第二世界 プレパラシオン第二話 死にたがり⑤

 

 私が……カイルを……傭兵団を殺したんだ。


 鉛がまた一つ、落ちていく。

 

 ただふらつく様に戦場をはしごした。私にはこの生き方しか知らないから。

 溢れる感情を抑え込む様に走り抜け、叫びたい言葉を剣に乗せ戦場を闊歩する。

 

 たまに無性に笑えてくる。そしてまた狂う様に戦場に入り浸る。


 気づけば、カイルと同じ立場になっていた。


「国の御用達の傭兵……ははっ笑える」


 皮肉なことに、私には着いてくる人など一人もいない。


 

 土煙が舞い上がり、目の前のほとんどは逃げていく。いつもの様に何も考えずただ逃げてく背中を切り付ける。


「ははっ、本当に敵が逃げていくんだね!」


 後方からとても愉快そうな声が聞こえる。敵か確認するため視線をやる。


 一本の槍を持つ軽装の女の子。おそらく同い年くらいだろう。

 敵でない事を確認し、また違う敵を求めて走り出す。


「ちょっとちょっと!?無視は無いでしょ!?」


 その女は私に付き纏い、撒くことが出来なかった。


「はぁ、はぁ、はぁ、待ってって」

「味方に用はない」

「ははっ、噂は本当みたいね!戦場を一人で駆け回る美しい修羅。人呼んで『戦場花』」

「…………」

「ねぇやろうと思えば国を滅ぼせるって本当!?」


 それから、色んな戦場でそいつと出会った。


「またあったね。戦場花!」「こんにちは戦場花!」「ねぇ、戦場花!」


 …………


「ねぇ戦場花?」

「アルマ……」

「え?何、なんて?」

「名前だ、戦場花じゃない。アルマだ。てか、戦場花って何だ」


 名を教えるだけでその女は宝石を見る様に嬉々として目をキラキラさせる。


「アルマ、アルマっていうんだ!へぇ、あれ?私まだ貴方に名前言ってなくない?」

「そうだな、名前も知らない不審者に付き纏われて迷惑してる」

「そこまで言わなくてもいいじゃん。私はリラ。よろしく!」


 それから戦場があるたびにリラは茶会でもするかの様に私に話しかけてきた。好きなもの話、趣味からその他色々余計なことまで……


「ねぇアルマ、貴方夢はある?」

「ないな」

「淡白でつまんない」

「無いものはない。そういうお前はないのか?」

「え!?え!?えぇ!??気になるの?私のこと」

「今気にならなくなった」

「まぁまぁそう言わず、私の夢はね、花屋さん」

「前に、花が好きとか何とか言ってたな」

「覚えてる?貴方の二つ名の戦場花にも元々そういう名前の花があるのよ」

「興味ないな」

「ははっがさつな貴方には似合いそうにないしね。私も元々は好きってほどではなかったんだけど、子供がね……」

「──ッ!!お前の……子供いるのか!?」

「ぷっははっ!!初めて見たその表情!違う違う戦争孤児を一人、保護してるの」


 久々に聞く言葉。誰かを思い出しそうで少し表情が固まる。


「ねぇアルマ。ずっと前から聞きたかったんだけど……貴方、カイルの子供よね?」

「──ッ!?」


 唐突に出るカイルの名に表情が崩れる。

 

「ふふっ、やっぱり。その短刀、カイルのだもんね。私も一時期、あそこで保護されてたんだ。ねぇカイルは今どうしてる?」


 …………

 

「……私が殺した」


 その一言に一気に静寂が周囲を襲う。アルマはただ、リラの口から何が出るのかそれだけに耳を傾ける。


「ぷっははっ、何それ」

「嘘じゃない、ほん……」

「どうせ、カイルが貴方を庇ったかなんかで死なせちゃったんでしょ?」

「…………」

「責めないよ、いや責めてあげないよ。団のみんなも貴方を責めなかったんでしょ?それで誰かに責めて欲しいんでしょ?甘えないで。私は……」


 リラが言い淀み、口をつぐむ。


「いやこれは言うべきじゃないか……アルマはもしまだカイルことで何かを思っているんだったら……カイルが団の人たちが貴方に何をして欲しかったのか、それを考えるなさい?」

