第二世界 プレパラシオン第二話 死にたがり④

 しかし、短刀の切先が首の薄皮一枚に到達する前にその短刀は止まる。

 思い切り、全力でアルマはその短刀を首に突き刺そうとするが、体は言うことを聞かず、その場で動きを止めてしまう。


「はぁ……、また駄目か」


 

 一日の始まりはいつも短刀を首に突き立てることから始まる。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 いつもの様に、冷や汗を流しながら飛び起きる様にベットから目が覚める。

 ほとんど私物のない質素な部屋には少しの花を飾った花瓶。

 

 左の義手を机に置き、花にあげる水を机に置き、腰についている短刀を机に置く。そしてウイスキーとコップを置く。

 コップにウイスキーを注ぎ、一口。


 大きく肺に空気を取り込み、吐く。もう一度大きく肺に空気取り込み、吐く。肺に空気取り込み、吐く。肺に空気取り込み、吐く。空気を取り込み、吐く。空気を吐く。空気取り込み吐く吐く吐く吐く吐く吐く吐く吐く吐く吐く。


 呼吸の感覚は徐々に縮んでいき、取り込む空気も吐く息も少なくなって行く。


「はぁっはぁっはぁっはぁっはぁっはぁっはぁはぁ……」


 その状態のまま、短刀を鞘から抜き、震える腕で、思い切り首に突き刺す。

 ……けれど短刀は、首の薄皮一枚を到達することは出来ない。

 

「今日も、駄目か……」


 こうしてアルマの一日は始まる。


「いつ、私はこれを理解するんだろう」

 

 私はなぜ、死なないのだろう。


 首に短刀を突き立てるながら、いつもの様に思いふける。だが、今日いつもとは違った。

 後ろから怒鳴り声が聞こえる。


「何やってるんですか!?」


 

 アルマの様子がおかしかったのが気になり、少し探していたところ、シキさんと出会いここにいるだろうと教えてもらい、ここにやって来た。

 

 だが、屋上にやってきてすぐ目に入るのは、自らの首に短刀を突き立てるアルマの姿。


 少し、重なる。自分の居場所が、自分の親しい人が、自分の前から消えるそんな情景が。

 

 恐怖が、怖さが、咄嗟に走り出し、アルマの短刀を素手で掴んでそれを止めた。


「何やってるんですか!?何で!?……何で」

「ああ、いや……何も。いつも通りだよ」

「そんなわけないでしょ!?ねぇアルマ!!」

「お前には……関係ねぇよ……」

「関係ないっ……てそれは……」


 白熱してアルマに僕がつかみかかった辺りで様子を見に来ていたシキさんが、すぐに僕を静止する。


「待って待って!レン!ストップ!!」


 シキさんに抑えられ、レンがやっと落ち着く。


「どうして、そんな……すいません、ちょっと頭冷やして来ます」


 そのまま、レンは脇にある下の階に続く階段に消えて行った。


「……何があったの?」

「あぁ?ただの私の発作だよ。ねぇシキ。私さ、レンになって言ったと思う?剣を持つ覚悟をしろって言ったんだよ?笑えるよな。お前が出来てないのに」


 自虐をしながら乾いた笑いを流す。そんなアルマにシキは、何と言ったらいいのか分からず、ただ頷くしか無かった。


「本当に私は何がしたいんだろうな……」


 ************


 最初は、逃げることから始まった。


 いつも笑顔で優しい兄みたいな人達、いつもは優しいけど駄目な時は叱ってくれる姉みたいな人達、いつも私の後ろを着いてくる弟分、私の真似をして笑顔になる妹分、

 そんな場所を用意して、皆んなの笑顔を守る、大きな大きなお父さんの様な人。

 

 私の大切な大切な家族たち。

 

