第22話 豊穣の儀〜エピローグ〜
【太陽】の魔法が地底世界に光をもたらす。
その光は朝を告げるもので、人々はその光を感じて活動を始めた。
ここは町はずれの魔道具屋。一般的な魔道具をあまり取り扱わないこともあり客の出入りが少ない。しかし、特別な魔道具を多く制作しているので研究機関や宮廷魔術院、近衛師団、駐在軍など大きな組織からの注文が多く経営はうまくいっているようであった。
元手がほとんどかかっていないのもあるが、店を開けて二月で黒字化していた。一般的な魔道具は注文が入れば作ることもあり、どうしても手が回らないときにだけ、同業他社に紹介することがある。
そして今日は祝日で、学園も仕事も、更には国家機関も縮小して仕事をしていた。
今日は年に一度行われる『豊穣祭』。それは、この国の創設者の王と女王がこの国にかける魔法を行い、作物や肉類の収穫がたくさん採れるように国民は祈り、王と女王はそのために『豊穣の儀』を行い、国土全体を豊かにする魔法を二人で発動する。
魔道具屋の入り口にひとりの男性が『本日休業』の看板を掲げる。紺色の作務衣を着た猫族の男性は太陽を見て背伸びをする。大きなあくびをしていると、隣に狐族の女性が立つ。
彼女も猫族の男性と同じような深緑の作務衣を身に纏い、尻尾が二本あり、藤色の長い髪の先端付近をリボンで結んである。
二人は目が合うとにこりと笑って魔道具屋へと入っていく。二人は作務衣から制式衣装に着替える。制式衣装は作務衣と同じようなもの、制服のような体のラインが出るようなもの、軍服のようなものなど様々なタイプがある。名前が制式衣装とお堅い感じのニュアンスではあるが、黒基調の目立たない服装であれば特に言われることはない。
着替えが終わると、きらりと光る宝石のような石を持ち、詠唱を始める。
『われらの身を念じたもののところへと移動させよ。』
二人は光に包まれて家から姿を消した。
到着した場所は浮島が浮かんでいる城よりさらに上の浮島であり、ここから町と学園が一望できる。持っていた光る石は輝きを失い、パキッと割れて粉々になった。
あたりを見渡していると、他の人も来る。隻眼の狼獣人、その隣にいる兎獣人の婦人。六本の尾を持つ妖狐の女性。犬族と猫族の夫婦。最後に羊族の女性と狸族の女性が来た。
狸族の女性は猫族の男性の姿を見かけると走って飛びつく。何が起きたかわからず、よろけるが、しっかりと踏ん張って彼女を抱える。
「レン君!久しぶり!卒業式以来だから……二月くらいぶりかな?元気してた?」
「サクラさん!急に飛びつくからびっくりしたよ。本当に久しぶり……になるのかな?」
「久しぶりに決まっているじゃない!ん……リコちゃんは?今日風邪ひいた?」
「私ならずっとここにいますよ?」
サクラは懐かしい声のする方を見ると妖狐が立っていた。サクラの記憶ではリコの姿が全然違う。今見えているのは顔に赤い文様が入った王族で、尻尾は二つに分かれていたのだから。
「も、もしかして……リコちゃん……!?」
「はい。野狐から妖狐へ昇華したので見た目が分からなかったですよね。」
「す、すごく綺麗になってる……!レン君、リコちゃんとの魔道具屋はどうなの?」
「大繁盛……とはいかないけど、それでも国には贔屓にしてもらっているからね。贅沢はできないけど楽しく生活しているよ。」
「そうなんだね。リコちゃんは王族になって離れ離れにはならなかったの?」
「私が女王様にわがままを言って通してくれたので、なんとかなっていますよ。サクラさんはどうですか?」
サクラはリコにそう尋ねられると、ニカッと笑う。
「魔法の研究はとても大変だけど、すっごく楽しいの。新しい魔法が発見されたら、真っ先に教えてあげるからね。あと、パートナー出来たんだ。」
「サクラさん見ていると楽しそうなのが伝わってくるよ。でもパートナーいるならオレに抱きついちゃダメでしょ。」
「そうですよ。不倫はだめですよ。あ、女王様と王様だ。」
