第20話 精霊王召喚と魔法の共鳴

 観客席に座ってみていたポチおはレンたちとカレンの試合を見て笑っていた。隣で同じように試合を見ていたにゃんも水を飲みながらニコニコしていた。

 

「じゃじゃさん、絶対怒られるぞ。」


「そうね。でも、彼らは全然諦めてない。さすがドラゴンの【煉獄】を耐えただけはあるよ。」


 試合を見ていたポチおの前に突然九本の尻尾で顔をふさがれた。その尻尾の持ち主が振り返ると、ふくであった。


「犬っころ。なぜじゃじゃはわしの生徒と戦っておる?」


「あ、ふく様。なんか、リコちゃんが決闘を受けたんだって。」


「ほう、あの野狐、なかなか好戦的だな。」


「ヴォルフ様、お久しぶりです。」


 ポチおは特に気にしている様子はなく、ふくとヴォルフと会話していた。にゃんは、聖剣の魔力に当てられ、気を失った生徒の介抱をしていた。


「これじゃ、せっかくの観客が試合が見れんでかわいそうじゃの。」


 指でクルッと円を描くと、競技場の観客席に結界が張られた。ポチおは何かの気配を察知して競技場の壁から身を乗り出した。目を細めてサクラの持つ魔道具を見ているようであった。


「あの魔道具になにかありそう?」


 にゃんがそう聞くとポチおは目を輝かせて手をワキワキさせていた。


「あの魔道具すげえな。ワンチャンじゃじゃさんに勝てるんじゃね?」


「あ、犬。そろそろデバイスの手入れしてくれねぇ?」


「不具合でも出ました?」


 ポチおがそう尋ねると、ヴォルフの両足についているデバイスを見せて可動部分を動かす。すると金属がこすれるような音がしていた。

 

「最近、軋んできてる気がするんだ。」


「それじゃあ、今日この試合の後でもいいですか?」


 ヴォルフは頷くと、試合に集中した。ふくは口角を上げてとても楽しそうで悪そうな顔をしていた。


 ☆

 

「さあ!八割の力だよ!君たちはどうやって対応する?」


 カレンは聖剣を上空に掲げると光の帯は十二本に増えていた。単純に一振りで追撃が十二発飛んで来ることになる。

 レンは寒気を感じ、反射的に杖を振り、魔力弾を飛ばす。今までと違い、大きさはそこまで大きくない。カレンは一薙ぎしようとすると止められた。今までにない感覚で、驚いていた。光の帯が総動員しても止められない。カレンは力をさらに籠めると聖剣の光が強くなり、魔力弾をかき消した。レンの杖に付けていた魔石が割れる。


「っ!?やっぱ無理したか!サクラさん、準備できた!?」


 レンがサクラを見ると、集中しており、魔力が安定していた。リコが風の精霊と話をつけて暴走を防いでいたようだった。


「それじゃあ、行くよ!」


 サクラは【加速】魔法を使い、カレンに迫る。それは風の精霊のシルフによる追い風も乗り、カレンの反応速度を超え、一気に間合いに入る。


「でぇりゃあぁぁぁ!!」


 精霊魔法が乗っている一撃がカレンに襲い掛かる。

 カレンは防御が間に合わないと判断し、サクラの袈裟切りに逆らわず、跳んで体を回転させて受け流す。常人ではありえない回避の方法ではあるが、カレンの身体能力がそれを可能にし、反撃へと転じる。


「すごいけど、まだまだ!」


 サクラの防御していない右わき腹に向けて鋭い一撃を押し込む。

 しかしそれは、レンに上から拳が振り下ろされ、聖剣は軌道を変えられて地面に刺さる。手甲型の魔道具であり、付与術が込められているため力で強引に軌道をそらすことが可能であったが、出力オーバーしたためかバラバラにはじけた。

