第21話 卒業と種の昇華
レンが結局、目を覚ましたのは三日後であった。その間はリコがずっと飲まず食わずでレンの傍にいたため、めえは非常に困った顔をしていた。
目を覚ますとリコは人目を気にせず、急に抱きしめてきたためレンは慌てていたが、リコが目を覚ましたことに安心してレンも抱きしめ返す。二人は互いの首元のにおいを嗅ぎ、息がだんだん荒くなる。
「ゴホン。情事に及ぶのであれば保健室では止めていただきたい。」
めえにそう言われバッと二人は離れた。その場にサクラも立っていたため、彼女は鼻を抑えて凝視していた。
「まあ……。お前たちの気持ちもわからないわけではないが……。サクラはいつから来ていたのだ?」
「ふ、二人が抱きしめあっていたあたりからです。」
サクラは鼻の心配がなくなったのか手を下げて、レンに分厚い紙を渡す。サクラはもじもじしながら、レンに上目遣いで見る。
「レン君、キミが眠っている間に報告書をまとめていたんだけどこれでも大丈夫かな?レン君の報告書を見ていたら、かなり詳細に書いてたからこんな量になったんだけど……。キミはすごく丁寧に書いてあるからマネをするの大変だったんだよ?」
レンはサクラの報告書に目を通すと、その内容は完璧であり、レンは提出期限が迫っていることもあり安心してホッと息をつく。
「サクラさん、ありがとう。完璧な報告書だよ!今、考えている魔道具ができたらプレゼントさせてもらうね。」
そういわれサクラは照れたようにニカーっと笑った。レンからの報酬を伝えられるとルンルンで鼻歌を歌いながら腰を横にフリフリと振っていた。そんなサクラを見ためえは面白かったのか、口に手を当てて笑う。
「お前たちは、本当にチームワークが良いといっていいか、お互いが助け合って成立している良いパーティだな。」
「先生が調査隊にいたときはどんな小隊だったんですか?」
「そうだな、悪く言えばデコボコ。良く言えば最強ペアの集まりだったな。とにかく統率がなかなか取れずに苦労したよ。」
めえは懐かしそうにそう語る。
「もう少し詳しく教えてほしいな……!」
サクラにそう言われると、めえは少しうれしそうな顔をして口を開く。
「まず、私はレンの担任のサムとパートナーで主に後衛職。ポチおとにゃんは魔道具を駆使した変わり者で主に調査対象の分析。じゃじゃと『くろんぼ』と呼ばれる暗殺職のパートナーの前衛、たまと『ルゥ』と呼ばれる前衛と後衛をサポートする中衛。そして魔法の罠に対して強く、希少な魔法を持つガブとうさ子で構成された十人の小隊だ。」
レンたちはその調査隊のメンバーと役割を聞いて、どこにデコボコ要素があるのか想像がつかなかった。疑問に思っていると、突然めえは「ははは!」と笑う。
「バランスがいいと思ったんだろう?これがな、みんなバラバラに動くんだよ。真っ先にじゃじゃは突っ込むし、たまは詠唱失敗してほとんど爆発するし、うさ子が突っ込んでピンチになってガブは回収しに行くし、ポチおはにゃんに魔力全部渡して倒れるし、もう滅茶苦茶だったよ。」
笑いすぎたのか涙が出ていた目をぬぐい、息を整える。
「それでもディバイドエリアまで行けたのは、それぞれのペアがしっかり機能していたからでもあるんだ。そう見るとお前たちはとてもいいパーティと言えるんだ。」
めえに褒められたレンたちは嬉しそうな表情でめえを見ていた。「詳しい話はまた今度な」と言って、めえは机に戻り、書類整理をしていた。レンたちはめえにお礼を言って保健室を後にした。
部室に戻ると報告書をまとめて三人は顔を合わせて拳を突き合わせる。
「それじゃあ、学園長室に行こうか!」
「そうですね。私たちの卒業試験はこれからですもんね。」
「よーし、ちゃちゃっと決めてやりましょうか!」
報告書を持ち、三人は学園長室へと向かった。
三人は緊張した顔で、学園長室の大扉を開く。そこには執務中のふくが机に向かっていた。ふくは直ぐに作業を止め、歩いてレンたちの前に立つ。