レンたちはめえの隣に一列で並ぶ。他の王族たちが片膝をついて、胸に手を当てて頭を下げていた。レンたちはそれに倣って、同じようなポーズをとる。
「顔を上げるのじゃ。」
そう言われ、全員一斉に顔をふくに向ける。いつもと違い、橙色を基調とした羽織を着ており、華やかな装飾が施された立派な服であった。
一方ヴォルフはいつもの格好であるのだが、これは魔力で作った服らしいので基本的にはこれなのだそうだ。
「今日という日に集まってもらい非常に助かる。一部王族でない者もいるが、彼らはわしの学園始まって以来の逸材じゃ。ぼるふが招いたものじゃから丁重に扱うのじゃ。」
「本来ならこれから儀式を始めるんだが、王族に新入りが出てきたから紹介する。こっち来て自己紹介を。」
ヴォルフが手招きするとリコは王族の前へと歩きだす。振り返ると全員がリコを見ていた。唾をゴクリと飲んで口を開く。
「私の名前はリコと申します。二月ほど前に野狐から妖狐へと昇華しました。わからないものが多くてご迷惑をおかけしますが、よろしくおねがいします。」
深々とお辞儀をすると拍手が起き、歓迎される。
「あの時の野狐か……。」
「なんだか急に大人になったねぇ。」
「レンの嫁さんじゃん!」
「そうだね。それに、ライバル店だよ!」
「精霊王を召喚した実力者ですね。歓迎いたします。」
リコはすごすごと早歩きで列に戻る。
「これより、『豊穣の儀』を執り行わせていただく。昨年は良いことがたくさんあった年じゃ。今年はもっとより良い年にしたいのでお前たちの半分くらい、魔力をもらえんか?」
レンは手を差し伸べようとすると、めえに止められる。
「『豊穣の儀』行われたら、私たちは周りで舞を行うのだ。踊りの出来はともかく、清らかな心で踊ると自然に魔力はふく様たちに集まる。」
そういうとめえは立ち上がる。するとほかの王族も次々と立ち上がる。
「めえさん……。オイラ、踊りが滅茶苦茶なんだけど大丈夫……?」
「心で踊ればきっと伝わるはず……。始まるぞ……。」
めえの言う通り、ヴォルフとふくが向き合う。すると、二人の莫大な魔力が国を包んだ。物心がついてから毎年、遠くで感じていた『豊穣の儀』の魔力を三人は間近で感じ、一瞬ひるんだ。二人は唄を歌うように詠唱をし、詠唱に合わせてふくが舞う。
「『生命をもたらす水、命を育てる母なる大地、すべてに成長の変化を与える風、命を消し新たなる姿を与える火、未来を明るく照らす光よ、すべてに安らぎを与える闇よ、わが願いを聞き入れ、我らが愛する子供たちに繫栄と安寧を齎さん。』」
詠唱に合わせてレンたちはそれぞれ思うように踊った。三人で一緒に踊ったので変な踊りにならずに済んだ。そして、体からごっそりと魔力が抜けていくのが感じ取れた。詠唱が終わると王族たちは皆、息が上がっており、レンたちも魔力が少なくなったことで疲れが見えていた。
ヴォルフとふくはお互いの魔力を手に集め、手を握り合って二人の魔力を練り合わせて、一つの魔力にした。
そして集まった魔力も一緒に練りこんでいくと超高密度の魔力が生まれた。ヴォルフとふくがそれを上空へと投げ、口づけをする。
すると魔力が爆散し、国土を駆け巡る。魔力が通り過ぎた個所は冬が終わり、草木は生い茂り、花は咲き、春が訪れる。岩肌だらけであった場所も町の板石で舗装された道もすべてに緑が生い茂る。浮島から見ると衝撃的でかつ幻想的な光景だった。
「すごい魔法だ……!国土全体に緑が、命が芽吹いていく。」
「これをやってのける王と女王はやはり最強にふさわしいですね。」
「【太陽】も明るくなったのかな……?」
「そうだ、一瞬で【太陽】の魔道具を停止して再起動したんだ。」
周りを見て王と女王の凄さを実感し、儀式の方へと視線を向けると明らかに他の王族は疲弊していた。
そして、見たことのない巨躯の魔獣が鎮座していた。レンは構えたが、一瞬で勝てないことを悟る。
「獣人形態のオレしか見たことねえもんな。驚くのも無理はない。」