 レンはそれに動じず、地面を蹴って後ろに下がると、奥からリコの姿が見える。


「『炎の精霊、サラマンダーよ。彼の者を打ち抜く火の矢を放て!』」


 魔法を発動すると、音と同じ速さの炎の矢が飛んでいく。サクラはそれに合わせて、斬りつけに行く。炎の矢が着弾する寸前に飛び上がり詠唱を始める。


「『風の精霊様。私の力を使い、この魔道具を昇華させよ!』」


 ルナティクスに【重撃】が練りこまれているので、普段しないサクラでも複合魔法を完成させた。炎の矢を正面と死角からの攻撃も捌ききると、上空のサクラに対しカレンはニッと笑う。

 そして頭上で剣を一回転させ、逆手に持った。


「『聖剣の力よ、その力を存分に開放せよ。』」


 詠唱を終えると、後ろ髪を聖剣で切る。髪は聖剣の中に光に包まれながら取り込まれていった。カレンの魔力量が一気に跳ね上がる。


 ☆

 

 魔力が引き上げられたじゃじゃを見てポチおは思わず塀に乗り出す。


「おいおい!?ありゃ不味いぞ!」


「じゃじゃさん、本気になっちゃった!」


「ほう……あやつ、うちの生徒に追い詰められておるのぅ。」


「いやいや、ああなったじゃじゃ馬は止まらないんじゃないか?逆にあいつらが詰み始めたな。」


 ふくは不機嫌そうな顔をして腕を組んで、ヴォルフを睨む。ヴォルフはどさくさに紛れてキスをしようとすると鼻をかまれそうになる。

 

「くそ犬。お前はどっちの味方じゃ?」


「いや、俺はいつでもふくの味方だし……。」


「なら、あやつらを応援せい。」


 ふくはヴォルフの尻をビターンと叩き、レンたちを見た。「いてて」と尻を撫でながらヴォルフも試合を眺めることにした。


 ☆

 

 サクラは急に魔力の総量が増えたカレンに驚いていたが、それでも攻撃態勢を止めなかった。それは相手が急変わり対応ができないからではなく、攻めることで相手に手番を回させないためである。

 岩槍がサクラの足元付近に飛んでくるのが見えていた。リコが足場用に飛ばしたものであると理解し、体を回転させて岩槍に逆さまになって乗り、足場にしてカレンに高速で接近する。

 兜割の要領で斬り抜き、地面に着地した瞬間、間合いぎりぎりまで離れて、横薙ぎで一閃する。カレンは顔色一つも変えず、それぞれの一撃に【重撃】が複数乗っていた【斬撃】をすべて処理する。

 

「見えないはず一撃なのに……。——!」


 サクラは冷たいものを感じ、飛び退いた。サクラがいたところは地面が切り刻まれていた。直撃したら確実に四肢が吹き飛ぶ威力と位置であった。


「サクラさん!大丈夫!?」


「あの状態はいったい何なのでしょうか……。」


「ごめん。暴走はしなかったからいいんだけど、騎士団長に一撃も入れられなかった……。」


 レンは今まで陽気な戦闘を楽しんでいたはずのカレンは、目から光を失い、戦闘に特化した性格に変貌した彼女に恐怖心を覚える。

 横目でめえを見ると、魔力を昂らせており、いつでも止められるような態勢であることが分かり、レンはカレンをまっすぐ見る。

 

「二人とも聞いてくれ。オレとリコさんはできるか分からないけど、精霊王を呼ぶ。サクラさんはこのルナティクスを使って【万雷】を魔道具に纏わせて、時間を稼いでくれる?」


 サクラはルナティクスを受け取ると、小悪魔的な笑顔になり、手を後ろに組んでレンに迫る。


「女の子に前衛させるんだから……。あとで何か見返りはあるんでしょうね?にしし。」


 そう軽口をたたくと、サクラは急いで詠唱を開始する。


「『万物を滅ぼす雷よ、その刃を我が身に纏わしそして、天空より降り注ぐ槍となれ!』」


 サクラが魔法を発動すると上空が暗くなり、積乱雲が発生した。

 【万雷】を纏ったことにより、サクラは筋肉の反応速度が上がり、限界を超えたパフォーマンスを発揮させる事ができる。その力を使い、音速に近い速さで接近する。

 剣が交わる度、電撃が、光が、斬撃が競技場の壁を破壊していく。サクラは一時的ではあるが、カレンと互角の勝負を繰り広げていた。

 積乱雲から雷が漏れ始め、いよいよ落雷が起こる瞬間、サクラは力を振り絞ってカレンを上空へとかちあげた。

 【万雷】がカレンに向かって放たれると直視できないほどの閃光が競技場を包む。魔法による付与が消え、息も絶え絶えになったサクラはカレンのいる上空へと視線を向けた。直撃かと思われたカレンは傷一つ付いていなかった。