レンは緊張し、震える手で報告書を手渡す。それを受け取るとふくは悪戯っぽく手を口に当てて上目遣いでレンを見る。
「わしが美しゅうて、緊張でもしておるのか?」
「あ、えっと……」
レンがたじろいでいると耳元まで顔を持ってきて、ささやく。
「わしならもっと具合がいいかもしれんぞ?」
レンはボンっと尻尾が膨らんで、後ずさりする。ケラケラとふくは笑い、レンの鼻に指をツンと当てる。
「冗談に決まっておろう。報告書はあとで目を通しておく。」
そういうと、歩きながらパラパラとめくり内容を確認しながら、机に向かい、報告書を置く。代わりに長方形の小箱を取り出し、レンたちの前で開けた。中身は指輪であり、魔法技術士の認定の証である指輪だった。
「お前たちの卒業試験は合格がすでに決まっておるのじゃ。それでこの指輪の授与を行うとしよう。まずはレン。」
レンは呼ばれると、ふくの前に立つように指で指示された。緊張してふくの前に立つと、右手の親指に指輪をつけられた。ふくは満足そうな笑みを浮かべ、レンを見る。
「レン。お前はこの一年本当によく頑張った。よく中等級の魔力量でここまでの成績を残したことにはわしも驚きじゃ。お前の発明してきた魔道具は常に一定の成果を上げておる。この学園始まって以来の優秀な生徒じゃ。もっと胸を張るといい。お前は卒業したら、確か店を開くのであったな?」
レンはそう尋ねられたので頷く。するとふくは嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「ふむふむ。お前の技術はあのポチおと肩を並べられるじゃろう。今後のこの国の発展にどうか手を貸してもらえると助かるの。」
「もちろんです!もっと腕を磨いて、みんな笑顔になれるもの作っていきます!」
「その意気じゃ。調査隊の選抜が行われる時期になったら、お前の技術は必要になるじゃろう、頼んだぞ。……じゃが、お前は魔力が少ないのじゃから無理をすることは禁ずる。死なれては困るからの。」
そういうとふくはレンの頭に両腕を伸ばし、そのまま抱きしめられた。レンは一瞬何が起こったかわからなかったが、ふくの胸の谷間に埋められているのが理解できた。リコの胸とはサイズが全然違い、密着しすぎて呼吸ができなかった。直ぐに開放はされたものの、レンはその場にへたり込んだ。どうやら思考がショートしているような状態である。
そんなレンをよそに、サクラを呼ぶ。サクラも緊張した表情でふくの前に立つと、レンと同じように右手の親指に指輪がはめられる。
「サクラよ。お前はこの一年でよく魔法についての知識を身に着けたの。とくにじゃじゃとの決戦。【万雷】を放出に使うだけでなく、自身に纏わせることで身体能力が上がることによく気が付いた。それと、魔道具の使い方にかなり慣れておるようじゃの。宮廷魔術院は魔道具を使う機会が多いが修理や調整できるものがおらん。お前が行ってくれることで、めえの負担も大方軽くなるじゃろう。頼むぞ?」
「は、はい!全力で宮廷魔術師として従事させていただきます!」
「そうじゃ、もし伴侶が欲しくなったらいつでも言うとよい。良い者がおれば付き人からでも紹介してやろう。」
ケラケラ笑いながらサクラに近づきレンと同じように抱きしめた。解放されたころ、サクラは鼻血が出ているのか鼻を押さえていた。
最後にリコが呼ばれ、ふくの元へ行く。リコは他の二人と違い緊張せずに対面した。
「リコ。お前は入学して一年間、一度もその玉座から陥落しなかった最高の生徒じゃ。歴代の生徒の中でもこの成績は最高じゃ、誇るといい。わしは今でも惜しいと思っとるが、お前はやはり王族の付き人になる気はおきんか?」
「私に王族の付き人はできません。私は自分勝手で、大好きな人を最優先に行動する……そんなヒトですから。」
