第18話 竜との戦闘と放浪する王族
夜が明け、野営の片づけをして、再び調査場所へと向かう。道中のペースも早まり、この調子であれば明後日には到着しそうな勢いであった。
レンは地図を広げ、自分たちが通ったところをなぞっていた。すると、突然の寒波がレンたちを襲う。先ほどまで少し湿って暑いくらいの気温だったが、雪雲が発生し、土には霜柱が立っていた。
「なんだか突然季節が変わったね。」
「一体、この気候変動は何なのでしょうか……?」
「へくちっ!……だ、誰か、冬用の道具って準備してる……?」
レンとリコはまだまだ平気そうではあったが、サクラは少し動きが鈍っていた。レンは持ってきている事を思い出す。
「あ、一応寒冷地用のコート持ってきてるよ。サイズ大丈夫かな?」
「ほんとに!?使わせてもらっていいかな?男の子用だからきっと入ると思うかな。」
レンは荷袋からコートを取り出し、サクラに渡した。
このコートは学生服の冬用である。サクラはそれを着ると、少しサイズが小さかったようだが、何とか着ることができた。
「どうして、冬用のコートを持ってきていたの?」
サクラは準備の良いレンに疑問に思う事を聞いた。いくら国内と違って気候や環境が読めない可能性があるにしても、かさばって邪魔になりがちな冬服を持ってくるのはどういうことなのかが気になったのだ。
レンは当たり前というような顔をせずに、冬服の説明をした。
「あぁ、学生服ってミスリルが織り込んであって、それに魔力を込めると防御力が上がるじゃん?」
「え、そうだったの?知らなかった。リコちゃん知ってた?」
リコは頷いて、自分だけ気が付いていなかったことにガックシしていた。サクラは二人の魔法技術士としての力の入れように自分と大きく差があるように感じた。魔法技術士は魔道具を作るだけではない。日用品の性能を上げることや、今販売しているものの性能はそのままでコストダウンさせたものを作る、そういったことも担うことがある。もちろんその場合は、魔法技術士の監修の元で衣服を制作する職業などと協力して新しく、いいものを作っていくのだ。
サクラは魔道具の精製はできても、衣服などの日用品の製作は得意ではない。特にレンが詳しいこともあり、サクラの中でレンの株価はどんどん上がっていく。
「それで、冬服って素材もあるんだけど、夏服より防御性能が高いから持ってきてたんだ。」
「あくまで鎧のように扱っているのね。この寒波がなくなるまで貸してくれる?」
「うん、オレは平気だから着ていてもいよ。」
サクラはレンの服を着られることで少し……結構嬉しくなっていた。
(レンくんの匂いに包まれてる……。背が近くてちょっと得したかな。)
そんな事を思いつつも一行は、再び歩みを進めた。
☆
町はドラゴンの情報で持ちきりであった。ポチおはその噂を聞いて、レンのことが心配になり、通信用の魔道具を取り出して、通信を始める。
「あ、ガブさん。あの時ぶり。今そっちに竜の情報があるって聞いたけど、見かけた?」
『いいや、見かけてはいないが……。今、学生がそこの近くにいるかもしれないと父上から連絡があって、向かっているんだ。』
「ああ、よかった。オイラが取り逃がした竜だったら赤鱗で片方の角が欠けてるやつだ。気を付けて狩ってくれ。」
『わかった。心配はそれだけか?』
ガブには声だけでレンたちを心配していることがバレていた。観念してポチおは話すことにした。
「オイラの教え子がいるんだ。どうか頼む。」
「ふん、いいだろう。帰ったら、デバイスの調整をタダで頼むのが条件だ。」
「お、オナシャス……。」
「おーいわんこ!げんきー?あ、待って!ガブさん!ちょ——」
レプレの声が響いていたが、ゴソゴソ音がして、プツリと鳴った。通話が切れたようである。相変わらずのガブの調子に苦笑いをする。
「あら?いま、うさ子の声しなかった?」
通信魔道具を眺めていたら、にゃんがうさ子の声を聞きつけて工房に入ってきた。