 サクラは驚愕していた。カレンの聖剣は雷をも斬ることができていたという事実が信じられなかった。カレンはサクラに興味を失ったのか、レンとリコの方へ向き、飛んでいた瓦礫を足場にして跳躍した。二人が狙われたことに気が付き、フォローに入ろうとする。


「うそ……でしょ。レン君!リコちゃん!今行くっ——ぐうぅっ!?」


 【万雷】で無理やり限界を引き出したため、その場から動き出すことはできず、激痛で地面に倒れこむ。


「できた……!リコさん……頼んだよ……!」


 レンは息が乱れ紋章が崩れそうになるが、下唇を噛み、気力で維持する。リコはレンの横に移動し、倒れないよう支え、詠唱を始めた。


「『四大元素を司る精霊の王よ。我が祈りの声を聞き入れることを願い奉る。魔剣を操りし者の動きを封じ、その者を打ち倒さん!』」


 上空に巨大な紋章が出現し、光があふれる。カレンの目に光が戻り、口角を「にいぃ」上げた。


「これだよこれ!この魔法を打ち倒して最強になってやるんだ!」


 ☆

 

 精霊王の魔法が発動した瞬間、カレンの目に光が戻ったことにポチおは気が付いた。


「【自動】を解いた!あの魔法に真っ向からやるつもりだ!」


 ポチおがそういうと、ふくが隣に来て、質問する。


「犬っころ。お前はどう見る?」


「……ふく様には悪いですが、十中八九じゃじゃさんの勝ちだ。【自動】はあくまで自分の反応速度を超えた攻撃をしてくる奴に使う魔法だから、それを解いたら、聖剣の力を存分に使ってくるのが理由です。」


「やけに詳しいじゃねえか。」


 ポチおは頭をポリポリと掻きながらヴォルフの方へ向く。

「以前、えーっと……三十年前くらいに対決したときに使い分けられて、フルボッコにされましたから。」


 ポチおの回答にヴォルフはツボに入ったのか腹を抱えて大爆笑していた。ふくはあごに手を当てて考えていたが、再びポチおに質問する。


「あの二人の立場ならどう戦う?」


「魔力量が違いすぎるんでアレですが、斃すならあの紋章を【重撃】で増やして相打ちに持っていくと思う。でも、それはレンが死んでしまうから、無しにすると勝機はない……ですね。」


 ふくは「そうか……」といい不機嫌そうな表情で試合を眺めた。耳は垂れ、尻尾も元気がなく下がっており、本当に残念な気持ちでいるのは確かなようだ。


 

 巨大な紋章の光が消えると同時に紋章も同時に消えた。カレンは突然消滅した紋章に戸惑い、周囲を確認する。

 魔力による感知範囲を広げると、上空に強い魔力反応があり、跳び上がる。蛇や龍のように変則的にうねりながら無数の白い光がカレンに迫ってくる。

 聖剣の力を最大まで発揮させているカレンに斬れないものはない。どんな数の攻撃にもひるまず全て斬り捌いていく。


「っ——!まだ……まだまだ終わってません!」


 リコが魔力を再度込めると、ネックレスが光り輝く。レンはその光を見て、リコに口づけをする。すると、二人の魔力が一つになりレンは体が動くようになった。

 