「そこまではっきりと言わんでものぅ。そんなことより、前から考えておったのじゃが、ぼるふと話し合って、お前に月一度城へ来てもらいたいのじゃ。もちろんその時はレンとサクラお前たちも一緒に来てもらっても構わん。」
「城で何かするのでしょうか?」
「うむ。調査隊を編成するのにリコの召喚術は必要になる。じゃが、今のままでは力が不足しておる。それを補うための稽古じゃ。それなら、よいじゃろ?」
「はい、そういうことなら喜んで引き受けます。」
リコも同じようにふくに抱きしめられた。ふくはリコの右手の親指に指輪をつけると、小箱を机の上に置く。
「さて、これでお前たちの学園でのすべての課程を修了したことをわしが認める。……あまり気乗りはせんが、ぼるふの奴がお前たちは成績優秀じゃから、『豊穣の儀』に参列せぬか?と聞いておる。」
「わ、私たちも『豊穣の儀』に参加するのですか!?」
ふくは首を横に振り否定する。
「お前たちはわしらの魔法を間近で見ることができるということじゃ。つまらんじゃろう?」
「そ、そんなことないですよ!誰も見たことないので見に行きたいです!」
「私も同じくです。」
「あ、アタシも見たいです!」
「そうじゃろう、つまらんから見たくない——。わしは……嫌なのにのぅ。」
ふくは思っていた答えが返ってこず、床に崩れ落ちていった。頭をポリポリ掻きながら立ち上がる。
「もういいのじゃ!また時間についてはめえに伝えさせる。わしは仕事をする!」
そういうと執務作業へ戻っていった。機嫌が悪くなったふくをこれ以上怒らせまいと、学園長室から出ようとすると呼び止められる。
「そうじゃ、お前たち」
そう呼ばれ、振り返ると、見たもの全員がときめくような笑顔のふくが祝福の言葉を放つ。
「卒業、おめでとう。お前たち、大好きじゃよ。」
そういうと、再び執務作業へと戻っていった。三人は深々とお辞儀をして学園長室を出た。部室に帰る道中、三人はふくの「大好きじゃよ」という言葉を噛みしめていた。
「アタシ、独身のオスだったら、ふく様にぞっこんになっていたかも。」
「すごくうれしい言葉だもんね。」
「そうですね。とても安心する、そんな気持ちになりました。」
「レン君、女王様の豊満なお乳はどうでしたか~?」
「や、どう……って。サクラさんだって大興奮だったじゃない!?」
「いや~。アタシと同じ背の高さなのにオトナって違うわよねぇ~。」
サクラは腕を組んで何かを実感したような表情で語っていた。するとリコが傍に来て、何やらもじもじしていた。レンは疑問に思い、首をかしげる。
「レン君はその……お乳が大きい女性の方が好きなのですか?」
「いやいや!そういうわけじゃないよ!?お、オレはサクラさんのが好きです……。」
「スケベだわ……。」
「レン君はもともとスケベです。」
「な!?……も、もうそんな話はいいから、早く部室の片付けをしに行くよ!」
レンたちが話していると、部室へ到着した。中に入り、荷物をまとめた。次にこの部室を使う人たちのために、入念に掃除した。
自分たちの持ち込んだ道具とかはなかったが制作したものをどうするか悩んでいた。風の精霊を付与している魔道具をサクラはぎゅっと持ってレンに近づく。
「レン君。これ、アタシもらっていい?」
それを見てレンは魔道具の様子を見る。
「うん。壊れてないから大丈夫だよ。」
「そうじゃ、なくて……レン君が作ってくれたものだし、思い出として持って帰りたいの。」
「みんなで作った物だよ。それに、使えない人が持ってても道具は悲しいし、使うことができるサクラさんが持ってくれると、シルフも喜ぶよ。ね?リコさん。」
「はい、使いこなせる人にしっかり手を貸すように言いつけているので使ってください。もちろん壊れたらみんなで直しましょう。」
サクラは魔道具を机に置き、レンに飛びつき、抱きしめて、頬にキスをする。魔道具を持って部室の出口に走り、扉の前で止まった。