「さっき、ガブさんと通話してたんだ。それでうさ子の声が聞こえたのかも。」
「ガブさんに何か用事があったの?」
「レンたちが行ってる場所に、竜が来るみたいなんだ。それで近くに旅しているガブさんに頼んだんだ。」
手をポンと打ち、納得したようだった。町では竜の噂が立っているので、いくら路地の中にある工房でもその噂は聞いている。竜という単語を聞いて、にゃんは心配しているポチおの頭をなでる。
「ドラゴンか……。心配ね。」
「ああ、しかも赤い鱗の奴ならヤベー事やってきそうだしな。無事なら良いんだけど……。」
二人は雪雲の発生しているところに目を向けてレンたちの無事を祈った。
☆
無事に調査の場所に到着したレンたち。あれから魔獣を掃討し、食べられそうな魔獣からは肉を採取して、三日後に到着した。幸い、四つ足の群れでやってくる魔獣がほとんどではあったが、魔物と遭遇することはなかった。地図を広げて、魔物の発生地点と思われる個所を特定すると、そこにはは大穴が開いていた。その、様子を紙に描き、地図にも場所を載せて、記録した。
「二人とも離れてください。『大地の精霊、ノームよ。その大地の力にて大穴をふさぎ、均し給え。』」
リコは精霊を召喚し、大穴を土砂で埋めた。精霊と少し会話したのち、精霊は霧散して消えた。
「ノームが言うにはこの穴は境界線まで続いていたそうです。しかし危険なので塞いだとのことです。」
「ディバイドエリアまで続いていたのか……。やっぱりポチおさんの言うとおり存在するのか……。」
「ディバイドエリアって何なの?魔物が地上世界から送られてきているということ、だよね?」
「なんか、重力の境界の場所らしくって、その……。説明が難しいんだけど、魔物がこの穴を通っていることは間違いないよ。とりあえず穴は塞いだから、もう魔物はこの穴からは出ないはず……。」
「そのような場所があるのですね……。それでは調査の続きをや――」
リコが調査の続行を提案しようとすると強烈な寒気を覚えるほどの魔力がレンたちを襲う。毛穴から汗が出て、頬を伝う。恐る恐る見ると、赤い鱗に左右非対称の長さの角、大きな翼に長い首、そして見るものを震え上がらせるほどの燃えるような赤い瞳。
「ど……ドラ……ゴン……!」
「『水の精霊よ、彼の者を押し流せ!!』」
リコは水の魔法で押し流そうとしたが、ドラゴンの圧倒的な魔力の壁に阻まれた。
サクラはルナティクスを上空に投げ、【幻惑】魔法で分身間を駆け巡り、位置を調整して詠唱を始めた。
「ゴオアアアアアァァァァ!!!」
ドラゴンの咆哮には紋章の破壊の効果があるらしく、咆哮で発動が中断され紋章と共にサクラはレンの後ろに吹き飛ばされた。レンは直した杖を振るい魔力弾を飛ばした。ドラゴンはその巨体に見合わない速さで上空へと回避した。
「オレの攻撃なんか当たりっこないってか……!」
「いや、避けたんだよ。ドラゴンはリコちゃんの攻撃は真正面から受けていたし、アタシなんか発動すらさせてもらえなかった。でもレン君の攻撃は回避した。ということはその攻撃はドラゴンにも通じるかもしれない!」
レンはそれを聞き、サクラに杖を渡した。サクラは慌てて返そうとするが、レンはそれを止める。
「サクラさんは隙を見て、打ち込んでくれ!オレとリコさんでドラゴンを追い立てる。それに、オレが使って壊れるより、サクラさんに使ってもらって壊れるほうがまだいい結果になると思う。」
そう言われ、サクラは返すタイミングを失った。覚悟を決めて、ドラゴンの方へと向く。
レンとリコはリンクを開始し、魔力を昂らせた。ドラゴンはレンたちの方へと向くと口に火を蓄えた。水の弾丸を複数発動し、火を吐かせず消火した。
「行きますよ。『土の精霊、ノーム。風の精霊、シルフ。わが声に応え、顕現せよ。』」
リコはノームとシルフを召喚した。
——ちょっと!?ドラゴン相手なんて聞いてないよ!
