第3話

「本…当の…話なの…ですか?」

師匠の言葉の衝撃が強過ぎて、思わず口からこぼれる。


少し間が空いてから、アルバが僕の袖を軽く引く。

確かに師匠の言葉を疑うなど失礼かも知れない。

だが、それでも僕は信じられない。いや、その事実を信じたくないのだ。

だから。だからこそ、僕は師匠に問い返さずにはいられなかった。

アルバも注意こそすれ、きっと思いは同じはずだ。


魔獣。

かつてこの世界に突如現れ世界中を破壊しつくした化け物。

アルバの故郷を破壊しつくし、僕からもすべてを奪ったのであろう存在。

タルシス師匠を含む魔法少女達が多大な犠牲を払いながらも10年前に奴らの首魁と思われる超大型個体を討伐して以降は急激に勢力を衰え、人類の版図から姿を消していった存在である。

それが再び現れたのである。

確かにポツポツと生き残りが出ているのは聞いていた。

だが、それはあくまで魔法少女の数が少ない僻地で、狩り残しがでているだけだという話のはずだ。

先の大戦の英雄たる師匠がいるこの西の地で出るはずがないのだ。

この街の近隣。いや、ウラル山脈以西の地は完全に人類の勢力圏。

師匠たちが徹底的に魔獣を狩り尽くしているはずだ。

そうだ。出るはずがないのだ。


「本当の話だ。」

師匠はあくまで落ち着いた口調で淡々と話を続ける。

「私の魔力感知に引っかかった」

師匠のその言葉に慌てて魔力感知の範囲を広げる。

だが、何も見つからない。いや、見つけられない。


「何も…みつからない…」

アルバが小さな声で悔しそうに呟く。彼女も僕と同じだったのだろう。


「当たり前だ。この土地の東のはずれ。シレーヌの担当区域との境界に近い。まだ復興の進んでいない地域のさらに土の中だ。お前らではまだ無理だ。」

師匠は淡々と語る。

だが、それはあまりにも、あまりにもだ。

師匠なのだからと言ってしまえば、それまでだが。

僕らがいくら意識を集中しても探知できるのは、せいぜい半径40km程度だ。

それも地上や上空にいる物に対してのみだ。

師匠がいう土地のはずれは、ゆうに500kmは先の土地のことのはずだ。

しかも、土の中にいる存在をココからである。

土のなか。しかもまだ復興が終わっていない地域となると、魔獣の残滓が残っているはずであり、探知難易度はさらに跳ね上がる。

改めて、僕らと師匠の間にある力の開きに愕然とする。

一体、師匠の力はどれほどなのだ。


「なに、心配することなどない。確かに残党がこの地に出てくるのは驚きだが、現れたのは小型の魔獣がせいぜい5匹だ。おそらくは、仲間の残滓を隠れ蓑にでもして、地中奥深くに潜んでいたのだろう。小型で魔力量も微量なゆえに今まで上手い事探知に引っかからなかったという寸法だろうさ。」

師匠は落ち着けとこちらに手を向けながら、そう言って椅子に腰をおろす。

そのままジェスチャーで、僕らにも座るように促す。

促されるままに僕らが席に着いたのを見て、師匠は話を再開する。


「さっきも言ったとおり、今回現れたのは小型の雑魚が数匹だ。それも幸いなことに復興の進んでいない地域で、人的被害もまだでていない。そんなに深刻になる必要はない。」

師匠のその言葉に少し安心する。

確かに歴戦の猛者たる師匠がいるなら、何も問題ないだろうと思った時、「だがな」と師匠が言葉を続ける。

「さっきも伝えた通り今回の出現場所は少し遠い。そして、お前たちの思う通りこんなことは初めてだ。地下に探知し逃した魔獣がいた以上、これが陽動で本命はこの街の地下深くに潜んでいないとも言い切れない。」

師匠の言葉にまさか、と驚愕する。

師匠は僕らを安心させるように落ち着いた声で

「まぁ、あくまで可能性の話だ。だが、可能性のある以上この街の防御を疎かにしたくはない。」と続ける。

確かに師匠のいうことはもっともだ。だが、そうすると魔獣を放置することになる。

放置された魔獣が近隣の街を襲って力を付け始めないとも限らない。

そんな僕の考えを見透かしたかのように「そこで、だ。」と師匠が続ける。

「今回の魔獣の討伐はお前達二人に頼みたい。」

確かに当然の帰結だ。

だが、僕らにできるのか。

そんな不安そうな僕とアルバの様子を見て師匠は笑いながら、

「なに。何も心配などいらない。普段の鍛錬通り行えばお前たちで十分にどうにかできる。お前たちは私の自慢の弟子なのだから」そう優しく語りかけてくれる。


「パシ…行こう」僕の手を握りながら、アルバが小さく、だが、ハッキリとした口調で呼びかけてくる。

アルバの顔を見る。その目にはもう恐怖や驚愕はなく、ただただ確かな決意がこもっていた。

そうだ。僕らが、今まで苦しい修行に耐えてきたのはこんな時のためだ。

かつての僕やアルバみたいな犠牲者をもう出さないようにするためだ。

ここでやらなくてどうするんだ。


「わかりました。師匠。僕たちに任せてください」

アルバの小さな手を握りながら、僕は師匠に向かって宣言する。

アルバありがとう。臆病な僕に勇気をくれて。

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