「レン君のバーカ!ニブチン!……また、『豊穣の儀』で会おうね。……アタシのだいすきなヒト。」
サクラは勢いよく部室を出ていき、その足音は一気に遠くなる。レンは突然のことで、茫然としていたが、だんだん言葉の意味が分かり尻尾が膨れた。
「な、なんだい……オレには嫁さんいるのに。」
「調査の時に、レン君が報告書を書いているときに、サクラさんと話して、レン君のことが好きだと伺っていました。」
「リコさんは知ってたの!?」
「はい。あのような形で奪いに来るとは思っていませんでしたが、諦めてくれたようです。」
レンは苦笑いを浮かべながら、隣でフンスコしているリコを見た。サクラが去り、部室の片付けもほとんど終わった状態なのでレンたちも帰ることにした。
いつも歩く通学路はなぜか淋しさを感じるものであった。草木が枯れているのもあるが、レンの心情的なものの要因が大きいようにも思えた。
町に到着し、レンは自宅に帰ろうとリコの方へと向くとリコはぴったりと後ろについていた。レンは思わず驚き跳び上がった。
「ど、どうしてそんなにぴったりにくっついているの?」
「どうしてと言われましても、一緒に家に帰るのではないのですか?」
「え、今日から同棲ですか?」
そう尋ねると自信を持った表情で頷く。レンは口に手を当てて少し考える。何かを思いついたのか、レンはリコの顔を見る。
「今日から、開業にむけて準備をしよう。それでだ、オレは今の家を片付けてリコさんの家に住みます。」
「はい、私もお手伝いしますよ?最初で最後のレン君のおうちに行くんですから。」
レンは頭を掻きながらリコと手をつなぎ、家に向かう。レンの家は大きな家の部屋の一つであり、それぞれの部屋は共有の廊下を通らなければ入ることができない。扉を開けて、真っ暗な部屋に入る。
「お邪魔します。」
リコは恐る恐る入ると、リコは驚く。
レンの部屋には魔道具のキットはあるが、一から生成するような大きな魔道具がなく、おまけに部屋にはほとんど家具がない。あるのは服をかけるものと、調理道具、数冊の本とレンが乗っても収まる大きいクッション、そして部屋の角に置いてあるボロボロな柱のような謎を呼ぶ置物だった。
「ま、毎日ベッドで寝かせてあげますからね?安心してくださいね?」
「そ、それは……毎日ほしい……ってことですか?」
「そ、そういうわけでは……!あ、あのボロボロの柱は何ですか?」
リコが話題を変えるために気になるものを指差した。レンは指をさした先にある柱を見る。レンはポンと手を打ちリコの両手を持つ。
「オレ、猫族だから爪を研ぐんだけど、ああやって柱がないと家がボロボロになるんだ!持って行ってもいいよね?」
「そういうものだったのですね。訓練用かと思っていましたが、別に持って行っても構いませんよ。」
それを聞いたレンは安心したように収納カバンに柱を突っ込んだ。他種族の番はお互いの特性を理解していないと成り立たないため交渉が必要である。
レンは普通のカバンに魔道具のキットや、魔石、衣服を詰め込む。調理器具はほとんどがボロボロだったのでゴミとして集積所に出し、他の家財道具も同様に運び出す。
何もなくなった部屋をリコが風の精霊魔法と水の精霊魔法を呼び出して床と壁をきれいにしていった。片づけが終わったので大家に挨拶をして鍵を返す。荷物を持ち、サクラの家に行き、荷物を広げる。
「本当にレン君は荷物が少ないので引っ越し屋いらずですね。」
「魔道具キットはこっちの部屋で、爪とぎ柱は玄関の前においてもいいかな?」
リコは頷いて、本を片付ける。手書きの古文書を見つけ、ついつい中身を見てしまう。しばらくすると片づけの終わったレンがこっそりと近づいて、後ろから抱きつく。リコは思わずびっくりして硬直した。
「なーにをしてるのかな?」
「れ、レン君!?じ、実はこの古文書を読んでまして……。」