「そんなこと言われても……」

「私は!カイルに保護してもらって人生を救わらた。だから私が今度は誰かを救う。その一歩が今保護してるの子」

「……何て言う子?」

「ふふっ、ミラ。すごくかわいいんだよ。また今度貴方にも合わせてあげる」

「あぁ、楽しみにしておくよ」


 少しだけ、カイルの話を出来て、前を向く指標を見つけれて、足が軽くなった気がする。


「リラ、もういくぞ」

「うん、ちょっと待って」


 油断はしてなかった。ほんのちょっと気が緩んだだけで……


 次の戦場で、リラは私を庇い死んだ。


 少し、背中を任せただけだった。少し、信頼しただけだった。少し……少し……少し……


 前の情景がフラッシュバックする。呼吸は浅くなり、ただ……ただ……冷たくなっていくリラを抱えて数刻。


 戦場は収まり、静かさだけが辺りを満たす。

 

 何もしたくない。何も考えたくない。もういいかな、止まっても。


 そんな刹那を嘲笑うかの様に淡い記憶が蘇る。「お前を生かした者が何をお前に求めているのか、それを考えろ」


 咄嗟にリラの首にかかったペンダントを手に取る。

 笑顔で映るミラの顔。


 そうだ、私がしないと、私が……生かされた私が、みんなの分までしないと……


 もはやそれは理性の効いた行動ではない。ただ心にとした使命に動く化け物。

 救いを求めて動く悲しい化け物。


 扉を叩く後に出てくるペンダントの子供。困惑し、貴方は誰だと答える。だから私は答える。


「私は……リラを殺してしまった人間だよ」


 死んだ目で血だらけの手で、鮮血の滴るペンダントを持つそれを普通の人ならどうするだろう。

 少なからずこんな行動はしないだろう。


 その少女は、ただ可哀想に泣きそうな女の子を力一杯抱きしめた。


「駄目だよ……それは……私は……リラを……」

「お姉ちゃんから聞いてるよ、ちゃんと。だから大丈夫だよ……大丈夫だよ」


 ひたすら、一晩中、その小さな背中に縋がって泣き崩れた。

 我ながら恥ずかしい話だ。泣いて泣いて喚いて、自分よりも一回りも小さな少女に慰められて。

 

 それからは少しチグハグだけどリラの話をしたり……いや、ずっとリラの話をした。


「なぁ、ミラ、不甲斐ないかもしれないが、リラの代わりにもなっていいか?」

「うんん、代わりじゃないよ。新しいお姉ちゃんだよ」

「……うん」


 それから数ヶ月、慣れないことはあるが、何とかこの生活にも馴染み、これが日常になってきた。


「ミラ、行ってくる」

「うん、行ってらしゃい」


 私はミラの家に住み、そこから戦場に向かっている。

 人と暮らすというのはかなり安心することらしい。ここ最近私は余裕ができている。

 戦場に居ながら今日の晩御飯を考えられる程には。


 今日もいつも通り、戦場に立つ。そして目の前にいる敵を見る。

 

「──ッ!?」


 視界に入るのは碌な装備もなく怯えて立つ少年たちの集団。

 戦場じゃよくある出来事だ。私も昔はよく戦った。

 しかし、あの時はほぼ同年代だったこともありあまり気にしていなかった。


 今再び相対した時、剣を向けようとした瞬間にミラの顔が浮かぶ。


 私は彼はに剣を向けることが出来なかった。結局、その戦場では誰一人切ることはなく家に帰った。


 心に余裕ができて初めて、剣を握ると言う事に向き合った。


 剣が何のためにあり、剣で何をするのか、私が今まで何をしていたのか。


 考えれば考えるほど、剣を持てなくなる気がしてその場で考える事をやめた。


「どうしたんですか?アルマ」

「ん?いや何でもない」


 次の戦場に、少年少女たちの兵はいなかった。いつも通りのフルプレートの兵隊達。

 

