第15話 レン調査隊と獅子の軍隊
国外調査当日。レンたちは早朝のまだ完全に明るくなっていない時間帯に身支度を済ませて、部室を出た。この時間帯に学園へ来るものはおらず、いつも賑やかな学園とは打って変わって静まり返っていた。
正門を出て、通学路を歩いていると、サクラは振り返り、目を見開いていた。レンとリコもサクラを見て振り返ると、【太陽】の魔法から光が漏れ出し、学園を照らしていた。
それは、一年間過ごしてきた中で一度も見たことがない光景であり、とても美しく、感動のあまり三人は言葉を失った。朝の冷たい風がビュウッと吹き三人は我に返った。
「なんだか、ちょっと寂しくなっちゃたな……。」
「そうですね。毎日通っていましたし、これから二月も帰られませんから……。」
「さみしいけど、オレ達は卒業試験でちょっと行って来るだけだから、早く終わらせてまたこの景色を見に行こうよ。」
「あ、それいいね!それじゃ、ちゃちゃっと終わらせてやりますか!」
「はい。では、調査の目的地に行きましょう。レン君、指揮をお願いします。」
「え!?お、オレ……?」
レンは突然隊長に任命され、戸惑っていると、サクラはレンの肩を叩き、後押し……というよりもダメ押しされた。
「任せたよ、隊長のレン君!うーん、レン調査隊でいいかな?」
リコと目が合うと、しっかりと頷いた。後ろ頭を掻きながら、隊長という立場を受け入れ、再び歩き出した。
「それじゃあ、レン調査隊行きますか!」
『おお~!』
元気いっぱいの掛け声が学園の近くで響いた。
☆
太陽もすっかり明るくなり、そろそろお昼を回りそうな頃、レンたちはまだ国内にいた。国外に出るまでは学園から大体一日かかる距離だ。魔法を使って走ってもいいのだが、魔力が枯渇すると野営はおろか戦闘に突入した際、強い魔法を放つことができなくなる。ご利用は計画的に、である。そうならないように、三人はゆっくりだが歩いていたのだ。
幸い、国内は弱い魔獣しかおらず、サクラとリコの魔力量に恐れをなして近づいてくることはない。レンは長い時間歩くことには慣れているが、サクラとリコは少し疲労が見えていた。レンは小高い丘の頂上だったこともあり、カバンを置いていく。
「そろそろ、休憩にしようか?」
「そうですね。一度休憩をはさむのがいいかと思います。」
「アタシはおなかペコペコだよ~。」
岩場に座り、三人は干し肉を食べることにした。この肉は、店で購入したもので、そのあたりにいる弱い魔獣の肉から作られた食材だ。肉は硬めであるが、三人には牙があるので問題なく食べられる。
魔獣には大まかには獣型、虫型、水生型、植物型に分けられる。この中で虫型と水生型が食材に適している。一番の理由としては、国内で数がかなり多いことと、捕獲や討伐がしやすいことがあげられる。植物型は国内にはほとんど生息しておらず、見かけたとしても子供踏みつけるだけで倒せるほど弱い。そして、倒されると可食部がなくなるほどボロボロになって消滅する。獣型は一応肉を食べることができるが、そんなに美味しくないうえに攻撃的な個体が多いので戦闘能力が必要となる。
そのため個人や食材関係の職業からは敬遠され、傭兵など戦闘系の職種の者に討伐を依頼される。そして、三人が食べているのは水生型の魔獣の肉である。
「長閑だねぇ。国外に行ったらこんな感じに休めないんだろうね。」
「そうかもしれないね。オレ、戦災孤児だったからこんな遠くに来たの初めてなんだよね。」
「私もこんなに遠くまで歩いたのは初めてです。」
「レン君って孤児だったんだ!?生まれた時から?」
「うーん……両親の記憶はないんだよね。まあ、ずっと施設の中で育っていたからよくわからないんだ。」
「ふうん。お姉さんがよしよししてあげようか?」
「い、いや、しなくていいよ!?しかもお姉さんって同い年じゃないか?」