「レン君……?あなたは暖かい魔力をしていたのですね……。」


「リコさんも……とても安心する魔力をしていたんだね。」


 レンはリコと手をつなぎ、魔法が発動しているところに手をかざす。


「リコさん、魔力を使わせてもらうね。『精霊王の術よ。我が【重撃】の魔法にてその力を昇華し、敵を打ち倒さん!』」


 レンは今発動している精霊王の術に【重撃】を練りこませた。普通ならレンはこの魔法を発動した瞬間、魔力枯渇を引き起こし、死亡してしまうほどの魔力消費ではあったが、ネックレスの力でリコと魔力を共有しているため魔力枯渇をしなかった。

 急に攻撃の手数が増え、カレンはだんだん捌ききれなくなってきた。攻撃こそ受けてはいないが、紙一重で回避していくことが増え、思わず焦る。

 横目でレンとリコを見ると二人が同じ魔力をしていた。双子であっても魔力が同じということは普通あり得ないのだが、カレンはそんな法則なんて気にもしていなかった。現に同じ魔力を持つものが存在している、それだけの事。目の前の攻撃に集中した。

 うねってくる光は四肢を拘束しにかかるもので、直線的に早い光はカレンを的確に狙ってくる攻撃用の光であることが分かる。それぞれの速度が違うので【自動】での対応は難しい。


「魔法を封じてくるなんて、すごい観察力だ!」


 捌いていると、一瞬攻撃に間が空いた。


「レン君!次で決めます!詠唱を一緒にお願いできますか?」


「うん!準備できてるよ!」


 カレンは上空を睨んでいたが、何かを察知し、レンたちの方へ向く。


「来る……。とんでもないものが来る!」


 剣を構えて来る攻撃を待ち構えた。普通の戦闘なら詠唱中の術師は放ってはならない。だが、彼女は自分の実力に自信があり、今まで強い術師の詠唱をわざと見逃して、正面から打ち破ってきた。今回も彼女のプライドがその行動を選ぶこととなる。レンとリコは目を合わせて、頷くと詠唱を始める。


「『二つの魔力が共鳴し、重なり合うとき、わが術はすべて彼のために、わが術はすべて彼女のため、互いの力を昇華させん。精霊王よ、われらの声を聴き願い奉る。無双の騎士に痛烈なる一撃を与え給え。』」


 ——ほう、我を呼び出すことができる者がいたとはな。中々の実力者だ。褒美としてその願いを叶えてしんぜよう。


 レンとリコは突然聞こえた声に戸惑っていたが、途中で意識を失った。それと同時に【自動】でも対応できない速さの攻撃がカレンを包んで、競技場全体がホワイトアウトした。



 光が収まると、カレンは球体の結界の中に閉じ込められていた。めえが【障壁】【守護】【減衰】の三つの魔法を複合させた極限防御魔法【絶壁】を発動し、じゃじゃを守っていた。

ゆっくりと地面に下ろし、魔法を解くと、つかつかとカレンの方へ歩み寄る。

 ゴスッという音と共にカレンは頭から地面に埋められていた。


「うわーん!!めえ様!ごめんなさいですってばー!!」


「誰が生徒相手に【自動】を使って相手をしているんだ!一歩間違えれば生徒が死ぬところだったのだぞ!」


「だ、だって……あの子たち超強いから楽しくなってつい……。」


「ほう……そんなに本気の相手をしてほしいのなら私が現実を思い知らせてやろうか?」


 カレンは直立不動……というより頭が埋まっている状態で手足を伸ばしているので倒立不動が正しいのかはわからないが、それ以上しゃべることはなくなった。

 そんな彼女を放ってめえは走ってレンたちのもとへ行く。サクラは意識があるが全身の痛みから耐えている状態であったので、サクラの治療を優先した。レンとリコを後回しにしたのは、既にふくがレプレを連れてきており、容体を見ていたため後回しにした。サクラの体に手を触れ確認すると彼女が痛みのあまり声にならない悲鳴を上げる。巻物を七つ、肩掛けカバンから取り出し、巻物をすべて広げた。