その古文書はレンがルナティクスを作った時に図書館の司書にもらったものだった。レンも懐かしくなり、リコと一緒に見る。すべて読み切った後、レンとリコは目を合わせてニヤリと笑う。
「二人でさ……オーパーツやアーティファクトを再現して、売っていくのはどう思う?」
「はい、私も同じことを思っていました。普通の魔道具もですが、戦闘用も作って、納品していくと安定もしそうですね。」
二人の魔道具屋の経営方針が決まり、本を片付けて、食事をとる。風呂に向かって歩き、着ていた服を脱ぎ、洗濯の魔道具に放り込む。浴場は相変わらずの広さであり、二人はお互いの体を洗いあう。きれいになった体で湯船につかると無意識に息が漏れる。
リコは髪をタオルで巻き上げていたので、横顔がよく見える。目を凝らしてみると頬の毛色に赤い部分が見えかかっていたが、毛の色が一部違うことはよくあることなので気にしないでいた。お風呂から上がるとリコの風魔法で水気をすべて飛ばし、ふわふわの毛になった気がした。
二人は寝室に入り、関所の宿屋の時のようにリコが毛づくろいをしてくれるようだった。しっかり整えられた毛並みで同じ布団に入る。レンとリコは口づけをし、肌を重ねる。だんだんお互いの息が荒くなり身体を弄る。初夜と違い、繁殖期ではないため、本能に意識は取られることはなく、お互いが意識ある状態でお互いを求めあい、とても濃密な夜となった。
日付が変わり、彼らは学生を終え、成人したのであった。
☆
サクラは学園をでると、涙が急にあふれた。
学園に通うことができなくなる、仲間と会うことができなくなる、そういった感情もあったが、一番は失恋であった。
「最後っ屁はできたけど……やっぱり悔しかったな……。」
サクラは自宅のある町へ戻らず、城が見える湖の方向へ歩く。
一刻ほど歩くと城が立っている浮島と湖に到着する。めえに教えてもらった方法で、空中に文字を書くと魔法が発動したのか体に光が纏わりつき、サクラを浮かせる。
行先は浮島であり、ゆっくりだが飛んでいく。到着すると城があり、隣には長屋があった。
「この長屋だったはず……。」
そう呟きながら扉を開けると、白を基調とした制服を着た者たちがあわただしく動いていた。
「す、すみません!本日フォクノナティア学園卒業しましたサクラと申します!代表の方はいらっしゃいますか?」
サクラが大きな声で尋ねると奥から一人の獣人が現れる。
「おや、もう来たのか?別に明日でもいいのに。」
「いえ!もっと魔法を勉強してあの二人をアッと驚かせてやりたいので!」
気合十分な表情でそう答えると、めえはフッと笑い、サクラの覚悟を受け取る。
「いいだろう。学生のころからお前は負けず嫌いだったな。よし、今研究している魔法があるから、私の助手についてくれ。あと紹介しておく者もいるのでこちらへ来なさい。」
サクラはめえについていくと、地下降りていく。その先には巨大な魔石が魔道具につながれているようで、そこには一人の研究員がいた。
背はレンと同じくらいで、猫族であり、毛並みはどこかしらリコにも似ていた。顔は猫族にしては少し鼻が高いようなかんじで、耳は大きくピーンと立っていた。
「彼はアキ。真面目だがとても不器用でな。まあ私も言えないが魔道具に関してはからっきし。だが、魔法の知識や腕は年齢の割にはすごいぞ。いい勉強仲間になるだろう。」
そういうとサクラはアキと呼ばれる男性に近づく。
「こんにちは!アタシ、サクラ!今日卒業したてほやほやなんだけど、よろしくね!」
急に話しかけられたアキは戸惑っていたが、めえに肩をポンと叩かれて一歩前に出る。
「お、俺はアキって言います……。十三歳の猫族です。どうかよろしくお願いします。」
サクラはアキの目をジィーっと見る。
「キミの青い瞳きれいだね。アタシ、魔道具得意だから任せてよ、アキ君!」
「へへ……。褒められるの恥ずかしいや。頼りにしているよ、かわいい尻尾のサクラさん。」