サクラは「ちぇ~」と言いながら手に持っていた残りの干し肉をほおばっていた。リコはなぜかキリっとしてレンを見ていた。サクラ言動で嫉妬しているのかと思いきや、サクラに便乗して頭を撫でようとしていた雰囲気であった。レンは苦笑いをしながら、収納カバンから大きめの水桶を取り出し、空中に水の紋章を描いた。
「『清浄なる水よ、われらの渇きをいやす水を生み出せ。』」
飲み水の魔法であり、レンの腰ぐらいの高さから水がザバザバと流れ落ち、水桶いっぱいに水が入った。それを水筒に移して三人で分けた。普通の水の魔法でも飲み水として使用することができるほどの鮮度はあるが、桶を破壊してしまうほどの威力がある状態で出てくるので木の水桶では桶が破壊され、採取が困難である。そのために飲み水の魔法というものがある。これは生活用魔道具にも入っているメジャーな魔法であるのだ。
そして、サクラやリコが発動すると最小限の威力にしても桶に収まらず、周囲も水浸しにするので彼女たちは、家の水場などでしか使えない。その点レンは普通に発動しても桶いっぱいの量にしか出ないので丁度良いのだ。こういう時は魔力量もそこそこでよかったと実感している。水桶を収納カバンに仕舞い、立ち上がった。
「よし、行こうか!」
「はい。」
「はーい。」
三人は再び歩き始めた。
☆
ポチおは学園に来ていた。目的は魔法技術部でそこに行くためにめえを探している。いくら何でも学園を部外者が歩き回るのはおかしいので保健室を目指していた。保健室に行くとめえがおり、保健室へと入っていく。
「やほー、めえさん元気してた?」
「なんだ、素材集めは終わったのか?」
「そりゃもう。たくさん手に入ったから、魔法技術部に寄付しようと思ってきたんだ。あいつらは元気してる?」
ポチおは収納カバンから鉱石、魔獣の毛、骨、牙、皮、ドラゴンスケイル、宝珠、竜の爪、牙、翼膜など保健室の一角を埋めるほど出していた。めえは椅子から立ち上がり、背伸びをすると腰に手を当ててポチおを見る。
「レンたちは二月ほど帰ってこない。」
「え、どしたの?家出?」
めえのげんこつがポチおの頭にヒットする。痛みでうずくまっているポチおに向かってため息をつく。
「誰が日付を指定して家出をする馬鹿者がいるものか?レンたちは卒業試験で国外調査に向かっているんだ。それで卒業まで帰ってこないと思われる。」
「はぁ!?卒業試験で国外調査!?なんそれ!?ん……ちょっと待って、竜が一匹逃げたんだけど、あいつらはどこに向かった?」
ポチおが竜の情報を告げると、保健室の雰囲気が一瞬で緊張に包まれる。めえは険しい顔をした後、速足で壁に張り付けていた地図を手に取り机の上で開く。
そしてレンたちが向かった場所を指す。ポチおは顎に手を当てて考え込んでいたが「うん」と頷くと、竜の逃げた方向を指でなぞる。
「方角が違うから多分大丈夫かも。レンの向かっているあの辺って今、うさ子とガブさんいたから多分大丈夫でしょ。」
「あの二人は今そんなところにいたのか。」
「生徒が心配か?」
ポチおがにやにやしながら聞くとめえはそんなポチおの顔を一切見なかった。ポチおに心配している顔を見られたくないためである。しかし、嘘を言っても仕方ないので、本音で話す。
「当たり前だ。確かにあの三人はここの教師陣より十分な戦力がある。しかし、国外は戦力だけでは解決しないことばかりだ。」
「大丈夫でしょ。」
そんな気楽な発言をするポチおを一喝しようと思ったが、彼は何かを確信している表情にめえは驚いた。
「レンは調査隊志望の魔法技術士ってサムさんに聞いたぜ。調査業務に関しては入念に調べているはずだろう。あいつ、真面目だし。」
「……お前がそういうなら、そうなのかもな。あの時もお前の言ったとおりになったしな。」
「そういうこと。」
といって、ポチおはお茶を淹れ、めえに渡して自身も飲んだ。めえは淹れられたお茶を飲み、外を眺めた。
「お前が淹れると、渋いな。」
「うるさいやい。」
☆