「サクラ、お前は何という無茶を……。全身の筋繊維がほとんど千切れているな。『治癒の力よ、彼の者のけがを癒し、すべてを治せ。』」


 サクラに八つの紋章が浮かび光に包まれる。それは【治癒】の魔法をレンの【重撃】のように重ね合わせて行うことで治癒力を最大限発揮できるように疑似的にしたものだ。

 治療が終わり、サクラは立ち上がることができるようになった。


「サクラ、すまないが怪我がひどく【治癒】を使わせてもらった。」


 めえはそう告げると深々と頭を下げる。


「い、いえ……おかげで歩けるようになれたので先生は謝らないでください。」


 サクラは慌ててめえの行為を辞めさせようとしたが、彼女は意志が固いようである。


「レン君とリコちゃんは!?」


 サクラがそういうとめえもハッとした表情に変わり、急いで二人のもとへと向かう。


「うさ子!二人の容体は!?」


「大丈夫。普通の魔力切れだったよ!猫くんは早いうちに回復するだろうけど、狐ちゃんは少し回復が遅いから安静にした方が良いかも!あと、わたしの名前はレプレだって!」


「そんなことはどうでもいい。早く彼らを保健室に——」


 突如白い光がレンとリコの前に現れた。その魔力の密度からめえとレプレは動けなくなった。めえとレプレの魔力はポチおより少ないが、リコより多い。魔力だけで動きを制限される程の力がこの白い光にあるという。

 ふくは腕を組んで眉間にシワを寄せ、牙を剥き出しにして白い光に近づく。めえがふくの姿をみて戦慄する。


(まずい……。ふく様が怒っている……!)


「くそじじい。貴様は何しに来たのじゃ?ここを誰の国と心得ておる?」


——精霊王に向かって『くそじじい』とは何たる非礼だ。相も変わらず躾のなっていない女狐よ。


 白い光とふくの間にバチバチと火花が散る。何も知らないヴォルフが到着し、白い光を見て何かに気づく。


「変な魔力がすると思ったら精霊のじじいじゃねえか。何しに来たんだ?」


——神狼:フェンリルか。何をしに来たというよりも、その二人が我を呼び出したのだ。我が子供の元素精霊を介してな。


「あぁ、そういうことか。ふく、もう怖い顔しなくていい。こいつ、あの二人に呼ばれたんだってよ。」


「そんなこと紋章見ればわかっておるわ。昔みたいに茶々入れてくるかと思っておったのじゃ。はよ、去ね」


 そういうと後ろに振り返り、そっぽ向いてしまった。すると、【転移】の光がヴォルフの前に現れる。光の中からはたまが出てきた。周囲を見渡し、白い光を見つけると歩いて近づく。


「これは……。精霊王様ですね?お久しぶりです。今日はどのようなご用件で?」


「あ、それはこいつらが呼び出したから来たんだってよ。」


 ヴォルフは倒れこんでいるレンとリコに指をさして説明をする。

 

「そうですか……。精霊王様を呼ぶほどの力があるとは思えなかったのですが……。あ!精霊王様、立ち話もなんですから私の家に来て一服しませんか?」


 ——ほう、玉藻か。時が経って美人になったの。どれ、お前の精霊にも会うとしようかの。


「はよ帰れ、くそじじい。」


「お、お母さま!もぅ!精霊王様申し訳ありません。母が不機嫌ですので早めに【転移】いたします。」


——フェンリルよ。あの二人にもっと精進せよと伝えてくれると助かる。


 ヴォルフはにやりと笑って頷いた。たまと精霊王は光に包まれて姿をくらました。その後ろでふくは舌を出していた。動けるようになっためえとレプレはホッと息をついて、保健室へと向かった。



 レンが目を覚ますと、サクラの頭がレンの腹部に乗っている状態であり、起き上がれなかった。背中をポンポンと叩くとハッとして起き上がり、サクラと目が合う。


「レン君!?目が覚めた!?先生!!レンくんが目を覚ました!」


「聞こえている。リコはまだ寝ているのかね?」


 レンが隣を見るとリコが眠っていた。起き上がるとめえがレンのもとへ来て、触診をして頷いた。


「ふむ、お前はもう大丈夫なようだな。それと、お前から見て、リコの状態はどう思う?」


 レンは静かに寝息を立てているリコを見て頭をなでる。レンは寝ていても綺麗な顔をしているリコを見て鼓動が早くなる。そして、思い当たる事を口にした。

 

