第14話 卒業試験と価値の証明

 卒業まであと二月ほど残したある日、レン、リコ、サクラはめえに呼び出され、学園長の部屋へと案内された。

 その部屋は、この地底世界の一般建築のデザインとは異なっており、主に木材を利用した部屋となっており、床には板材ではなく、草の茎を規則正しくかつ強固に巻き付けた板を敷き詰めていた。書棚も学園長の机の両サイドに立てられており、本がびっしりと埋まっていた。

 机にあるものは石の器のようなもの、黒い液体、毛の生えた棒があるだけだった。非常に整理されており、レンは自分の体毛が落ちていないか心配になる。

 肝心の学園長の姿は見えなかった。めえは通信用魔道具で連絡を取ると、【転移】の魔法で姿を現した。学園長は女王であり、持っていた紙を机の上に広げた。三人の姿を見て、めえと目を合わせ、口を開く。


「さて、卒業生となるお前たち。今回は特別にわしが出てきてやったぞ。それでは本題じゃ。まず成績のことについて話す。めえ、頼むのじゃ。」


 めえが前に出て、持っていた硬そうな表紙の本を開く。


「まず、お前たちの現在の成績についてだ。主席、リコ。次席、サクラ。飛んでレン、お前は五位だ。三人ともよく頑張った。特にレン、お前は中等級クラスでありながら、この成績は素晴らしい。もっと胸を張ってもいい。」


 レンは上位十位以内の成績が取れたことに驚いて、実感がわかず放心状態であった。そのような状態を見たふくは、レンに近づき、頭を撫でた。その手つきは、飼い猫を愛でるような感じであり、そのような扱いを受けたレンは少し恥ずかしい気持であった。リコはそれを見て少しヤキモチを妬いていた。


「これは頑張ったおぬしへのご褒美じゃ。さて、わしの机に集まるのじゃ。」


 レンたちはふくに促され、机に集まった。机には地図が広げられていた。


「お前たちには三人の小隊を組み、調査してもらう。場所は大体この辺じゃ。この地にて調査業務を報告する、これがお前たち三人の卒業試験じゃ。」


「調査業務って、オレたちは外の世界にでてもいいのですか?」


「もちろんじゃ。すでに許可証は発行しておるし、いつでも行くことができる状態じゃ。」


「ま、待ってください!こんな卒業試験聞いたことがないです!」


 サクラは焦った表情でふくとめえに疑問をぶつけた。それもそのはず、通常卒業試験は在学中の成果を発表したり、教師の人との模擬戦を行ったりするのが通例で、国外への調査が課題として出されたことはない。


「サクラ、お前が焦るのも無理はない。今回は特例中の特例なのだからな。」


 納得のいかないサクラをよそに、ふくは床に座り、肘置きに肘を乗せて答えた。


「お前たちの実力はわしもよく知っておる。実を言うとな、教師の中でお前たちに戦闘演習させるとなると実力が不足しておって、調査隊の者たちを呼ばないと太刀打ちできんのじゃ。そうなると、今度はお前たちじゃ歯が立たん。軍はぼるふのものじゃから呼べんしの。」


 両手を上げて首を横に振りながら説明をした。めえは三人に近づき、指輪を取り出した。それぞれ同じ装飾で、装飾をよく見ると指輪自体が紋章の形をとられているのが分かった。シンプルでありながらとても精巧にできており、レンは見入っていた。


「これが魔法技術士の免許だ。ポチおの言っていたように卒業と同時に渡す準備ができている。魔法技術士が素材集めの際は単身で行うことは知っているな?」


 三人は同時にうなずいた。それを確認しためえは話を続ける。


「別にドラゴンを狩ることを目的としてはいないので安心してくれ。ただ、私としては実力が伴わないものに免許を交付して、死なれては困るのだ。それで今回の試験を実施することにした。」


「それにの、お前たちの技術者としての実力はこのまま世に放っても恥ずかしくないのじゃ。あとは実戦じゃ。」


 ふくはケラケラ笑いながらそう答えた。リコが前に出て質問した。


「報告とありますが、その内容に決まりはありますか?」


「うむ、魔物や魔獣がいればできる限りは討伐し、数を報告してほしい。じゃが無理はするな。あとは、地上の遺物があれば持ち帰ってほしいことと、地図を簡略的で構わぬから完成させてほしいところ、この三つじゃな。」


 ふくは指をパチンと鳴らすと、何もない空中から巻物、冊子、紋章の描かれた紙が三枚現れ、それをキャッチしようとするが、すべて床に落ちた。めえは「コホン」と咳を入れ、落ちたものを拾い上げた。