 大丈夫だ、大丈夫。私は大丈夫。


 だが、戦闘が始まっても、足は動かない。目に映るのは戦場で倒れる兵達の首や指かかっているペンダントや指輪。


 ……あ、駄目だ。


 私はその瞬間から剣を持つのが怖くなってしまった。そしてそう感じるのはもう手遅れだという事も……

 寝ても覚めてもそれは私を襲う。いつ何時もそれは私を縛り離さない。

 どうして何で、そんな後悔は何千回もした。それでもどうしても脳裏から離れない。


 常軌を逸したそれに気が狂い、アルマは腰についた短刀を自らに突き刺そうとした。


「アルマ!!」


 両手を鮮血で染めながら泣き崩れそうな顔でアルマを止める。


「アルマ!!」

「ミラ……ごめん、手」

「そんな事どうでもいいの!!アルマ、お願い。私の側に居て!……お願い」

「……ごめん」


 短刀をその場に置きミラを抱きしめる。


「もう、傭兵やめるよ。他の仕事探す」

「……じゃあ花屋さんしたい」

「あぁ、それも良いかもな」


 そのまま、二人で一緒に眠りつく……不思議とその日は夢を見なかった。


 後日、傭兵を辞める事を王様に伝える事に。これでも一様、国御用達なのでそれはしなければいけなかった。


「少し、遅くなるかも」

「大丈夫、待ってるよ。行ってらしゃい」


 王様に何か言われるだろうと少し覚悟をして挨拶に向かったが、案外簡単に了承をもらえた。

 まぁ最後にお使いを頼まれたが……


 国境沿いにある街に魔獣が出たから退治してくれと、ここから少し遠く、往復二ヶ月程。

 昔なら少し迷ったが、ミラはかなり成長した。もうすぐ成人だしな。

 依頼内容だけミラ伝え、私は魔物討伐に向かった。

 

 ……それが間違いだった。


 戻ってくるのに二ヶ月半かかってしまった。

 あのくそ王様。何がちょっとした魔獣だ。普通にドラゴンじゃねぇか。倒すのにかなりかかっちまった。


 久しぶりの帰宅に少し、心が躍る。いつも通り、扉を二回叩く……でも反応がない。


「おおーい、ミラぁ?」


 戸を開くと、鍵が閉まった無かった。


「…………」


 それはよく知る匂い。よく見る色。よく見てきた顔。


 もう、良いよ。何回目だよ。 


 横たわるミラを抱き寄せただ呆然とする。


 瞬間、外から掛け声が聞こえる。


「放てぇ!!」


 その掛け声と共に、アルマのいる木の小屋に無数の火矢が放たれる。それは、周りに敷かれていた爆薬に引火し大爆発。


 これは後で知った話だが、どうやらあの王様私が怖かったらしい。まぁ国一つ滅ぼせる魔獣がうろついてるとなれば分からんでもないが……まぁともかく私をそんなふうに思っていたらしい。