「……たぶん、精霊王の召喚で体力をごっそりと持って行ったということと、オレと完全なリンクをしたことでの疲労があるのかもしれないです。」


「完全なリンク?魔力を同期させる、あのリンクのことで間違いないか?」

 

 レンは頷いて、リコの首にかかっているネックレスを取り出し、それをめえに見せる。


「以前、たま様に【召喚】と【重撃】の相性のいい紋章を伺ってその場で作ってもらったものなのです。その時からまた紋章の形は変形しているのですが……。」


「確かにこの紋章は見たことがないな。ただ、リンクはあくまで同期であるから副作用はないはずだが。」


「オレもよくわからないのですが、あの時、リコの魔力とオレの魔力が混ざり合って一つの魔力になったんです。」


 めえはあごに手を当てて考えていたが思い当たることがなかったのか、難しい顔をしていた。そして机にある魔道具のスイッチを押して魔力の波動が外に響く。それだけで何も起きなかったが、めえはレンの魔力とリコの魔力が一つになったという事例がないか、本棚から本を取り出して確認していた。

 しばらくすると、保健室の扉が開かれる。入ってきたのはポチおとにゃんであった。


「やあ、めえさんどうしたの?」

 めえはハッとしてポチおに迫る。どうやら先ほどの魔道具はポチおを呼び出す魔道具らしく、ポチおは魔道具のスイッチを切る。

 

「ポチお、お前は以前にゃんに魔力を明け渡したことがあったな。リコを見てほしいのだがいいか?」


 いきなり迫られたので少し後ずさりしていたが、めえに無理やり手を引かれリコのもとへと連れていかれる。ポチおはリコの額に手をかざして無言で集中した。その様子を全員が見守る。終わったのか「ふぅ」とため気をつき背伸びをした。

 

「何かわかったか?」


「うん。レン君、キミはこの子と【共鳴】したでしょ?」


「きょう……めい?あの……完全なリンクのことですか?」


「そうそう。今、この子の魔法を少し覗いてみたんだけど、キミの魔力……いや、魔法の解析に時間がかかってるみたいで、それで目を覚ますことができないんだ。」

ポチおはそう告げるとその場にいる全員に?が浮かび上がる。

 

「もう少しわかりやすく説明してもらえないか?」


「うーん、ふくさん呼んだら早いと思うけど。今、機嫌悪いしな……。あとはこの子の作った魔法の解析装置使うか。」

 

「あ、アタシ部室にとりに行ってきます!」


 サクラは走って保健室を飛び出した。


「私たちの時とは違うの?」


「いや?ほとんど一緒だと思うよ。ただ、今回は二人ともが補助魔法だったから複雑なんだろうよ。オイラたちは【結合】と【変圧】の事象魔法だから脳みそに負荷がかからない感じ。」


「では、パートナーのとなった時よりさらに変質している可能性があるってことなのか?」


 ポチおは自信満々で頷くと、腕を組んで椅子に座った。めえは難しい顔をしながら呟く。


「確かに、変質するときには本人が魔法を使いこなすための準備期間があるとは聞いたことがあるが、補助魔法同士はこれほど負担になるのか……。パートナーに制限をかける必要が……いや、それはダメだな。」


 サクラが息を切らしながら解析用魔道具を持ってきた。それをリコの腕に装着し、めえが魔力を流そうとするとポチおが止めた。ポチおがレンの腕を引き魔道具の前に立たせる。


「【解析】をリコの中にお前の魔力と共に流してやるんだ。お前はまた寝ることになるけど、すべての魔力をこの子に分け与えてやる。もともと【重撃】はお前の魔法だからリコの力になるだろう。これは夫であるお前しかできない。いいな?」