「ふく様、運動が苦手なのに格好はつけてはいけません。リコ、サクラ、レンお前たちはこれを持ちかえり、話し合って、作業を分担するといい。試験の報告期限は今日から卒業日までの二月だ。」


「大丈夫じゃ。ここから一週間ほど歩けば到着できるじゃろう。あと、人型の魔力はないが、普通の魔物は……多分居るじゃろう。この前の襲撃の発生地点じゃから用心するのじゃ。」


 そういうとふくは【転移】と思われる魔法で瞬く間に姿をくらました。


「この場所は国から近いが、発生地点の影響で地形が変わっているかもしれないから気を付けていくことだ。また、準備から試験であることを忘れぬように。あと、これを持っていくといい。」


 めえは小冊子をレンに手渡した。それには『薬学のまとめ』と書かれており、中を見ると薬の調合書であった。薬学の知識がないレンでもわかるような調合書であり、簡単かつ上位性能の傷薬精製や大けが時の治療方法など医療の知識も載っていた。めえは顔には出さないが、これを読む限りかなり心配しているようだった。


「これって先生手作りの調合書ですよね?」


「そうだ。調査の役に立たない部分は完全にそぎ落としているから、軽いと思うぞ。」


「先生、心配してくれてありがとうございます。頑張っていい報告をするので待っていてください。」


「っ!?……期待している。」


 めえの心配しているところを見透かされ、一瞬狼狽えたがすぐにいつもの調子に戻った。何となくではあるが、彼女の顔が少し柔らかい印象になっていた。三人は学園長室を出ると、一斉にため息をこぼす。

 女王はやはりほかの人とは違うオーラみたいなものがあり、それは空間が一気に緊張するような感覚であった。また、彼女の魔力は国内全域に広げることもできるほどの量がある。ただ多いだけではあの威圧感は出てこず、妖狐という種族的なものか特異な魔法によるものかはレンたちにはわからない。


「やっぱり、緊張するね。」


「行く前からヘトヘトになってしまいそうだったよ。」


「あのような方が、王として相応しいのでしょうね……。」


「まあ、とりあえず部室に戻ろうか。」


 レンがそういうと、三人は部室まで歩くことにした。学園を歩いていると、ちょうど課外活動をしている時間であり、部室まで行くのに競技場を通る道なので競技の練習をしている人々からレンたちが目に入る。すると部活動をしているヒトたちが全員レンたちに走ってくる。


「あ、ヤバッ!みんな逃げるよ!」


「見つかってしまった!リコさん手を!」


「は、はい!」


 レンたちは競技部の部員から全力で逃げることにした。歓迎会のパフォーマンスが終わった日から競技系の部員から決闘を挑まれることがあり、最初の頃は受けて立っていたのだが、勝てないことに焦っているのか、見つけては決闘を挑まれるのだ。次から次へと勝負を挑んでくるので、文字通り日が暮れてしまう。卒業試験の期限があるため、部室まで逃げ込んだ。


「やっと撒けたね。最近目が合ってなくても来るから厄介だよ。」


「私はほとんど決闘に挑まれないので気にもしていなかったです。」


「そりゃ、リコちゃんは歓迎会の時に精霊王の魔法を発動したから、負けが見えているのがわかってるからじゃない?」


「あれは、レン君がいなかったら発動できないものですよ?」


「ということは、リコちゃんは決闘を挑まれたら受けて立つ気はあったの?」


「はい。コテンパンにしてあげます。」


 リコは両手のこぶしをぎゅっと握り、彼女なりのやる気満々のポーズをとっていた。サクラはレンの耳元で、囁く。


「おっそろしー嫁さんだね、レン君。にしし。」


「さ、サクラさん!レン君になんてことを言うんですかー!もうっ!」


「まあまあ、そんなことよりも調査の準備しないといけないよ!」


 

 レンは何も入っていないルナティクスを集め、サクラを手招きした。首をかしげてサクラが行くとリコも一緒についてくる。


「サクラさんには水と火の元素魔法をこのルナティクスに封印してほしいんだ。オレの魔力じゃすぐに尽きちゃうし……。お願いします!」


「ふふーん、いいわよ。アタシに任せなさいな。一月分の量を作ったら、好きに使ってもいい?」


 レンは頷いて了承した。その後リコに向いて、めえから貰った調合書を開き、指をさした。

 