日が暮れる前にレンたちは関所に到着した。予定の時刻より少しだけ早く着いた。この関所はレンたちの住んでいる町より規模は小さいが小さな町となっている。三人は出国手続きのために関所の駐在軍に向かった。関所の門番に話をすると待合室へと案内され、待っていると獅子の獣人が出てきた。
「私の名前はアスラン。君たちのことは学園から聞いている。出国許可は貰っているんだが、開門の手続きに半日ほどかかる。すまないが、その間はゆっくりとしてくれても構わない。そして、明朝には開門の許可が下りるので、それから出発するといい。」
「は、はい。ありがとうございます!」
「さて、時間も空いたことだし聞いてみたいのだがいいかね?」
三人はアスランにそう尋ねられたので同時にうなずく。立派なタテガミのあごの部分を手櫛で解きながら、ニィっと笑みを浮かべた。レンは思わず戦闘態勢に入る。
「いい反応だ。君たちは学園では相手できるものがいないと聞いているのだが、うちの新米兵士たちと模擬戦してみないかね?」
三人は目を合わせて声を細めていた。顔を近づけ、サクラがアスランを少し見てひそひそ口で口を開く。
「これって、試験の一部じゃないかな……?だって、保健室の先生と女王様しか知らない情報だよ!」
「いわれてみればそうですね。レン君、どうしますか?」
「ここは関所で国外の魔獣や魔物を相手しているってことだし、行く前にいい経験になるかもしれないから挑戦しよう!」
三人の意見は一致し、アスランに正対した。
「駐在軍様の胸を貸してください!」
「はっはっは!!よく言ったぞ!では、訓練所に案内しよう。着いてきたまえ。」
アスランの後ろをついて行っていると、カレンほどではないが彼はかなりの実力者であることがわかる。三人が束になってかかっても、軽くひねられそうな、そのような雰囲気を醸し出している。そして腰に下げた幅広の二振りの剣からただならぬ雰囲気があった。
「アスランさん。その剣って普通の剣とは違うのですか?」
「ん?ああ、コレは魔剣になってしまった剣だ。毎日毎日この剣で魔獣や魔物を倒していくと、血と魔力が剣に溜まっていって、いつの間にか魔剣になったんだ。なんでも切れる性質でな、魔力の制御が難しくて魔獣どもを倒していくとどんどんむずかしくなるから、そろそろふく様に浄化してもらおうと思っているんだ。」
「浄化って何ですか?」
「浄化ってのはなぁ……うーん、魔法は得意じゃないんだが、正しい名前は確か【聖清】って魔法だった気がするな。呪いとかを解いてくれる術らしいな。」
「それならたしか、魔物や魔獣、古代の怨念から跳ね除ける魔法だって聞いたことがあるよ。超高難度複合魔法で【浄化】【清光】【聖火】の三つを使った魔法のはず。」
「よく知っているな。私は付与魔法使いで、魔法知識なんてからっきしだしな。」
「サクラさんは宮廷魔術院からスカウトされてますもんね。」
サクラは胸を張り得意げな顔をして鼻息をフンフンさせていた。アスランは「マジかよ……」と言いながら歩き、訓練所へ到着した。
そこには三十名ほどの兵士が訓練をしており、アスランを見かけると訓練の手をやめ、一斉に集まり、整列した。
「ご苦労。今からお前たちに戦ってもらいたいものがいる。この三人だ。」
レンはいきなり紹介され、一瞬ひるんだが、一歩前に出て自己紹介を始める。
「は、はじめまして。フォクノナティア学園のレンと言います。こちらの野狐族はリコ、狸族のサクラで僕たちは同期です。本日はアスランさんに誘われて、模擬戦に参加させていただきます。精一杯戦いますのでよろしくお願いします。」
兵士たちがレンの自己紹介を聞いてざわめく。それもそのはず。三人が学園の生徒であること、アスランが一般人を模擬戦に参加させるという行動に驚いていたからだ。
「静かに。今期新兵の成績上位三人こちらへ。」
アスランがそういうと、列の中から三人の獣人が出てきた。それぞれトラの獣人、クマの獣人、ゾウの獣人で、明らかに体格差で負けていた。レンはその圧力に負けそうになったが、しっかりとこぶしを握り、気持ちを切り替えた。