——……。
「ちょっと大変かもですが、風と土を組み合わせて、あの鱗にダメージを与えたいんです。ご協力願えますか?」
——しょうがないわね。【風化】を組み上げるわよ!バカみたいに魔力を消費するけどいいわね?
——……!
精霊が協力してくれるようで複合魔法の準備に取り掛かる。組み上げている間、リコは他の精霊を召喚することができないので、風の魔法や土の魔法で応戦していく。
サクラもレンが紋章を組みあがるまでリコと共に足止めにかかる。杖を仕舞い、レンが作った燃える剣撃の魔道具と【幻揺】の魔道具の二刀流でドラゴンに立ち向かっていく。ドラゴンの一撃はとてつもなく重たい。
一度受けてしまえば二度と立ち上がれない、と言うよりも即死になるレベルの威力がある。その証拠にドラゴンの攻撃した個所は、等しく粉々に砕かれていた。サクラが距離を詰めればドラゴンはサクラに鋭く大きな爪を振り下ろす。しかしそれはリコの岩槍の魔法で方向を変えられて空振る。サクラは飛び上がり両方の魔道具をドラゴンに向けて振る。
動きの読めない剣撃は竜の顎を捉え、燃える剣撃は浮いた顎に的確にヒットさせ、【重撃】の効果で乱切りにする。それでもドラゴンは反撃してくる。上体が浮いたことで尻尾による強烈な一撃である。リコは岩槍をサクラの足元付近に出す。気づいたサクラはそれを足場に【加速】でリコたちの方へ跳び、尻尾による攻撃をかわした。そして再びにらみ合いが始まる。攻撃は当たっていないものの、全力で回避と攻撃を繰り返していたので、肩で息をする。
「ぜ、全然聞いている感じじゃないね……。」
「あの鱗は魔法による攻撃を弱める効果でもあるのでしょうか……。」
「はぁ、はぁ……できたよ……!」
レンは魔力が底をつきそうになる前に何とか複合魔法を組み上げた。リコはそれを受け取ると驚いていた。
【風化】魔法。
年月による劣化を無理やり引き起こす魔法。時間魔法とは違い、風化現象を引き起こさせる魔法であり超高等魔法なのだ。ドラゴンはその紋章を見て、危機感を感じたのか咆哮を放つ。
しかしそれは、レンの魔法【重撃】の特異な能力と精霊たちが崩すことを許さなかった。
「覚悟してください。『すべてを砂に返す、その力よ。彼の者の鎧を砂と風により効力を失わせ、その輝きを消さん。そして、すべてを荒廃させよ。』」
リコは詠唱を終え、【風化】魔法を発動させた。砂と風がドラゴンを包み込み、それを振り払わんと暴れだす。しかし、精霊とリコの連携で逃がすことを許さず、範囲内に閉じ込める。サクラが前に出てルナティクスを六つ投げて詠唱を始めた。
「『守護の力よ、その力でわれらを守り給え!』」
ドラゴンに結界が張られる。レンはサクラの突然の行動に驚いていた。【守護】を自分たちに使わず、ドラゴンに使っていたためである。何も知らないレンには突然の裏切り行為に見える。
「はぁはぁ……、サ……クラさん……!なんで……!?」
「ドラゴンを結界の中に閉じ込めてるだけ!アタシたちの攻撃はドラゴンに当たるから心配しないで!」
レンは【守護】魔法で閉じ込める使い方は知らない。普通はそんな使い方をしないから。サクラは逃げようとするドラゴンに対して結界を使って閉じ込めるのはその場で思いついたものである。
サクラの機転のおかげでドラゴンは結界に阻まれ身動きが取れていない。実際にその効果を見て、そういう魔法の使い方があるのだと実感した。サクラは深呼吸をし、魔力を昂らせた。
杖に魔力を集中し、ドラゴンへと狙いを定めた。サクラの魔力が極限まで圧縮して、ルナティクスの輝きよりさらに強かった。【風化】魔法の効果が切れる瞬間、大砲のような魔力弾がドラゴンを打ち抜く。腹部に大穴が開き、誰が見ても致命傷であることを理解する。
