで!」
「!!」
アウネリアの意図を察するも、彼女の力では自分を引き上げられるはずもない。掴めばアウネリアごと崖に落下するだろう。
馬上から精一杯上半身を傾け腕を伸ばすアウネリアには申し訳ないが、エイリスは首を横に振った。
だがそれを、アウネリア・コーネウリシュは許さない。
「掴めと言っているのよこの
「なっ!?」
ぐんっとさらに伸ばされた腕は、なんとエイリスの胸倉を掴み取った。
しかしそれに伴いアウネリアが騎乗する魔導駆動馬の前足も崖の淵から乗り出てしまい、すわもろともに落下か……と、エイリスが顔を青くした時だ。
【反転せよ旋転せよ流転せよ輪転せよ転換せよ!
叩きつけるような苛烈で凛々しい声が空気を打ち震わせ、それを耳にした時すでに世界の上下は反転していた。
「…………ほ?」
「……ふふっ。ごきげんよう、私の婚約者様。…………はぁ~。肝が冷えたわ」
数秒後。
アウネリアの行使した魔法により宙を一回転したエイリスは、その翡翠色の瞳を下から見上げていた。
「まったく、無茶をする……」
無理やりつきあわされた同乗者が見守る中。
自分より遥かに幼く華奢であるはずの令嬢に、馬上で姫のごとく横抱きに受け止められた貴公子の姿があったとか。
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