「いい目だ。この三人は新兵だが、訓練成績が良く、昇進の可能性が高い期待の兵士だ。手加減なぞいらんからな。おい、お前たち。この生徒たちは学園の教師より強い。その意味は分かるな?では位置についてもらおう。」
レンたちと新兵たちは訓練所にある学園の競技場ほど広さのある演習所でお互い自陣に立つ。
「すごいドキドキする。カレンさんの時以来だ。」
「大丈夫です。私が後衛であの人たちをしっかり足止めします。」
「じゃあ、アタシは剣術かじっているから前衛かな?」
「オレは、サクラさんの援護をしつつ、場合によってはリコさんと大魔法を組んでいく中衛ね。」
三人はこぶしを合わせ、新兵の方へ向いた。それを見届けたアスランは、空中に何かを投げ、それは破裂音が鳴って爆発した。それが開始の合図のようだった。
その破裂音にレンは【やんのかステップ】をしてしまった。サクラは破裂音と同時に敵陣に向かって走る。リコも破裂音と同時に紋章を展開し、素早く風の弾丸と水の弾丸で早打ちをしてけん制する。
変質した【召喚】魔法はやはりレンの【重撃】が混ざっており、最初の魔法に対して死角になるところから追い打ちを当てるものだった。トラとクマにそれぞれ弾丸をぶつけていく。よろめいたところにサクラの【幻揺】の魔道具で追撃を入れる。しかしそれはゾウに阻まれ、その刃は硬い皮膚を通ることはなくはじかれた。剣撃をはじかれたサクラはいつの間にか距離を詰めていたトラの爪で引き裂かれる瞬間、魔力の塊でトラが吹き飛ばされた。なおサクラのすぐそばにはクマとゾウが接近していた。【幻惑】で分身体を生成し、惑わされている間に後ろへと下がった。
「サクラさん!大丈夫!?」
「平気!それよりさっきの攻撃は何だったの!?急に吹っ飛んだんだけど!」
「二人とも!詳細はあとです!三人が向かってきます!『大いなる地の精よ、断崖の牙にて敵を貫け!』」
無数の岩槍がサクラとレンの前から出現し、そのまま三人の兵士に向かって次々に迫る。トラは後ろに飛びのき回避し、クマはその剛腕で岩槍を破壊しながら突き進み、ゾウは何事もなかったような素振りでサクラとレンに向かって歩く。トラの反応速度、クマの攻撃力、ゾウの耐久にリコは驚いていた。
それもそのはず、この攻撃は【障壁】や【守護】ですら吹き飛ばすほどの範囲と攻撃力が高い高等魔法なのだから。簡単に対処されたが、リコは「ふう」と息をつくと、少し微笑んだ。どうやら彼女は自信のある魔法を躱されたが、戦いを楽しんでいる様子であった。
レンは腰袋から魔石とルナティクスを取り出し小刀サイズの魔道具にセットしていく。それをサクラに向かって投げる。サクラは難なくキャッチすると、レンの意図を理解し魔道具に魔力を込める。レンはリコの背後に回り、リンクを開始する。それを見ていたアスランはつぶやく。
「あの猫は魔法技術士候補で前衛も後衛もこなすサポート系か。狐は王族に似ている召喚魔法で後ろからでかい一撃を与えてくる。狸は戦闘技術も魔道具も魔法にも知識のある万能型か。ふふ、面白い組み合わせだ。」
腕を組み笑っていた。サクラはリコが足止めしている隙に魔道具の詠唱に入る。
「『変幻自在の斬撃よ、我にその力を付与したまえ。』『韋駄天のごとく足りぬく速さを我に与えたまえ。』『灼熱の炎よ、わが剣に纏いすべてを焼き切る力を与えよ。』」
三つの詠唱を完了させ付与術を自身に掛けた。燃える剣、高速移動、変則斬撃が可能になり、サクラはクマに向かって走り出す。
接近するとやはりゾウが庇いに入ってくる。それを見越していたサクラはゾウにめがけて斬撃を行う。その斬撃はゾウには当たらず、変則斬撃により無理やり軌道を変え後ろのクマに襲い掛かる。灼熱属性が付与されているので肉が焼けるにおいと共に【重撃】による複数斬撃を与える。
文字通り身を焦がすような激痛でクマが悶える。そして、散った火花が体毛や装備に引火し火だるまになり、ズゥンと倒れる音がした。それを見たゾウはとてつもない速さでサクラに突進をする。