しかし、ドラゴンは違った。それだけの損傷を受けてなお上空へと飛び上がる。
自然の魔力がドラゴンへと集中する。大量の血液をまき散らしながらもどんどん高度を上げていく。そして、リコの射程圏外まで外れると、超高濃度の魔力を発し始めた。
リコとサクラは直感で魔法を組み上げる。リコは三人を巨大な水塊で包み、サクラはその内側で【守護】魔法を展開する。レンは残りの力を振り絞り、二人と手を繋ぎ、リンクし、【重撃】で魔法を強力にする。
そして『それ』はついに放たれた。ドラゴンから放たれるには明らかに小さい光球。しかしそれは【太陽】のようにまばゆく輝き、水の中からでもよく見える。自然落下する『それ』は速さがなく、油断しそうになったが、超高密度の魔力が三人の警戒に引っかかっているため魔法の強度を上げていく。
『それ』が地上に到達すると、音もなく爆ぜる。竜族の切り札、極限魔法【煉獄】。温暖な気候に住む竜族が与えられている魔法であり、命の危機を感じたとき、強敵と相対したとき、気まぐれで町を壊すとき、様々な状況で使ってくる。自然の魔力を取り込むことができる竜族の専用魔法でその威力は、八千度の高熱を生み出し、学園を全壊させられるほどの範囲を誇る。
前述の通り、自然の魔力を使うので魔力切れの心配はない。欠点といえば、その大きな隙ではあるが、上空を自由に飛べる種族が少なく、飛べる種族ではドラゴンにまず勝てない。従って、飛んで発動すれば欠点はなくなる。
ドラゴンは生まれてこの方この魔法を打たれて、生きていたものは同族以外見たことがない。ドラゴンは勝ちを確信していた。地図が書き換わるほどの威力と範囲。矮小な種族に耐えられるはずもないからだ。魔法の効果が終わり、炎と熱は上昇気流を引き起こし、雪雲を活発化させた。
——忌々しい。氷狼:フェンリルの魔法か。しかし、この小さき者たちは中々の腕であった。この儂に風穴を開けるとは……。
雪雲に呻りを上げ睨んでいたが、今の自分では打つ手立てがないと悟り、地上へ降り立つ。着地した瞬間、ドラゴンは驚き、目を見開いた。
——ほほう!儂の【煉獄】を受けてなお、立ち上がる小さき者がおるとは!
ドラゴンの見た先には水の塊があり、中に三人の存在が確認できた。リコは魔法を解くと、反動で地面にたたきつけられた。ほかの二人も同様に地面に投げ出される。
「大丈夫……ですか……!?」
リコは片膝をついた状態で周囲を確認する。サクラは両膝を手で支えながら立ち上がる。
「多分……大丈夫……かな……?」
レンは魔力が枯渇寸前で立ち上がれなくなっていた。
「ぜぇ……ぜぇ……。」
リコは肩で息をしているレンを支え、立ち上がる。レンはゴクリとつばを飲むと血の味がしたが、気にせず決断をした。
「み……んな。オレを……置いて……撤退してくれ……!!」
レンの発言に二人は硬直する。レンは意識が朦朧としているのか焦点が合っていない。
「オレが……アイツの餌になってる間に……逃げて——」
乾いた音が響き、レンの頬に痛みを与える。頬を叩いたのは、サクラであった。
リコはサクラの行動に驚いていたが、目には涙を浮かべていた。
「ばか!!どうして……どうしてそんなことを平気で言うの!?あなたには、大事なパートナーがいるじゃない!!死んで守るんじゃなくて、生きてこれからも守ってあげなさいよ!!」
「私は……レン君が死ぬのは許しません……!死ぬなら……二人で……。え?いたっ!痛い痛い!」
サクラはリコの頬をつねっていた。大粒の涙を流して顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
