第10話

僕は火を止めると、ケトルを持って、カップへとお湯を注ぐ。

お湯は小さな渦を描きながらカップへと注がれていく。その渦の中で、粉末状の茶葉がゆっくりと溶けていき、その優しい香りを主張し始める。

二人分のカップへお湯を注ぎ終えた僕はケトルを置き、アルバの横へと腰を下す。

ふぅふぅと少し冷ましながら紅茶を口へと運ぶ。

紅茶の心地よい渋みが舌の上を流れると、マスカットのような優しい香りが鼻へと抜けていく。

僕もアルバも思わず、ほぅ と声を漏らしてしまう。

色は濃く、いつもと少し違ったザラッとした触感が気になりこそすれ、味も香りもいつもの紅茶とほぼ同じだ。

続いて、砂糖漬けを一つフォークで刺して口へと運ぶ。

砂糖の甘さが疲れた身体に染みわたる。

そのまま、紅茶をもう一度口へと運ぶ。

口の中に残った甘さを紅茶が押し流し、爽快感をもたらしてくれる。

砂糖の甘さと紅茶の優しさに、身も心も温まっていく。

不意にポタリと一滴の水滴が手の甲へと落ちる。

ポタリポタリと、水滴は止まることなく、頬を伝って落ちてくる。

「あ、あれ、おかしいな。」上擦った声がでる。

目頭を手で抑えても、水滴はとまらない。

一度緊張の糸が切れたせいか、押し殺していた感情と涙が次から次へとあふれてくるのだ。

「大丈夫…だから…」アルバの両手が僕の手を優しく包んで語り掛けてくれる。

だけど、一度流れ始めた涙は堰を切ったかのごとく止まることを知らず、次から次へと溢れてくる。


「僕。僕…怖いんだ。もし、もしも、僕が失敗したら。

きっと、、きっと。。。きっと、さっきの村の人だって。」

涙とともに心の中に隠していた恐怖も次々に湧き上がってくるのだ。

堪えきれずに、ただその恐怖に突き動かされるままに、僕はアルバに縋りついて、言葉を漏らす。

より一層強く僕の手が握られた後に、急に手からアルバの感覚が無くなる。

僕が何かを思うよりも早く、暖かい感触が身体を包んでくれる。

「だいじょう…ぶ…だから…」

アルバは僕を抱きしめながら、耳元で優しく語り掛けてくる。

アルバの右手が僕の頬を、左手が後頭部を優しく撫でる。

まるで赤子をあやす様に、アルバは優しく語り掛けてくる。

何度も何度も優しく語り掛けてくれる。

「だい…じょう…ぶ…だ…から…」

何度目かわからないくらい語り掛けてくれる彼女の言葉。

その言葉とともに、僕の右頬を伝う涙の量が増える。

そこでようやくアルバの声が少しくぐもっていることに気づいた僕は、顔を少し引いてアルバへの顔を見る。

視界いっぱいに広がるアルバの顔。

その顔は僕と同じく涙で濡れていた。

あぁ、同じだったんだ 怖かったのは僕だけではない。

アルバも怖かったんだ。

そして、改めて気づかされる。

僕は一人ではない。こんなにも大切な仲間がいるではないか。一人で背負おうとする必要など無かったのだと。

そのまま、僕はアルバを抱きしめ返す。

安心感からか、僕の瞳からまた涙が溢れ出す。

そのまま、二人で泣き続けた。

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