しかし、サクラは高速移動の魔法でそれを見てからでも簡単に回避する。飛び上がりゾウに斬撃を与えようとすると、意図もしていないところからの攻撃でサクラは吹き飛ばされる。
彼女は吹き飛ばされ、地面に打ち付けられ転がる。
「サクラさん!?」
呼びかけるも彼女は気を失っているのか立ち上がることができなかった。レンは焦って、サクラの元へ走る。
「オレの責任だ……。助けなきゃ——」
「戦闘不能者への回復と追撃は禁止だ!気にせず戦うといい!」
「でも……」
「サクラさんの魔力は消えていないので気絶です。私たちはあの二人を何とかしなくては……。」
よく見るとクマの獣人は後ろに控えていた兵士たちに水をかけられ、運ばれていった。サクラも同じように女性の救護班がすぐに回収していき、隅の方で治療を受けていた。トラとレンの目が合う。リコの水の弾丸魔法を【重撃】で増やしていく。その威力は最初に撃ったけん制用のものと桁が違い、演習場に大穴がみるみる空いていく。それでもトラは素早く後ろに下がり、ゾウが攻撃の盾になる。やはりゾウに対しダメージが与えられていなかった。大きな体格であるはずが、いとも簡単に回避されるため、リコは少しムキになって速射から連射に変え、雨のように降り注ぐ弾丸を放つが、それだとゾウには大したダメージにならなかった。レンは水浸しになった演習場を見てハッとして、リコに作戦を簡単に伝える。
「リコさん、【灼熱】魔法を組みます!」
「え!?は、はい!『火の精霊、サラマンダー、風の精霊、シルフよ。我が声に応え顕現せよ。』」
レンの指示でリコはサラマンダーとシルフを呼び出した。
「精霊様、灼熱を組むのでご協力お願いします!」
レンは紋章に意識を集中した。リコはレンの意図は読めていなかったが、時間を稼ぐため風の弾丸と突風の魔法を展開し、けん制を行っていた。どれだけ狙いを定めてもトラは回避し、威力はないものの突風の魔法でゾウの歩みを止めていた。
「レン君!このままでは持ちません!」
リコが焦って振り返るとレンは丁度【灼熱】を組み終えたところだった。紋章をリコに託し、レンは発動範囲と場所に指をさす。
「あの水たまり達に魔法を打ち込んでくれ!」
「よ、よくわかりませんが行きます!『灼熱よ、その力を解放し、すべてを焼き尽くせ!』」
リコは水たまりの水に魔法を打ち込む。トラとゾウは自分のところに来なかった魔法を見ていると、水が突然爆発した。冷えた水に急激に熱を与え、突沸現象が起き、熱湯がトラたちに襲い掛かる。トラが腰に下げていた魔道具を展開すると二人は光に包まれる。この光は【守護】の魔法であり、熱湯による攻撃を守るものだった。熱湯の雨が終わると魔法が解け、魔道具が壊れる。
「まだだ!『煮えたぎる水よ、吹き荒れる風にて高温の大気を形成せよ!』」
レンはルナティクスであらかじめ火の魔法と風の魔法を待機させていた。熱湯により発生した蒸気に火の魔法で加熱し、その蒸気をトラとゾウのいる範囲に渦巻く風を発生させる。
レンの魔法では威力が足らず、トラたちの魔力を突破できないので魔法によるダメージはそれほど期待できない。しかし、この魔法は加熱と風を発生させるだけなのでそもそもダメージはない。
レンの狙いはトラだった。同じ猫型獣人であるレンは蒸気の恐ろしさを知っている。猫型獣人の体毛は自身の脂で水を弾くが、洗浄液やお湯を浴びるとその脂は溶けてしまい、撥水効果がなくなる。それは蒸気でも同じであり、油はどんどん溶けていく。そうなると、ふさふさだったトラの毛並みはシナシナになり、トラの本体というべきか体のラインが浮き彫りになる。
その魔法を見たアスランは同じ猫型獣人のため、すごく嫌な顔をしていた。
そう、この魔法による攻撃は完全に猫型獣人への嫌がらせなのだ。レンは空中にルナティクスを投げ、指揮棒のような杖を取り出し、詠唱を始めた。
「とどめだ!『すべてを凍らせる冷気よ、その力であたりを銀世界へ変えよ!』」