 彼らが襲われている時、私は皆んなを置いて逃げた。皆んなが戦っているのに、私は逃げた。

 家族も、故郷も、皆んな皆んな全部置いて、私は逃げたのだ。


 逃げて、逃げて、逃げだ先は、皆んなを見捨てて逃げた愚か者にとっては丁度いい、荒れ狂う戦場だった。

 土煙が舞い上がり、フルプレートの戦士たちが剣を持ってぶつかり合う。

 怒号、悲鳴、阿鼻叫喚。噴煙と鉄の匂いが充満するそこで、私はただ地面に落ちている剣を拾う。

 視界の悪い戦場では、武器を持っていることが敵の証だ。

 故に敵は……いや四方八方に居る鎧の骸達は、群がる様に剣を持った少女を襲う。


 数刻後、その戦いに終止符が打たれ、皆が戦場から帰る頃。

 一人の兵士が異変を見つける。

 それは山だ。敵も味方を混ざり合う、骸の山。そしてその上に立つ一振りの剣を持つ少女。


「ははっ、まじか。兵士の人の話は半信半疑だったけど、これは……」


 腰に短刀を携え、一振りの剣を握る軽装の男性。戦場にいるとは思えないその服装なのにも関わらず、皮のブーツはたくさん血を吸っている。


「なぁ、君名前は?」

「…………」

「俺の名はカイル、一応この国御用達の傭兵だ。結構名は通ってるすごいひとなんだぜ?」

「…………」

「なぁ、名前くらい教えくれよ、じゃないと俺がお前の名前決めちゃうぞ」

「……アルマ」

「っ!!そうか、アルマかよろしくな」


 その男は私の事情をしつこく聞き続け、根負けして話してしまった。


「そうか、戦争孤児か……なぁ取引しないか?」

「取引?」

「うちの傭兵団に入れ。お前の力が欲しい。代わりに衣食住他全てやる、どうだ?」

「……わかった」


 私はそこで、三年ほど過ごした。

カイル鬱陶しく、暇さえあれば構ってきてこの世界の常識や学、色々なことを詰められた。


「いいか、この花は吸うと甘いんだぞ」

「……それ傭兵に必要?」

「なぁに言ってんだ。傭兵以外にもこの世界にはいっぱいやる事があるんだ。知ってて損する知識なんてねぇよ」

「この二股がバレた時の対処法は?」

「それは……もしかしたらするか……も?」

「するか!」


 時々、いやほぼ大半はまだ知識を教えられ、けれどそのおかげで、世界や常識なんかを学べた。

 そして戦闘も……

 

「おい、アルマ!そっち行ったぞ!!」

「わかってる」


 もう何度も戦場に立つが、カイルは過保護すぎる。間違いなく、私はこいつより強い。なのにもいつも逃げた残党の処理にしか私を置いてくれない。


「そろそろ戦場に置いてくれないよ」

「はぁ?お前にはまだ早ぇーよ」

「私、カイルより強い」

「った、痛いとこ突くな。確かにお前は俺より強いよ。けどな経験とか覚悟とか色々足りてないだよ、お前は」

「何言ってるか分からない」

「それはまだお前が餓鬼だからだよ」


 そんなやりとりの後、次と戦場で私はカイルの言いつけを破り戦場に出た。


 そして軽快に一個の集団を倒す。


「やっぱカイルは過保護すぎる」


 また一つの集団を見つけ倒しに向かう……その時。


「アルマ!?」

「カイル!?」


 まずい見つかった。


「お前の何だここにいるんだ!?」

「うるさい。私だって戦えるんだよほらもう一個倒したし」

「何やってるんだ、持ち場に帰れ!」

「やだ!」


 その瞬間、刹那の一瞬。アルマの知らない敵が後方から現れる。

 それはカイルら傭兵団にとっては当たり前の敵。

 魔銃兵。一つの戦場に一人見る事があるかないか、と言う珍しい兵。だがそれがいるだけで戦場での死者が二割変わる。

 圧倒的な強さ。その所以はただ長距離による狙撃。攻撃間隔こそ長いが剣と弓の世界に置いて長射程からの高密度攻撃はそれだけでとてつもない破壊力を要する。

 

 ここの傭兵団はそれに慣れている。故にほぼ全員、回避行動を取れた。

 無知故の油断、そうアルマを除いて。


 一瞬の刹那。雷鳴が響き渡り熱戦がまた鼻の先を通る。数瞬前までカイルがいた。

 何が起きたか理解するのに時間がかかる。


 カイルが私を急に押してきて、それで……気づいたら……


 目の前には反応のない、上半身の吹き飛んだ骸が落ちている。

 

「カイル?……カイル!?」


 そこからはあまり覚えておらず、後で知ることになるが……この後頭を失った傭兵団は当然敗戦し、逃げているうちに団員の半数が死んだ。


 私をおぶって逃げている男は走りながら鼻を啜り、雫を垂らしていた。それだけは覚えている。

 

 その後、私を抱えていた男が傭兵団の頭となり、再始動したが……半年ほどで私以外の全ての団員が死んだ。

 

 残ったのはカイルの腰につけていた短刀のみだった。

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