 で、最近傭兵を辞めたいと言ったせいで、手綱が外れた判定され、国家の敵認定されたらしい。

 それと私の名はかなり広まっていたらしい。複数の隣国もこの話に噛んでいる。

 と言うより私を討伐するためだけに五国同盟を組んだらしい。

 総勢一二万。一人に対しての兵力じゃねえよ。どれだけ高く見積もられたんだか……


 爆炎が広がる。抱えていた骸は跡形もなく消し飛んだ。

 けれどこの体はほとんど傷がついてない。

 噴煙が舞い散り、黒煙が周囲を覆う。炎が周囲を彩り、花の様に咲き乱れる。

 戦場の花畑には中心に、一輪の美しい花を咲かせる。

 その花は、ただ高らかに笑い。葛藤、理性、思考、その全てをかなぐり捨て、一色に染める。

 黒い衣服を、美しい黄金の髪を、しなやかな手足を、銀色の剣を、ただ一色に染める。


 鮮血を啜り、舞い散る。まるで戦場に咲き乱れる花の様に。


 所詮、アルマも人だ。いくら強くも限界がある。数と言う暴力の前では意味を為さない。


 三万人程を削ったあたりで、足が動かなくなった。左腕は失い、背中には無数の矢が立っている。


 だが、運命はまだアルマを終わらせる気はないらしい。


 『不滅の銀腕アガートラム』天から舞い降りたそれは、私の左腕に宿った。


『不滅の銀腕アガートラム』────能力は単純明快。使用者の限界を消滅させる。


 能力なんかはその時は知らなかった。ただ動ける、だから目の前の全てを破壊する。私の行動原理はもうそれだけだった。


 それから数ヶ月。銀椀の化け物は系五つの国を滅ぼした。街を、人を、そして国を。


 赤黒い泥の様なにかを纏う、銀椀の化け物は、漠然と荒野を闊歩する。もはやそれに意識などなく、ただ目の前のもの破壊するだけの醜い化け物だ。

 そんな化け物の前に、一人の少女が訪れる。


「ねぇ、貴方だよね。近頃話題の銀の魔物って」


 有無を言わさず、その化け物は少女に襲いかかる。


「『アルタイル』」


 そう唱えた瞬間、目の前に小さな円形のシールドが浮かび上がり、その化け物の攻撃を受け止める。


「ちょっと、有無を言わさず攻撃は酷くない?……って、貴方もしかして意識ない?いやまぁ意識ない人は返事しないか」


 もう一度、化け物がその少女を襲おと飛びかかった瞬間、姿勢を低くし、その大雑把な攻撃を交わし、化け物の腹に手のひらを添える。


「ちょっと痛いかもね『ラージュバン』」


 荒れ狂う突風は化け物を大きく吹き飛ばし、意識を呼び起こした。


「いっ……てぇ」

「よかった、起きた?」

「あぁばっちりな」


 なぜか意識をはっきりしたアルマはもう一度、少女に殴り掛かろうとする。


「ちょっと!?何で殴ろうとするの?私意識戻した張本人!」

「あぁ、それに関しては感謝してるよ。けど一発は一発だ」

「んなヤンキーみたいな」

「で、お前は?」

「あぁ、名前は聞くのね。私はシキ貴方は?」

「なぁシキ、私の頼みを聞いてくれないか?」

「その前に名前を……」

「なぁ、シキ。私を殺してくれないか?」


 口をつぐむ。唐突な言葉に何と言えば良いか分からなくなったからだ。


「なん……」

「理由は言いたくない」

「…………」


 ここに一つの疑問が生まれた。


「なら貴方の腰についてる短刀を自分に刺せば良いんじゃない?」


 瞬間、アルマは即座に短刀を首に突き立てる。しかし、その短刀は首の薄皮一枚切らずに止まる。


「何度もやったさ。意識が戻ったのもこれが初めてじゃない。……死ねなんだよ、自分じゃ」

「何でそんな事になってるのか理由はわかる?」

「ははっ、わかってたらとっくに死んでるよ。それかあれだ、私が死ぬのが怖いんだだから死ねない。ははっ情けない」


 まぁ大体の反応はわかってる。どうせこいつも断るか、怖気付く。どうせ……


「じゃあ、私と取引をしない?」

「はぁ?取引?」

「貴方、うちに来て。そこで貴方が死ねない理由を探して?それでもし、貴方が死ねない理由を知ってその上で死にたいと願うなら私の言って。その時は私が貴方を殺してあげる」


 突拍子のない話。だがアルマにはこれに縋るしかもう選択肢は残されていなかった。


「わかった。乗るよそれ」

「じゃあ、名前教えて?」

「……アルマ」


************


「あれからだいぶ経ったな」

「そうだね……理由は、見つかった?」

「この様見ろよ」

「そっか」


 レンの怒鳴り声がまだ頭を反芻する。


「……本当、私は何がしたいんだろうな」


 シキがふと下の階とを繋ぐ階段を覗くと誰かの人影が映ったような気がした。

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