【氷結】魔法で演習所を凍土へと変えた。先ほどの蒸気による攻撃とこの凍土に変える魔法はゾウには一切効いていないようだった。しかし、体毛による防寒機能を完全に失っているトラには有効であり、ガチガチと歯を鳴らし、鼻水を垂らし、くしゃみが止まらなくなり動けなくなった。
そんな姿を見たアスランは顔を抑え手合図で周りの兵士に指示をするとトラは毛布にくるまれ、回収された。リコとゾウはその光景を見て目を見開き、言葉を失っていた。まさか、レンの魔力で強敵の一人を倒してしまうことが起こったためである。レンはリコの背中に手を戻し、リンクを開始する。複合魔法を放ったので、魔力が少なくなり、レンは少しふらつく。リコはレンが倒れないよう、手を繋ぐ。
「あと、一人だよ。どう戦う?」
「あ、はい。えっと……土の牙でも傷をつけられないのは初めてです。あれは【障壁】でも防げないように威力を加減せず、殺すつもりで撃ちましたから。」
「え……まじで?」
「はい、まじです。」
レンは頭を抱えた。まず、あのゾウは【障壁】【守護】で守ったのではなく、単純なフィジカルでしかも種族的なもので耐えきったということ。そして、訓練とはいえ、リコは殺すつもりで威力全開にし、発動していたということ。
レンは一つの作戦を思いついたが、提案しようか迷った。それは、一つ間違えば相手を殺すことになるからだ。リコは何かを感じ取り、手を握る。
「手段を選んでいてはポチおさんの言っていたように大切なものは守れないですよ。」
レンはリコを見ると笑っていた。笑っていたというより、自分に言い聞かせて笑っているような顔であり、目は笑っていなかった。握られている手は震えており、人を殺すのは彼女にとっても恐くないはずはない。
それでも、レンとともに居たいという気持ちで立ち向かい、覚悟を決めているようであった。彼女の覚悟を見てレンは覚悟を決め、リンクをより強くする。ネックレスが輝き始めた。レンはリコに作戦を伝える。
「水の精霊の大魔法をゾウに打ち込むよ。でも、弾丸や水圧じゃなくて水塊のなかに閉じ込めるんだ。残った魔力でありったけの【重撃】で重ねていくよ!」
「はい。『水の精霊、ミズチよ。大海の力を以って敵を水の牢に閉じ込めよ!』」
リコが水の紋章を展開させるとレンがそれを一気に増やす。ゾウは周囲に広がる紋章の数に圧倒され、立ち止まる。見渡しても逃げ場はなく、上空にも地面にも紋章に囲まれている。
「おいおい!なんだ、この、気色悪い量の紋章は!?」
紋章の数にアスランは完全にドン引きしていた。そして見学している兵士たちも圧倒していた。発動する瞬間、ゾウは魔力を全身にまとい、ダメージの軽減を狙った。
巨大な水塊に閉じ込められたゾウは宙を浮いている感覚に陥り、完全に自由を奪い取られていた。泳いで抜けようにも、水圧が邪魔をして抜け出すことが不可能な状況であり、もがくうちに肺の中の空気を使い切り、気を失った。
リコとレンは閉じ込めてもなお魔法を必死に発動し続けた。するとアスランがゾウに向かって飛び出した。二振りの魔剣を手に持ち、水塊を切りつける。普通の剣では水を斬ることはできない。魔法を付与した剣でも水を斬ることはできないものである。しかし、彼の持っている魔剣は水を斬っていた。魔剣の能力が『なんでも切る』というもので空気であろうと斬ることができる、破格の性能である。もちろん、破格の能力には相応のリスクが伴うのが前提である。
彼は水塊を真っ二つに切断し、ゾウは斬らないという芸当を披露していた。その姿に見とれていたレンとリコは、いつの間にか魔法を中断していた。
ゾウを回収したアスランは、ゾウの背中を魔力が込められた猫パンチ?でたたいた。すると、飲み込んだ水を吐き出して、意識を取り戻した。駆け付けたレンはゾウのところにいくと、頭を下げた。
「ごめんなさい!焦って加減もせず——」
「お前は何も間違えていない。訓練で命を落とすものは珍しくない。しかしそれは本人が実力を見誤っただけであり、奪った者の責任ではない。」
「ですが……!」