「リコさんは、傷薬の調合を頼みたいのと、【治癒】の魔道具を三つほど作ってもらえないかな?」


「はい。それはいいと思うのですけど、【治癒】の魔法は先生があまり頼らないほうがいいとおっしゃっていたのですが……。それでも作りますか?」


「うん。万が一致命傷になるような傷やケガを負うようなことがあったときには、傷薬じゃ間に合わないからね。最低限一人一つずつの三つにしておこう。」


「わかりました。では作りますね。」


「レン君は何するの?」


「近いとはいえ何日も野宿するから、食材と野営のセットを調達してくるよ。重たいものだしね。」


「なるほどー」


 といってサクラは自分の作業に戻っていった。レンは作業している二人の姿を見て、町へと向かった。


 町に着いたレンはまず、食材調達をするために商店へと向かった。冷却機能のある魔道具を使える環境ではないので干し肉やドライフルーツなどがメインになる。また、国外調査をする調査師団の行きつけの店でもあるので、そういったものはすぐに手に入る。


「とりあえず一週間分を持っていくのが限界だから、魔獣の肉とかを現地調達しながら行くしかないなぁ。」


 レンの背負っている野営用のかばんはすでにパンパンだった。一度学園に戻って荷物を置いてから再び出向こうと思ったが、時間が昼を超えていたこともあり、重さでふらつきながら野営用の道具を選ぶために魔道具屋へと向かった。魔道具屋に入るとレンの目に入ったのは【収納】の魔法が付与されたカバンがあった。しかし、それをとても高く、買うことができる持ち合わせはなく、買いたい気持ちと買えない虚しさに悩まされていた。不審に思った店主がレンの肩をポンポンとたたく。


「ボウズ、このかばんに何か用があるんか?」


「あ、その……収納かばんいいなぁって思ってて、でも持ち合わせがなくて悩んでいたんです。」

 

「随分、大荷物じゃねえか。家出でもするんか?」


「いや、そういうわけじゃなくて……。卒業試験が国外調査なんです。」


 店主は目を見開き驚いていた。少しして、大きな腹を叩きながら笑った。


「はっはっは!ボウズ!冗談はよせやい!学園の卒業試験で国外調査はあるわけないじゃないか!なに、おめぇは何か成果でも挙げたんか?」


 そう言われムッとした表情になり、カウンターの上にルナティクスを置いた。


 「これが研究成果ですっ!」


 レンは腕を組んで鼻息をフンッとしていた。店主はレンの機嫌を損ねているのには気づかず、ヘラヘラしながらルナティクスを手に取った。しっかりと覗き込み、魔力反応を試したりしたがよくわからなかったのか、机に置いた。

 

「なんだこりゃ?ちっとも反応しねえじゃねぇか。」


「それはルナティクスって言って、紋章を封じでいるものです。今その中には【斬撃】の紋章が封じられているので、魔力を込めて詠唱すれば魔法を発動できます。やってみてください。」


「それんだったら、いつもの戦闘用魔道具とかでもいいんじゃねえか?あっちは詠唱がいらねえはずだろ。」


 レンはシメたと思い、営業をかける。


「確かに即時発動するなら今までの魔道具の方が確かに早いです。このルナティクスは今までの魔道具と違って複数個使って組み合わせたり、複合魔法が作れたり、今までよりも長く使える利点があります!詠唱をしないといけないのが難点ではありますが……。」

 

「……なるほど、わからん。とりあえずやってみりゃいいんだろ?……『彼の者にものを切る力を与えん。』」


 詠唱を終え、魔法を発動させ、店主の腕に斬撃が付与されたようだった。ずっと疑いしかなかったが、腕を振ると店の商品が真っ二つに割れた。そして、それには【重撃】もついているので店の一角がズタズタに刻まれた。信用していなかったのか魔力をかなり込めて発動しており修復が大変そうであった。


「……。」


「……。ボウズ、お前の発明は間違えていねぇ。こんな小せぇのにこの威力はすげえな。うちの店のもん、どれでも一つと交換してくれ!中々いい発明してくれたじゃねえか!」

 

 レンの作ったルナティクスがこの店主に認められたようで、レンはにんまりとしていた。

 もちろん貰ったのは収納カバンをもらった。肩掛けのカバンで食料一週間分は何とか入る容量だった。重さは収納カバンが肩代わりする魔法を組んでいるらしく、ぱっと見ではどんな魔法化は不明だった。

 レンは魔道具屋をめぐっていたが、野営に使えそうなものが売っておらず、途方に暮れていた。それもそのはず、基本的にはその辺で木材を収集し、洞穴で寝泊まりするのが基本であるため野営道具は火をおこすものや、刃物、調理器具が主である。

