第16話 ハプニングと竜の接近
三人は駐在軍の兵士に取ってもらった宿屋に到着した。到着する頃はすでに夜になっており、三人が住んでいる町とは違い辺りは静寂に包まれていた。宿屋に入ると、鼠族の男性と女性が受付に立っていた。男性はムスッとした無愛想な表情で逆に女性の方はニコリと笑いとても愛嬌のある顔であった。
「いらっしゃいませ!もしかして学園の子たちですか?わたくしはここの宿屋の女将をしています。こちらは亭主です。」
「はい。オレたちはフォクノナティア学園からきた学生です。駐在軍の方にこちらの宿で予約をいただいたと伺ってますが……。」
「はい。連絡は届いておりますよ。学生さんなのに大変ね。お部屋とご飯も準備できているからいらっしゃい。」
三人は案内されるとまずは食堂でご飯を提供された。すべて駐在軍の経費で賄っているので好きなだけ食べてもよいと言われ、三人は満腹になるまで平らげた。それでも余る量のご飯だった。どうするのか気になったが後ろには小さな子供の鼠族がたくさん控えており、残りは彼らが食べてしまうのだろう。子供に残飯を提供するのに躊躇していたレンに気づいた女将は近づいて説明する。
「あら、残飯だからって気にしなくてもいいのよ?わたしたちは種族的にこの方がいいの。いつものことだし、ね?」
種族の特性についてはレンたちもよくわかってはいないが、そういうものなのだろうと受け入れることにした。種族で差別するのはこの国では御法度だからである。三人は宿の部屋に案内されると、サクラはあくびをしながら「おやすみ~」と部屋に入っていった。二人はその隣の部屋に入ろうとすると女将が引き留めた。
「あなたたちは番なのよね?」
二人は頷いて、左腕に着けている腕輪を見せた。女将はそれを見てとてもウキウキした表情をしていた。
「まあ、若いのに凄いわねぇ。それでね、申し訳ないのだけど、うちは樹の家だからね、夜伽は控えてほしいの。」
亭主が歩いてきてレンの耳元で呟く。
「壁が薄いから丸聞こえだ。それに、においでほかの客も発情しては困る。」
そういわれ、レンは「ぼんっ」と何かが爆発した。恥ずかしいのか尻尾を左右にブンブンしていた。猫が鼠に負けた瞬間である。鼠族の女性はクスクスと笑う。
「若いっていいわねぇ。でも、本当のことだからお願いしますね?」
と二人に念押しられた。リコは少し照れてはいたが、平常心を装っていた。部屋に入ると二人用のベッドが一つ置いてあり、机と椅子が備え付けてある。部屋の奥には大きな腰窓があり、明るい時は町が一望できるような感じであった。床材は木の板で歩くとミシミシと音がするが、抜け落ちるような古さや音ではなかった。リコが突然振り返り、レンの足元を見た。足を気にしているようなリコの行動に戸惑っていると、リコは気になっていたことを口にした。
「レン君って、靴を履いていないと足音がほとんどしないのですね。」
「あ、うん。たぶん猫族だからかな?爪が床に当たらないから音がしないのかも。」
「うらやましいです。床材はしっかり【防護】の魔法であらかじめ強度を上げておかないとすぐにボロボロになるのです。」
レンはそれを聞いて「なるほど」とポンと手を打つ。レンは今の自宅に住んで一度も床材を張り替えたことがない。借り家で物心がついたときから借りている部屋だ。
床は傷付かないのだが代わりに柱や壁が犠牲になっていることはリコに言わず、心の中にしまっておくことにした。リコが部屋を物色して、扉を開けるとそこは浴室であった。リコは浴室を見てワナワナと震えていた。
「ち、小さい……。これじゃ、一緒に入られないじゃないですか!」
「リコさん家のお風呂が特別大きいんだよ?オレの家もこのサイズだし。」
「そうなのですか?では、一人ずつ入ることにしますか……。」
一緒に入られないことがわかり、リコはしょんぼりと耳と尻尾を下げて浴室に入っていった。レンはその間に魔道具の整備をすることにした。
今日使ったルナティクスの状態を見ると、どれもあと一度発動出来たらいいくらいの状態であった。そして、指揮棒状の杖を取り出し、古びた布でふき取っていた。この杖は、魔石やルナティクスを装着できるパーツが持ち手の部分、剣でいうと鍔に当たるところについている。
魔法戦闘は大きく分けると二つの種類に分けられる。一つはリコやサクラがやっている魔法を発動して戦うオーソドックスなスタイル。魔道具や詠唱を行って発動される魔法を直接対象に指定して攻撃や付与を行っていくものである。使用する魔力は調整こそできるが最低限の魔力量で発動出来ても、魔力の量が少ないレンはこのタイプでの戦いは苦手としている。