その巨躯の魔獣はヴォルフであり、本来の姿である氷狼:フェンリルと呼ばれる姿のようである。魔力が枯渇寸前で獣人化を維持できなくなったといった。
そして、奥からあくびをしながら一人の女性が現れる。着ている服装からふくだと判断して見ていたが、全然違った。背は少し低くなり、耳がなくなっており、九本あった尻尾もない。そして何より、以前襲撃してきた人型の魔物と同じような毛がなく鼻が低かった。
「ニンゲン……!?」
「わしじゃ。魔力がなくなって人間のころの姿に戻ってしまったのぅ。」
「ふく様もポチおさんと同じように元人間なのですか?」
「そうじゃよ。ただし、わしとあやつで違うところは神の魔力を直接受け取っているかどうかの違いじゃ。」
「それ以上は……。」
めえに止められ、思わず口を押さえる。気になってはいたが、レンは言ってはならない過去の話なんだろうと割り切ることにした。
「わしはしばらくここにおる。ほかの者はめえに送ってもらうがええ。」
めえは頷くとレンたちを送ることにした。
「今日はありがとうございました!また、いいものができたらご報告します!」
「私からもありがとうございます!稽古の件でお世話になると思うのでよろしくお願いいたします!」
「ありがとうございました!この魔法で何か新しい魔法が思い浮かびそうなので研究に打ち込んできます!」
「うむ、またの。」
そういうとレンたちは光に包まれ【転移】した。
「相変わらずいい子たちじゃ。」
「あいつらの未来のためにも、もっと頑張らねぇとな。」
二人は口元だけだが、笑っていた。
☆
到着したところはレンとリコの魔道具屋だった。町の方から『豊穣祭』の音が聞こえる。サクラは二人の店を見て「いいなぁ~」と言いながら物色していた。めえは咳払いをしてサクラの注意を引く。
「またしばらく会えなくなる。挨拶を済ませておくことだ。」
そう言われてサクラは一歩前に踏み出す。
「レン君、リコちゃん……。ご結婚おめでとう!アタシはあなたたちに出会えてとっても幸せだったよ。これからなかなか会えないけど、ずっと友達でいてね?」
レンは何か思い出したように走って家に入っていった。代わりにリコが話す。
「私こそサクラさんと出会えてとても良い思い出が作れました。もちろん、これからもずっと友達ですよ。」
めえは時間を気にして「そろそろ戻ろうか」とサクラに言いかけると、レンが家から走って戻ってきた。息を切らしながらレンは小さな輝くものをサクラの手に渡した。
「先生……じゃなくて、めえ様、止血をお願いしてもいいですか?」
それを見て納得したのか了承した。三人それぞれ耳の一部に針穴のような穴をあける。そして、レンが渡したものを穴に留める。三人はお互いの耳を見る。
「これはね、この工房で初めて作った物なんだ。レン調査隊のイメージでデザインしたんだ。青のルナティクスがオレ。左の紫のルナティクスがリコ。そして、右の橙色のルナティクスがサクラさんだよ。」
「二人で魔法の配置も決めて、丹精込めて作った仲間の証です。これを見て、思い出してくださいね。魔法は【大海】【灼熱】【氷結】が入っています。調査の時に大活躍した魔法たちですよ。」
サクラは感情が抑えきれなくなり二人に飛びついて大きな声で泣いた。レンもサクラも一緒になって泣く。そんな光景を見ていためえは優しい顔でその姿を見つめていた。
「オレたちレン調査隊は」
「いつだって」
「どこにいても」
『いつもそばにいるよ!!みーんな大好き!!』
その言葉が地底世界を木霊していく。
三人の学園生活は幕を閉じたが、これから先、彼らは久遠ともいえる永い人生のスタートが今始まったのである。彼らがこれからどのような活躍するのか、それはまたの機会に話すとしよう。
ケモノの調査隊
終わり。
ケモノの調査隊 わんころ餅 @pochikun48
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