 そういうと、めえも納得したように後ろに下がり、レンは魔道具に集中してリコに魔法と魔力を注いだ。レンはそのまま意識を失い、椅子から崩れ落ちていく。床に落ちる前にポチおはレンを抱えて、再びベッドに寝かせた。めえはポチおに疑問に思っていたことを尋ねることにした。


「この方法は前から知っていたのか?」


「いや?ふくさんならそうするんじゃないかなって。魔道具でも再現できるならそれでもいいかなとは思ったからそうしたんだ。」


「本当にお前は、なんでも魔道具で再現するものだな……。」


 エッヘンと胸をそらして自信あふれた表情になったポチお。


「そりゃぁ、この世界に魔道具を発展させたのはオイラだよ?なんでも再現するんだから。」


「そのドヤ顔がなければ腹が立たないのだがな。」


「う……ん?ここは……?」


 リコが目を覚まし、起き上がる。めえはホッとした顔になり、リコに近づく。


「よかった。中々目を覚まさないから心配したぞ。どれ、診てみよう。」


 触診をし、リコに異常がないことを確認する。ポチおは眠っているレンの額をツンツン突きながら、すごく悪そうな顔で笑う。


「こいつが起きたら、いっぱいぎゅーってしてやりなよ?君の意識を回復させたのはこいつなんだから。」


 そういわれるとリコは尻尾がボンっと膨れた。ケラケラ笑っているとめえのげんこつが頭にヒットする。にゃんはその様子を見て腰に手を当てながらため息をした。サクラはリコのもとに行って


「リコちゃん、もしかしたらなんだけど、魔法が変質しているかもしれないから見てもいい?」


 リコはよくわかっていなかったが、いつの間にか自分の作った魔道具が手元にあったので頷いて了承する。

 サクラは魔力を魔道具に注いで【解析】を発動させた。流れてくる情報を読み込んで、魔道具を停止する。サクラは少し考えこんでいたが、めえの方に向き、紙と黒鉛を要求した。難しい顔をしながら解析結果を紙に書いていく。


「少し難しいのですが、【召喚】魔法の解析がこれになります。」


 書き出した【召喚】魔法の解析結果をリコとめえに見せる。

 

【召喚】

一、精霊と契約し、その力を行使する。

二、精霊と契約の際、魔力配分でその魔法の自由度が決まる。

三、【重撃】の効果を持っており、その効果を常に発揮する。ただし魔法一つに二発まで。

四、【重撃】を持つものと魔力を同期した際【共鳴】を発動する。

五、【共鳴】したものと精霊を共有することができ、その者にも精霊をつけることができる。

六、精霊を身に纏うことができ、契約の魔力がなくなるまでその力を行使できる。

七、それは【共鳴】したものにも行うことができる。


 それを見たポチおは目を見開いて驚いていた。


「こんな条件の量初めて見たな。」


「一と二、六は基本性能ですね。三はレン君とパートナーになった時に変質したものです。四と五と七は初めて見ました。」


「ということはそれが新たに変質したものか……。一度に三つの条件は確かに解析に時間がかかるものだな。お前の魔道具があったおかげで解析が速く済んでよかったな。」


 リコはレンを見て、頭を撫でていた。めえはポチおを読んだが手ぶらではなく収納カバンを持ってきているのを見て訊く。


「そういえば、ポチお。お前は他に何の用で来たんだ?」


「あぁ、めえさんに新しいデバイス作ったからついでにテストしてほしくてね。」


「あ!アタシも見学したいです!リコちゃんはどうする?」


「あ、私はもう少しレン君と一緒にいたいのでここにいます。」


「ふむ、リコ、なにかあればそこの通信用魔道具で連絡をくれ。」


 そういうとリコは頷いた。それを確認して、出ていった。リコは静かになった保健室を見渡して、再びベッドに寝転がった。意識が戻ったとはいえ、少し疲れを感じていた。横には健やかに寝息を立てているレンがおり、心臓がドクンと強く脈打つ。恐る恐る、レンの顔に近づき、口づけをする。レンの腕にしがみつくようにリコは眠りについた。


 ――ありがとう、レンくん。

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