そして、もう一つは魔力自体を相手にぶつけて戦う、スポーツスタイル。レンがトラを吹き飛ばしたのはこの戦い方である。魔力をそのまま相手にぶつけるので威力が高いのが特徴である。また、競技系の課外活動ではあまり使われることはないが、杖や筒状のもので狙いをつけて素早く魔力を飛ばす、戦場を走って駆け巡り戦うことからスポーツと言われるようになった。しかし、魔力の配分や連発できることによる魔力消費が大きいことが懸念点である。
魔力消費の欠点は魔石をアタッチすることで克服した。しかし、それではせっかく発現した【重撃】は宝の持ち腐れになってしまう。そこで【重撃】が混ざっている【遠隔】魔法のルナティクスをセットすることにより、投げた複数のルナティクスを【遠隔】で整え、【重撃】の複合魔法に変化させる能力を使い、複合魔法を完成させる。肝心な魔力は杖に魔石をアタッチしているので安心して組むことができる。複合魔法は消費魔力が莫大なので魔石をセットした程度では足りない。そしてレンの魔力による干渉力では駐在軍の新米兵士三人組には、ちっともダメージを与えられなかったが、今日の魔法はレンの中ではとても上手くいった方だった。魔石は握りこぶし大の大きさで、重さはその辺の同じ大きさの石ころと同じ重さである。容量はレン三人分の魔力量である。
ちなみに、リコが言うには、サクラの魔力量はレン二十人分、リコの魔力はレン五十人分の差があるようだった。
レンは杖を見ながら改良案がないのかと考えていたが、この調査任務で採取できるものに期待するしかなかったので、整備を再開した。
集中して整備していたため、「ふう」と息をつくと、目の前にリコが立っていた。
「わわっ!?」
レンはびっくりして椅子ごと後ろへひっくり返った。
むくりと起き上がると、リコが手を差し伸べてきたので掴まって立ち上がった。足から顔まで見えてしまったが、その姿は全裸であった。レンはドキッとして、しゃかしゃかと後ずさる。
「ど、どうして全裸になってるの!?」
「どうしてと言われましても……。家では寝る前に服を脱ぎますので……。」
「そ、そうだったのね。よし、オレもお風呂に入ってこようかな。」
レンはリコを襲わないように、そそくさと浴室へと向かう。リコが用意してくれていた洗浄液で全身を洗っていく。身体中の至る所から砂が出てきて取り切るまで大変だった。レンが風呂から上がるとリコがベッドの上で座って待っていた。
「体中のいたるところから砂が出てきて参っちゃうね。」
「そうですね。レン君、少し目をつむってくださいね。」
リコにそう言われ、ちょっぴりドキドキしながら目をつむる。
「『風の精霊シルフよ。そよ風で彼の者の水滴を振り払え。』」
詠唱が終わるとレンの体に風がまとわりつき、吹いても湿っていた体毛が乾いていく。風が収まると、とても清々しい気持ちになった。
手櫛で毛並みを整えているとリコがブラシを持ち、膝の上に頭を乗せるようなジェスチャーをする。膝枕をさせてもらい、ドキドキと胸が躍る。背中、腕、脚としていくとお腹もブラシをかけてくれるようで仰向けになる。すると、リコと目が合う。
「そんなに見つめられると……恥ずかしいです。」
「……かわいいなって、つい。」
お腹をブラッシングされていると、レンはとても気持ちよくなり、そのまま眠りについた。
☆
翌朝。サクラは元気いっぱいで、廊下から二人を呼ぶ。
「レーンくーん!リーコちゃーん!朝だよ!起きてー!」
そういっていつの間にか入ってきたサクラに布団を引っぺがされる。すると、全裸で抱き合って眠るレンとリコを見ることになる。
「きゃーっ!?」
サクラの悲鳴が外まで響いた。その声にびっくりしてレンとリコが目を覚ます。寝ぼけ眼を擦りながらリコはサクラの姿を確認する。
「サクラさん、おはようございます……。もう朝ですか?」
「今、大きな声したけど……なんかあった?」
レンが立ち上がると、サクラはあわあわと後ずさりする。サクラが何も言わないので首をかしげていると、だんだんサクラは震えてくると、両手をギュッと握りしめてレンを見る。
「は、早く服を着てってばー!!」
サクラの鋭い右ストレートがレンのボディにヒットした。何で殴られたのかわからず悶えていると、サクラのセリフを思い出して、自分の姿を見る。全裸であったことを確認し、レンは丸くなった。リコもその状況を察して助け舟を出す。