「二人ともばか……。大バカ者だよ!アタシたちは親友でしょ?二人が死ぬなら、アタシも連れて行きなさいよ!」
「はは……。ほんとに……二人には、勝てないな……。」
「勝つつもりでいたの?絶対に許さないんだから!」
「レン君。もう、あなたが犠牲になるような道を選ばないでください。何があっても私たちと一緒です。私は、レン君のお嫁さんですよ?」
レンは目に輝きを取り戻し、ドラゴンを見る。ドラゴンとて腹に風穴があいているので吐血しながらこちらを見ていた。レンは思考を巡らせた。ドラゴンを討つ方法がないか周囲を見渡した。【煉獄】で焼き払われた土地には武器になりそうなものはなかった。
その代わり、上空から白くて冷たいものがちらちらと降り注ぐ。
初めて魔物と戦ったあの日。人型の強い魔物は竜の特徴があった。ポチおとめえのコンビネーションでも硬いうろこに阻まれてダメージを与えられなかった。斃したのはヴォルフとふくの魔法。そして、ふくの言葉を思い出した。
『やつらは寒さに弱いから氷の複合魔法で攻めぬといつまでも戦闘が続くのじゃ』
「今の……アイツなら。この環境も併せて氷漬けにできるかも……。」
「凍ったところをアタシが打ち抜くんだね……!」
「レン君、魔力は大丈夫なのですか……?」
リコの手をぎゅっと握って、見つめる。その意思を籠った目を見て、リコは頷くと、詠唱を始める。
「『風の精霊、シルフ。水の精霊、ミズチ。我が声に応え、顕現せよ!』」
レンはシルフとミズチを見て、覚悟を決める。
意識を集中して【氷結】を組み上げていく。失敗は許されない、そんな状況でレンは笑みを浮かべた。突然レンの内側から激痛が走る。ゴボッと大量の血を吐く。
「れ、レン君!?」
「……集中して!これが最後のチャンスなんだ……!」
リコの心配をよそにレンは魔法を組み上げていく。ドラゴンの気をそらしているサクラはレンのやっていることが不味いことが分かっていた。
彼に好意を抱いているサクラは今すぐに辞めさせたい気持であった。彼がそれでも残りの力を振り絞って成し遂げようとしていることに賭けるしかない。
そのような状況に複雑な気持ちになりながら、ドラゴンの相手をしていた。【氷結】が組みあがり、リコに渡す。
「リコ……!やってくれ!」
レンの気迫に圧され、下唇を噛み、悲壮な表情を浮かべ、ドラゴンの方へと向く。
「……わかりました!『すべてを凍てつかせる冷気よ、白銀の抱擁に抱かれその身を氷像へと変えん!』」
詠唱し、魔法を発動させた。リコの首にかけていたネックレスから光があふれ、紋章が六つに増えて輪を描く。
「複合魔法が【重撃】で増えた……!?」
レンは崩れるように倒れた。
——あの小娘!まだそんな力が……!しかもこれは、氷狼と同じ【絶対】の魔法ではないか……!?儂が、このような小さきものに敗れるとは……。
氷像と化し、ドラゴンの意識は途絶えた。サクラは残りの魔力を振り絞って全力の魔力弾を氷像に打ち込む。頭を吹き飛ばし、衝撃で凍った体は粉々に砕け散った。
レンたちは見事、ドラゴンを討ち倒すことに成功した。サクラはふらふらの足でレンとリコのもとへ走る。リコはレンを抱きしめて大粒の涙を流して泣いていた。
サクラはその光景を見て、絶望の表情へと変わる。やっとの思いで二人のもとへ到着し、ルナティクスを取り出し、詠唱を始める。
「『癒しの力よ、彼の者の傷を癒せ!』」
【治癒】の光がレンを包む。しかし、レンの呼吸は戻らない。【治癒】で外傷は治ったが、意識は戻らず、脈もだんだんゆっくりに、弱弱しくなっていく彼を見て、サクラも泣き崩れる。
「ちょっと、失礼するよ!」
