第6話 レンの受難と変な魔法技術士
レンは昼間の温かい時間で眠気が襲い掛かってくるのをこらえながら今日の授業を受けていた。途中、担任に笑われながら帰って休むかと聞かれたが頑張って最後まで起きて授業を受けた。
授業が終わり部室へと向かっていると廊下で待っていたサクラが話しかけてきた。
「レーン君!今日は部室に行くの?」
「あぁ、うん。今日も実験があるからね。」
「ふーん、じゃあアタシも一緒に行ってもいい?」
「うん、もちろんいいよ。サクラさんも研究内容決めたりしないとだもんね。」
レンとサクラは部室へと歩いて行った。道中は自分の研究内容や学園で起きたことなど話していた。そう話しているとあっという間に部室の前に着いた。
「おつかれさまー……って今日はリコさん家に帰るって言っていたな。」
「リコさんって……あの野狐族で成績トップの?」
「そうだよ。今日は帰ったみたいだけど。」
「そう……。さて、アタシは何の研究にしようかなー?」
そういって本棚に向かって魔導書を読み始めた。二人に何かあったのか気になったが、レンは魔道具の効率的な精製方法を開発する目的を思い出す。レンは紋章を封印する石を精製するための材料と魔道具の準備に取り掛かった。
いつものように、クリスタル、ミスリル、ドラゴンスケイルを作業台の上に置き、それぞれを削り出す。魔道具の中に素材を入れ、次に古文書に書いてある紋章と魔道具の紋章と繋がりを持たせるための紋章を描き、魔道具の下に敷いた。
すべての準備が終わるとサクラは近くに寄っていた。リコもそうだがサクラも女の子のいい匂いがした。生まれてこの方女性経験がほとんどないレンにとって、振り向けば鼻が当たる距離まで近づかれると意識してしまう。レンはこのプレッシャーと実験がうまくいくかで少し緊張してしまう。
「い、今からすごく光るから直接見ないほうがいいよ。」
「そうなの?じゃ、離れているね。」
「魔石をセットして……あれ?……そうだ、昨日すべて使い切ったんだった!!」
「うーん……自分の魔力で作ってみるか……」
レンは制服の一つであるゴーグル付きの額あてを装着し、ゴーグルをかけ、魔道具に手をかざし魔力を込めた。すると、レンの中でとてつもない量の魔力が減り、脱力感を覚えた。ゴーグルをつけていても直視できないほどの眩い光が部室を包み、キィンという音と共に光が消えた。魔道具の中をのぞくと石ができていた。
「や、やった!今日は一発で成功した!」
「それはなに?」
「これはね、紋章を封印する石なんだ。魔法の紋章を封印すると、誰でもその人の魔法が使うことができるんだ。いろいろ限度はあるけど。」
レンはサクラに対し胸を張って成果物の説明をする。サクラは口に手を当てて少し考える。
「ふーん、紋章を描いて発動するものの効果なのね。でもそれって生活魔法とか戦闘魔法の入っている魔道具でもよくない?」
「……。」
レンはサクラの指摘に答えることができなかった。生活必需品である炎や水の魔法などが封じられている魔道具があり、戦闘用の魔道具もある。それとの差別化については考えていなかった。
研究するならそこも考えないといけないのでレンはがっくしと肩を落とした。その様子を見てサクラは慌ててフォローする。
「い、いじわるで言ったわけじゃないのよ?研究発表するときに突っ込まれるポイントになるんじゃないのかなって思って気になったの。」
「うん、その通りだよ。サクラさんのいうことは間違っていない。」
サクラはレンが気を落としたことを気にしていたが、自身も研究の題材を決めなければならないことを思い出し、両側の頬を叩いて気合を込める。
「よーし、アタシも研究探ししますか。レン君、もしアタシにも手伝えることがあるならいつでも言ってね。」
「うん……。」