研究室は笑いが起こり、サクラは無事に宮廷魔術院のメンバーとして認められた。サクラは浮島の地下の窓から見える外を見て呟く。
「アタシも頑張るからね。」
☆
夜がまだ明けきる前、レンとリコは寝ぼけ眼をこすりながら起き上がる。レンは壁に激突した。
鼻を押さえながらどうしてこんなところに壁があるのか考えていると、リコが肩を持って一緒に歩く。着いた先はリコの家にある浴室だった。そして、レンはリコの家にいることを実感する。しっかりと体を洗い、湯船につかる。
すると、リコから聞いたことがない悲鳴が聞こえて、完全に目が覚めた。レンは急いでリコのもとに行くと、リコは体を抱えて震えていた。どうしたのか聞こうと顔を見ると、両目の下に一筋の赤い模様があった。そして、尻尾が二つに分かれていた。
リコは体の異変に怯えているようだった。まずは彼女の体をしっかりと洗って、泡を流す。リコと手をつないで浴室から出て、風のルナティクスで体を乾かす。レンは震えるリコを椅子に座らせて、通信用魔道具で連絡を取る。
「どうしたリコ?」
「あ、先生!レンです。」
「レンか。あと私はもう先生ではない。めえと呼びなさい。それで、何用だ?」
「えぇっと。リコの体に異変が起きたんです。その、顔に赤い文様と妖狐みたいに尻尾が分かれて……。」
「わかった。【転移】で向かうから待っていなさい。」
通信を終えると、転移の光がリコの家に現れ、めえが出てくる。二人の姿を見て、冷たい目でレンを見る。
「リコは私に任せていいから、お前はまず服を着なさい。」
レンは慌てすぎて服を着ていないことに気が付き、前かがみになりながら寝室に向かった。リコも服は着ていなかったが、診察するので好都合であった。めえは【治癒】魔法で治療の応用で手に魔力を集めてリコの体の内側を診ていく。そして手際よく、血液と口の中の粘膜を採り、何かの魔道具の中に入れていく。
「せ、先生……。私、体がおかしくなったのでしょうか……。」
「とりあえず魔力に関しては昨日よりもかなり総量が上がっているな。まったくお前たちは……。卒業してすぐ連絡があるとは思わなかったぞ。」
「ご、ごめんなさい……。」
服を着たレンがリコの隣に座る。
「せ……じゃなくて、めえ様。リコの体……大丈夫ですよね?」
「様はいらない。めえはコードネームだからな。リコの体は今この【判別】と【解析】の複合魔法【識析】という魔法が入っている魔道具で血液と細胞を識別分析している状態だ。もうすぐ結果が出るころだが。」
と言っていると、魔道具から細長い紙がにゅるにゅると出てくる。それには文字が書いており、暗号化されているのか読めそうで読むことができなかった。
レンは魔道具の造形を見ていると、『いぬの工房』の刻印がされてあり、ポチおが作った物だと認識する。
「お前たち、今から王城へ向かうぞ。」
そういわれ急いで服を着替えてめえの肩に掴まる。
王城に到着すると、その隣にある小さな木造の家に入る。めえは部屋をずんずん進み、奥の部屋の扉を開けるとヴォルフとふくがいた。丁度情事に及んでいたようで、部屋の時が止まる。
「勤務時間中なのですが……。二人とも何をされているのですか?」
「あ、えーっと、これはだな。す、スキンシップというものだ!」
「……。ん?あそこにおるのはリコじゃの?レンもおる。」
めえはハッとして本来の目的に戻る。
「ふく様、こちらをご覧ください。リコの診察結果です。」
ふくは先ほどの魔道具から出てきていた細長い紙を見て目を見開いた。急いで立ち上がり、リコのもとに行こうとするとめえに制止させられる。
「まずは二人とも服を着てください。」
二人はしぶしぶ服を着ることにした。レンは王、女王をこんなにコントロールしているめえに感心していた。王族の付き人の中でもめえはいつでも二人に謁見できる程の力を持っている。ヴォルフはズボンだけ穿き、ふくも襦袢だけ着ていた。