「さ、サクラさん。レン君が着替えられないので食堂で待っててもらって良いですか?」
サクラはリコにそう言われ、レンを見ると丸くなっており、レンの着替えの服はサクラに近いところにあった。
「ご、ごめんなさい!あ、アタシ、食堂で待ってるね!」
サクラは走って出て行った。レンは涙目でリコを見る。
「見られちゃった……。」
「そ、それはしょうがないです……。」
二人は自宅以外では裸で寝ないように心がけることにしたのであった。
着替えを済ませたレンとリコが食堂に行くとサクラは頭を抱えて座っていた。
「遅くなりました。何を食べますか?」
「サクラさん、朝から嫌なものを見せてゴメン。」
「い、嫌じゃないし!?二人は昨日したの……?」
「し、してないよ!?疲れて寝落ちしたくらいだし……。」
サクラはレンとリコを見て、本当のことを言っているか魔力をみて確認して、納得した。リコは相変わらずマイペースに注文する。
「草食魔獣の腸詰肉とかどうですか?」
「あ、アタシはパス……。発情しちゃいけないから。」
「あんなので発情するのですか?変わっていますね……。」
「普通の時はしないわよ!わからずや!今日は水生魔獣の丸焼きでも食べるわ!」
サクラはプンスコしながら注文をしていた。リコは首をかしげて考えていたが、レンの方に向き質問する。
「……レン君、どうしてサクラさんは怒っているのですか?」
「えぇっと……。たぶんオレのせいかな?」
レンは耳をペタリと倒し、丸くなっていると、サクラもさすがに気まずくなったので
「別に怒ってないよ……。アタシもヒトの部屋に勝手に入ったのが悪いんだし。ごめん。」
と謝罪をした。リコは鈍感であるとサクラは再認識した。
食事を食べ終え、旅支度をし、宿屋を後にした。
少し歩くと関所が見え、駐在軍がレンたちを見つけると敬礼した。三人は思わずつられて敬礼をしてしまった。
関所に到着すると、開門許可が下りており、その門が開かれる。辺り一面が岩でごつごつしており、木々も少なく荒れ果てた土地であった。
「ついに行くようだな。」
突然声がしたので振り向くとアスランと新兵三人が立っていた。レンは元気に立っている三人を見て、胸に手を当てて安堵のため息をする。
「少年、こいつらの心配をしてくれて礼を言う。しかし……。いや、もう言わなくてもお前なら理解しているな?」
「はい。まだ、難しいですが、肝に銘じます。」
「うむ、その意気だ。では、おまえたち!この三人、レン、リコ、サクラの旅の幸運を祈って祝砲を!」
いつの間にか駆けつけていた駐在軍の人々が一斉に空へ【炸裂】の魔法を打ち上げる。恐らくこの時のために用意していたのだろう、みな魔道具で打ち上げていた。祝砲に後押しされる形でレンたちは調査現場へと歩みを進めていった。
☆
ここは王城。ヴォルフとふくが執務を行っているところである。ふくが書物を書き上げていると一人の付き人が走ってくる。
「ふく様。ご報告に上がります。竜の目撃情報が出ました!」
ふくは筆を置き、付き人の方へ目を向ける。その表情は少し楽しそうなものであった。この世界で竜は強い種族に分類される。故に討伐した時に得られる素材が豊富で性能も高いため、一種の祭りのようなものである。しかし、町などに出没すると被害が大きいため、できるだけ国外での討伐を目標にしている。
「ふむ、出現地点は予測できそうか?」
地図を広げて付き人にその位置を詳しく問いただす。
「調査師団の目撃情報と照らし合わせると、おおよそですがこのあたりになるかと。まだ国外なので急を要しませんが、近くのアスラン駐在軍に連絡を致しましょうか?」
「まずいのぅ。あそこに向かっておる学生がおるんじゃ。」
ふくがあごに手を当てて唸っていると、めえが走ってふくの元に来た。めえは少し不安な表情で報告をあげる。
「ポチおから聞きました。竜が一頭ほど別地域に飛んでいったとの情報ですが、おそらくその個体だと思われます。」
「駐在軍には関所の守りの強化と民の避難を命ずる。めえ、あの犬っころは他になんか言っておらんかったか?」
「確かガブとうさ子がその地域で遭遇したと言ってました。」
「じゃあ、俺からガブに言っておく。援護に向かうか?」
いつの間にか横に立っていたヴォルフの事には驚かず、ふくは腕を組んで考えたが首を横に振った。