 

「あら、この前うちに来てくれた猫の男の子じゃないの?」


「あ、ポチおさんのお嫁さんだ!こんにちは。」


「にゃんでいいわよ。どうしたのとぼとぼ歩いている気がしたけど。」


「実は……。」


 レンは卒業試験の内容とそのために野営道具が必要だということ、それがなくて困ったことを伝えた。にゃんは腕を組んで考えると、ポンと手を打った。


「じゃあ、作ってしまえばいいじゃない!アナタならそれはできるでしょ?それに魔道具として作れば持っていくのは簡単よ!レシピはお店にあるからいらっしゃい。」


 にゃんに工房に連れていかれ、野営道具のレシピの写しをもらった。


「あの人は何でも作るから参考になると思うわ。頑張ってね。」


「はい!ありがとうございます!」


 レシピを見るとレンは見たことないものが絵と一緒に書いてあった。しかし、材料自体それほど貴重なものではなく、非常に安価に作れるようだった。レンは町の材料屋を巡って素材を集めた。それを持って部室へ帰ると、二人はまだ作業していたようだった。リコはレンが帰ってきたことに気づき、迎えに来る。


「おかえりなさい。たくさん買ったのですね。」


「この素材で野営道具作るんだ。ポチおさんのお嫁さんに丁度会ってレシピが貰えたんだ。」


「そうだったのですね。傷薬は人数分のご用意ができました。あとは【治癒】の魔道具を今から作ります。」


 リコはそういうと、魔道具精製の為に準備を始めた。サクラを見ると火と水の封印が終わったのか魔導書を読んでいた。どうやら、戦闘用の魔法を調べているようでいざという時の魔法を入れるようだ。

 部室の外に出たレンは鋼とミスリルの合金でできた骨組みを組み、防水性の高い水生魔獣の革を張りどんな環境でも壁と屋根が付いた空間ができた。レシピを見ながらそこに記載されてある通り、魔法を刻印していった。それが終わると、魔力を込めてみた。【変形】の魔法の効果で骨組みはみるみる折りたたまれ、小刀のようなサイズまで折りたたまれた。もう一度、魔力を流すと元に戻った。その機構に感動してそれをみていた。


「おぉ……!さすがポチおさんだ。てんと……っていうのかな?これなら洞窟がなくても大丈夫だな。あとは、オレも【守護】のルナティクスを作ろうかな。」


 レンはテントをたたみ、部室に戻った。戻ると、サクラは魔法をすべて封印したのか、机に突っ伏して眠っていた。リコは【治癒】の魔道具を作り終え、傷薬を並べ、三人に振り分けているようだった。


「サクラさん、眠ったの?」


「はい、戦闘用の魔法を入れた影響で魔力がなくなったようで……。」


 レンは魔力切れを何度も経験しているので苦笑いしながらリコの作業を一緒に進めることにした。食料は収納カバンに入れているのでそれを取り出すと、リコが驚いた表情で聞く。


「それ、高いものではないですか?」


「うん、値段は高いものだったんだけど、ルナティクス一つと交換してもらえたんだ。実際に使ってもらったら店のものと交換してくれるって。」

 

「やりますね。食材は保存が効き、分担して持った方がいいので収納カバンには野営道具を入れましょう。」


 そう言い、食料を分けていった。レンは野営道具を収納カバンに突っ込んでいくと、テントと食器、調理道具を入れるともう入りそうになかった。面積は食料のほうが大きいが、重さは野営道具のほうが重かった。どうやら、重さで入る量が決まっているようだった。三人分の支度を済ませ、一息ついた。

 レンとリコは【守護】のルナティクスを作りながら話していた。


「国外はいったいどんなところなのでしょうか。」


「楽しみだけど、学園祭のあの魔物みたいなのいっぱいいるんだよね……。」


「大丈夫です。今回はサクラさんもいますし、きっと大丈夫です。」


「レンくーん。そんなとこ触っちゃだめだよ~。むにゃむにゃ。」


「え……いったい何の夢を見てるの……?」


「レン君は私のものです。あげません。」


 レンはサクラの謎の寝言に引いており、リコはレンをぎゅっと抱きしめてサクラの方を見ていた。レンは顔をリコに近づけ、そのままキスをし、鼻同士をこつんと当てた。鼻同士をくっつけるのは親しいものの挨拶のようなもので、この世界では『はなちゅー』と呼ばれる。リコは耳が垂れ、尻尾を膨らませ、照れながらニコッと笑った。三人はそのまま部室で眠り、明日の出発に備えた。

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