目にもとまらぬ速さで、レンは兎族に抱えられていた。
「魔力枯渇……。そこのキツネさん!魔石ありったけ頂戴!早くっ!!」
突然現れた兎族に魔石を急かされ、レンのカバンから魔石を持っていく。
彼女に渡すと、左手を引っ張られた。腕に着けた番のしるしを見て兎族はリコに指示を出す。
「あなたたちはパートナーね?彼の身体に魔力を送ってあげて!」
レプレは魔石をレンの腹部に乗せて詠唱を始めた。
「『すべての物質よ、巡り巡って元の形へ、力は主のもとへと帰れ!』」
光に合わせてリコもレンに魔力を送る。光が収まると、レンの顔に生気が戻り、呼吸も安定していた。命の危機は去ったようだ。
「はぁぁ!何とか間に合ったよ!ガブさんのおかげだよ♪」
ガブと呼ばれる狼型獣人がいつの間にかレプレの隣に立っていた。レプレは黒くて長い髪の毛がどんどん消えていき、顔の文様も消えた。みるみる身長が低くなり、普通の兎族のサイズになった。そんなよくわからない現象を目の当たりにしたリコとサクラは驚きのあまり硬直していた。
「君たちが、学園の生徒さんだよね?このネコの男の子はもう大丈夫だよ。」
「……あ、ありがとうございます。あなたたちはいったい……?」
「俺はガブ。氷狼:フェンリルの息子。こっちの兎はレプレ。俺たちは父、ヴォルフの指示のもと君たちを助けに来た。」
リコとサクラは安心して腰を抜かしていた。レプレはレンの脈拍や、呼吸を見て「うん。」と頷くと、リコのもとへと歩き、
「今日はここでキャンプをしようか?さすがに彼はまだ動かせないから。」
そういわれ、リコはレンの収納カバンからテントを取り出して、展開する。
「これって、わんこの発明品じゃん!?どうして持っているの!?」
「こ、これはレン君が作ったものなのです。ポチおさんのお嫁さんからレシピをもらって作ったみたいです。」
「ほぇ~。じゃあ、彼は魔法技術士になるんだね?」
リコが頷くと腕を組んでうんうんとしていた。バラバラに粉砕したドラゴンの調査が終わったのか、ガブが戻ってきて二人に尋ねた。
「三つ質問がある。このドラゴンは赤い鱗に角が欠けている個体だったか?このドラゴンを斃した方法は何なのか?最後に、君たちは【煉獄】を耐えられたのか?この三つを答えてくれ。」
二人は答えられる精神状態でないと判断したサクラが前に出て答える。
「はい、赤いドラゴンで左右の角の長さが違いました。ドラゴンはレン君が組み上げた【氷結】をリコちゃんが発動させて凍らせ、アタシが魔力弾で打ち砕きました。【煉獄】ですか?あの、強力な魔法は水の魔法と【守護】で何とか守り抜きました。」
ガブはそれを聞いて、通信用魔道具を取り出して連絡を始めた。
「もしもし、父上。学園の生徒は保護しました。はい、ドラゴンは彼らが討伐したようです。ええ、【煉獄】も受けきったうえでの討伐になります。はい、男子学生が魔力枯渇で瀕死になっていたので、レプレの魔法を行使して救出しました。はい、わかりました。ふく様にもお伝えしてください。」
通信を終えるとレプレが足元に立っていた。
「義父様?」
「ああ、今報告した。君たち、彼が回復したら連れて帰ることを父上から提案されているが、どうする?」
リコとサクラは目を合わせて保護を求めようとしたが、目を覚ましたレンが起き上がり、王族のガブと痛みにひるまずに答える。
「いっ……。これは、オレたちの……卒業試験です……。最後までやらせてください……!」
ガブはレンの答えを聞き、フッと笑ってキャンプの火を起こした。レプレは走ってレンのもとへ行き、飛びかかってレンの上に乗り、押し倒した。力の入らないレンは成す術もなく、押し倒された。その光景は十二歳の二人には刺激的な光景であり、サクラは思わず上を向いて鼻を抑えていた。リコはあわあわと右往左往して、その後レプレを引きはがしに行った。