「まさか、野狐から昇華して妖狐になるとはの……!」
「わ、私が……妖狐ですか!?」
ふくがそう告げると、リコは信じられないといった表情で狼狽える。
「そうじゃ。妖狐も元を正せば野狐になるからの。妖狐になる可能性はあるんじゃ。まあ千年間一度もそういうことは見たことがなかったのじゃが。」
「てことは今日からお前は王族の仲間入りだな。」
レンはリコが妖狐になったと聞いて驚き、リコは王族の仲間入りと聞いて焦っていた。一歩前に出て、リコが声を大きくして訴えた。
「わ、私は王族なんてできません!ずっと、普通の生活をしていたいです……。」
「じゃがの、尻尾はまだしも顔の文様は誤魔化せんのじゃ。それは王族の証でな、隠すことができないのじゃ。」
「なぁふく。それで言ったら、犬猫のペアとうちの息子も嫁さんのうさ子も王族だよな?アイツらも月一王城に来てもらう約束もしてるんだし、犬猫ペアみたいに自由にさせるのがいいんじゃないか?」
ヴォルフがそう言うと、ムッとした表情をしていたが、反論はしなかった。
「……ぼるふは甘いのぅ。……ではお前たちは一応町での生活を許すが、必ず月に一度は登城することを義務付ける。また、お前たちの公務はポチおとにゃんのように魔法技術士としての仕事と、定期的な国内外の魔獣と魔物退治の任務を言い渡す。ぼるふはこれでいいか?」
ヴォルフはそう聴かれると親指を立てて了承する。ふくは頬杖をついてため息をつく。
「も、申し訳ありません……わがままを言って。」
「いいんじゃよ。お前たちは昨日まで子供じゃったからの。じゃが、公務の件はしっかりとこなしておくれ。それにしてもお前たちは一晩で一体いくつ重ねたのじゃ?」
「早く公務に戻ってください。レン、リコ。正式なものは後日送るので、魔道具屋の経営は続けてもらっても構わない。もし、公務に関してわからなければ、また私に聞いてもいい。私は王族の付き人だからな。」
レンはめえが忙しい理由が分かった気がした。王族の付き人は基本的に一人につく。めえ以外の付き人は恐らくそうしているはずで、彼女だけが王・女王・他の王族の付き人を並行で行い、その中で宮廷魔術院での魔法研究、学園では保健室での活動を行う。彼女の徹底管理されたスケジュールで動いていたということになるので、そういった分野があるとすれば間違いなく天才である。
レンとリコはめえの肩に掴まり、【転移】を発動しようとすると、ふくが止めに入った。
「それはあと一度で壊れるじゃろう。わしが送ろう。家の場所を頭に思い浮かべてくれんか?」
リコは家の場所を思い浮かべると世界が回った。そして家の前についていた。
「目が回るかと思った……!」
「わしのは【転移】じゃないからの。それじゃ、わしは城へ戻る。お前たちの健闘を祈るぞ。じゃあの。」
ふくはあっという間に姿をくらました。しばらく二人は立ち竦んでしまっていた。
「私、王族になってしまったのですね。しかも野狐族ではなく妖狐に昇華して。」
「そうだね。でも、リコはリコだよ。オレはどんな姿になってもリコのこと愛しているよ!」
そういうとレンは太陽のようにニコッと笑った。こうして、レンとリコは王族として、魔道具屋の店主として、今日から大人の仲間入りをし、スタートを切った。
☆
この先どんなことがあっても、オレはリコのことをずっと守っていくよ。
私もレン君のことしっかり支えていきますよ。
オレたち……似たもん同士だもんね。
そうですね、あなたと学園で出会えて本当に良かった……。
オレも、リコに出会えて人生がガラッと変われた気がするよ。
これからも、ずっと一緒にいてくださいね?
もちろん。嫌だといってもリコのこと離さないからね。
レン君……。
リコさん……。
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