「あやつらも卒業がかかっておる。それにガブがおるなら安心じゃ。まずいと判断すればすぐに救出に向かえと命じておいてくれ。」
「おう、うさ子の魔法も許可出しておくか?」
「……やむを得まい。頼むぞ、ぼるふ。」
ヴォルフは瞬く間に消えた。それは【転移】の魔法ではなく、彼本来の速さで移動をしていた。ふくは机の上に座り、祈るように手を組んだ。
ヴォルフは執務室に着くと、通信用魔道具を使い、連絡を取り始めた。
「よお、俺だ。ドラゴンの目撃情報だ。場所はアスランところから北に三日のところだ。そこにふくの学園の生徒が調査任務で向かっているらしい。そいつらが戦闘に入ったら、しばらく見てやってくれ。ヤバそうになったら救助に向かってくれ。うさ子の魔法は許可が下りた。何があってもそいつらを生かして帰れ。以上だ。」
そういうと、一方的に通信を切った。
「生徒に調査任務やらせるって、結構将来が有望じゃないか?」
そういうとヴォルフは窓から見える尖塔にジャンプし、屋根の上に上がる。鼻でにおいを嗅ぎ、彼のアンテナにかかったところに手を向ける。グッと力を籠めると手を向けた直線状に雪雲が生成され、地面がどんどん白くなっていく。
「オレにできる援護はこんなもんかな?」
そう言い、執務室まで跳んで戻っていった。
☆
「……通信切れた。いつも一方的なんだから。」
「義父さま?」
兎族の特徴を持つ彼女が訪ねると狼の男性が頷く。
狼獣人は騎士のような恰好ではあるが、完全なフルプレートアーマーではなく胴、肩、脛にだけ鎧の一部分をつけており、ふくのような異国の服装の上に鎧を取り付けている。灰色と白色の二色の体毛、右目は傷が入っており、隻眼と思われる。
そして風貌はヴォルフに似ており、王族特有の金眼と頬には赤の文様が入っていた。
武器は腰に調査隊愛用のデバイスが一振り携えられていた。
「父上はこの近辺にドラゴンが来るって。」
「ほほーう。腕が鳴るわね。ほかにも何かあるの?」
「ふく様の学園の生徒がこのあたりで調査任務の予定になっているからドラゴンと戦わせて、ヤバくなったら助けてやれって。」
「えっ!?学生が!?未成年は国外に出ちゃダメじゃ?」
狼獣人もさすがに意図はわかっておらず両手を上げて首を横に振っていた。
「あと、ふく様からレプレの魔法を解禁してもいいって。」
レプレと呼ばれた兎獣人は目を輝かせて、準備運動を始めた。レプレは兎型獣人ではあるのだが、他の個体とは少し違い、身長が高い。白い体毛、目は深紅で、長い黒髪をポニーテールにし、頬にガブとは違う赤い文様が入っていた。バンダナのような頭巾を被り、上半身がすっぽり隠れるマントを着用し、体毛が見えないが脚のラインが分かるような密着性の高いのズボンとブーツをはいていた。そして、頭巾と手袋、膝当ては服と同じ素材だが、彼女の動きをサポートする付与魔法の紋章が組まれてある。背中にはガブのデバイスと比べて三倍はあろう長さのデバイスが掛けられていた。
「じゃあ、なかなか強個体のドラゴンってコトかな?やる気出たぞー!ね?ガブさん♪」
「そうだね。強個体よりも学生のためになら使ってもいいってことだと思うよ。」
「それでも久々の魔法だからね。わくわくが止まらないよ!」
そういうと、突如寒波が襲う。チラチラ舞う雪にレプレが戸惑っていると、ガブは少し笑みを浮かべた。
「父上の魔法だ。」
「義父様の魔法で季節を変えられるなんてドラゴンもかわいそうだね。」
「まあ、それほど重要な任務だってことなのだろうね。父上は女王の事好きだし、女王の大事なものは守ってあげたいんだろう……。」
雪雲と寒波が案内役となり、二人はその先へと目指し、歩みを進めたのであった。寒さに強い種族の二人にはこの程度の寒波はへっちゃらであり、寒さに弱い竜には可哀想な環境へと変えられたことに二人は同情の意を表す。
「そういえばガブさん、ドラゴンの肉って美味しいの?」
「……まあまあ、かな?水生魔獣の方が調理しやすいし、美味しいからドラゴンは別に食べたいとは思わないな。」
「なーんだ、義父様はよく食べてるから美味しいのかと思ったよ。」
「あれはドラゴンに対しての見せしめらしいよ。町に出たら被害が大きいから、ワザとああやって食べてるみたい。」
レプレはガブの言ったことに「そうなのねー」といって目的地へと歩いていく。そのすぐ後ろでガブはついていくのであった。
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