サクラは本棚や魔道具を調べて研究の題材を探していた。レンは石を見ながら上の空だった。
(うーん……。魔道具とこの石の差別化ってなんだろ……)
周りを見るとこの部屋には魔道具がたくさんある。ふといつも使っている魔道具の刻印が目に入った。その刻印は紋章のような刻印ではなく製作者のマークであり『いぬの工房』と刻まれていた。レンは閃くと椅子を弾き飛ばしながら立ち上がる。その様子に驚いたサクラは硬直する。
「サクラさん、オレちょっと帰る!部屋は自由に使っていいよ!」
「え!?ちょっ!!」
サクラの返答を待たず、カバンを持って部室を後にした。町へ戻ると、工房が多く並んである通りに向かって歩いていた。
「この通りはよく通るけど『いぬの工房』なんて聞いたことないな。」
魔道具屋、工房が立ち並んでいる通りではあるが、表通りにはなく、どうやら路地の中にあるようだった。路地は通りに比べると狭い。ヒトが3人ほど並ぶとぎゅうぎゅうである。1刻ほど歩き回ったが見つからず途方に暮れていた。とぼとぼ歩いていると足音がしたので振り返ると二人の男性獣人が立っていた。
「おいおい、こんなところに学園の生徒がいるぜ。」
「へへへ……こいつを売ったらいくらになりやすかねぇ……!」
(こいつら…人身売買か…!)
二人はハイエナの獣人で屈強な体格の男と太って笑顔が不気味な男だ。太った獣人の嫌な笑顔を見てレンは身震いをした。昨日司書から聞いていた野狐族に売られた妖狐の話を思い出し、身構えた。いつでも攻撃に対応できるよう魔力を漲らせようとすると、ほとんど魔力が出なかった。
(しまった……!さっきの実験で魔力がなかったんだ……逃げるしかない!)
レンは残り僅かな魔力を地面に投げて砂埃を起こし逃げた。レンは自分が強くないことを理解しているので一目散に逃げた。しかし、背後から強烈な圧力がレンを吹き飛ばし、建物の壁に激突した。頭を打ち視界がぐるぐる回り、立ち上がることができなかった。そのままレンはハイエナの屈強な方の男に首をつかまれ、持ち上げられた。首が締まって呼吸ができず、空中に浮いているのもありレンは抵抗することができなかった。
「生意気に砂埃で目隠ししようなんて、さすが学園の生徒だな。でもな、お前は所詮その程度なんだよ。わかるか?」
「もう一発ぶち込んだら楽に仕事できそうできそうでやんすねぇ。」
太った獣人が詠唱を始め、レンは歯を食いしばり衝撃に備えた。
「『大気の塊よ、わが敵に――んぐぅ!?』」
詠唱より早く男性二人を吹き飛ばし、レンは地面に転がる。もうろうとする意識の中、一人の獣人によって二人の獣人は横に吹き飛び壁に張り付けられた。というよりめり込んでいた。
「人んちの裏でよく人身売買なんてできるね。お~い君、大丈夫かい?」
「は……い……」
レンは安堵して気を失った。
☆
レンが目を覚ますとそこには魔道具がたくさんあった。一瞬部室かと思ったが、火のにおいがしたので違うと確信した。
「ここは……いっ!!」
起き上がろうとすると全身がひどく痛み、起き上がれなかった。ため息をつき、状況を整理した。工房を探して裏路地に入ったが、人身売買の男に襲われてやられたところまでは覚えているが、答えは出てこなかった。しばらく天井を眺めていると足音がした。
「お?起きた起きた。」
「あ、あなたは……?」
「オイラは「ポチお」。まあ、訳があって本名じゃないんだけどね。」
「調査隊の……写真の人……」
「そうだよー」
と言いながら部屋の奥に入っていき、すぐに戻ってきた。片手には細長い魔道具が握られていた。それをレンにかざして短く詠唱した。
「『傷を癒せ』」
レンの周りに光が包むと体の痛みがみるみる引いていった。その代わりに魔道具は砕けた。
「ありゃ、やっぱり一回ぽっきりだな。」
「すみません。貴重なものだったのにオレなんかに使ってしまって。」