アスランは片手でレンの首根っこを掴み持ち上げる。猫型獣人はこのような持ち方をされると種族の習性で力を出せなくなってしまう。
「うぬぼれるな!あの狸の小娘でも加減せずクマに容赦なく刃を入れていたのだ。この世は弱肉強食。やらなければ今度はお前が死ぬ。」
彼の大きな声に委縮し、硬直していたレンを見てゆっくりと地面に下ろす。腰が抜け、へたり込んでいるレンの目線に合わせてかがむ。
「そうなればお前の大事にしているものはすべて失うことになる。みな、覚悟を持って挑んでいるのだ。それを愚弄するようなことはするな。」
そういうと、アスランは立ち上がり、手当てを受けている三人の新兵のところに行くと説教が始まり、全員正座になっていた。
「レン君……大丈夫ですか……?」
「うん……。オレ、まだ覚悟が足らなかったのかな……。」
落ち込んでいるレンをリコはぎゅっと抱きしめる。そのまま、頭をなで、さらに力を込めてレンの顔を胸に押し込める。
「レン君は優しい人です。相手を思いやれるところ、私は大好きですよ?」
レンはしっかりと顔面がふさがっていたため何も言えず、じたばたしていると、治療を終えたサクラが歩いてきて、指摘をする。
「リコちゃん、それ、レン君死んじゃう。」
そう指摘され、レンの方を見ると胸に埋もれて暴れている姿が見えて、すぐに手を離した。解放されたレンは息を整えた。
「レン君、ごめんなさい!あ、あまり大きいものではないので大丈夫と思っていました……。」
「大きくないって……。ごにょごにょ……。」
サクラの姿が目に入ると、自然と目が胸に行く。彼女の胸には山はおろか丘もない。絶壁である。彼女はそのことにコンプレックスを持っている様子はなく、レンが自分の胸を観察していた行為をニヤ~とした悪い笑みを浮かべた。
「レン君はえっちだね。嫁さんがいるのにー。」
「い、いや!?き、君たちと違ってオレは鼻が高くないし!埋まっちゃうの!」
サクラは「ふーん?」と言い、からっているそばでリコはサクラと自分のを比べて何かぶつぶつ言っていた。
「お、オレはリコさんのが一番いいので気にしないでください!」
「えっちだわ……。」
「レン君、それは流石にえっち?です。」
レンのフォローは間違えていたようだった。そのため二人から冷たい視線が注がれ、しょげてしまった。そうしているとアスランがやってきた。
「戦いのときは指揮を執っているのに、そうじゃなかったら女の子にしてやられているのか?」
「そ、そんなわけじゃ……!」
レンはアスランの大きな手でわしゃわしゃと撫でられた。その顔はめえのような慈しみを持った笑みであった。そのことに疑問を持っているとアスランは頭を下げて謝意を示す。
「あいつ等の心配をしてくれて礼を言う。そして先ほどは厳しいことを言ってすまない。12歳のお前にはまだ難しい内容かもしれないが、それでも人の覚悟には必ず応えてやってほしい。私から言えるのはこれだけだ。」
そういうと、訓練兵の元へと姿を消した。入れ替わりで女性の兵士が三人の元に立ち止まった。
「お疲れ様でございます!学生でありながら、軍の新米三人を倒されるなんてヴォルフ様のおっしゃる通りの実力ですね!宿の手配をいたしますが個室三つでよろしいでしょうか?」
そう聞かれたのでレンは了承しようとすると、サクラが割って入る。
「アタシは個室で、あの二人は同室でお願いします!」
その答えに女兵士が少し慌てる。それもそのはず、12歳の学生がしかも異性同士で同じ部屋に泊まることなど考えもしなかったから。
「よ、よろしいのですか?」
「いいのよ。あの二人、番だもん。」
女兵士は持っていた槍と盾を手から落として唖然としていた。そして、サクラの声が聞こえていたのか奥にいた兵士とアスランも唖然としていた。
「さ、最近の若い子は私の時より全然違うのか……。まじかよ……。」
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