「キミ!まだ魔力が戻ったばかりなんだから寝ていなさい!」
「あ、あの!彼と私は番なので彼のことは私に任せてください!」
「え!?パートナーじゃなくて番だったの!?最近の子は進展が早いわね……!」
レプレが感心していると、サクラはガブのもとへ行き、気になることを聞いた。
「あの……ガブ様?少しお尋ねしたいのですが……。」
火を手入れしているのもあり、目だけでサクラを見る。やはり金の瞳で睨まれるとサクラは少し後ずさりした。それに気づいたガブは火を視線に戻し、申し訳なさそうに口を開く。彼は不器用なだけで、サクラやほかの人に対して敵意はないのだ。
「……言える範囲なら答える。」
とぶっきらぼうな対応をした。サクラはそのような対応でも、答えてくれそうな雰囲気だったので、隣に座った。
「レン君のことですが、魔力枯渇をしていたのにレプレさんの魔法で治ったのはいったい……どのような魔法なのですか?」
ガブはその質問に対してしばらく無言であった。薪を組み終わると、手に着いた木くずをぱんぱんと落とし、ふぅっと息をついた。
「レプレの魔法は【回帰】という魔法だ。詳しいことは機密であるから教えらえない。」
「【回帰】は物体のもとになったものに返す魔法だよ。」
レプレがガブの陰からひょっこりと表れて自分の魔法の説明をする。それを止めさせようとガブが応戦するが、小さく俊敏な彼女はスルスルと回避していく。
「コラッ!べらべらしゃべっていい魔法じゃないんだぞ!」
「いいのよ。それでね、今回はネコ君の魔石を【回帰】の魔法で魔力と水晶に戻してあげて、魔力を彼の中に戻したっていうコト。魔力消費がすごくて滅多に使えないんだけどね。」
レプレはケラケラ笑いながら話し、ガブは額に手を当ててため息をついていた。二人の差に驚きながらサクラは愛想笑いを浮かべていた。
「でも、月兎が解けるほどだとは思わなかったよ。」
「げっと……?」
「わたしは兎族に見えるんだけど、実は神族でね。ふく様が言うには月と関係のある種族みたいで、それで月兎なの。」
「神族って、フェンリルや九尾の狐と同じ種族ですよね!?ど、どうして王城勤務ではないのですか?」
「だってぇ。冒険したいじゃない?」
その回答に驚愕していると、ガブに肩をポンと叩かれ、彼は横に首を振っていた。レプレに巻き込まれて旅をしているようであった。しかし、そのおかげで今回は助かったのだが。
「月兎には魔力が回復したら戻るのですか?」
「うん。でも、月の満ち欠け?っていうもので魔力の総量が変わるから、中々回復しないのだけどね。でも、ガブさんからいっぱい魔力もらうから普通に回復するより早く戻られるよ。」
「ガブ様から魔力をもらう……?」
「もちろん、交び——!?」
ほぼ言い切ってしまったようなものだが、ガブはレプレの口を手でふさぐ。
「さすがに未成年の年頃の女性にそれは言っちゃダメでしょ。」
サクラはもちろん聞こえてしまっていたので顔を熱くしてうつむいていた。
ふと、レンとサクラが気になり、二人がいるテントに行くと、抱き合って眠っていた。時折リコの抱きしめる力が強いのかレンは少しうなされながら眠っていた。レンの頭をなでて、安心して呟く。
「もう……心配させるんだから……。しっかり休んでね、レン君。」
サクラは背伸びをして寝袋に入って眠りについた。ガブとレプレが見張りについてくれるようで、国外に出て初めての熟睡になった。
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