「ええの、ええの。生活魔道具に無理やりねじ込ませたからこうなるのよ。」
ポチおはそう言ってバラバラになった魔道具を片づけを始めた。
「そういや、君は学園の子だよね?どうして路地に入っていたの?」
「それは……学園にある魔道具に『いぬの工房』と書いてありまして——」
「ここ。『いぬの工房』はここだよ。」
食い気味に言われたのもあり、レンは硬直した。
「ってことは『結合』の魔道具だね。ウチはそれ専門だし。」
「あ、あの!オレの作品を見てください!」
腰袋から試作品を取り出し、それを渡した。それをしばらく眺めたり、光に当てたり、魔力反応を調べていた。
確認が終わるとレンに返し、口を開いた。
「最近の学園の生徒なかなかやるね。うーん、紋章を封印する機能があるのか。でも容量が少ないかも。」
ポチおというヒトはレンから何も説明を受けていないのだが、レンの制作物の特徴をすべて言い当てた。レンはプロというものを実感し、感動していたが本題に戻ることにした。
「あの……部員に言われたのですが、魔法そのものを封印する魔道具との差別化が課題で……。」
「ん?あれは即時発動でこっちは任意発動型でしょ?十分差別化できてるじゃん。」
「い、いや……すぐに発動できないので不要なのかなって……。」
「いやいや、発動待機型は戦闘にはかなり向いているよ。容量の問題さえ解決したら、戦闘演習項目がガラッと変わるかも。」
レンはポチおの言っていることがわからなかった。
今の戦闘はかなり高速化が進んでいた。この世界には魔獣や魔物と呼ばれる生物が襲来することがあり、突然遭遇した時に即時戦闘に入る必要がある。その中で、戦闘用魔道具は即時発動ができるので牽制で打つのに持って来いなのだ。
それなのにポチおは遅くても良いというのだから混乱した。レンが腑に落ちないという顔をしているとポチおが真剣な眼差しで見つめてきた。
「それはね、キミたちにはまだわからないかもだけど、『ニンゲン』と戦うためだよ。」
「ニンゲンって……」
「地上世界の人類。魔物も元ニンゲンで失敗作なんだけどね。彼らは定期的に侵略しに来るからね。アイツら結構強いから、君の魔道具はいつか必要になるはずだよ。」
「どうして、ここに攻めてくるのですか?」
「どうしてって、失敗作だから。人類の進化の実験のね。滅ぼすんだとよ。」
レンはポチおの話を聞いて驚愕した。彼にとっての地上世界は未知で希望にあふれていたから。だが、地上世界の人類の目的はこちらの世界の人類を滅ぼすつもりであったこと。レンの中での地上世界の理想が崩れ去り、落胆した。その様子を見てレンの肩に手を置く。
「まあ、気を落とさないの。まだ、地上の情勢についてはよくわかってないから。」
「ただ、魔物とニンゲンが時々侵略してくるだけさ。しっかり防衛しないと大切な人、守れないから。」
ポチおは紙と黒鉛を持ってきて紋章を描いた。学園の授業でもよく見かける紋章だったのでついつい早口で答える。
「火の紋章!ですね……!」
「正解。まず石に炎の紋章を封印。これを軸にこの石をセットして魔力で結んであげたら……わかるね?」
「遠隔で炎の魔法が発動できるということでしょうか?」
「そのとおり!」
指を「パチンッ」と鳴らしてニコッと笑った。
「しかも六つ重ねて大規模魔法になるから、出力も高い。この魔道具のサイズでこの威力は紋章を封じていない即時発動の魔道具じゃできない芸当だよ。それに、小さい魔法陣を六重にしているからね。容量も軽いし、同じの七個持っていれば同じ魔法が再現できるんじゃないかな?」
レンは目をキラキラさせてポチおを見つめていた。それを見て苦笑いする。
「これがこの魔道具のいいところじゃないかなと思うよ。あとは君次第だし、実験もして成果を報告するだけだよ。」
レンは大きくうなずいて石を見ていると、リコの顔が浮かんだ。
「あの、無理だと思うのですが、【召喚】って魔法は封印できませんよね。」
「やめときな。【召喚】は契約の魔法に分類されるし、そもそも補助魔法は封印できても劣化や暴走が起こるからやめた方がいい。それで失敗してあばら骨全壊しちゃって、あと内臓が吹っ飛ぶかと思ったからね。」
ポチおに衝撃的な回答をされ、デメリットが満載で背筋が凍った。ポチおは立ち上がり背伸びをした。大きなたれ耳の裏をポリポリと搔きながら窓越しで外を見る。
「さて、そろそろ日が暮れるし明日も授業があるんだろ?」
「あ、ありがとうございます!とても参考になりました!」
レンはポチおにお礼をいい、工房を後にした。ポチおは工房の前からレンが表通りに出るまで見届けていた。空を見ると光が弱まって夜へと移行する時間だった。
町は夜になると仕事終わりのヒトたちが多くなるので、必然的に飲食店へ向かう人が集まり、町はどんどんにぎわっていく。
今いる通りは工房が立ち並んでいるが、魔道具屋はいろんな職業からの需要が高く、夜に買いに来る客が多いので夜になっても営業している。また、夜の街は火が出ている時間とは違い、手をつないでパートナーと歩いている人たちが多かった。
思春期真っただ中のレンはあっけにとられていると人にゴツンとぶつかった。
「あ、ご……ごめんなさいっ!」
レンはぶつかった衝撃で尻餅をついた。ぶつかったのはレンと同じ猫族の女性だった。白と黒の毛色をしており、髪の毛も毛色と同じ色で短髪だった。
そして何よりかがんでいる状態で手を差し伸べてきたので襟の隙間から魅惑の丘が二つ見えていた。それを見たレンは思わず口元を押さえる。
「あら~、こちらこそごめんね~。ん~……キミ、かわいいね……。お姉さんとイイコトし・な・い?」
「だ、大丈夫ですーっ!!」
思春期の男の子には少々刺激的なものを目にしレンはそそくさと逃げ出した。町の広場の方まで走ると家の方に向かって歩くことにした。息を整えながら火照った顔を落ち着かせようとしたが、その光景を思い出し、また熱くなる。
(あの女の人、絶対酔っぱらってた!あと、何だろうあの、吸い込まれそうなニオイ……)
そんなことを思っていると、肩をトントンと叩かれた。
「ひゃっ!ご、ごめんなさいっ!」
「なにをいっているのですか?レン君。」
「リコさん!?はあ……よかったぁ~……。」
「なんだかよくわかりませんが、やっと見つけました。」
リコが何を言っているのかわからず首を傾げた。
「明日、必ず部室に来てください。ヒミツ、ですので今はそれだけしか言えません。お願いします。」
深々とお辞儀をするとリコは去っていった。その後ろ姿はなぜかとても楽しそうな、嬉しそうな感じだった。リコからも先ほどの女性と同じような香りがし、首をかしげた。深く考えてもよくわからなかったがとりあえず家に帰ることにした。
☆
レンは家に着くと制服を脱ぎ、衣文かけに服をかける。ポチおから教わったことを急いでメモする。
台所に立ち、食糧庫から缶詰を取り出す。缶詰を開けると中身は魔獣肉であり、決して良い食事ではない。良い食事ではないが、孤児の施設からの支給品である物なので食べる。
一応、通貨や生鮮食材も選べるが、家には新鮮な食材を保存できるような魔道具を持っていないので必然的に缶詰めになる。そのまま立ったまま食事をして、片付けると入浴を済ませ、クッションベッドの上に丸くなる。仰向けになった際、ぽつりとつぶやく。
「リコさんって今まで付き合ってた人とかいないのかな……。まあオレが言えたもんじゃないけど……。」
そう呟くと、レンはいつの間にか意識を手放しており、丸くなって眠った。
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